あやされる幼女
「私としたことが、ちょっと楽しみ過ぎて肝心な事を言い忘れてたわ」
室内に入ってお待たせ、と言うなり、サウラさんは表情を真剣なそれに変えてそう告げた。声のトーンも少しだけ真面目な色を含んでいるため、それを察したギルさん、シュリエさんに倣って私も背筋を伸ばす。
「ギル、それで調査はどうなってる?」
「影に分体を何羽か忍ばせてきた。今の所これといった情報はないが、すぐに発ちたい」
「わかったわ」
え……? すぐに発つって、そう言ったよね? ギルさん、どこかに行っちゃうの……?
「情報を得るには時間が命だもの。帰って来たばかりで悪いけど、オルトゥスの統括として指令を下すわ。ギルナンディオ、今すぐ発って情報を集めるだけ集めて来て。基本は調査だけで良いけど、踏み込む必要があると思えば好きにして良いわ」
「了解」
そっか、仕事なんだ。そうだよね、ここは仕事をする場所、いわば会社なんだもん。そしてギルさんは情報を集める専門家。ギルドにいることの方がきっと少ないんだ。わかってる、わかってるけど!
じんわりと涙が溢れ出し、鼻の奥がツンとなる。なんでこんなに不安になるんだろう。きっと、精神面が幼子のそれだから、助けて守ってくれた存在がいなくなることが怖いんだ。
「っ!? メグ!?」
「心細いわよね。メグちゃんの中でギルは命の恩人だもの」
動揺したようなギルさんの声と、優しく労わるようなサウラさんの声。ううう、迷惑かけちゃダメだ! ちゃんといってらっしゃいって見送らなきゃ!
「そうだ、メグ。ギルが帰るまでに色んな勉強をしましょう? お話したでしょう? エルフだけが使える自然魔術のことです。色々覚えて帰ってきた時に驚かせてあげましょう、ね?」
「ふふっ、それはいいわね。シュリエ。暫く頼める?」
「ええ、喜んで」
みんなの言葉が優しさに溢れていて、別の意味で涙が溢れそうだった。みなさん、優しすぎるよう。
「そういうわけだから、ギル。慎重に確実に、は当たり前。そこに素早く安全に、が加わったわ。大丈夫かしら?」
サウラさんが挑発するようにギルさんに言うと、ギルさんはキッと表情を引き締め、次いでニヤリと口角を上げるように不敵に笑った。
「愚問だな」
「ふふ。そうと決まればさっさと行ってさっさと帰ってらっしゃい!」
「ああ」
こうしてサウラさんに軽い調子で見送られたギルさんは、部屋を去る前に私の前に来て優しく頭を撫でてくれる。それから屈んで目を合わせ、優しげにこう言った。
「良い子にしてろよ」
「あいっ! いってらっしゃい、ギルしゃん! 気をつけてくだしゃいね」
みなさんの優しい気遣いを無駄にしないよう、涙でぐちゃぐちゃな顔で無理やり笑顔を作って、出来るだけ元気にそう伝えた。影から取り出したであろうタオルで顔を拭かれる。タオルが離れた時に見えたギルさんは微笑んでいた。
それから外していたマスクとフードをしっかり着け直し、いつもの黒い不審者スタイルになったギルさんは、早足で部屋を後にしたのだった。
「はぁい、よしよし。良い子ねメグちゃん。よく我慢したわ」
そして今、私はサウラさんにあやされていた。
ギルさんの姿が見えなくなった瞬間、涙腺が決壊してしまったのだ。ふわぁぁぁん! と大声を上げて泣いてしまった私に、サウラさんとシュリエさんが大慌てで駆け寄ってくれたのだ。
いやぁ、申し訳ない。私、泣きすぎじゃない? いくら子どもって言ってもさ。声を上げて泣くっていうのを久しくしてないから余計にそう思う。たぶん、お父さんがいなくなった時以来じゃなかろうか。
それでもあの時はほぼ大人だったのもあって、ここまで大声は出さなかったよ。子どもって本能に忠実だ。いくら理性があっても抗えない何かがあるんだって気付いたよ。
「本当になんて健気で良い子でしょう。ギルドの者を総動員して守らないといけませんね」
「もちろんそのくらいの気持ちでいるわよ! メグちゃんはオルトゥスの子よ!
えぐえぐ泣いているその頭上でそんな会話をする2人。
「そんな話もいいですけど、そろそろお昼にしませんか? メグもお腹空いたでしょう?」
確かにそろそろお昼時かな? 朝はギルさんにもらったサンドイッチで私にはボリューミーだったけど、色んなことがあったし大泣きしたしでそろそろお腹も空いてきた。そんな事を考えたからか、正直なお腹がぐぅ、と鳴る。お、お恥ずかしい!
「ふふっ、そうね。メグちゃんにはしっかり食べてしっかり休んでもらわないと。私は少し溜まっちゃった仕事を片付けなきゃいけないから、シュリエに頼んでいい? 食後は医務室へ連れていってね。元気そうに見えるけど身体に何か異常があったら大変だもの」
「引き受けましょう。メグとデートなんて光栄ですよ」
ひょっ!? 何やらシュリエさんとランチデートする事になった! ううう、お美しいシュリエさんと2人きりだなんて緊張しちゃう! いや、それ以上に役得っ! シュリエさんは本当に見惚れちゃうほどの神々しいお姿だから、羨望の眼差しを集めちゃうかもしれないけど、せっかくなのでドヤ顔で楽しんでしまおう。
まあ、楽しみの後にはお医者さんという試練が待ってるけどね! こ、怖くなんてないもんね! 大人だもん! くすん。
「では行きましょうかメグ。お手をどうぞ、お姫様」
あああああごちそうさまです、ありがとうございます!! 鼻血出して倒れなかった自分を褒めたい! お貴族様プレイが似合いますね、シュリエさんっ! お姉さん、そういう不意打ちに弱いのよっ! 素晴らしいっ!
ルンルン気分を隠す事なく、ノリノリでシュリエさんの手に自分の手を乗せると、クスクスと2人の笑う声が聞こえてきた。ふふーん、笑われたっていいもんね! 巡って来たチャンスは全力で楽しむスタイルなのさっ!
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