sideシュリエレツィーノ3 後編


 とはいえ、いくつか疑問が残ります。頭領ドンの元へと向かう間に、私は並列思考を一度切り、脳をフル回転させて考えを巡らせました。


 これまで空っぽだったメグに魂が宿った事まではわかりましたが……おそらくそれは、新しい魂ではないのです。

 というのも、あの子は聡明過ぎるからです。今までの期間蓄えていた身体の記憶、とも考えられなくもないのですが、いくらなんでも人とのコミュニケーション能力が高過ぎます。

 閉鎖された場所で育ったメグ。あの子が関わった人というのも限られた人数であるはず。だというのに、組織のルールに馴染み、初対面の相手への対応などを難なくこなすのです。


 だから私はこう結論付けました。きっと、身体に宿った魂は元々「誰か」のものだったのでしょう。そして、その「誰か」の記憶がそのまま残っている。だからこそ、無知なはずの身体に宿ったというのに、普通に生活出来ているのです。


 そう考えた時に最初に思ったのは、あの子の心情でした。

 新たな身体に宿る事を知っていたのでしょうか? 同意の上で宿ったのなら良いのです。でもそうじゃなかったとしたら? あの子の混乱は計り知れません。

 そして、きっとそれを誰にも言い出せない。あまりにも非現実的で、言っても信じてもらえないだろうと考えるのは容易に想像出来ました。


 元々のメグの身体と、宿った魂の精神がうまく混ざり合って、そうして今のメグが成り立っているのかもしれません。大人びた考えを披露したかと思えば、無邪気に笑ったり。そういうチグハグさにも、納得がいくというものです。ひょっとすると、魂の年齢はもっと上かもしれませんね。


 数瞬の間、立ち止まって放心していたようです。全く、こんな事初めてですよ。けれどそれもまぁ、仕方のない事です。


 全生命体の中でも最も子を成す可能性の低いと言われる魔王と、同じくらい可能性の低いハイエルフとの間に子が出来たという事実。そして、相手が魔王であるというのに母親が無事に出産出来たという事。いえ、こちらはむしろハイエルフであるイェンナリエアルだからこそ耐えられたのでしょう。


 さぁ、頭領ドンに答え合わせをしてもらいましょうか。




「さすがだな、シュリエ。俺が欲しかった情報もまとめて調べてくるとは恐れ入ったぞ」


 私が頭領ドンにこれまでの考察を披露すると、あっさりとそんな答えが返ってきました。どうやら合格のようです。久しぶりの緊張感でした。


「俺がアーシュから受けた依頼は、イェンナリエアルの捜索。そしてその能力の調査だ。まさか子どもがいて生まれているとは思わなかったがな」


 聞けば、魔王も自分に子が出来ているとは思っていなかったそうです。以前、頭領ドンがギルドに帰って来たのは、拾った子どもがハイエルフだったという報告を聞いたからなのだそう。


「その時は馬鹿みてぇな可能性だとは思ったんだがな……一目見てわかったよ。あの子は母親にそっくりだ。瞳の色はアーシュに少し寄ってたがな」


 ようやく見つけた手掛かり。すぐに依頼主である魔王に話をしたものの、魔王本人でさえすぐには信じられなかったそうです。まぁ、その気持ちはわかります。私だってここまでの状況証拠が出揃ってなければ馬鹿馬鹿しいと思いますからね。


「それに、名前だ」

「名前? メグのですか?」

「そうだ。以前夢物語として話したことがあったんだ。もし女の子が生まれることがあったら、メグと名付けようと、魔王もイェンナも言っていたからな。それを覚えていたイェンナがそう名付けたとしてもおかしくない」


 そんな経緯があったのですね。そういえば、頭領ドンは「メグ」という名の花の意味を知っていましたっけ。きっと魔王と話した内容だったのでしょう。


「さて、問題なのは魔王に子がいたという点と、それがハイエルフの子だって事だな。そして、メグの能力だ」

「文字通り問題は山積みですね」

「ああ。メグは血筋からいっても秘めた能力からいっても次期魔王だ。これは間違いない。だが、未来予知という能力に加え、魔物を統べる力を持つメグをハイエルフが放っておくわけがない。魔物や魔族を従わせられる器を持ったハイエルフだぞ? ……最も神に近い存在だと思わないか?」


 頭領ドンの言葉に息を呑みました。確かに、そうですね。ハイエルフがいつか神に戻るという目標を今もなお掲げているのだとしたら。最も神に近い能力を秘めたメグを手離したくないはず。メグを利用しようとするでしょう。

 未来予知の能力については、持っているかわかりませんが、魔物や魔族を従わせられる器は、魔王の血を分けた子なら必ず引き継ぎますからね。現魔王の威圧が通用しない、というのがその証拠となるのですが。その魔王の器だけでもハイエルフが狙う要素は十分です。


「ハイエルフが、メグの事をどの程度知っているかが重要になってきますね……」

「そうなんだよ。いやぁ、シュリエ相手だと話が早くて助かるぜ。いちいち説明しなくて済む」


 私の場合、種族的な特徴から深く考察するのが得意というだけなのですが、そう言われると嫌な気持ちはしませんね。ほんの少し肩を竦めて笑いました。

 そのまま互いに推測される状況をあげていきます。


「なぜイェンナが側にいないのか。なぜメグだけがダンジョンで発見されたのか。イェンナは十中八九ハイエルフの郷にいるんだろうな。そして身動きが取れない状態なんだ」

「メグの未来を視たのかもしれませんよね。だからなんとかメグだけを逃した、という事も考えられます」


 そう考えると、やはりメグの身は危険に晒されているのだろうと考えられ、不安が膨れ上がりました。今はギルが常に側にいるので大丈夫だとは思うのですが、相手がハイエルフとなると話は別ですね。魔王がギルドに来ている間は安全性も増すのでしょうけど……実の父親だからとメグを連れていかれてしまうのもなんだか腑に落ちません。こればかりは感情の問題なのですけど。


「シュリエの考察通りだとすると、メグは未来予知の能力で知り得た未来の絵を描いてるんだろうな。本格的にイェンナの捜索をする前に、その点についてギルドで調べよう」

「まだメグの能力が未来予知と決まったわけではありませんけど、調べてみないことには始まりませんしね」


 こうして、案外あっさりとエルフの郷でやるべき事が終わり、今後の計画を話していきました。少しの間を置いて、頭領ドンが声のトーンをやや落として告げます。


「それから、メグの身体に宿ったと思われる魂があるなら、その事について直接本人に話してみよう。どの程度認識しているのか。全くわかってない事も考えられるが……言い出せなくて悩んでいるのなら、話しても構わないのだと安心させてやらないとな」

「そうですね……」


 そう話す頭領ドンの顔はどこか申し訳なさそうで、慈愛に満ちていて。メグの存在だけでなく、新たに宿った魂にも気を配っているのが伝わってきました。


 わけもわからないまま、メグという器に入ってしまった彷徨える魂。それが極悪人であったなら別の意味で厄介ではありますが気兼ねする事もなかったでしょう。けれど、その魂が穢れなきものだという事は精霊の様子からも私の目から見ても明らかです。

 私や、ギルたち、他のギルドメンバーだって、メグの外見だけではなく、内面も含めて好ましいと思っているのです。魂が本人のものではないとわかった時も、不思議とメグに対する気持ちは変わりませんでした。どんな人物であろうと、魂が別の人物であろうと、メグはメグ。あの子として受け入れたいと改めて思いました。


 生まれるはずもないと思われた魔王とハイエルフとの間に生まれた子ども。

 授かるはずもないと思われた魂がある日宿ったという事実。


 メグは、まさしく奇跡の子です。その事実に身震いしたのでした。

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