郷の住人


 魔王さんと族長の姿はあっという間に消えてしまった。消えた、というのは違うよね。所々で爆発が起きたり風が舞い上がったりしてるから、たぶんあれだ。速すぎて見えないってやつだ。絶賛バトル中なのだろう。見えないけど。


「……徐々に村の方へ向かっているわね。白の聖域で戦うよりマシだけれど。みんなに知らせておきましょうか」


 マーラさんは軽くため息を吐くとそう言って精霊に声をかけた。郷の入口から案内してくれた例の大きな犬の精霊である。同じ水の精霊を持つ同族に伝えてもらっているのだろうな。


『主殿よ。かの者の気配を感じ取れずに申し訳なかった』

「あら、それは私もだもの。言いっこなしよ。ごめんなさいね、ディロン」

「……俺も、気付かなかった。すまない」

「俺もだ。来た意味がないなぁ」


 精霊と謝り合っていると気付いたらしいギルさんとニカさんが同じように口を挟んだ。ギルさんでさえ気付かなかったなんて。族長さんて、本当にとんでもない人なんだって事がわかる。


「あら、火輪獅子の貴方はあの子の攻撃の軌道を変えたじゃない。それに影鷲の貴方がギリギリで結界を張ってくれたおかげで、誰も吹き飛ばされなかったわ。それに、この場が荒らされる事もなかったもの。お礼を言いたいくらいよ。人の中でも特に凄腕なのね?」


 すごいな、ギルさんとニカさん! 私の知らないところでそんな事をしてたとは! やっぱり攻撃を食らう前に対策をしないといけないよね。私には到底無理だ……ぐすん。


「いやぁ、それしか出来なかったのは不甲斐ないとしか言えねぇからなぁ」


 ニカさんが照れたように頭を掻きながらそう言った。でもその顔は悔しそうだ。十分凄いと思うんだけどなぁ。私基準じゃこんなものである。


「……魔王がこの場から離れたがっているな。ならばここに結界を張ろう」

「大切な人の墓所だからかしらね。貴方もかけてくれると助かるわ。私だけの結界だと心許なかったから。あ、あと入口はまだ開けておいてもらえる? 郷の者をここに避難させたいわ」

「わかった」


 そうして簡単な会話を終えたマーラさんとギルさんの2人は、それぞれの魔術でこの白き聖域に結界を張り始めた。どんな魔術でどんな作用があって結界を作ってるのか、私には全く理解が追いつかないけど、何やら凄いことをしているんだな、という事だけはわかった。なんだこの頭悪そうな感想は……


 それからしばらくして、マーラさんが呼んだであろう郷に住むハイエルフたちがこの場に集まり始めた。もっと、私たちの存在に戸惑うかとも思ったけど、マーラさんが予め伝えてあったのもあって反応は薄い。いて当たり前のように受け入れてくれているのかな? ううん、どちらかというと興味がなさそうに見える。

 何より違和感を覚えたのは、その静かさだった。族長と魔王がここでドンパチ始めたというのに、誰1人として慌てていないのである。ただ、呼ばれたから集まった。それだけ、のような感情の希薄さを感じる。そして、集まったから何か話すでもなく、各々無言で好きな場所へと行き、好きなようにリラックスし始めた。横になって寝てる人もいるけど、どことなく不気味だ。それに……


「これ、だけ……?」


 全員集まったわ、とマーラさんが言い、結界を閉じるよう伝えたから間違いないだろうけど、集まったハイエルフたちは数えるほどの人数しかいないのだ。族長とマーラさんを入れたらみんなで、たったの14人である。その事実に愕然とした。


「私たちはね、緩やかに滅びていく種族なの。それを私たちは受け入れているのよ。だから、今更命の危機が訪れたとしても、何も感じる事はないわ」


 でも痛いのは嫌だから、戦いに巻き込まれて死ぬ気はないのよ? とマーラさんはウインクしながら付け加えた。

 って、え!? サラッと軽やかに言われたけど結構重たい話じゃなかった!? 滅びゆく種族……それを受け入れている?


「同族としか子を成さないというハイエルフの呪いが、ハイエルフを滅亡の危機へと導いたのか」

「その通りよ。でもね、私も含めてみんな、それについては何も思う事はないのよ。長過ぎる生に飽き飽きもしているから。若い頃は他の種族に興味を持ったりもしたけれど、ここの生活は穏やかで幸せだし、それで満足する者が大半。このまま穏やかに死んでいけるなら不満もないもの。……でも、このままは嫌だと行動を起こした者が2人いたってわけ」

「2人、ですか?」


 黙って腕を組み、魔王さんの方を見守っていたクロンさんが、視線はそのままに疑問を口にした。


「ええ。1人目はシェルメルホルン。そして2人目はご存知の通りイェンナリエアルよ」

「あの者ですか……まぁ、そうかもしれませんね。忌み嫌うのも執着ですから」


 確かに。族長は人を見下して自分が優位に立つ事で心の平穏を保っているように思える。話に聞いた限りだけどね? わざわざ人の世界に混ざってギルドまで立ち上げちゃって? しかも特級の称号までもらっちゃって。人の世で上手い事渡っていっててさ。なんかキナ臭いらしいけどバレもせずに……って、おや? イェンナさんは人の世に飛び出したから重罪人扱いなんだよね?


「ぞくちょーしゃんも、郷を出てるでしゅ。母しゃまと同じで、じゅー罪人じゃないんでしゅか?」


 むしろ、見ようによっては人の世界を満喫してるよね? シェルメルホルンさん。自分の中のちっぽけな自尊心を満たす為だけの娯楽に、色んな人を巻き込むのは許せる事ではないけど、見事にエンジョイしてるような気がしてならないんだけど。


「……確かに、そうね。あの子は族長だから、気にした事がなかったわ。あの子も重罪人じゃないの。郷にもあまり帰ってこないし。今、ハッとしたわ」


 だ、誰も気付かなかったの!? こんなに長年!? それはあまりにも異常だよね。そこで1つの考えに至る。


「特殊体しちゅ、でしゅか?」


 あぁもうなぜここでも噛むんだ私! 特殊体質な! マーラさんも緊張が緩んで少し笑っちゃってるじゃないか!! いいんだ、私はいつでもどこでも笑いを提供する幼女……


「そうね。それも関係しているかもしれない。あの子は人の心を感じ取る事が出来るから、それを利用してそれぞれに合った微弱な精神干渉魔術を放出していたのだわ。気を付けてみた今ならわかるけれど、この程度なら私たちは余程気を付けないと気付かないし、長年の蓄積で知らない間に思い込むようになったのかも」


 サッと手を軽く振り、なんだか頭がクリアになったわ、とマーラさんは言う。そしてなぜか感謝されてしまった。え? 私何もしてないよ?


「イェンナリエアルやメグと関わる事で、私は少しずつ影響が薄れていたのだわ。やだわ、大変! みんながあんな様子なのも、そのせいね! シェルメルホルンの言動に疑問を抱かないなんて、変だもの。意思のない人形になりかけていたわ!」


 え、え? なんか話が急展開でついていけないんですけど!? えーと、つまり、他のハイエルフさんたちがどこか不気味な様子だったのは、族長による魔術のせいってこと? そしてその事に今ふと気付いたって事? よくわからなくなってギルさんの顔を見上げた。


「……精神干渉系の魔術を解除する基本は、『気付く事』にあるんだ。その手伝いを、知らずにメグはした事になる」


 私の疑問符を見事に汲み取ったギルさんがそう教えてくれて始めて納得。そうなんだ……知らなかったとはいえ気付けて良かったよ!


 慌てて他のハイエルフの元へと走り回るマーラさんを見て、これなら私もお手伝い出来るかもと一緒に付いて回る事にしたのだった。

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