鍛治工房


 それから暫くお喋りした後、レオ爺は仕事に戻って行った。ランチ前の忙しい時間にどうもありがとう! でもレオ爺との出会いは実りあるものだった。今会えて良かったよ。


「じゃあ次は工房へ行く。行ったことはあるか?」

「ないでしゅ」


 そしていよいよ工房へ! レキに案内してもらった時は、危ないからって説明だけだったんだよね。実際はお前みたいなチビは邪魔になるからな! っていうニュアンスのお言葉をもらったと思うけど、勝手に脳内変換させてもらったよ。

 職人たちが真剣に作業する場だから、邪魔にならないように静かにしてよう。うん。


「じゃあ向かうが、俺から離れるんじゃないぞ。色んな工具などがあって危ないからな」

「わかりまちた!」


 そう返事をするとともに、ギルさんの上着の裾をギュッと掴んだら、その手を解かれそのまま手を繋いでくれた。やだ、イケメン。


 こうして初めて下る階段をギルさんと一緒に行く私。地下に向かってるから段々薄暗くなっていく。でも所々にオレンジ色の光源が設置されてて暖かさを感じた。おそらく光の精霊っぽい黄色の光も私には見えてるわけだけど。機会があれば他の精霊とも契約したいなぁなんてぼんやり考える。


『仲間、紹介するのよー?』


 私の心の声を感じ取ったのか、ショーちゃんがそんな提案をしてきてくれる。それはありがたい! ぜひお願いしたいなぁ、と考えたら、任せてなのよー! とのお返事。あら、声に出さなくても意思疎通出来るのは便利かもしれない。でも、ショーちゃんたらどの程度読み取れるのかしら? 他の人の考えも正確にわかったりするのかな?


『んー、ご主人様の声は頑張らなくても結構わかるのよ? でも、他の人の声は何となく聞こえるだけなのよ! 詳しく知りたい時はー……魔力をちょーだいなの!』


 なるほどわかりやすい。というか本当に便利、脳内会話! 手を繋いでいるギルさんは私がショーちゃんとお話ししてるなんて気付いてなさそうだもん。ある意味反則だわ……!

 じゃあその時は魔力あげるからよろしくね、とショーちゃんに声をかけて会話を終わらせたところで、階段が終わる。……時間がかかった? そりゃあ筋肉痛のおばあちゃん歩きだからね! くうっ!




 はてさて、地下は中々に賑やかな場所でした。カンカンという金属音や機械の動く音でね。まさしく鍛冶工房って感じでなんだかワクワクする。ほわぁっと立ち尽くして見ていると、ギルさんが説明をしてくれた。


「左側が鍛冶、右側が装飾の工房になってる。さらに奥へ行くと研究所がある。様々な物を研究しているが、主に魔道具などに使えるような魔術の研究をしているんだ」


 研究所まであるんだー。当然ながらこの地下空間にも魔術が使われているのだろう、ギルドの建物よりもずっと広い空間が広がっている。ひょっとして、ギルド内に使われてる部屋の魔術もここで研究、開発されたのかな? それをギルさんに質問すると、そうだと肯定が帰ってきた。


「固定異空間魔術の事だな。ギルド設立の際に俺の影魔術を元にミコラーシュが開発したんだ。ああ、ミコラーシュというのは研究所のトップだ」


 あ、やっぱりギルさんの魔術が元になってるんだね。ギルさんも凄いけど、それを道具に出来る研究員さんも相当すごい。今のギルドがあるのは、この人たちがいたからこそ、なんだね!


「では早速、鍛冶工房から行くぞ。音がうるさいから気をつけるんだぞ」

「あい!」


 ギルさんの言っていたように、工房内に入った途端、自分の声さえも聞こえなくなるほどの騒音が耳に飛び込んできた。外に漏れていたのは防音設備の賜物だったという事がよくわかる。金属音や、高温で金属を溶かす炉の音がほとんどだけど、あたりを見回すと、木材で何かを作っている人もチラホラみかける。みんな黙々と作業してるなぁ。この騒音に慣れきっているのか誰も気にしてないみたいだ。私は思わず耳を塞いでしまっているのに!


「メグ、あそこにいるのが、鍛冶工房のトップ、ドワーフのカーターだ」


 音がうるさ過ぎるので、ギルさんが私の背の高さに合わせて屈み、耳元でそう叫ぶように言いながら指をさした。

 示された先には一心不乱に何か木材の加工をしている小さめな男の人。小さめ、と言ってもたぶん身長150くらいはありそうで、がっしりとした体型だ。ドワーフの特徴だったりするのかな? イメージでは髭とか髪がもじゃもじゃなんだけど、作業をするカーターさんは赤茶色の髪をスポーツ刈りにした厳ついおじさんという印象だった。そして、髭はない。


「カーター! メグを連れて来た! 礼が言いたいそうだ!」


 ギルさんが叫ぶようにそう言いながら近付くと、カーターさんは作業の手を止め、ゆっくりと顔を上げた。この騒音の中、よく聞こえるなぁと変なところで感心してしまう。

 濃くて太めの眉に円らな瞳。私と目が合うとカーターさんはその円らな瞳をカッと見開いた。え、何?


 ガラガラガッシャンという何ともお約束な音が響き渡る。その音の原因は目の前で尻餅をつき、尚も後ずさろうとするカーターさんであった。……な、何もそんなに驚かなくても!


「すっ……! よっ、れっ……いいっ……!」

「ふぇっ?」


 そのままの姿勢でカーターさんは何かを言ったみたいなんだけど、何を言ってるのかわからなくて首を傾げる。


「……悪いな、メグ。カーターは何というか……人見知りが激しいんだ。根は優しい奴だから心配はいらないんだが……意思疎通は慣れた奴でも難しい」


 人見知り、ねぇ……度を超えてない!? いや、それが悪いわけじゃないんだけど、なんだかこちらが申し訳なくなってくるよ! 大丈夫だよー、こんなちんちくりんなんだから、緊張しないでー!


『歓迎してくれてるみたいなのよー?』


 そこでふわりと私の肩に舞い降りたショーちゃんがそう告げた。え、そうなの?


『うん! すまない、ようこそ、礼なんていいのに、って!』


 うぉぉ、流石は声の精霊ショーちゃん! 頼りになるぅ! 心の中で褒め称えると、ショーちゃんが照れた。可愛い。


「おっ……そっ、せいっ……!」


 と、突如カーターさんが私の方を震える手で指差して何かを言った。え? 何? 不思議に思っていると、ギルさんからの助け舟が。


「ああ、そうか。カーターはドワーフだから精霊が視えるんだな」


 あ、そういえばそんな説明をシュリエさんから聞いた気がする! そう思ってカーターさんを見ると、カーターさんの背後からスイッと赤い光が見えた。あ、もしかして。


「カーターしゃんの、精霊しゃん?」


 私がそう呟くと、赤い光は肯定を示すようにクルクルと旋回し始めた。おぉ、綺麗。まるで火の粉が舞ってるみたい! あ、って事はこの子。


「カーターしゃん、あなたの精霊は火の精霊しゃんなんでしゅか?」


 私はあくまでカーターさんに確認の為聞いただけのつもりだった。だったんだけど……


「「あ……」」


 私とカーターさんの声が重なった。だって、目の前の赤い光が見る見るうちに姿を変えていったんだもん。


『大・正・解だぜっ! 嬢ちゃぁぁぁぁん!!!!』


 赤い光は私よりやや小さい程度の大きさの赤い猿へと姿を変えて、ポーズを決めてノリノリでそう言った。

 ……って、しまったー! うっかり精霊の正体を口にしてしまった!!


 っていうかこのお猿さん、テンション高いな、おい!

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