sideシュリエレツィーノ3 中編


 頭領ドンから衝撃の真実を聞かされた私は暫し呆然としてしまいましたが、頭領ドンの話は更に続きましたので、どうにか頭を働かせます。


「お前に調べてもらいたいのは、とあるハイエルフについてだ」

「え……?」

「メグはおそらくハイエルフだ。それは知っていただろう? 母親がハイエルフだからだ。間違いないだろう」

「ええ、可能性は高いと思っていましたが……そう、ですよね。でも、だからこそ余計に魔王の子などと……信じられません」


 いくらなんでも夢物語過ぎます。そんな可能性が浮上したとしても、真っ先に違うと疑ってかかるところです。

 けれど、実際メグはハイエルフの可能性が高かった。それに頭領ドンが言い切るという事は、魔王からそう伝え聞いたという事。間違い無いのでしょうね……


「母親についてと、メグの事。まずはお前なりに調べて答えを出してみろ。それから依頼内容について話そう」

「わ、わかりました」

「いくら俺でも、エルフ秘蔵の書までは調べられないからな。俺が知らない何か新しい情報が出てくる事を期待してるぜ」


 試されているのでしょうか? これは気合いを入れなければなりませんね。必ずや、頭領ドンすら手に入れられなかった情報を引き出して見せましょう。

 そして、例えどんな結論が導き出されようと、心を乱されないようにしなくては。




 その後の旅はいつも通り落ち着いたものでした。頭領ドンは私が思考を整理しやすいようにと、それ以上は詳しい話を避けていたように思います。時折最近のギルドの様子などをしたくらいでしょうか。

 こうして順調に旅を続けた私たちは、ついにエルフの郷へと辿り着きました。


 仲間たちに軽く挨拶を済ませ、早速族長に古い文献の閲覧許可を取りに行きました。同族でしかもオルトゥスの一員という事で許可はあっさりと下り、まだ挨拶をしている頭領ドンとはそこで別れ、私は足早に文献を調べに向かいます。


「これですね……」


 目的の書を見つけた私は早速ページを捲ります。心臓の音がうるさいですね……


『ハイエルフは、神から降格された存在。地に住まう者の中で最も神に近いとされる』


 これは世間でも有名な話です。子どもの頃に物語として聞かされる事が多いですね。だからこそ真偽があやふやだと認識されていますが、大体の事は事実です。確かそれは別の本に……ああ、この絵本ですね。


『その昔、神であったハイエルフは、たった1人の裏切り者によって、神様をやめさせられてしまいました。

 人に恋をしてしまったのです。それを知った神様たちは、それはそれは怒りました。

 こうして地に墜ちた神はハイエルフと名乗るようになったのです。


 ハイエルフはいつか神に戻ろうと努力しました。でも、中にはこのまま人として生きたいと思う者も現れたのです。人として生きる道を選んでしまったハイエルフは、罪人として郷から追い出されてしまいます。それが、エルフとなりました。

 

 神のごとく悠久の時を生き、世界を見守り、いつか神の世界へと戻る事を望むか。

 力を削がれ、それでも人と同じ時を生きるか。

 ハイエルフにはなぜ人と同じ時を生きたいと思うのか理解が出来ません。こんなにも強大な力を失う事になるのに。そして、死が身近になってしまうというのに。

 2つあった選択肢は、いつしか前者しか許されなくなり、ハイエルフは独自のルールを作り出していったのです』


 はて、こんな話だったでしょうか。なにしろ私も幼い時に読み聞かせてもらっただけですので、だいぶ内容を忘れてしまっています。

 絵本といえど、この内容は全て事実。むしろ絵本の形をとる事で、語り継がれやすくしているといえます。

 私は引き続き、完全に忘れてしまっている、絵本の後半を読み進めました。独自のルールというものがいくつか載っていましたが、その中の1文に目を奪われました。


『ハイエルフは、ハイエルフとの間でしか子どもを産んではなりません。もし、他の種族との間に産んだ場合、その子どもは魂を授かりません』


 魂を授からない? それは一体どういう事なのでしょう。私は別の文献を手に取り、ページを捲りました。


『他種族との間に産まれたハイエルフの子どもは、施された呪いによって魂を持たずに産まれてくる。意思を持たず、何も理解せず、指示された事だけをひたすらこなし、ただ生きる。その様子はまるで人形のようだという』


 な、何ということ……! メグが魔王とハイエルフとの子だと言うのなら、メグは魂の宿らない人形のような状態で過ごし、自分の名前すら自覚していなかったと考えられます。つまりは記憶喪失などではなく、それまでの事を理解できていなかっただけに過ぎないのです。

 でも……出会ったあの子にはちゃんと魂がありました。あんなにいろんな表情を見せてくれて、様々な反応を示してくれるあの子が、魂のない状態とは思えません。確かに自らの意思で考え、行動していました。


「……最近になって、魂が宿った……?」


 荒唐無稽だとは思いますが、そう考えると様々な事の辻褄が合います。何らかのきっかけで、ある日あの子に魂が宿った。これまでの生で身体に染み付いた記憶はきっとそのまま受け継がれたものの、そもそも何も理解出来ていなかったはず。だからこそ記憶喪失のように思えたのかもしれません。

 そして、年齢的にそこまで不自然ではありませんが、やけに舌足らずな所はおそらく。


「言葉を喋る機会が全くなかったから、ですね……」


 しかしそう考えると、なぜ突然魂が宿る事になったのか。ハイエルフのルールという名の呪いがそう簡単に解けるとは思えませんし。


「! そういえば……」


 ふと思い出したのは、あの子の夢遊病。瞳に光がなく、無表情で、それでいてただ淡々と絵を描くあの姿。


 あの姿こそ、元々のメグの姿だったのではないでしょうか?


 様々な可能性が脳内を巡っては消え、そうして1番可能性の高そうな答えを導き出します。パラパラと別の文献を高速で捲り、情報を得ていく。


『ハイエルフは、稀に現れるエルフとは違って全員が特殊体質を持って生まれる』


 それは、ハイエルフであるならメグにもきっと備わっているはず。

 本人に聞いたことがないのでわかりませんが、私が見る限りメグはそういった能力を持っていないように思います。もしくは、私の時と同じように気付いていなかったか。


 けれど、あの夢遊病の状態の時。元々のメグがその能力を使っていたとしたら? 私たちに何かを伝えようとしていたとしたら?


『能力は遺伝する事が多い』


 大昔に、別の文献で見たことがあります。桃色の輝きを持つ髪を持って生まれた、ハイエルフの話を。


『他種族に興味を持ち、郷から出て行った重罪人』


 彼女の特殊体質はたしか────


『未来予知の能力を持つ。イェンナリエアル』


 彼女なら、他種族との間に子を持っていたとしてもおかしくありません。そして実際、しかも魔王との間に子を成した。その子どもがおそらく……


「メグ……」


 そうしてメグも未来予知か、それに似た能力を持って生まれたのです。そして、魂のなかった頃のメグはその能力を発揮していたのでしょう。伝える言葉が話せなかったあの子が唯一出来たのが、脳内に浮かんだ景色を絵にする事だったとしたら。元々のメグが未来を予知し、それを絵に。

 あの子は、私たちに何かを伝えたかったのかもしれません。


「絵を……絵を確認しなければなりませんね……!」


 私は広げた無数の文献を手早く片付けると、急いで頭領ドンの元へと向かうのでした。

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