北の山


「メグ。着いたぞ」

「んにゅ……?」


 知らない間に寝ていたようだ。気付けば私は人型ギルさんに抱っこされている。目を擦って辺りをキョロキョロ。どうやらここは、森? いやいや違う。今ギルさんが着いたぞって言ったじゃないか。


「北の、山……?」


 ザワッと肌が粟立つ。メグが、少し興奮しているような、落ち着かない気持ちなのかもしれない。そんな感じがした。両手で自分を抱きしめるように腕をさする。大丈夫だよ、メグ。今はみんながいるんだから。


「大丈夫か」

「……あい」


 ほらね。心配して守ってくれる人がすぐ側にいてくれてるよ。とっても頼りになる人なんだよ。だからメグ、大丈夫。そうして言い聞かせながら腕をさすっていたら、少し落ち着いてきた。落ち着いたのは自分なんだけど、メグも私の中にいて。うーん、うまく説明は出来ないんだけど、このソワソワする感覚は私のものではないってわかる感じなのだ。


「では早速森の奥の方まで進もう。ここから先は徒歩で行かざるを得ぬ」

「そうだなぁ。気配で察知されてるとは思うが、あまり魔物型でウロウロすると警戒されかねねぇ。俺は短期間で2回目だし、余計慎重にせにゃならんからなぁ」


 そっか。ニカさんは行ったり来たりで往復だよね。ここでジュマくんがドラゴン退治で大暴れしてたんだ……よく無事だったねって今はすごく思うよ! だってここは、ずっとピリピリした魔力みたいなものを感じるもん。


「メグもわかるか。ここはハイエルフの魔力が濃厚に漂っている。邪魔な者は容赦なく排除する、といった意思を込めた悪意の魔力だ」


 ギルさんが言うには、魔術特化の者は誰もが気付くものなんだそうな。けど逆に言えばそうでない者は気付かない。ジュマくんやニカさんのように、魔力を身体強化に使うようなタイプにはわからないんだって。でも注意すれば気付くはずなんだが、とギルさんは苦い顔。あぁ、ジュマくんは注意せずにドラゴン退治に夢中だった、って辺りかな……ニカさんはこんなにも警戒してるのに。でもそれがジュマくんだよね。


「まぁ、逆にジュマのように能天気に魔物退治してた方が、あちらさんは放っておくけどなぁ」


 狩場としても有名な北の山だからこそ、狩りに来る者は一定数いる。いちいちそんな者たちまで排除はしないって事か。ある意味良かったのかも? そして今回は違うって事なんだよね。この悪意の魔力に気付いて、且つ狩りもせずに歩き回る私たち。うん、警戒されてもおかしくないや。


「出来るだけ早く空間がおかしな場所を探そうぞ」

「そこは俺の得意分野だ。だが、範囲が広いな……努力はする」

「いや、あまり頑張られても困るぞ、影鷲殿。お主はメグの守護に集中してもらわねばならぬからな」


 魔王さんの言葉にギルさんがすぐさま反応した。確かに魔力を辿るのはギルさんの得意分野だったね。でもそれすら魔王さんは渋った。私を守ることだけに気を回してほしいと言っているみたいだ。それが伝わったからこそギルさんもそれ以上は何も言わない。あぁ、なんかすみません!


「もしくは、メグ様が入り口を見つけるか、ですかね」


 少し心配そうな目線で私を見るクロンさん。む、大丈夫! ここで頑張らなきゃ私が来た意味がないもんね!


「私が探すでしゅ! 何となく、魔力の流れを感じるでしゅから!」


 グッと拳を握りしめてそう元気に宣言。実際、洞窟の奥から風が流れてくる時のように、山のもっと上の方から魔力の流れを感じるのだ。その辺に誰も触れないからたぶん、みんな気付いてないんだと思う。


「む、魔力の流れ? あるのか」

「あるでしゅ。あっちから細く流れてくる感じがするんでしゅよ」


 ギルさんが驚いたように聞くのでその方向を指し示しながら答えた。やっぱり気付いてなかった。ギルさんでさえ、だ。だからこれがいわゆるハイエルフにしかわからないことなのだろう。


「ふむ。ハイエルフの血がそう言っておるのだろう。早速進むとしよう。各々、警戒を怠らぬようにな」


 魔王さんの言葉に皆が頷き、気を引き締める。それから私はギルさんと手を繋いで歩き始めた。




 こうして進む事2日ほど。徒歩での移動の上、私を気遣ってこまめに休憩を取りつつだったから普通より時間がかかったと思う。足を引っ張ってごめんなさい! 夜は大人が交代で見張りをしながらの野営だったけど、テント内は快適だし、食事は出来たてを収納してきたから文句なしだしで、とても野営とは思えない好待遇。もっとあれこれ忙しいキャンプを想像してたから拍子抜けしちゃったよ。もちろん、快適なのは望むところなんだけどね?


 そんなこんなでのんびりな歩みではあるけど、ちゃんとハイエルフの郷に近付いているという確信はある。すごいや! ハイエルフの血!

 こうしてついに、3日目の今日、到着するだろうところまでやってきました。


 正直、今日は1歩進むごとに心臓がバクバクと音をたてていた。行きたくないような、早く行きたいような。メグの声が聞こえるわけじゃなくて、何となくなんだけど。

 そこまで身体が反応を示すなんて……お母さんであるイェンナさんに会いたい気持ちと、戻ったらどうなるかわからない不安がせめぎ合ってるのかな?


「……メグ、大丈夫か」


 手を繋いでいるギルさんには、私の震えがダイレクトに伝わっていたようだ。私は大丈夫なんだけど、メグがね……進むたびに足を出すのが重くなっていくから感情がぐちゃぐちゃで混乱してるのかも。ここはギルさんに甘えておこうと思う。


「大丈夫、でしゅけど。ギルしゃん、抱っこしてくれましぇんか……?」


 ここは無理にでも進まなきゃ。メグ、ごめんね? でも、ここは行かなきゃいけないんだよ。今回は私もいるから、お願い。少し我慢してね。

 心の中でメグに謝りながら私はギルさんに抱っこされた。はふぅ、落ち着く。この腕の中の安心感が、メグにも伝わるといいんだけど。


「しゅみましぇん……」

「このくらい構わない」


 ポンポンと頭を軽く撫でられる。ギルさんのパパ力に脱帽です。


「くぅっ……我も、我もいつか抱っこをねだられたいぞ……!」

「そうですね。先に急ぎますよ、ザハリアーシュ様」


 魔王さんとクロンさんは相変わらずだった。ま、おかげで緊張がほぐれるから感謝かな。


 けど、そんな軽口を脳内で言えるのもそこまでだった。いよいよ入口が近付いてくると、私は全身震えだしてしまったのだ。私は平気なのに。何というか、目の前でメグが怯えきっていて、それを近くで見ている私はその怖さがわかる分、どうする事も出来ずに立ち尽くしているような状況。それが私の心の中で起きているのだ。つまり身体が勝手に震えてしまう。

 でも、ここで泣き出さずに済んでいるのは全てギルさんのおかげである。私の震えをしっかり感じているはずなのに、変わらない調子で背中を撫でてくれる、暖かくて大きな手。次第に力強く抱きしめてくれる腕。トクトクと聞こえる変わらぬ速さの鼓動。それらが私を落ち着かせてくれていた。


 そうしてどれだけ進んだだろう。それは私の目に映った。


「あ……」

「どうした」

「ううん、もう少しだけ進んでくだしゃい」


 私の漏らした声にいち早く反応を示した魔王さんの声に私が指示を出す。やがてそれが目の前に来た時に私は————


【おかえりなさい! 我らの家族よ! お風呂にする? ご飯にする?】


 盛大にずっこけたのであった。

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