魔王の昔話
こうして暫く滞在する事になった魔王な父様。そりゃギルド内は大騒ぎ、かと思いきや意外とみなさんすんなり受け入れててその器の大きさに驚いた。やっぱり特級ギルドは違うわー。でも流石にコソコソ噂したり、チラチラ魔王さんを見たりはしてたけどね。そのくらいは仕方ないと言えよう。威圧さえなければただのものすっごい美形な男性だもの。うん、ただの、ものすっごい美形な、男性。メグが整った容姿なわけだわ。あれ、でも母親似なんだっけ?
そんな噂されまくりな魔王さんだけど、数日も経てばギルドにも上手い事馴染んでいた。元々美形は各種取り揃えてたもんね。え、そうじゃないって? でもね、慣れるもんよ? 美形はすぐ飽きるって言われる理由もわかるってものだ。でもやはり目の保養にはなるけどね!
さて、今日も今日とてマイカウンターで看板娘のお仕事! 最近は名前を呼びながら挨拶が出来るようになってきたよ!
「あ、ちょっと道具屋行ってくるわ」
「熱を冷ます薬ってここに売ってます!?」
「前に頼んでた武器のメンテナンスしたいんだけど、担当してくれた人の名前なんてったっけなぁ……」
「あれっ? クルトはどこ行ったのー!?」
様々な声が飛び交うギルドホール。午前中のこの時間は大体こんな感じである。さて、お仕事するぞ!
「熱冷ましは昨日たくしゃん仕入れてまちたから、あっちのお薬売り場に行ってくだしゃいね。あ、その人ならゲイルしゃんでしゅよ。受付で呼んでもらってくだしゃい! クルトしゃんなら本当に今さっき道具屋に行くって言ってまちたー!」
自分にわかる範囲でどんどん情報を伝えて行く。一斉に話しているの聞き取るのも久しぶりだわー。どちらかというと聞くより伝える方が今は厳しいけどね。なんたって口がうまく回らないんだもん。
「ほう、凄いんだなメグは。人の顔と名前を覚え、状況も把握していないと答えられないぞ」
ひと段落ついたところでそう声をかけられた。声の主は魔王さん。少し休憩せぬか、と微笑まれた。確かにそろそろ少し休憩した方がいいかも。体感的にはまだまだいけるけど、身体を労わらないとね!
こうして魔王さんの言葉に甘えて少しカフェスペースに移動する事にしたのだった。父親との交流も必要な時間だし!
必要な、時間、なんだけど。
「…………」
「…………」
なんか、話そうとは思うんだけどね? そしてたぶん魔王さんも話そうとしてるのが雰囲気でわかるんだけど。口を開こうとしては閉じ、を繰り返しているんだよ。なので私も口を挟まずにいて、気まずい時間が流れている。
いや、しかし何か話さなきゃダメだよね! 元社畜のコミュニケーション能力を今こそ発揮しようじゃないか!
「あにょ、父しゃま」
「! な、なんだ?」
私が声をかけるとパァッと花開くように魔王さんが笑みを浮かべた。……非常にわかりやすい。
「えと、母しゃまって、どんな人だったんでしゅか?」
やはり聞くべきはこれかな。実際気になるし。それに共通の話題といえばこのくらいしか思いつかなかったからね。
「ふむ、メグは覚えていないのだったな。よし、せっかくならば我がイェンナと出会った頃から簡単に話そう。……嫌か?」
「! 聞きたいでしゅ!」
昔話は長いと相場が決まっているけど、メグの母親はハイエルフだし、そもそもどうして魔王と出会う事になったのか個人的に気になる。どんなロマンスが!? あ、いや、母親の為人も気になるからね? ワクワク。
「そうか。では話そう。あれは、210年ほど前。あまり細かくは覚えておらぬがそのくらい前だ。戦争が激化する直前であった。我は、時折力に飲み込まれ、意識を失う事が多くなり、それが恐ろしかった」
曰く、意識を失っている間に魔王の力が意思を持ち、好き勝手に暴れたり魔物を人里に
「我は力はあれど、実は臆病者でな。現実を受け止めきれず、ただ恐ろしかった。自分が自分でなくなる恐怖に耐えられず、我は城を飛び出したのだ」
まさかの家出!? 驚いて目を丸くしていると、我もまだ100歳代の若い頃だったからな、と笑った魔王さん。あ、100歳代っていうと、私の感覚からすると思春期の頃なのかな? 基準が違いすぎてなんか調子狂うけど。
「当てもなく彷徨いながら魔物退治をしている日々でな。そんなある日に出会ったのがお前の母、イェンナだったのだ」
イェンナさんは当時ユージンという男性と2人で組んで旅をしていたのだそう。何となく意気投合して3人で行動を共にするようになっていったらしい。おぉ、異世界の冒険者っぽい!
3人は各地で広がる魔物の被害を最小限に抑えながら旅をしていたらしい。旅の目的は2人とも特にないだとか、世界を見たいだとかいうものだったので、魔王さんも同じであると通したのだそうだ。そりゃ、自分が魔王で家出少年だなんて言えないよね。
だけど、3人が3人とも互いの事情を深く探ることなく程よい関係を築いていたんだって。それぞれかなり腕の立つ猛者だったから、いく先々で活躍し、噂が噂を呼んでいつの日か英雄として名を上げていたんだそうだ。これ、3人の冒険譚として1冊の本になりそうだな、なんて事を思ったよ……!
「あぁイェンナの為人だったな。つい話が逸れてしまうな。イェンナはな、かなり美人だった。種族柄それは当然なのだが、その中でも一際美しかったと我は思う。おそらく、芯の通った真っ直ぐな性格がその美しさを際立たせていたのだろう。イェンナは内面も美しい女性なのだ」
サラッと惚気る魔王さん。あまりにも自然に褒めるので私は恥ずかしいとかそんな気にもならなかった。あれだね、外国人は自分の家族や妻を褒めちぎるっていう、その感覚なのかも。日本人が恥ずかしがり過ぎなんだよね、きっと!
「ただ少々勝気で腕っ節が強く、手の早い暴力的なところのあるお転婆娘だった」
そう言いながらぶるっと身震いした。魔王を震えさせるなんてどれだけなのイェンナさん……
「我がユージンとバカをやらかす度に鉄拳制裁が下ったな。良く無事だったものだ。若さであろうな」
大分物騒な言葉の響きではあるんだけど、懐かしそうに目を細めて言う魔王さんがあまりにも嬉しそうで。まるで学生時代を懐かしむ大人のそれで、私までなんだか楽しい気分になった。
「我はそれまで、こんな風に遠慮なく接する相手がいなかったからな、ユージンとイェンナ、2人との関係がとても心地良かったのだ。……我が魔王であるという事実を忘れてしまうほどに、な」
と、突然魔王さんの表情が歪んだ。ここからは、戦争が激化する時代へと話が移り変わっていくのだと雰囲気で察する。私はゴクリと喉を鳴らして話の続きを待つのだった。
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