ヴェール
愛川きむら
第1話
素敵な毎日を送っている。カーニバルのような華やかさに彩られた日々だ。
天界に住んでいるミクは、キューピッタ学園の卒業を控えている。絵を描くこと、何かを自分の手で作り出すことが大好きなミクはインスピレーションがとても豊かで、それについていけるほどの腕の磨きを怠らない努力家な一面も備えている。いくつもの賞を授与しているが決して優等生というわけではなく、イタズラ好きで子どもっぽい性格はいくつになっても治らず、また、その点に限ってだけは治そうと努力しないのだ。
卒業制作は地上で行うことにした。小さな村が戦争に巻き込まれ、人がいなくなったから誰にも見つかることはない。ミクは、先生が口酸っぱく言うことに耳を痛めていた。
――人間には、決してその姿を見せてはいけない。
どうして? ミクにはわからなかった。天使はとても美しく、気高く、高潔な生き物だ。人間だって、天使を見たいと思うはずだ。むしろ崇拝してほしい。お金を貢いでもらって、それで卒業制作の費用を増やす。
「いいアイデアなのに、なあ」
ミクが選んだ建物は教会だった。壁は崩れているものの、屋根のてっぺんにある十字架だけは辛うじて戦争に耐えていた。えらいえらい、と微笑み扉を開けると、壇の元にひとりの少年が横たわっていた。全身キズだらけで痛々しい。今にも死にそうになっている。かわいそうに。まだ、二十年も生きていないだろう。
人間はとても脆くすぐに死ぬ、と先生が言っていた。呼吸が薄く、意識も朦朧としている様子だった。このまま放っておけば勝手に死ぬだろう。そうしたら近くの森にでも置いてきて自然に還ってもらおう。
まずは掃除から。ほこりが舞って全然かわいくない。ミクは気に食わなかった。
白いワンピースをはためかせ、忙しなく少年の辺りを駆け回り、掃除をする。自慢の羽根で低空飛行をしながらステンドガラスを磨けば、教会の中は以前より増して明るくなったような気がする。
掃除の最中、何度か少年につまづいてしまったり軽く蹴ってしまったけれど、大丈夫だろうか。ちらりと横目で見てみるも、初めて見た時と体制が変わっていない。
「んー」
――たぶん、死んでるな。
風呂敷に詰め込んだ小物の飾り付けをする。天使といえばピュアホワイト。白い絵の具で塗りたくられた雲の形をした画用紙を、いくつも天井から吊るす。その間、ミクの様子を楽しげに伺うキューピットたちが何人かいた。彼女たちは言葉がまだ話せない。姿が赤ちゃんだから。小さい子どもになってようやく言葉を覚え始め、もっと大きくなるにつれてどんどん話せるようになる。
ミクや天界の天使たちはみなキューピットが大好きだ。その愛らしい表情、可愛らしい手足に適う者はいない。つかの間の休憩で彼女たちと戯れることにした。
甘くまどろみ、気づいたころには空はオレンジ色になっていた。彼女たちの姿はもうない。
「もう帰らなきゃいけないの~?」
しかし、キューピットたちから漂う甘い香りにはとことん弱い。誰しもが眠ってしまう。
立ち上がると、まだ、少年は横たわっている。近寄ってみると、昼間よりもちゃんと呼吸をしていた。ホッ、と安心すると、風呂敷を肩までかける。
「夜は冷えるよ。人間は、寒さにも弱いらしいからねっ!」
そう言い残し、翼を大きくはためかせ、群青色になりつつある空に羽ばたいた。
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