sideレキ
「いーけないんだ、いけないんだ。女の子を泣かすなんて君たち男としてどうなの?」
わんわん泣くチビを前に途方に暮れてたら、音もなく背後に立った人物の、のんびりした声が聞こえてきた。僕の苦手とする声だ。
「ケイ! ちょうどいいところにきたな! こ、これどうにかしてくれー! お前のタラシ技術貸してくれよ!」
「んー、その言い方は聞き捨てならないけど、女の子が泣いてるのを放っておけるわけないね。オーケィ、ボクに任せて?」
僕はケイが来たのに全く気付かなかったけど、鬼のやつは気付いてたみたいだ。腐っても鬼なんだな。こと戦闘に関してはコイツは天才と言ってもいいわけだし。なのに何でこんなにバカなんだよ。天才とバカは表裏一体なのか?
「メグちゃん、ほら顔を拭いて? 泣き顔も可愛いけど、ボクは女の子が泣いているのを見ると胸が苦しくなるんだよ。怖いのはもういないよ。ボクが守るから、ね?」
ごく自然にチビを抱き上げ、ハンカチを差し出しながらごく自然に口説く。いや、本人に口説いてるつもりはないんだろうけど、幼児にまでああなのかよ。そう思って軽く身震いした。ほらみろ、チビだってポカンとしてるじゃねぇか。……泣き止ませる、という点では成功なの、か?
「はぁ……」
思わず大きくため息を吐く。今日は人生で1番ため息を吐く日かもしれない。
朝、ルド医師に幼児の面倒を見ろと言われた時は、冗談かと思った。けど、どうもそれが本気らしい事が分かった時に、今日最初のため息を吐いたと思う。
別に仕事を選り好みしてるわけじゃない。誰にでも得手不得手の仕事があって当たり前なように、僕は人と関わる仕事が大の苦手だってだけだ。でも苦手だからって仕事を断ったりなんかしない。渋々になってしまったが、ちゃんと仕事は引き受けたし。そりゃ、少しだけ抵抗はしたけど、子どもみたいにいつまでも駄々こねたりなんかはしなかったし。
自分でも、捻くれてるなって自覚はある。けど、人なんか簡単に信用出来ないじゃないか。僕はギルドの他の人たちより強いわけでもないから、利用されやすいし。でも、まぁ……一般ギルドの奴らには負けないけどさ。
自分の容姿が大嫌いだった。なんだよ、この髪。そりゃ高く売れるっつうの。
『うわぁ、綺麗な毛並みだなぁ! 君、ウチのギルドに来ない?』
幼い頃に攫われて、ご丁寧に住んでいた村をぶっ潰されてからずっとこの闇ギルドで育ってきた。普段は見世物にされて客を寄せ、場合によっては汚い手で触られ本物であることを確認されて。……高額商品だったから手は出されなかったけど、仲良くなった
僕は何もされない中、恨みがましい目で睨まれながら穢される
反吐がでる。この世に信じられる存在なんかいない。いては、いけないんだ。
そんな生活に慣れきっていたある日、終わりのないと思われた生活に終わりが来た。とある人物が、数人の仲間と共にこの裏ギルドを壊滅に追いやった。そこで、さっきの台詞だ。
たった数人でこの巨大な組織を葬ったんだ。僕に抵抗なんか出来やしない。つまり、断る選択肢が僕にはなかった。だからすぐに首を縦に振ったんだけど。
『……君は、選ぶ権利があるんだよ。ここには居させたくないから、今は連れて行こうと思う。だけど、ウチのギルドのメンバーになるかどうかは、君が決めてくれ。お試し期間を設けるよ』
『権利』。僕には生きる権利、いや義務しか与えられていなかったというのに。そんな物が自分にあると言うのだから目を白黒させた。
『何年かかったって構わない。君がギルドを利用したっていい。返事を出さずにタダで食住の保証が出来るんだ。悪くないと思うんだけど。どう? ひとまず一緒に来てもらってもいいかな?』
優しくされる意味がわからなかった。優しくされているように思わせて、何か罠に嵌める気なんだろうと思った。でも、別にどうなっても構わなかったんだ。
だけど、どうしても気になってどうして、と一言だけ絞り出した。そうしたら、
『理由なんかないさ。君は息をするのにさえ理由を求めるのかい? そんな面倒な事、わざわざしないよ』
この日から、息をするように人助けをする、お人好しすぎる変人の庇護下に置かれることになった。
まだ、あの時の返事はしていない。
その後、僕のこの虹色の毛に癒しの魔力を感じるとギルさんに言われてから、僕はギルドの医療部門所属となったわけだけど。
未だに人を信用出来ず、棘のある対応しか出来ない僕を、誰も追い出そうとしないのに今も戸惑う。困ったやつだと苦笑され、時に厳しく指導される。普通の人のように。
そして、昨日ギルドに来たばかりだと言うこのチビも、僕に悪感情を向ける事は一瞬たりともなかった。それが不思議でならない。これが、普通なのかと錯覚してしまうじゃないか。違う! 人はもっと醜い筈なんだ。
……なんで、こんな昔の事を今思い出したんだろう。あのチビを見てると、自分の醜さを直視させられる。自分にイライラするんだ。
僕の時と違って、愛されながら過ごしている幼少時代に嫉妬しているのだろうか。それこそ今更だろうに。
そして何より1番不思議なのは、こんなにイラつくのにあのチビを憎からず思っている自分だった。
あ、いや、違うし。好きじゃない。憎くないというだけ。変わらず信用は出来ないし、自分の醜さを自覚させられて居心地悪いし。
「もう泣かないでしゅ。ごめんしゃいー!」
どうやら泣き止んだらしい。ケイから渡されたハンカチを握りしめ、恥ずかしそうに俯きながら謝るチビ。
良かった、泣き止んだか。どうなる事かと……違うぞ? 午後からの指導が出来そうだって安心しただけ。それ以外ならチビが泣こうが喚こうがどうでもいい。まぁ、怪我は医療に携わる者として無視できないけど。
「んー? 泣いたから、眠くなったのかな? このまま寝ていいよ。仮眠室に運んであげる」
チビは申し訳なさそうにしながらも、眠気に抗えない様子で目をぐしぐしと擦るとそのままケイの腕の中で寝入ってしまった。警戒心の欠片もないのはどうなんだよ。
「おい、レキー。お前今日は1日指導係なんだから昼寝中も近くにいてやれよ。昨日は寝起きに階段から落ちそうになって、このオレがヒヤッとしたからなー! だはははっ!」
「階段から……!? バカ鬼、ちゃんと見とけよ!」
「だから今言ってんだろー? 過ぎたことを言うなよ。次、気を付けりゃいいじゃねぇか」
この鬼! もし大怪我してたら、同じ事言えんのかよ! そう思ってイライラする。
「ふぅん。レキ、君もメグちゃんが心配なんだね?」
「はあっ!? 誰がっ……! 僕は医療部門所属なんだから当然だろっ!」
何を言うんだ、このお花畑な蛇め! 僕が誰かを心配するなんか、あるわけないっつうの!
……別に! 本当になんとも思ってないからな!!
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