ハイエルフの郷
「それにしても何の変哲も無い森が続くのだな」
「そうですね、ザハリアーシュ様。メグ様? もう少し先へ、との事でしたがこの辺りに何かあるのですか?」
私があまりにもあまりな看板に呆然としていると、魔王さんとクロンさんの会話が耳に入ってきた。あ、え? 私に聞いてるのか!
「どうだ、メグ? 何か感じるか?」
感じるも何も……目の前にありますけど、入り口! でも、私以外は何も見えてないし、魔力の変化も感じないようだ。私の中のメグは相変わらず嫌がっているみたいだけど、私はあの看板のせいでかなり落ち着いている。
「えっと、ここでしゅ」
「ここ?」
思い切って言ってみたけど伝わらなかった。そりゃそうか。
「ここが、ハイエルフの郷の入口みたいでしゅ。看板がここに、あるん、でしゅ、けど……」
後半になるにつれ自信がなくなってきたけど、たしかに今も目の前にふざけた看板があるんだから間違いない。これが罠とかでもない限り!
「こ、ここにあるのかぁ? メグよ。何も見えないぞぉ?」
ほ、本当に見えてないんだよね、これ。不思議に思っちゃうくらい私にはハッキリ見えているというのに。なので私はここにあるよと身振り手振りも交えて必死に説明したのだ。でもやっぱりわからないみたい。ギルさんが魔力探知でなにやら魔術を行使してるけど、それでもわからないなんて!
うむむ、と唸っている私の目の前をスイッと何かが通り過ぎるのを感じた。淡い水色の精霊の光である。精霊なんていつも目の前を何度となく通り過ぎているからあまり気にしてないんだけど、その水色の精霊はなぜか気になる。目で追うと、その子もこちらの様子を伺っているようにも見えるのだ。……いや、大体他の子もこっちを気にしてるんだけど何か他の子と違うんだよ!
「ショーちゃん」
『はいなのよー!』
「あの子、水色のあの子が何か言ってるか、わかる?」
『んーと、はいなのよ! あの子ね! 待っててなのよ!』
どうやらこの程度の頼みなら魔力なしで聞いてくれるらしい。最近はその辺りの匙加減もだいぶわかってきたぞ! スイッと飛んで水色の精霊の周りをフワリと舞ったショーちゃんは、そのまま私の元へと戻ってこう言った。
『あの子は水の子なのよ! ご主人様とお話ししたいって言ってるのよ!』
「私と?」
この入口の事を何か教えてくれるかもしれないっていうのは都合良すぎるかな? ひとまずギルさんたちに精霊とお話しするから待っていてと伝えて、それから私は水色の精霊の前まで歩みを進めた。
「はじめまちて。メグでしゅ。あなたは、水の精霊しゃん?」
私がそう声をかけると、水色の精霊は眩い光を放ってその姿を変えていく。そして目の前に淡い水色の大型犬となって私の前に座った。おぉー、凛々しい! 姿が変わって見えたということは、誰かの契約精霊だ。ハイエルフさんかな……ドキドキ。
『いかにも、妾は水の精霊。ハイエルフの子よ、そなたを待っていた』
「私を、待ってた?」
どうしてだろう? やっぱりハイエルフの郷の誰かの契約精霊かな。その可能性は高いなぁ。だとすると、罠って事も……?
「一緒に来た人たちがいるでしゅ。……一緒に郷に入ってもいいかなぁ?」
きっとダメって言われると思ったけど、水の精霊からの返事は意外なものだった。
『今はかの者がおらぬからな……ふむ。良い、入れ。長居は出来ぬがな』
「え、いいんでしゅか?」
『警戒せずとも、かの者が居らぬ今、何もしはせぬ。さぁ、中へ』
水色の大きな尻尾をふわりと揺らして、精霊は案内するように入口の方を向いた。ギルさんたちを見ると、相変わらずな様子なのでまだ何も見えてないのだろう。些か不安だけど、きっと大丈夫。この精霊からは悪い気配がしないから。
「案内してくれるみたいでしゅ。付いてきてくだしゃい」
私はそう声をかけてからギルさんの手を握った。これでもし私しか入れなかった、ってなった時でもギルさんは一緒だ。と信じたい! こうして水の精霊の後について歩き、入口のアーチをくぐった瞬間。
「おわ、な、なんだぁ?」
「景色が……変わりましたね」
サァッと霧が晴れるかのように、これまで代わり映えのしなかった木々の景色がかき消され、本来の景色が露わになった。
「これはなんとも、美しい場所であるな……」
魔王さんが囁くような声でそう呟いた他は、誰も口を開こうとしなかった。いや、出来なかったのだ。その景色があまりにも、美しかったから。
色とりどりの花が咲き誇り、青々とした葉が生い茂る木々は見るからに生き生きとしている。栄養をたくさん蓄えているであろう果物も実っており、流れる小川は透き通っていて、木漏れ日から差し込む日の光を反射して宝石のように煌めいていた。
そして何よりも、漂う空気そのものが清浄な気で満ち満ちており、そこにいるだけで身も心も澄んでいくような気がした。
「……ここが、ハイエルフの郷……」
誰もがその光景を目に焼き付けるのに集中していた気がする。だから、そこに人がいるなんて思いもよらなかった。
「そうよ。ようこそ、ハイエルフの郷へ」
誰もがハッとなって振り返ると、そこには女神かと見紛うほどの美しい女性が立っていた。
キラキラと輝く銀髪は膝のあたりまで真っ直ぐ垂らされて、深い蒼の瞳は柔らかく細められている。口元には微かに笑みが浮かんでいた。素朴で柔らかな素材のワンピースは装飾さえなかったけど、それがまたこの人の美しさを際立たせているようでもあった。
「お客様だなんて、何1000年ぶりでしょうね。これが、ワクワクと言うのかしらね?」
敵意は一切感じられず、嫋やかな印象でありながら少女のような反応を見せている。チラとギルさんたちを見てみたけど、皆が同じように戸惑っているのが感じられた。なんだか珍しいものを見たという感じだ。
「さぁ、ディロン。お客様を案内してちょうだい。私はそうね、お茶を淹れてくるから」
『御意。客人、こちらだ』
ディロンと呼ばれて返事をした水の精霊は軽く頭を下げてから私たちの方に向き直り、しなやかな所作で私たちを導いた。この人の契約精霊なのかな? この落ち着きのある姿、精霊では初めて見たから驚きもひとしおだ。だって私が出会った精霊はみんな、その……とっても元気だったからね! 精霊はみんな元気いっぱいなのかと勝手に思っていたのだ。
「……話し合う余地を見出せるとは思わなかったぞ」
「同感です、ザハリアーシュ様」
「だけど、まだ油断はならねぇなぁ。とりあえず、誘いに乗る、で良いのかぁ? 魔王さんよ」
「ああ。せっかくである。お茶に呼ばれようぞ」
その意見にみんなが賛同したので、私たちは誘われるがままに小さな家屋の中へと入っていくのでした。お、お邪魔しまーす……!
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