狩人の時節

わたなべ りえ

第1話 アザミ野

 冬枯れの原に、数頭の馬が姿を現しました。

 白馬が二頭、金色のたてがみを持つ栗毛が五頭……。

 スミアは毛布から顔をのぞかせて、必死に目で追い、数えていました。

 栗毛の馬に金の髪を持つ長身の影。そして白馬には白銀の髪を持つ光輝く姿。『光戦こうせんの民』と呼ばれる美貌の人々でした。

 スミアは粗末な綿の下衣に、羊の毛皮をなめして切ったベストをはおっただけの、見てくれもひどく、機能性もなさそうな服を着ていました。

 泥だらけの顔は、目だけがぎょろりと異様に大きく、鼻水のあとがかさかさの唇まで続いていました。十歳くらいの少年に見えますが、実際は十四歳の少女でした。

 凍りつきそうな冷たい川に、小船を浮かべ、その中で寝泊りしてすでに五日目。

 寒さをしのぐ物といえば、毛布だけ。唇をぺろりと舐めれば、しょっぱさが混じます。指先を切った手袋は、それでも少しは役にたったかも知れません。素手では張り付きそうな冷たい櫂を握りしめて、行ったり来たりを繰り返し、荒れた野原を探り続け、ずっと光戦の民を待っていました。


 そして、やっと見つけたのです。


 船をこぐのをやめ、アザミ川の流れに身を任せ、気付かれぬように注意しながら、スミアは光戦の民の様子を観察しました。

 軍勢というには、七人は少なすぎます。斥候のようなものなのでしょうか?

 それでも光戦の民は、輝くばかりの鎧をまとい、背には滑らかな曲線を描く強弓を背負い、腰にはやや湾曲した片刃の剣をさしていました。いつでも戦闘を行えるいでたちで、緊張をたたえながらあたりを探っています。

 川辺の方を、銀髪の一人がちらりと見たとき、スミアはあわてて身を伏せました。


 その人は――。

 ため息が出るほどの美しい造形。 


 金色のサークレットで留められた銀の髪は、光の色を映し出して柔らかな色に染まり、稲穂のごとく風に揺れていました。

 白銀に映える透き通るような肌。その中に浮かぶ夕闇の瞳。しなやかなけもののような縦長の瞳孔は、陽が傾き、あたりの光が薄れるにともない、やや緩んでおりました。

 時間をつかさどる神が、すべてを忘れて生み出したような、若くもなく年老いてもいない姿。

 この青年は、おそらく何千年という時を生きていることでしょう。そして、さらに時間を重ねても、彼は老いに汚されることはありません。

 光戦の民たちは不老不死なのです。

 常に戦士であることを天空の神より望まれて、老いることなく若い姿を保つのでした。


 船は、ゆっくりと川を流されていました。

 もっとも彼らに近づいた頃合いに、スミアは毛布の影から再び彼らをのぞき見しました。

 銀髪の青年は、船が流れていくさまを、じっと目で追っています。

 ただ流されていくだけの小船に、光戦の民はその敏感な感覚で、何かを察したのでしょうか? もしかしたら目が合ったかもしれません。

 しかし、スミアは目を伏せることなく、射殺されたウサギのように微動だにせず、光戦の民を見続けていました。


 大河を下ったはるか遠く、人間の王国には、白い肌を持つ人も住んでいると聞きました。黄金の髪と紺碧の瞳を持つ人がいるとも聞きました。

 このうつつ大地だいちには、まだまだスミアの見知らぬ土地が広がっているのです。

 しかし、スミアの知っている世界は、ほんの小さなものでした。アザミ野と呼ばれるこの野原と、それに繋がる荒地、小さな村がすべてです。

 スミアは太陽に焼かれた褐色の肌をもち、焦げた茶色の髪を持っていました。背丈もさほど大きくはなく、すべてが小さく、大きいといえば、ぎょろりとしたハシバミ色の瞳だけでした。

 そして今、スミアは初めて出会った輝けるばかりに美しい人々を、息をもせずに見ているのです。

 すらりとした長身を馬上に置いた一行の前を、船は通り過ぎていきました。そして、光戦の民たちもまた、アザミ川の上流に馬を向けて走り去りました。

 あとには、背高の枯れた草だけが、さわさわと乾いた風にゆれているだけでした。


 スミアはため息をつきました。

 夢の世界に迷い込んだかのような錯覚に、しばし自分を忘れていたのです。

 船がくるりと流れの渦に回されて、揺れて転覆しそうになりました。

 スミアはあわてて、ぼっとしている自分にかつを入れ、急いで船を岸辺につけました。

 霜の枯野を踏みしめた足は、綿の脚半きゃはんを巻きつけた下に藁を編んだ靴を履いています。足の指は、ちぎれそうなくらいに冷たくかじかんでいましたが、スミアはかすかに顔をしかめただけでした。

 腰に鉄製の短剣をさすと、さらに活を入れ、スミアは走り出しました。

 光戦の民を見失うわけにはいきません。十二年も待ったのですから……。

 まるで犬のように、地面に残された蹄のあとを追って、スミアの追跡ははじまりました。

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