第14話「無痕の毒」
「女性治癒術士、容体は深刻、本院からの転送です」
グレンダリア王が扮していると思われる初老男性の視察の最中にセーバーのミアらによって本院から運び込まれた瀕死の女性治癒術士へ一斉に注目が集まった。
「そこのベッドに移せ」
ジルの指示を皮切りに皆の顔つきが変わる。それは今まで初老男性と戯れていたティナも例外ではなく、彼女はすぐにミアの元へ駆けよった。
「ミア、本院の初見は?」
「デイジーは当初、女性の体に噛み痕が無い事から、この容体悪化は物理ダメージによるものと判断していましたけれど、いくらヒールの種類を変えても一向に回復しないことから何らかの毒を疑っています」
「無痕?……ポイズンブレス。―――今すぐグレンダリア王を安全な場所に退避させてっ!!急ぎなさいっ!!」
女性の腰に魔石があるのを確認したティナが慌てて護衛の兵に向けて大声で叫ぶと、彼らは初老の男性に覆いかぶさるようにして室外へと退避した。
「良い反応だ、ティナ」
運ばれて来た女性が魔石を所持した治癒術士であり、それが深刻な事態であると即座に察知して反応したティナを見たジルが感心する。
「ポイズンスライムやデビルトレント程度の毒なら初級者であってもプリーストであれば自力で解毒できたはずです……アーヴィスも気をつけて、強い毒の息は毒を受けた者から他者に感染しますわ」
女性治癒術士にヒールをかけて生命維持に努めていたアーヴィスがティナの注意喚起にコクリと頷く。
「大丈夫だ、この子はそれを身を以て知っている」
「そうでしたわね。アーヴィスはサルーダベイヒという、この世で一番やっかいな猛毒に感染していたのでしたわ……ところでミア、このプリーストはどうやって本院に運ばれて来たの?」
「城下町の外壁の外で倒れていたのを行商人が見つけてここまで運んできたらしいです。そこでは一人だったと聞いています」
今度はミアの返答を聞いたヘルミナが反応する。
「その行商人も感染している可能性があるわね、まだ帰さないで頂戴」
「直ぐに対処します」
そう言って急ぎ本院へと戻っていくミアを横目で眺めながらヘルミナが顎に手を当てて呟く。
「グレンダリアの近くには初級治癒術で解毒出来ない程の強い毒の息を使う魔物はいないはずだわ。彼女が遠征先で猛毒を浴びたとしたら、どうやって外壁の近くまで逃げて来られたのかしら?」
ヘルミナの疑問に答えたのは、これまで発言せずにずっとその状況を推測していたローデンだった。
「いや、彼女自身が猛毒を浴びたとは限らないな。もしこの治癒術士に仲間がいたとしたら……実際に毒を受けたのは―――」
ローデンが導きだした答えに真っ先に反応したティナが顔の向きはそのままで視線だけをローデンの方へ動かした。
「なるほど、仲間を解毒しようとしてこの人は感染したというわけですのね。直接猛毒を浴びたわけではないから毒の進行が遅かった、だからここの近くまで逃げてこられた……そう、ここまでは正しい読みとしても……」
「一番の問題はこれが何の毒か、ということだな」
ジルの問いかけに皆が一斉に眉をひそめて暫しの間、室内に静寂が流れたのちアーヴィスが最初に口を開いた。
「……霧の樹海に生息するレッドポッドが猛毒の息を吐くと聞いた」
「レッドポッドの毒の息は確かに猛毒だがすぐに気化するから感染はしない筈だ。他には?」
「……ダークニンフの亜種」
「麻痺がないから俺も最初にそれが思い浮かんだが、この瀕死の状態まで毒の進行が進んで肌が白いままなのはあり得ない」
「スネイクインプ、イビルボア、コボルトデビル、スカルクラウド、アルトナッシュ」
「どれも違うな。アーヴィスの魔物の知識には感服だが、全て症状が当てはまらない」
「後は……」
「ちょっと待って、アーヴィス、さっき何て言いました?」
ジルとアーヴィスの一問一答を聞いていたティナに何かふと頭によぎる感覚があった。
「スネイクインプ……イビルボア?」
「その前です」
「ダークニンフの亜種」
「そう、それです……ダークニンフの亜種って確か小さくて赤いのでしたわよね?それで猛毒の息を吐く……」
「ああ、そうだ。だがさっきも言ったように奴の毒は体を腐敗させる。だから必ず徐々に黒くなる筈なんだ」
「ジル。私、宮殿の本で読んだことがあるの。いえ、違う、城の兵士……侍女に聞いたのかしら?ダークニンフの亜種の中でも特に珍しい青いのがいて、その毒を受けて者は血の気を失っていく、、、と」
ティナがそこまで言うと、ジル、ローデン、ヘルミナの元冒険者の3人は口を揃えて『あっ』と声を上げる。
「……希少種だ」
「迂闊だったわね。ダークニンフの希少種はこの時期しか巣から出てこないから失念していたわ」
「全くだ、逆にここまで肌が白いのに疑問を持つべきだった」
ふぅと短く溜息をついたジルは更に顔に影を落としながらベッドに横たわる女性が身に付けていた魔石に手を当てていた。
「どうしたんですか?ジル、この毒の息の治癒の術式はそんなに難しいんですか?」
「いや、術式自体は簡単だ。駆け出しのアーヴィスでも治癒は出来る……二人いれば、だが」
「どういう事なの?」
「ダークニンフの希少種の毒は猛毒というわけじゃなく、初級治癒術で治るんだが、青と緑の2号を同時に掛ける必要があるんだ。この子が仲間を救う為に魔力が尽きるまでありとあらゆる治癒術を試みたんだろうなと思うと、なんか切なくてな」
「そういうことですのね……」
「ああ、この毒の解毒方法が開示された時は、俺やローデンなんかは一人で並行して同時に術式を行う練習に励んだもんさ」
「一人で2種の術式を行うなんて、本当にそんなことが?」
「コツさえ掴めば、な」
それを聞いたティナが、両方の手で青と緑の魔石を持とうするが、ジルがその片方を取り上げた。
「今は無理をする必要はない。アーヴィスとティナの二人で確実に治せば良い」
「そうですわね。今はこの方を安全に治癒するのが先決でした。……じゃあ、アーヴィスお願いしますね」
アーヴィスがコクリと頷いてジルから魔石を受け取ると、彼女たちはベッドの両サイドから息を合わせて治癒術を施す。
その後、美しいほどに白かった治癒術士の肌の色が徐々に元へ戻っていくのを見て、ティナたちは彼女が一命を取り留めたことを確信し深い安堵の溜息をついた。
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