それぞれの動向2

sideザハリアーシュ/負傷


 ヤツが手を振り上げると、それだけで我の周囲の風が巻き起こり、ヤツが手を振り下ろすと、その風が竜巻となって我に襲いかかってくる。かと思えばその竜巻は風の刃へと姿を変え、またある時は我の周囲の風を操り呼吸を出来なくしてくる。風が意思を持ち、ヤツの手足のように動いているかのように思えるほど、ヤツの魔術の扱いは賞賛に値するものであった。


 だが、我とてこれでも魔王を名乗る者。この程度で後れをとる事はない。

 竜巻は魔術で軌道を逸らし、刃は軽く身体を捻らせて全て避けてみせた。異空間魔術を応用し、空気を直接取り込めば呼吸に関しても無問題だ。それらの対処法は考えるより早く身体が動く。ユージンとイェンナと共に旅をしたあの頃を思い出すというものだ。やはり戦闘は我の魔王としての本能を揺さぶる良きものだ。たまには身体を動かさねばならぬと再認識したぞ。


「そんなに墓が大事か」

「!!」


 さり気なくメグたちから、そしてイェンナの墓所から離れていたのだが、気付かれたか。だが此奴はイェンナの父であろう? ならば娘の眠る墓を巻き込みたくないと思うのが普通ではないのか。我があの場から離れたのは、此奴にだって好都合であろう。我はそう思い込んでいた。


「あんな恥知らずの小娘、我らの聖域に墓を作る事すら烏滸がましい。ハイエルフの恥だ! 存在した事実さえいらぬ!!」


 我が油断したほんの一瞬の隙に、シェルメルホルンはイェンナの墓に向かって強烈な一撃を放つ。こんな僅かな間でこれほどの高威力を出すとは……!


「しまっ……!」

「うきゃぁぁぁっ……!」


 我が振り返ったのと同時にメグの悲鳴が響き渡った。無事であろうな!? 影鷲よ! 信じておるぞ!!


「混血など、真のハイエルフとは言えん! 認めん! だが、使い勝手の良い駒ではある。生涯有意義に使ってやる事こそ、あの子どもにとって最も幸せな生き方だ。大人しく渡してさっさと消え失せろ!!」


 目の前が赤黒く染まる気配がした。いかん。負の感情に飲まれては我は……! だが、この言葉には我慢ならぬ。最愛の妻であるイェンナに対する暴言、そして娘を、我とイェンナの宝を! 人としてさえ扱わぬその思想……


「黙れ老いぼれがっ!!!!」


 半魔型となった我は龍の咆哮をあげながらそう叫んだ。許せぬ。愛する者を愚弄する事は誰であろうと許さぬぞ!

 我は一気にヤツの元へ距離を詰め、首筋に牙を立てた。ブチリという嫌な音と共に血の味がする。嫌な味だ。だというのに此奴は一切気にした風もなくそのまま魔術を行使した。


 我ではなく、イェンナの墓所に向けて。


「きゃあっ……!」

「ぐっ……」

「まさかっ、二重の結界を容易く破るなんて!」


 目線の先にはメグを己の腕の中にすっぽりと抱き、背に攻撃を受けた影鷲と、驚き目を見開くハイエルフのマルティネルシーラ。そして————


 破壊された、イェンナの真っ白く美しい墓————


 目の前が、赤黒く染まった。我は怒りの感情に飲み込まれ、本来の姿に戻った所で意識を感情に支配されたのだ。




※ ※ ※ ※ ※




「泉の向こう側へ! 範囲を狭めれば結界はより強固となるでしょう! みんなも、協力なさい! 望むような死を迎えたいならね!」


 突如、イェンナさんのお墓が吹き飛んだ。原因となる悪魔のごとき竜巻は、そのまま私たちの方へと向かってくる。それは一瞬の出来事だったけど、この私が目視で確認出来ただけ上出来だったかもしれない。

 それしか出来なかった、とも言えるのだけど。


「ギルしゃん……!」

「っ大丈夫、だ。捕まれ」


 私はいつのまにか視界を黒で埋め尽くされていたから、状況があんまりわからなかったんだけど。小さな呻き声が聞こえてきたから、ギルさんがどうも攻撃をくらったのだという事だけは理解した。僅かに息を詰めた声色に、あのギルさんが軽い怪我程度でこんな声を出すわけない、とわかって怖くなった。当然自分にも結界を張っていただろうし、戦闘服だってあるというのにダメージを負うなんて。

 どうしよう、とオロオロするしか出来ない自分に、悔しさで唇を噛んだ。泣くもんか。


「先に奥へ行ってくれ! 俺ぁ少し目眩しする。絶対ぇ振り返るんじゃねぇぞぉ? 暫く何も見えなくなるからなぁ!!」


 背後からニカさんのそんな声が聞こえてきた。と同時に感じた浮遊感。ギルさんが私を抱き上げて立ち上がったようだ。


「外は見えないだろうが、メグも念のため目を閉じていろ」


 泣くもんか、泣くもんか。私は言われた通りにギュッと目を閉じた。涙を流さないように。


「奥に祠があるの。そこに集まりましょう。あの場なら、私たちハイエルフもより強固な結界が張れるわ」

「わかった」

「私はこの場に残ります。ザハリアーシュ様から離れるわけにはいきませんから」

「……気をつけろ」

「言われるまでもありませんが……ありがたくそのお言葉を受け取りましょう」


 マーラさんの指示に対し、ギルさんとクロンさんが早口でやり取りをした後、移動を始めたのを感じた。体感的には3分程度でマーラさんの言う祠へと辿り着いたらしい。途中ふわりと熱風を感じたのは、きっとニカさんだ。

 しばらくしてようやく私は下ろされた。辺りを見回しながら目が慣れるのを少し待つ。当然私は無傷である。……だけど。


「ギルしゃん、背中……!」

「大丈夫だ。あまり見るな、気分の良いものじゃないだろう」


 目が慣れて最初に確認したのはギルさんの様子。やっぱり攻撃を食らっていたんだ! 戦闘服の背の部分は跡形もなくなっていて、背中全体に無数の深い切り傷が刻まれていた。痛々しくて顔が歪んでしまう。


「手当てしなきゃでしゅ!」

「薬は用意してきたから問題ない。痛み止めもある」

「でも、でもっ!!」


 地面に座り、ボロボロになった上の服を、痛みをこらえながら脱ぐギルさん。その周囲をウロウロするしか出来ない私。手当てしたいと思うんだけど、こんなに深い傷を目の前にして何をしたらいいのかわからないのだ。頭真っ白状態である。……何やってるんだ私は!


「自分で背中の手当ては難しいでしょ? 傷口の洗浄と塗り薬があれば私がやるわ」

「……助かる」


 そんな私たちの様子を見て、マーラさんがそう名乗り出てくれた。テキパキと処置をするその姿を眺めて、またしても私は己の無力さに打ちひしがれてしまう。


 そんな時。

 目の前に一際大きく、そして美しく輝く精霊の光が現れた。少し濃いめの、水色の光だ。何となく、その精霊が私に何かを伝えたいと言っている気がする。この勘はハイエルフの血が関係しているだろうから多分当たってる。私は迷わずその精霊に声をかけた。


「……水の精霊しゃん、でしゅか?」


 どうやら正解だった様だ。水色の光は強く輝き、声を発した。


『ありがとう。突然なのだが、どうか妾と契約してほしい。貴女様をずっと、待っていたのだ』


 私を待っていた? どういう事だろう。私がここに来る事を知っていたのかな?

 疑問がいくつか出てきたけど、いつのまにか側にいたショーちゃんやフウちゃん、ホムラくんも『ケーヤク! ケーヤク!』とノリノリだから為人は保証されているのかも。

 わからないことは聞けばいいよね、という短絡的な考えの元、私は水の精霊の申し出に首を縦に振るのだった。

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