きみだけ、永遠。
琥珀 燦(こはく あき)
《プロローグ ビリケン様は見ていた。》
昨夜この街に女神が出現したという。
雨、だった。水銀色の雨が冷たくアスファルトを叩きつける深夜の歓楽街。
タチの悪い酔っ払いのチンピラ三人に絡まれてカツアゲされ、若い男がボコボコにされている。この街では有りがちな光景だったと、目撃者のおっちゃんは二日酔いのロレツの回らない口調で語った。・・・あいつは運が悪かったんや、万一俺があそこを通りすがったら、ああなっとったんは俺かもしれん。
知らぬ顔で通り過ぎようとした瞬間
「お兄ちゃん達! 3対1は不公平やあらへんか?」
澄んだ声に似合わぬ、ベタな関西弁が通天閣下に響き渡った。鉄柱に隠れていたおっちゃんがチンピラと同時にそちらに顔を向けると、そこには腰に両手を当て、仁王立ちする女性の姿。赤いショートボブの髪、白のタンクトップに派手なスカジャン、超ミニの黒いスカート。スタスタとこちらに近付いてくるほっそりとした体。真っ赤なルージュの唇をへの字に結び、遥か上にあるチンピラどもの顔を順繰りに睨む。
「何や姉ちゃん、オレら女相手やかって容赦はせーへんで」
「女相手なら女なりの楽しみゆーのもあるしのぉ!」
チンピラどもの醜悪な容姿と並ぶと余計に女の華奢さが際立つ。
瞬間、強いネオンの光に映し出された横顔が真っ赤な南国の花のようにニヤリと笑った。
「あんたら、さっきから女、女いうけど」
一瞬、女の黒いブーツの右足が後ろに下がり
「『天は人の上に人を作らず』っつー立派な言葉ご存知ないんかあ?!」
軽々と飛び上がった女のカカトお年がチンピラその1の脳天に刺さる。まるでミュージカルのステップを踏む身軽さで、彼女はヒジテツと回し蹴りをその2とその3の急所に決めた。
「出典は一万円札の福沢諭吉や。覚えとかんと福沢センセにあっさり逃げられるで!」
三枚のノシイカの胸ポケットに手を差し入れ、札入れから三枚、壱萬円札を抜き取り、倒れている若い男に歩み寄った。
「あんたが取られた分はこれで充分か?」
「『掃き溜めに鶴』ってのは・・・君のことかな?」
若い男は仰向けに倒れたまま、彼女を見上げてやっと唸るように話した。
「そのしゃべり、あんたよそもんやな。キザったらしい標準語と甘いマスクにムカついてインネンつけられた訳か。あんた、宿はあるんか?」
首を横に振ろうとして彼は大きく呻いた。
「鎖骨がやられとるな。しゃーない。まず病院や」
半失神状態の彼を、軽々と肩に担ぐと、タクシーを停めて連れ去った。
「あれは女神さんや。この世のものとは思えんベッピンでしかもごっつぅ怪力や。ありがたやありがたや、ナンマンダブナンマンダブ・・・」
このおっちゃんが実は両親が敬虔なクリスチャンであった影響で、アンジェロ・玉造・鶴橋という本名であっても、神に仕える身にも拘わらずカツアゲ現場を知らぬ顔で通り過ぎようとしていても、彼を責めてはいけない。
沸点の低い住民の人口密度が高いこの街で、自分の身を守ることを第一に考えるのは当然のことだし、しかも、そんな中にある日突然、昨夜のような正義の味方が出現して奇跡を起こしてしまっても何も不思議はない。
大阪、新世界。通天閣の展望台に祭られたビリケンさんが、この街の守り神だ。
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