看板娘に就任
「あ、メグちゃん! ギル! 無事に出来たかしら?」
ホールへ着くとすぐにサウラさんは私たちに気付いたようで、とっとこエメラルドグリーンのポニーテールを揺らしながらこちらに向かってきた。今日も可愛らしい。
「ああ。ただ魔力をだいぶ渡したみたいでな。この通りだ」
「あーそれは仕方ないわよね。メグちゃん大丈夫? んんっ、黒キャトル姿だなんて今日もスペシャルキュートねっ」
両頬を手で押さえながらそんな事言われましたが、あなたの方が可愛いですよーと言いたい。はぁ、サウラさんたら癒される。えげつないトラップの事は1度忘れよう……
「私、実は最近キャトルを飼い始めたんだけど……黒キャトルなメグちゃんと本物のキャトルのツーショットとか……あっ、想像だけでクラっとしちゃうわ」
へぇ、サウラさんは猫を飼ってるんだね。いいなぁ、もふりたい。いつか合わせてもらえるかな?
「サウラ、本題に入ってくれ。メグの体調が心配だ」
酔いしれるサウラさんに対してもいたって通常運転なギルさんがそう告げた。いや、過保護か。
「それもそうね。あっちのカフェスペースに座っててくれる? 魔力回復薬入りの特製ハーブティーを持っていくわ」
「助かる」
ギルさんの対応には慣れているのか、気にした様子もなくサウラさんも通常運転に戻った。相変わらずの切り替えの早さである。にしても魔力回復薬入りのハーブティー? 単にお薬として飲むよりも飲みやすいかもしれない。ワクワク!
私たちが席に着いてまもなく、サウラさんがトレーにハーブティーをのせてやってきた。ミニマムサイズだからか危なっかしく見えるけど、その足取りはキビキビしている。ああ、私だったらもっと危なっかしく見えるんだろうなぁ、と遠い目になってしまった。無念。
「さ、メグちゃんのはこれよ。飲みやすいようにシロップを少し混ぜてあるわ」
「ありがとーごじゃいましゅ。……不思議な香りがしゅる……」
差し出されたカップにはほんのり青い液体。湯気とともに立ち昇る香りは何というか……まぁ、薬っぽいのとハーブっぽいのと。でも甘いこの香りはどこかで……あ!
「ばにゃにゃ!」
何だよばにゃにゃって! バナナって言いたかったんだよ! 恥ずかしいっ! そしてあちらこちらで吹き出したり咳き込んだりする人続出。なんだよぅ、さては聞いてたなぁ!?
「あははっ、おしいなーメグちゃん! これはナババの香りよ。ふふっ可愛らしい間違いで微笑ましいわ!」
な、ナババ……! むしろ私的にはそっちの方が違和感だらけだよ! で、でもこの世界ではナババなんだよね。よ、よし。
「……にゃばば?」
「「「ぶほぅっっっ!!!!」」」
あー言えない。舌が回りませーん! もう周囲の反応は諦めたよ。笑いたければ笑うがいいさ! くすん。
「ふふっ。そうよ。さ、あったかいうちに飲んでごらんなさい。少し苦いかもしれないけど、普通の薬よりは飲みやすいと思うわ」
「いただきましゅ」
言われるがまま私はそっとカップに口をつけた。ん、確かに少し苦いけど、バナナの風味の方が強いからあまり苦味は気にならない。バナナ味の子ども用風邪シロップってところかな? 今の私は味覚もお子様のようなので、とても飲みやすい。それに身体がポカポカするし、さっきまでヘロヘロだったのに少し元気が戻った気がするよ。
「ほわぁ、おくしゅり、しゅごい」
「身体が少し楽になったでしょ? でも飲みすぎは良くないから、無理して魔力を使いすぎちゃダメよ?」
「わかりまちた!」
お薬は用法用量を正しくってね!
「さて。早速説明するわね? メグちゃんは今日から正式にオルトゥスの看板娘に就任よ! まずはおめでとう!」
「あ、ありがとーごじゃいましゅっ!」
にこやかに拍手をしながらそう言ってくれたサウラさん。なんだか照れちゃう。でも嬉しいな。
「で、主な仕事内容なんだけど……最終的にはギルドに来た人たちを案内したり、分からないことを説明したり、どこへ行けばいいか教えたりっていうところかしらね……」
おお、なんだかショッピングモールとかのインフォメーションのようだ。いずれはショーちゃんの力を借りてお呼び出しとかも出来そう。迷子のお知らせとか? あ、私が1番迷子になりそうなのは置いておこうね!
「でも最初からそんな事は出来ないから、当面の間メグちゃんにやってもらいたいのは人の顔と名前を覚える事かしらね」
ギルドには毎日色んな人たちがやってくる。オルトゥス所属メンバーはもちろん、依頼者や他ギルドからの研修、薬屋さんや道具屋さんの納品……単純にオルトゥスの鍛治、装飾、研究所に必要な道具の依頼なんかもくるんだって。それからホールに併設しているカフェ(夜は居酒屋)だけを利用しにくるお客さんなんかも来るんだとか。なんだか、わかっちゃいたけど規模が大きいよねオルトゥス。依頼を受けるだけが仕事じゃないんだ。
だからこそ私はホールにいて、やって来た人たちの要件を顔を見ただけで判断出来るようになっておいて欲しいんだって。大体の人はいつも用のある相手や用件が決まっているからね。人を呼び出す間なんかに、休憩スペースで待っていてもらったりとか、やる事自体は別になくてもいいお仕事。でもきっとあったらより快適にギルドで過ごしてもらえるんだ。がんばらなきゃ!
「それにラグラン
あ、そうだった。というか暫くはそれがメインだろうなぁ。そうしているうちに色んな人の顔を覚えていこう。楽そうな仕事? 何を言う! 可愛らしくするってところに多大なる努力が必要なんだよ! 主に元社畜アラサー女にとっての精神的にね!
「というわけだけど。どうする? 今日はゆっくりしてるかしら?」
サウラさんが心配そうに私を見ながらそう言ってくれたけど、私は首を横に振って笑顔で答えた。
「案内とかはまだ出来ないでしゅけど……挨拶だけなら出来ましゅ! 少しでも早く、顔と名前覚えたいでしゅから。出来ることはやりたいの!」
「ん、わかったわ! でも、お昼は早めにとって、お昼寝もしっかりしなきゃダメよ?」
「あいっ!」
私の答えにサウラさんは満足そうにニッコリ笑った。たぶん、私がそう答えるってわかってたんだろうな。
「じゃ、メグちゃんの席を用意しなきゃね! ついてきて!」
そう言ったサウラさんにギルさん抱っこのままついて行くと、カフェスペースのギルド入口寄りの場所に何やら可愛らしいカウンターが出来ていた。大きな柱の裏側に作られていたから全然見えなかったよ! でも、ギルドに入ってきた人からはすぐに目に入る位置であり、サウラさんのいる受付からも良く見える絶妙な場所だ。
そしてこの小さなサイズや、よく見るとピンク色の木材で出来た、所々小花柄が彫られた可愛い作りのカウンターはもしかしなくても……
「看板娘の話を聞いてすぐに作らせたの。メグちゃんの仕事場よ! メグちゃんぽくて可愛いカウンターでしょ!」
やっぱり! な、なんか鍛冶や装飾さんに無茶振りしすぎじゃない? 大丈夫!? い、いいのかなぁ? とは言ってももう出来上がってるんだから使うしかないわけだけどさ。とはいえ、ギルド内でおままごと用のキッチンセットみたいなカウンターは目立つなぁ。いやっ、とてもありがたいんだよ? 見た目はあれだけど性能は素晴らしいわけだし、絶対。カーターさんたちが雑な仕事をするわけないもん。
恐る恐る近づいて見ると、ピッタリサイズの椅子と座り心地の良さそうなハート形クッションまで置いてあるよ!
引き出しは魔力認証で私だけしか開けられないし、デザインや彫刻なんかも細部にまで拘った意匠のカウンターになんていうかもう、脱帽です。椅子に座って暫し遠い目になってしまった事については、察してください!
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