第3話 お好み焼き屋でジャック・イン

 さてさて、遅くまで居残りとなった生徒会の面々、その庶務を片付けて学校を出たのは、もう夜の八時過ぎになったころだった。

 流石にめっきりと人の少なくなった校内。生徒会の三人が校庭に出た時に体育館の灯りも消え、太陽の沈んだあとの涼しい夕方の風が高台の校舎に吹き付けるのならば、気持よくも、寂しげな夜の始まりであった。

 そんな学校の敷地を見渡しながら副会長のカノンが言う。

「遅くなっちゃったわね」

「昨日も攻撃あったから仕事溜まってたしね」

 少々疲れ気味の表情でこたえるナミ。

「仕事してるてる時はいいんだけど、終わるとどっと疲れちゃう」

「あれ、ナミは攻撃のあとはお茶飲んでただけじゃないの」

「……失礼な。ちゃんと議事録に目を通してたわよ……一応」

「目は通したが、読んでないー」

「——っ!」

 ヒジリのツッコミに、図星のナミは絶句する。

「文章苦手だもんねナミは」

「文章によるよ!」

「マニュアルは得意ー」

「確かにあの機械のマニュアルだとどんな分厚くても読むよね」

「慣れてるから……他もなれるよ」

「あらめろんー」

「いやだ」

「ほんと、なんで文学部志望なのかしらね」

「……」

「工学部ー」

「……やだ」

「小説一冊読み通したことないんでしょ」

「……うっ」

「エンジニアなるべきー」

「……女の子っぽくない」

「あら、偏見ね。女が理系でも何も悪いことないじゃない。確かに比率は少なめだけど……」

「少ないからモテるー。良いことあるー」

「それは少し魅力的……じゃなくてだめなの!」


 どうやら、大学は文系志望のナミのようであった。

 正直、そっちの才能にはあまり未来がないように周囲では見ていたが、こういうものは結局最後は本人の希望である。どっちにしても、このままでは試験で受かる自信がないから、その希望のためにも生徒会で内申点あげておいて推薦をというのがナミの願望であったのだが、今思えばその気持ちをうまく母親に利用されたというか、乗せられてしまったというか……

「ともかく、今日はもう終わろ。仕事も終わったんでしょ」

「そうね」

「おわたー。ハラ減ったー」

 そういえば——気づけばもう夜の八時。

 アドレナリンがバリバリに分泌されている攻撃アタックの対応しているときはもちろんのこと、生徒会の仕事をしている時も、いつも夢中の三人は、その間空腹も忘れて過ごしていたのだった。

 だけど、三人は、まだまだ育ち盛り、食べ盛りの年頃である。気がゆるめば一気に腹の虫も騒がしくなる。そして、となれば、校舎から歩けば三十分はかかる、様々な飲食店の立ち並ぶ駅前まで空腹が耐え難い。この時間だとバスを待っても二十分、そこからバスが十分走って、結局時間は変わらない。

 となれば、

「フラワーに行く?」

「行きましょう」

「行くー」

 そんな生徒を狙った高校前のお好み焼き屋に吸い込まれるように入って行く三人なのであった。


 *


 で、そのお好み焼き屋のフラワーであるが、お好み焼き以外のおつまみ系も味が確かなのに、高校生狙いで値段も安いとあって、八時過ぎ、もう夜のこの時間となれば店内は近所のおじさんおばさんの飲み会も始まって、結構な喧騒であった。

「おっ、生徒会の皆さん、お仕事ご苦労さん!」

 そんな宴会の最中から生徒会の入店を見つけて声をかけてきたおじいさんがいる。

「こんばんわ」

「みなさん、盛り上がっていますね」

「どもー」

 その人は近所の町内会長で、学校の行事の招待や事前説明で生徒会もなんどもあっている、昼は頑固そうな男の人であったが、酒を飲むと打って変わって、ものすごい陽気になるのであった。

 仕事が遅くなると、ついつい手近なこのお好み焼き屋にも何度も足を運んでいる生徒会の面々は、やはりこの店の常連であるおじいさんのそんな姿も何度も目撃しているのであるが、——それにしても、今日は、いつもにもまして特に陽気なように思えた。

「何かよいことあったのかな?」

「確かに……随分とうれしそうね」

「楽しそー」

 そう、三人の思ったとおりおじいさんには吉事きちじあり。

「聞いてくれよナミちゃん!」

 そして、皆の疑問には、話しかけなくてもおじさんの方から答えてくれるのだった。

「娘に子供が生まれたんだよ!」

「お孫さん?」

「そうだよ初孫だよナミちゃん!」

「おめでとうございます」

「カノンちゃんありがとうね」

「おめでとー」

「ヒジリちゃんもどうもありがとうね。ほら……」

 おじいさんは手に持ったタブレット端末を操作して、おかあさんに赤ちゃんが抱かれた写真を見せてくれた。これがおじいさんの娘とその生まれたての赤ちゃんなのだろう。

「動画もあるよ」

 おじいさんは画面をスワイプしてでた一覧から動画を選択。すると店内に響き渡る、赤ん坊の鳴き声。

「ごめん、ごめん……ちょっと音大きかった」

 しかし、おじいさんは恐縮するも、店内ではその鳴き声が聞こえたとことで腹を立てるような者は誰もいなかった。

「かわいい!」

 出でた世界に驚きながらも、力いっぱいに叫び主張する。それこそが生。その小さい体を震わせながらの原初の叫び。それはナミたち三人をとても感動させた。

「近くで見てみたい! 病院どこですか!」

「——あ、ご迷惑でなければ」

「迷惑ならあきらめるー」

「いやいや、もちろん、迷惑なんかじゃないよ。いつも地域と仲良くしてもらっている生徒会の君たちだし……でもね……」

 少し寂しそうな目をするおじいさん。

「娘がいるのはちょっと遠い病院なんだ。出産するのに妻の実家の北海道に行っていて……」

 おじいさんが追加で話してくれたところによれば、娘さんは初出産なのもあり、親戚が周りに多く住んで、自然も近い北海道で、みんなの世話を受けながら万全の体制で産もうとなったのだそうだ。

 おじいさんは、一刻も早く孫に会いに北海道に向かいたいのだけど、自分の青果店の仕事があって、おばあさんが孫に会いにいけば残って店番するしかなく……


「会いに行こうよ!」


「え?」


 突然、大胆なことを言い足したナミにおじさんの顔がキョトンとなる。

「……ああ、もちろん、現実リアルでの話でないですが」

「おじいさん現実リアルは店があるー」

 ナミの意図を察してフォローするカノンとヒジリ。

「なんだそういうことか……電脳空間サイバースペースという奴かな」

 おじいさんは三人の意図を察してなるほどという顔になるが、

「——そう言うのちょっと苦手でね」

 この物語の舞台は、今より少し未来。現在の日本で叫ばれるようなデジタルデバイドは、ますます社会基盤のデジタル化が進むにつれて少なくなっているだろう。事実、今見たように、——スマホどころか携帯ももったことのないような老人も多い現代とは違い、おじいさんでもネット経由で動画を見たりは普通の話になってきていたが、——VRヴァーチャルリアリティにはまだ敷居が高い。

 そんな時代。おじいさんは、なんとなくやりたそうだが、やり方がわからないし、この歳で新しいことはあんまり……と電脳空間サイバースペースへの没入ジャック・インには少々尻込み気味であった。

「もちろん、手伝うよ」

「私たちもご一緒しても……」

「迷惑ならあきらめるー」

「……え、もちろん迷惑じゃなくて……少し興味はあるけれど」

「じゃあ、行こう」

「いつでも、ご都合が良い時に、生徒会室にいらしてれれば」

「先生にもいっとくー。町内会長くるー。まったく、問題ないー」

「ああ、ありがとう。でも……昼は店があって……いやちょっとくらい休みは取れるけど、赤ちゃんもいつ起きてるかわからなくて、娘もその時間にあわせて寝起きしてるらしいから、その時にうまくタイミングがあうか……」

「んん、でも町内会長は一刻も早く赤ちゃんみたいよね」

「生まれたてのとこみたいですよね」

「なら、今行こうー」

「え?」

「あ、そうか。生徒会室に今から行くのは面倒だけど」

「ここなら届きますね」

「電波来てるー」

 話が決まればやることは早い生徒会の三人でった。波がかばんからごそごそとラップトップ端末とゴーグルのようなVRデバイスを取り出して、それをおじいさんの目の前におき、

「学校のLANの電波ここなら問題なく使えるから、今ここから行っちゃおうよ」

「病院のほうがVR対応していればですけど」

「病院どこー」

 おじいさんの教えてくれた病院名をすぐに検索して、アクセス。VRでの来訪も対応している最新式の施設であったことがわかったため、面会申し込みを尋ねたところちょうど赤ちゃんもお母さんもおきていて、今ならVR対応も可能なことが判明。

「これりゃ、行くしかない!」

「町内会長さん……」

「ジャック・インー!」


「ええ……!」


 正直まだそこまで乗り気でなかった町内会長のおじいさんであったが、生徒会三人娘の勢いに逆らえずに電脳空間に引っ張りこまれ……


 はてさて、この時は、この後に彼女たちが巻き込まれる大事件、明日の朝刊各紙のトップを飾る、そんなトラブルのことなどまるで予想もできず、ただネットの中をひたすらに飛んでいく、三人とおじいさんなのであった。


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今回の用語解説


「没入」「ジャック・イン」

 今回は一般のVRMMORPGものでも出ているような用語ばかりだたっと思うので、特に解説いらないと思いますが「没入——ジャック・イン」ってこの頃聞かないような気がするので解説します。

 この言葉、サイバーパンク小説の初期代表作と言えるギブスンの『ニューロマンサー』でサイバースペースに入るときの言葉として使われて広まった言葉だと思います。

 でも、今思うとこの言葉、なんのジャックなのか? どんなジャックに、何を挿せば、サイバースペースでVRを体感できるか気になりますね。

 答えは、頭に多分脳波と相互作用するデバイス貼り付けてそれによりサイバースペースに入るジャックにインする、だったと思いますが、正直『ニューロマンサー』読んだのだいぶ前で詳細は完全に忘れてるから再読でもしてみるかな……なんか、もう三十年以上も前の小説なので、当時どんなテクノロジーでVRが実現できるとみんな期待していたのかって他の作品も気になりますね。

 『ニューロマンサー』は謎電極的なものを頭に貼り付けるですが、七十年代にティプトリーの「接続された女」では、題名の通り体にいろいろチューブつけてますから神経系を物理接続するのが必要と思ったのでしょうね。六十年代のディックの『ユービック』では原理はよくわからないが超能力的なものによってVR的な世界に人々がとらわれているとか、この作者の傾向もあってちょっとオカルト的になりますがそもそも電脳空間サイバースペースの概念ができる前から、精神がダイブする空間が物語で求められていたのがわかります。

 想像力が現実よりも自由に広げられる空間、これって実は民話での異世界への放浪から現在はやりの異世界転生物語までつながる人間の求める願望、その媒体としての物語であるにかもしれませんね。そして、その普遍的に求められる物語空間の八十年代としてのリアリティをもって想像できる範囲でジャストなものがサイバースペースであり、それがサイバーパンクと言う分野として花開いたのかな?


 八十年代の他の作品ではサイバーパンク小説の他にも、「ブレインストーム」ではある人の脳の状態を別の人に転送するのに脳波とかに干渉すると思われるヘルメットで実現ということにしてたので、まあこの時代くらいから脳波に非接触で相互作用することでVRができるのではという期待があったのかもしれませんね。そして、その期待は今にまでつづいているのでしょう。最近のVRMMORPG系の小説やマンガなどでも基本的にはこのような技術でVRが実現としてるのが多いですよね。

 本『ASハイスクール』でも同じようにゴーグル的なデバイスと脳波干渉をつかったVRを想定していますが、『攻殻機動隊』のようにマイクロマシンでハード的に脳に干渉するのが必要的なことが必要というのも最終的なVRの結論としてはあるかもしれないなと悩みつつ、ハード的に人体に干渉する形のVRはそんな簡単に普及はしないだろうなと思いまずはこのような設定にしています。

 まあ、でもそのことに違和感がある人はあんまりいないでようから、さて、その世界がリアリティを持つかは——作者の腕次第かな。

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