第4話 生徒会、病院に到着する

 今よりちょっと未来のこの時代、医療にもVRを含んだデジタル化の波は確実に押し寄せていた。それは、電子カルテなどの医療情報のネットワーク化やクラウド化、新薬開発のスーパーコンピュータシュミレーションのための広帯域ネットワーク。そんな今すでに始まっている事例の高度化大容量化に加えて、少子高齢化の日本の医療崩壊を防ぐため、遠隔医療などが行われ始めたことがさらに推進。そして、VRの技術が本格化するに従って、ロボット手術、AI診断なども可能な、病院や大学などを繋ぐ大きなWAN広域網が必要となり、整備され、いつの間にか他業界を凌駕するような一大サイバースペースがそこに出現していたのであった。

 とはいえ、それは閉域のネットワークが中心となった閉ざされたネットであった。

 なにせ、病院というものは、人の命に関わったり、病歴などの重要なプライバシーを扱うのだ。大容量のデータを運べる信頼性の高いネットワークなのはもちろんのこと、セキュリティにも念には念を入れなければならない。となると、もっとも確実なのはそもそも公開しない。——インターネットのような開かれた網に接続しない。不特定の場所からのアクセスを排除することであるのだった。


 とはいえ、まったく外部と接続しないというのも電脳空間サイバースペースが人々の生活に組み込まれているこの時代にはそぐわない。また、日本のようにネットワーク基盤がしっかりと作られている国であれば病院用ネットワークを専用で作り上げることもできるが、まだまだ発展途上でインターネットで全てをまとめるしかないような状態の国も世界には多い。いや、その基盤を持っていていても、専用のネットワークをつくる意義を見いだせない国も結構ある、——といかそっちの方が主流である。そして医療のグルーバル化に伴って日本の医療はそのような国々との連携が必要となる。

 なので、公共空間となるインターネットのサイバースペースと病院も、ある程度限定的にではあるが接続がなされているのであったが……


「ナミちゃん。これどうすればいいの」

「ああ、そのままお姉さんに話しかければ良いです」

 ナミたちと一緒にサイバースペースを移動したおじいさんはこういのにまるで慣れていないようであった。目的地の北海道の病院の入り口、その受付でどうすれば良いかわからずに戸惑ってしまっているのだった。

「……こんにちわ」

「はい、ようこそいらっしゃいました」

「面会をお願いしたいだけど」

「どなた様とでしょうか」

「……ええ、昨日子供が生まれた……」

 おじいさんが名乗ると、受付の女性の手元の空間に突然スクリーンが現れ、

「お身内の方でしょうか」

「あ、はい」

「面会の申し込みは?」

「いえ……」

 それはそうである。電脳空間で孫に会いに行くなどとは思いもしていなかったおじいさんである。

「本人性の確認をしたいのですが、当院へは初めてでございますか」

「はい……娘に会わせて貰えばすぐにわかると思います?」

「おじいさん、それじゃだめだよ」

「え? 娘はわしのことまちがわないよ」

「それは現実での話ですよ」

「……?」

「仮想世界誰ににでも化けれるー」

 いくら現実そっくりに感じられる電脳空間といっても、結局はその中で動いているのは、データの合成により作られたアバターである。その作成データが漏れたりしたら、あるいは仮想現実内で会った際にキャプチャーした情報から似せてアバターを作り出すのは不可能というわけではない。なので、電脳空間では、本人性の確認には実際に会ってみれば、——というわけには行かないのだった。

「と言っても、何も身分を証明するものなど……」

 気軽な近所の飲み会の途中に、いきなりここにつれて来られたおじいさんである。そんな場所に身分証明書などもって行くわけもない。というか、現実での身分証明書を仮想世界に持ち込めるわけもないので、たまたま持っていたにしても、そもそもここでは無意味なのであるが。

「大丈夫だよ」

 電脳空間とはいえ、このまま孫に会えないのかと思って落ち込んでいるおじいさんであった。本物そっくりの空間とはいえ、触覚や嗅覚などの感覚を中心に、まだまだ現実そのものとまではいたらない仮想現実であるが、どうやら初めてのダイブであった彼には、周りの様子は現実そのものとしか思えないようだった。ならば、この病院に、——すぐそこに孫と娘がいるとしか思えないわけで、

「……でもどうしたら」

「おじいさんは、おじいさんであればよいのです」

「もうすぐ終わるー」

 この時代、いや現代でも、いや古来より人は一人では生きられない。絶海の孤島でサバイバルでもしているのでない限り、その生きた証が、世界とのやりとりが残るものである。

「数分ほどお待ちください」

 受付のお姉さんが言う。

「……?」

「チェーンの参加を承認しているんだよ」

 おじいさんは、ナミの言葉を理解できない様子。今行われていること——おじいさんが本物であるか、ネットでの直前の行動ブロックから確かめられているのだった。一つ前のハッシュ値と今おじいさんが持つハッシュ値が比較される。先ほど、お好み焼き屋から電脳空間へ入る際に求めれれた認証に対して、おじいさんは、普段使っているネットプロバイダへ登録している生体認証を使ったのだが、そのとき彼のアバターにはネット内での認識のための様々な情報も付与され、そのなかの彼のもつハッシュ値から本人性の確認が行われていたのであった。

「承認は少し時間がかかるんです」

「処理が分散してるからタイミング会わせてバッチ処理ー」

 やはりおじいさんは生徒会の説明がピンと来ないようであるが、

「——良くわからないけど、問題ないならそれでよくて、それよりも……」

「それより? どうしたの?」

「受付をこんなに占拠してしまって良いのかな? 他に待っている人は……」おじいさんはちらりと後ろを振り返りながら言う。「いないようではあるけど……」

「ああ、それ大丈夫だよ」

「受付はここの他にも、無限に近くありますよ」

「来た人の分だけ受付ができるー」

「え? どう言う意味……」

「この受付は我々専用の受付だよ」

「受付のお姉さんも私たち専用なのです」

「お姉さんはAI」

「ええ……!」

 仮想空間において現れた仮想の病院受付。それは来訪者の数だけ現れる。もちろん受付の数はシステムの処理能力が許す限りとなるが、病院への来訪者の数からすれば事実上足りなくなることはまずない。来訪者が来たら、その度に作られる入り口インターフェースなのであった。

 なので、無限の窓口に無限の人間を配置するわけにもいかないので、受付ではAIによる仮想の人間が相手をすることになるのだが、

「全然気づかなかった……」

 あまりに自然な対応にびっくりしてしまっていたおじいさんであった。もちろん、この時代、ネットでの問い合わせや申し込みなどでのやりとりで普段からAIとの対応を普通に経験している彼であったが、それが実物の人間にしか感じられない姿で目の前に立っていたので驚きもひとしおであった。初めての電脳空間への没入ジャック・インであれば、本物の人間と思えてしまってもしかたがないことなのであったろう。

 びっくりして、しばしむ無言で呆然とするおじいさん。受付のAIお姉さんはその様子を柔和な笑みを顔に浮かべながらやさしく見守って少し時間が経てば、

「おまたせしました」

 お姉さんが礼をして指し示す空間には、

『おとうさん!』

「…………」

 空中に現れたスクリーンに映った孫を抱く自分の娘の姿に、感動のためか絶句してしまうおじいさんであった。

「それではお入りください」

「あ、もう……えっ」

 受付のお姉さんがニッコリと笑いスクリーンに手をかざすと、それがグーっと大きくなり、いつの間にかおじいさんとナミたちを包み込み、

「あ、あああ——」

「行きましょう」

「お邪魔します」

「入る——」

 呆然と立ちすくむおじいさんの手をとって宙に浮かぶ画像の中に入る生徒会の三人であった。

 すると、

「あああああ!」

 目の前のソファに座る、赤ん坊を抱いたおかあさん。その側に駆け寄ると感動にその場で嗚咽するおじいさんなのであった。


   *


 おじいさんを無事に電脳空間サイバースペースの病院まで連れてきて一仕事終えた生徒会の面々は、一緒に赤ちゃんとコミュニケーション。さすがに脳の成長への影響が不明と電脳空間へのダイブは許されていないない赤ん坊は、病室のモニター経由でおじいさんと生徒会の三人を見ているようだが、それでも画面の中の来訪者に興味をしめしてニコニコと笑う。その可愛さにイチコロの乙女たちはぞのままずっと赤ちゃんを愛でていたいと思ったのだった。

 だが、

「そろそろかな」

 とナミが言う。

「注文する前に来てしまいましたね」

「ぐー」

  お好み焼き屋に入るやいなやに来てしまった三人であった。なじみの店の方からそれで文句をいわれることはないだろうが、そもそも腹ペコで向かったその店である。仮想空間に来たところで実空間で腹が空く。心配なのは電脳空間に入ったのはほぼ初めてらしきおじいさんが無事帰れるかだが、ちょっと前、

「はい、父は私の方で送るので、皆さんは心配なさらずに」

 部屋に一緒にいた赤ちゃんのお母さんの妹——こちらもおじいさんの娘——が言ってくれたので、いつの間にか三十分もたち、そろそろ現実リアルに戻ろうか?

 そう思い、一礼をしてログアウト——をしようと思ったのであったが……


「あれ?」

「……これは」

「攻撃ー」


 ラグる周りの光景と、赤文字で周りを飛び交う警報。ちょうどその時、この病院にしかけられた攻撃に気づく生徒会の三人なのであった。


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今回の用語解説


WAN広域網

 Wide Area Network——広域でつながるネットワーク。これはLan——Local Area Networkの対義語と考えればわかりやすいですよね。オフィスフロア内とか、せいぜいビル内とかの小さな領域で、パソコンやサーバ類などを繋いだネットワークをLAN——LocalなAreaでのネットワークと言うのはわかりやすいと思いますが、これが拡張して広い領域でパソコンやサーバ類などをつなぐネットワークをWANと呼びます。パソコンやサーバ類などをつなぐのではなく、電話網だとかテレビ放送の中継網だとかは、たとえ広域で接続するネットワークだとしてもあまりWANと呼ばれることは少ないような気がしますね。

 たぶん、そもそもLANと言う言葉がイーサネットの発明とともに、ワークステーションとかのUnixマシンとかをローカルでつなぎ始めたのを称してできた言葉で、それは元々あった電話網や企業や銀行の業務用ネットワークなど広域に広がるネットワークを念頭に置いてLocalと称したものだと思われるので、WANと言うのはLANの拡張でなければならないんので、それ以前の広域に広がるネットワークをそう言うのは微妙に定義から外れて感じるのかもしれません。

 また、このWANの定義でいけば、インターネットももちろんWANの一つということでしょうが、インターネットはThe Internetと定冠詞がつくことから分かる通り、あまりに大きな個別の存在であるため、WANとなんの前置きもなしに使用した場合、それは企業などで使う個別網を差し、大抵の場合は閉域の閉じられたネットワークをさすことが多いと思います。


「チェーンの参加」

 現在のブロックチェーンのような分散認証の仕組みが仮想世界での認証に取り入られている未来を想定しています。ブロックチェーンとは個人のパソコンなどに分散された取引情報に記載された情報と取引の際に作られる値の比較で、その取引の正しさを証明する仕組みですが、その際にはハッシュ値と呼ばれる情報から生成されるユニークな値が用いられます。この仕組みを詳しく説明すると煩雑になりますので、とりあえず分散した認証基盤があり、今までのネットでの行動の記録をもとにおじいさんが本物であるか確かめた——とこの物語では思っていただいて結構です。


「AI」

 もちろん人工知能artificial intelligenceのことです。歴史上いままで何回も人工知能を作り出すこころみがなされたのですが、周辺技術の未成熟もあり実現にまで至っていませんでした。知能が人間のそのものの知能を作り出すことであれば、現在(2018年)でもそれは同様で、人間をコンピュータなどで再現する試みはまだまだ先が長いと考えますが、言語認識、音声認識およびAI自らが学習をしていくディープラーニングの発展により、限定的な受け答えを人間に変わって行うAIは現実的なものになっています。少し未来のこの物語の時代であれば、典型的な受付の対応くらいであれば本物の人間とかわらぬ対応ができているかもしれませんね。それが電脳空間であればなおのこと。

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