sideサウラディーテ3 後編


 エピンクは以前と同様、泡を周囲に飛ばし始めた。触れただけで小爆発したり、泡の中に閉じ込められたり、何かしらの罠が仕込まれてるこの泡。くぅぅこの能力研究したい! 私の作品にも取り組みたいわぁぁぁっ! っと、そうじゃなかった。レキはどう戦うのかしら? この子、魔物よりは強いけど群れになってたり強い個体相手だと苦戦する程度の力量だったはずだけど。普通に戦えば間違いなく勝てない相手なのよね。


「ほぉらほら! このオイラ相手にどう勝つつもりなんだぁ? ボクちゃんは!?」


 エピンクのわかりやすい煽りにもレキは動じない。あら、それだけでも随分と成長したわよね。少し前だったら簡単にプンスカしちゃってたのに。


「別に。僕はお前となんか戦う気すらないんだけど」

「はぁぁ!?」


 レキの発言には私も首を傾げたわ。当の本人は我関せず、突如魔物型に姿を変えた。うーん、相変わらずステキな毛並み。角度によって色が変わってまるでシャボン玉みたい。うっとりしちゃう。見ればエピンクも少し見惚れてるわ。ははーん。レキの意図がわかったわよ?


『お前、なんでネーモにいんだよ? 別にお前はネーモのボスに盲信してるわけじゃないんだろ?』


 魔物型になったレキがエピンクに問う。思わず見惚れてしまっていたエピンクは慌てて頭をブンブンと振り、眉間に皺を寄せた。


「ふんっ。オイラはお育ちってやつが良くないんだし! でも、そんな奴らや世の中のはみ出し者でも構わず受け入れてくれるのがネーモなんだし。だから、ネーモには恩があるんだ! 恩は返さなきゃならないんだし!」


 なるほどねー。確かにネーモはどうしようもないゴロツキが多いイメージがあったけど、そうやって人望を集めていたのね。ちゃんと仁義があるところに少しだけ好感度が上がったわね。自分の頭で考えられない部分がダメダメだけど。


『ふぅん。でも勘違いしてない?』

「な、なんだと?」

『恩返しするのと何でも言うこと聞くのは違うよ。都合のいい駒になる事は恩返しじゃない。ただの対価だよ。救ってやったんだから言う事を聞けって、言われてるだけでしょ』


 ぐっ、とエピンクは言葉に詰まる。思い当たることがあるってところかしら。


『そもそも、善意で救ってくれた人は恩返しなんか求めない。それでも何かしてやりたくて、自ら考えて相手のために何かをする事が恩返しなんだよ。義務感を感じるなら、それは恩返しじゃないんだ』

「……それでも、オイラは従うしか道がないんだし。助けてもらったのは事実。自由に生きられる対価に働くんだし!!」


 お前に何が分かる、自分だってどうしたらいいのかわからない。そんな心の叫びが聞こえた気がしたわ。ギリギリと歯を食いしばり、拳を握りしめたエピンク。ふむー。信者じゃないネーモのギルド員は大体似たような状況なのかも? ラジエルドのように盲信的な人は難しいけど、エピンクみたいに訳もわからず信じて従ってるだけの人なら絆されるかもしれないわね。


『それなら、ウチだっていいじゃん』

「……は……?」

『力のある奴で、信用できるならウチにだって来られるよ。そりゃ、信用されるような努力は必要だけど。でも、上から押さえ付けられる重圧に耐えるよりマシだと思うけど?』


 レキの作戦はつまるところ引き抜き。ま、性格に難はあるけど、そんな事言ったらウチのメンバーはまともな人がいないくらいだものね。エピンクはまだ一考の余地がある。どう思うか、とレキに視線で聞かれた私は軽く頷いた。


「仲間を尊重する事。努力をやめない事。それさえ出来れば可能性は高いわよ? 能力は高いんだから」

「な、何言ってるんだし……! オイラは、オイラなんか……!」


 少し揺れてるわね。今の立ち位置に疑問を持っている証拠だわ。

 仕上げとばかりにレキは全身から淡い虹色の光を放った。あー癒されるー! この光は心を癒してくれる。敵味方関係なく、無条件にね。あまりにも闇の深い者には効果が薄いけど。でも精神面での癒しの効果を持つレキのこの能力は、本当に貴重だわ。はぁ、ついでに日頃のストレスを癒してもらっちゃおうっと。


『否定の言葉は良くないよ。自分ならやれるって思った方が良い。いつもの自信はあれは嘘なの?』

「なっ! そんなわけないんだし! オイラの能力は強力で使い勝手が良いんだし! これまで追い出されなかったのも、オイラの実力があるからなんだし!!」


 虹色の狼はわずかに口角を上げた。これぞ、レキのカウンセリング。言葉は粗かったり素っ気ないけど、人の心に響く言葉を選んで癒しの光で、刺す。


『なら何も問題ないじゃん。考えてみてよ。……ま、今はさ、疲れてるんだろ? ちょっと休んだら?』

「な、何、言ってるんだし……」

『誰も眠りの邪魔しない。突然叩き起こして用件だけを突き付けたりもしないからさ』

「……!」


 エピンクの眉がハの字になる。そっかそっか、随分こき使われたみたいね。必要なのは、休息。仕方がないからサウラさんがおまけをプレゼントしようじゃないの!


「あなたの周りに結界とトラップを仕掛けておくわ。安眠を保証するわよ」

「で、でも」

『別に今すぐ答えを出さなくてもいい。疲れてたら考える事も出来ない。いいからさっさと休めよ。医療者の言う事は素直に聞くことをオススメするね』


 レキが癒しの光を一層撒き散らし、エピンクを包み込んだ。エピンクが放出した攻撃の泡も、この光に当たるとすうっと消えていく。ある意味最強よね、この光。


 無償の優しさが、最も人を救うのだから。


 ま、レキの場合は性格が災いして、普段はこのカウンセリングが出来ないんだけどね。


「人型でもこれが出来れば完璧なのに」


 スヤスヤと本当に安らかな顔で寝息をたてるエピンクを見下ろしながらそうボヤく。レキは魔物型にならないとこの癒しの光を放てないのが本当に勿体ない!


『別に……出来ないって事は、ない』

「!? 何よ、それ! 初耳なんだけど!」


 やりなさいよ! 普段から! と捲し立てると、鬱陶しそうに尻尾を振り、プイと顔を背けるレキ。あ、可愛くない。


『……どんな顔すりゃいいんだよ』


 ……前言撤回。この子、可愛いわ。

 つまりあれよね? 人型だと、どんな顔したらいいのかわからないから、わざわざ魔物型になってるに過ぎないって事でしょ? 素直じゃないにも程があるわね……


「そんなんじゃ、頭領ドンに一人前と認めてもらうのもまだ先かしらねー?」

『! や、やれる! いつか……いや、近いうちには、きっと……!』

「ふーん? ま、期待しないで待ってるわ!」

『ぜ、絶対だからな!? 僕は言った事は必ずやるんだ!』


 レキを奮い立たせるには頭領ドンの名前を出すに限るわね! メグちゃんという下の存在が出来てからというもの、レキはかなり成長したわ。今後もとても楽しみね。


「さて。ネーモの襲撃の方は何とかなりそうね。ジュマの馬鹿さとレキのおかげで」


 もっと厳しい戦いになる事も想定していたけど、案外早く片付きそう。手が空いた者から魔物対策に向かってもらいましょう。レオとチオリスに軽食も頼もうかしら。


「後は、魔王の問題が片付くまで、魔物の襲撃からこの街を守る事。耐久レースになるわよ!」

『……連絡しに回るんだろ。乗れ』

「やったぁ! いいの? 嬉しいー!」

『無闇矢鱈にベタベタ触るなよ!?』


 なんて貴重な体験! 私は軽やかにレキの背に乗り、ふわふわで綺麗な毛を手に巻きつける。頬ずりしたい気持ちをグッと堪えていいわよ、と合図を出した。乗ってるだけで心が癒されていくから、気を抜き過ぎて落ちないように気をつけましょう。


 さ、気合い入れて行くわよー! ハイヨー! レキ! あ、ちょっと速いってばー!!

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