やさしい死体

@aini_

第1話

私は幼い頃、叔父の部屋にあるロッキングチェアが好きだった。

ゆったりとした背凭れと幼い私の小さな腕を包み込むような肘掛け、まろやかな深い茶色は丁度舐めかけの珈琲キャンデイのようであった。

「ゆうちゃん、またそこにいるの。」

叔父の低く甘い声が薄青く細い煙と共に私に呼び掛ける。

「…ここがすきなの。」

幼い私がそう答えると叔父は、剃るのを面倒臭がって伸びっぱなしなのか何かしらのこだわりがあって伸ばしているのかまるで分からない趣味の悪い不精髭を擦りながら何を考えているか皆目見当がつかない顔で笑うのだった。

私は、私は叔父が好きだった。どうしようもなく、好きだった。きっかけなど忘れたし端から無かったのかもしれないが、あの頃、いや今も私は叔父が好きなのだ。

「ゆうちゃん。」

叔父はいつも私をそう呼んだ。

私の名前は由為子というのだけれど、何故だか叔父はそんなの知らぬ存ぜぬといった様子で私をそう呼び、頭を撫ぜた。叔父にそう呼ばれると私は、叔父だけの大事な特別な女の子になれるような気がしてとても嬉しかったのを覚えている。

叔父は決してハンサムでは無かったが、私は叔父の顔が好きだった。何と言えば良いのだろう、叔父だけが時代から取り残されたようなそんな顔をしていた。そして、何処と無く優しい色気がその丸めた背やペンを持つ指先から滲むような人だった。

珈琲色のロッキングチェアに座って猫背気味の叔父が原稿用紙に向かうのを見るのが好きだった。私が薄いワンピース姿で冷えた床にぺたりと座って一人、叔父の足下で折り紙をしていてもロッキングチェアに座っているときの叔父は私に目もくれなかったのを覚えている。煙草が一本、二本と灰になっていく。そうしてようやく叔父は私の方を向いて、困ったような何とも言えない顔でこう言うのだった。

「楽しいかい。」

さも楽しくなかろう、と言いたげな、卑屈そうな口調に幼い私はどう答えたらいいものかと口をつぐんだ。楽しいはずがなかった。私は、叔父の事は好きだったし、大きくて丸まった背を見るのも好きだった。

「…でも、それだけじゃつまらなかったの。」

棺の中のその人は私が思うよりもずっとずっとくだびれて、とてもハンサムとは言えなかった。

私が高校へ上がる頃、叔父は私をゆうちゃんと呼ばなくなった。気恥ずかしさもあったのだろう、目が合うと何を考えているのか分からない目をふぅと細めて「ああ、君。居たのかい。」なんて、そればかりを繰り返すようになった。

私はそんな叔父に何と言えばいいのか分からなかった。幼い頃と同じ、何も成長していなかった。

「ずっとここにいたのよ、…ここがすきなの。」

百合と菊にまみれて、髭を小綺麗に剃られた彼はまるでなんでもないただの男で、何となく私はこの先もう誰も好きになれないのだろうなと思った。

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