1日の終わりに


「まぁ今知れて良かったじゃねぇか。メグと精霊のおかげだな! ってなわけで、俺らもそれぞれ5日後に出発だ。準備しとけよー」


 お父さんの軽い調子の声は重くなりかけた空気を変えてくれた。さすがは頭領ドンなだけあるね。娘は誇らしいよ!


「そうね。やつらが来ても、ギルドにメグちゃんはいないってわけか」

「でもそれを相手方に教えてやる必要はない、と」


 サウラさんとルド医師が悪い笑みを浮かべている……! なるほど、ネーモの人たちはせっかく覚悟を決めてオルトゥスに来たというのに、目的の私がいなくて無駄足になるのね? しかもたぶん敗走するまで、もしくは敗走しても教えない気なのだろう。2人の考えが容易に読み取れてしまうよ……!


「それにジュマ、思う存分戦えるじゃない。迎撃戦とはいえ、期待してるわ。結界は強化してもらうから遠慮しなくていいわよ」

「あったりめぇだ! くぅーっ! 久しぶりにワクワクしてきた!」


 サウラさんたらジュマくんを焚きつけるのがうまいなー。敵が攻めてくるというのに楽しそうとか、そこはさすが鬼、といったところかな。

 それにしても、問題にならないのかな? 特級ギルド同士で戦うなんて。そんな疑問を漏らすとそれについてはギルさんが答えてくれた。


「うちは迎え撃つだけだからな。向こうが手出しするまで何もしないで待つ。ネーモが仕掛けてきたという証拠があればあとは好きにやっていい」


 ふむふむ。つまりギルド内に音声とか映像を記録する魔道具なんかが設置されるのかも。何せお父さんがいるんだから、そういうものを研究してミコラーシュさんが開発しててもおかしくない。というか絶対ある気がする。


「それに、うちは信頼されているからね。例えば向こうが何か理由をでっち上げてうちを攻撃してきたとしても、何かとキナ臭いネーモよりうちの方が信憑性が高いとみなされると思うよ」


 さらにケイさんが補足説明してくれた。なるほどね。信頼されるだけの実績を積んできたんだ。余程の事がない限り、うちが不利になる事はなさそうだね。日頃の行い、大事!


「ジュマ。お前ワクワクするのはいいけど、勝てるのか? ラジエルドに。アイツにお前が勝てなきゃギルドここは終わりだぞ」


 ピリッとした空気を漂わせてお父さんがジュマくんに問いかけた。ラジエルド、というのはきっと向こうの最高戦力に近い存在なんだ。ショーちゃんからの報告を聞くに、その人はこのギルドにやって来る。そしてここに残るメンバーで太刀打ち出来るのは恐らくジュマくんだけって事なんだよね。

 ギルドの他のメンバーはそれこそ、ネーモからの他の人たちと戦わなきゃいけないだろうし、援護もあまり期待出来ない。まぁそれはお互い様なんだろうけど。


「……たしかに、アイツに勝ったことはねぇよ。でもありゃ、ガキん時だ。今やったら、オレが勝つ!」


 ジュマくんの金色の瞳が強い光を帯びているように見えた。そっか、勝った事はないんだね。でも、何故だろう。不思議と不安はない。ジュマくんならやってくれるって信じてる。そしてそれは、ここにいるみんなが同じ気持ちだと思うんだ。


「……そうか。じゃ、勝て」

「おう!」


 暫しお父さんとジュマくんは目で語り合い、そして軽い一言を交わし合う。うん、きっとそれでいいんだよね。

 こうして、特級ギルドオルトゥスの本拠地の守護は、ジュマくんに委ねられた。


「戦闘なら・・頼りになるのよねー。他のことはまるでダメだけど」


 サウラさん! それみんな思ってたやつ!!




 こうしてようやく会議が終わると、メンバーは散り散りに解散した。私はギルさん抱っこで自室へ戻るところである。魔力が回復してないのと、いくらお昼寝したとはいえ、夜遅くなったので眠いのである! 今日どんだけ寝るの私……


「メグ。……無理してないか」


 私の部屋に着いて、私を下ろしたギルさんがそう言ったので見上げると、心配そうにこちらを見る整ったお顔。あー、流石は保護者。いや、私がわかりやすいのかな? ここは正直に白状した方が良さそうだ。


「……本当は、しゅっごく怖いでしゅ。きっと足なんか歩けないくらい震えちゃうでしゅよ!」


 あはは、と笑いながらそう告げると、ギルさんが屈んで私に目線を合わせた。黒い瞳に映る美幼女の顔は情けない笑顔を浮かべていた。こりゃダメか。


「実はな、俺も怖い。未だ嘗てないほど怖いと思っている」

「え!? ギルしゃんがでしゅか!?」


 驚いてそう聞き返すとそうだと笑いながらギルさんが頷く。本当に意外だ。だって私にとってギルさんは完璧な人だったから。


「お前を、メグを失うような事があったらと、恐ろしくてたまらない」


 情けない護衛ですまない、とギルさんは言う。ギルさんがイケメンすぎて辛い……! ってそうじゃなくて、素直に嬉しいと私は感じた。そっか、ギルさんも怖いんだ、と思うと安心したというか。でも変だよね、護衛してくれる人が怖がってるって知ったら、普通は不安になってもおかしくないところなのに。


「じゃあ、ギルしゃんのことは私が守るでしゅ!」

「む?」


 不思議そうにするギルさんの首に小さな手を回して、私はギュッと抱き着いた。お父さんが昔良くしてくれたおまじないをしてあげよう。


「こわいの、こわいの、とんでいけー!」

「メグ……」


 ギルさんが、自分のせいで私が傷つく事が怖いなら、私はギルさんの近くでいつでも元気でいよう。出来るだけ怪我しないように、出来るだけ無理なく笑えるように。それがきっと、1番のお薬だよね!


「こわいの、とんでった?」


 私があざとくも小首を傾げならそう聞くと、驚いた顔のギルさんは、一瞬の間を置いてからフッと笑った。うふふ、成功かな?


「ああ、飛んでいった。そうだな。メグがいれば、怖くないな」

「良かったでしゅ!」


 私たちは小さく笑い合う。そこには優しい時間が流れていた。




 おやすみなさい、と挨拶をして部屋を出て行くギルさんを見送ると、入れ替わりにお風呂に入りましょうというギルドのお姉さんが入ってきた。近くで待っていたらしい。

 お姉さんは私を丸洗いにしながらしきりに「良いものを見させてもらいました」「癒されました」と呟いた。ドア開けたまま話してたからバッチリ見られていたようだ。なるほど、イケメンと幼女の心温まるスキンシップか。確かに周りからみたらそうかも、とここで私はある事に思い至る。


 身支度を終えてお姉さんが出て行き、ボフっとベッドに倒れこんだところでようやく私は————悶絶した。


 私、中身はアラサー女だった! そして正体は言ってないけど中身はそこそこの年齢だと気付いているのではないか? と思ったのだ。

 そんな私が軽率に男の人に抱きつくのはよく考えたらすんごい事しちゃってないか? いや、お互いに親娘と認識してるからやましい気持ちはないんだけどさ!


 私、かなり身体に精神年齢引っ張られてる気がするなぁ。元々枯れてたけど流石に突然抱き着いたりはしなかったもん。ということはこの先もきっと似たようなことを色んな人にする予感。そういえば前はシュリエさんにハグを求めたっけ……


「う、うわぁぁぁ……」


 ふと環である事を認識すると耐え難い羞恥が襲ってくる。気にしちゃ負けだ、私はもう幼女、幼女なんだ、とブツブツ言い聞かせる。こりゃダメだと思った私はぎゅっと目を瞑って布団を頭から被り、無理矢理眠りにつくのだった。


 ……ぐはっ、おやすみなさいっ!!

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