懐かしき声
3階は静かだった。2階も静かだったけど、それよりももっとだ。人が少ないからかな? レキの説明通り、3階は等間隔に部屋の扉が設置されていて、アパートの通路とか寮のような感じ。
「部屋の数は、足りてるんでしゅか?」
素朴な疑問。ギルドのメンバーって結構いるみたいだし、聞くところによるとこの階しか私室はないらしいからね。
「空室もあるくらいだ。ほとんどの人が通いだし、各地を飛び回る仕事をしてる人が多いから必要もない事が多い」
だけど、ギルドメンバーはみんなここをホームと呼んで親しんでいるんだって。なるほどねぇ。帰る場所があると思うだけで心強いものだしね!
「帰る場所、かぁ」
今の私は、迷子だ。この世界に来たばかりの私は、帰る場所もない孤独な身の上。
どうしようもなく悲しくて寂しいけど、恵まれていると思ってるよ? 出会う人みんな優しくしてくれるし、きっとここが帰る場所だよって言ってくれると思う。ホームと呼ぶ事を許してくれると思う。
けど、私自身がまだここを帰る場所だと思えない。当然だよね、だってまだギルドに来て2日しか経ってないんだもん。
時間が解決してくれるんだろうけど、その時間はどれだけ必要なの? 結局元の世界には戻れないの? お父さんとお母さんが選んで買って、お父さんと私、お祖父ちゃんお祖母ちゃんがずっと住んでいたあの家。もう、あそこには戻れないの?
この世界で、ここを帰る場所と思える日が来るのかな……
あー! ダメダメ! 悲観的になったって良いことなんか1つもないんだからっ! もー、油断するとこれですよ。ウジウジしてたら、ウジウジした人しか寄ってこない。元気でいたら、元気な人も寄ってくる! 私は元気な人にも寄ってきてほしいんだっ!
『メグ』
「え……?」
1人思考を切り替えていると、突然の私を呼ぶ声に心臓が一瞬動きを止めた。げ、幻聴かな? 今、どこかで聞いたことのある声が聞こえた気がしたんだけど。
胸がドキン、ドキンと大きく鳴る。だって、今の声は。
『メグ!』
気のせい、じゃない。今のは間違いなくお父さんの声だ!
「!? あ、おいっ……!」
レキが私を呼んだ気がしたけど、構ってなんかいられない。私は声の聞こえた方に走った。
お父さん、お父さん……お父さん!!
「あうっ……!」
夢中で走っている途中、足がもつれて転ぶ。幼い身体はコロコロと地面を転がった。
「おいっ!」
少し怒ったようなレキの声。違う、私が探しているのはこの声じゃない。
後になって思えば、この時の私は冷静さを欠いていたと思う。お恥ずかしながら。
でも、久しぶりに聞いた声に我を忘れてしまったのだ。
地面に転がった私は上半身を腕の力でグググっと起こす。なんというか、あちこち痛い。盛大に転んだのだろう。何年ぶりかな?
こうして顔を上げた先に見えたのは、淡いピンクの、小さくて弱々しい光だった。
「せーれー、しゃん……?」
『メグ、メグ!』
お父さんの声を放っていたのは、昨日見失ってしまったあの精霊だった。え、どういうこと?
「おいっ!!」
私が呆然としたままその姿勢で固まっていると、レキの怒声が耳に入って来た。レキは私に駆け寄ると、素早く私を起こし、その場に座らせた。
それから私の身体のあちこちを調べては、どこからともなく取り出した救急箱から薬を取り出し、手当てをしていく。おっそろしく手際が良い。でも、無言の仏頂面が滅茶苦茶怖い!
「ご、ごめんしゃい……」
「ふんっ、何がだよ」
恐る恐る謝ってみたものの、無表情のまま素っ気なく返される。その際、顔を上げもせず、作業の手も止めない。目の前で虹色の髪がチラチラ色を変えて揺れる。ウルフカットのその髪はふわふわで、触りたい衝動に襲われた。しかし、私は空気の読める幼女。今はその時ではない! 絶対に!!
「とつぜん、走り出して、しかも勝手に転んでケガして、ごめーわくを……」
「全くだよ。自分の足に躓くとか鈍臭すぎだろ」
返す言葉もございません。しょんぼりと頭を垂れ、深く深く反省し、自己嫌悪で落ち込む私。レキはそんな私を気にする事なく丁寧に手当てをしていく。
態度とオーラは不機嫌なのに、手付きはとても優しくて、傷口が痛むことは最初から最後までなかった。
「……で?」
手当てが終わり、お礼を言って、さあ立ち上がろうとしたその時。腕を組んで仁王立ちで私の前に立ち、不機嫌さを隠すことなくレキがそう一言だけ発した。
まさか聞かれるとは思ってなかったので一瞬固まる。これ、事情を聞かれてるって事でいいんだよ、ね?
「えっと、なんで突然走り出したか、でしゅか?」
「それ以外に何があんだよ、バカか」
やっほぅ、返事が辛辣! くっ、せっかく普通に話してくれてると思ったのに! 特に問題なく1日過ごせるかもって思ってたのにっ! でも、レキの不機嫌の原因は私が作ったんだから自業自得と言える。とほり。
「あの、声がきこえて……」
「声ぇ?」
お父さんの声、と言って余計な心配をかけるのも良くない気がしたので、とりあえず誤魔化しながら説明することにする。ビクビクと。うう、声が不機嫌だよう。
「わ、私を呼ぶ声でしゅ。どこかで聞いたことのある声で……それで、慌てて声の方に走ったんでしゅ」
レキは黙って私の話を聞いている。不機嫌そうな顔と雰囲気は変わらずである。ビクビク。
「そしたら、途中でころんでー、顔を上げたらまた、声が聞こえてー、目の前に精霊さんがいてー、声の元は精霊さんだったって気付いたんでしゅ」
「精霊? ……ああ、お前ちんちくりんだけどエルフだもんな?」
おぅふ。ザクッと突き刺してくるぜ、レキ少年! 確かに私はちんちくりんだけどね!!
「で、その精霊は」
「まだ、ここにいるでしゅ。昨日も見かけて、気になってた子なんでしゅ」
そう、淡いピンクの精霊は、私の足元でジッと動かずにいた。昨日はすぐ逃げたけど、今日は逃げずにここにいるのが不思議だけど。
「どうするんだ」
「……少しだけ、お話してみてもいーでしゅか?」
「……好きにしろ」
せっかく逃げずにいるのだ。それも、おそらく精霊の方から私に声をかけた。このチャンスを逃すのは良くない気がしたんだ。なんとなくだけどね。
レキは眉間のシワを深くしてため息を吐いたけど、一応許可をくれた事だし、この精霊さんとお話ししてみよう。……出来るかどうかはわかんないけど、この身体に全面的に頼ろうと思う。頑張れ! エルフの血!
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