明日の天気は槍の雨

虎渓理紗

第1話 天気予言師

「あ、雨か」

 天気予言では午後から雨が降るなんて言わなかったはずだ。街を歩く周りの人々も傘なんて持っておらず、不満を零している。気象予言師は雨量測定魔術を上手く扱えなかったのだろうか? そんな声さえも聞こえた。すでに降り始めた雨に、人々は空を見上げ怪訝そうな顔をする。

 彼は傘なんて持っていなかった。

「クラウディオ、お前今上りか?」

 彼に声をかけたのは人懐こそうな顔で馴れ馴れしく肩に手を回す彼の同僚だった。彼――クラウディオはその同僚を少し睨む。同僚はクラウディオのその様子に悪びれる様子もなくとぼけ顔。同僚のいつものお調子ぶりに、付き合っていられる暇が彼にはなかったのである。

 それはというもの……。

「業績、ヤバいんじゃないの? また次外したら課長から係長に落とされるんじゃない?」

「うるさいぞ、ヘンドリック。お前の当番は明日だろう。お前こそ外したらクビが決まるんだからな」

 首が飛ぶとでも表現した方が妥当だ。

 それほどヘンドリックの業績も危うかったのだが、彼はへらへらと笑っている。

「俺は大丈夫だよ〜。部長に媚び売ってるし」

「ヘッ! この猫かぶり野郎が」

 ケッと悪態をつき、クラウディオはヘンドリックの顔をまたもや睨んだ。

 クラウディオはこの国に住む青年だ。

 社会に出たのは数年前で、もう新人でもなければベテランでもない。若く、三十代には届かないが、もう二十代も後半に差し掛かったそんな歳。

 長年いがみ合い、二十年程前に戦争まで起こした二国を大河の両岸に置き、その片方の国がある岸、つまりは二国の中間にある永世中立国を『エンバール』という。

 首都はステファノス。

 その仲が悪い二国が違いに「魔法学の国」と「工学の国」であった為、両者の中間にあるエンバールはどちらもが混ざり合った「魔法工学の国」になった。地理的には「工学の国」のある岸にありそちらの方が近いが、思い出して欲しい。先ほど戦争があったと言ったと思う。

 その戦争で勝ったのは魔法学の国だった。彼らはエンバールを植民地として支配し、工学化が進んでいたエンバールに自分たちの文化と学問も伝えた。今から数年前にエンバールは独立国となり、魔法学の国の支配も終わったが、今でもその片鱗はある。戦争で亡命した、そうした移民も多いのだ。

 それが『魔法工学の国』と呼ばれる所以だ。

 元々は天文学が発展した国だった。だから、その手の研究者も各地から集まってくる。それは彼も例外ではなかった。

「クラウディオ、今夜は研究所に行くのか?」

「いや? ……行かないけど」

「一緒に行かないか」

「嫌だよ」

「お願いだ! クビにはなりたくない!」

「お前が外してばかりなのが悪いんだよ。嫌なら、研究所にこもって『明日の天気』を当ててみせろよ」

 天文学が元々発展していたこの国に、魔法工学が新たに足されてできた職もままある。クラウディオ達は「気象予言師」だった。魔法国と工学国の技術を掛け合わせた職。文字どおり『気象予報士』と『予言師』が合わさってできた造語である為、エンバール以外の国では存在すらしていない。

 天文学を基礎とし、魔法工学の国と言われるエンバールではここ最近異変がある。それがクラウディオ達の悩みの種。

 それは――。

「でもさぁ。研究したって、もし俺が稀代の予言者と言われ大学院を歴代最年少で卒業した天才様だとしたって、どんなにやったって当たらないものは当たらないんだよ」

 クラウディオは眉を上げる。

「それほど、最近の天候は異常だと?」

「そ。クラウディオだってお手上げだろ? 雨季に竜巻起こるとか予想外も予想外だよ! やってらんねぇ」

 確かにここ最近の天候は異常だ。研究者は原因を突き止めようと躍起になっているが、どうやらお手上げの様だ。

 この国で気象異常が起こるということは、周りの隣国が何かしらの影響を受けているはず。もう異変は一か月近く起きたまま。このあたり一の天文学の発達国で問題になっているのだ。ましてや、周りでも騒ぎになっているはず。隣国たちが原因でない限り、騒ぎになっていないのはおかしい。

「隣国で何か起きたのかな――……」

 クラウディオはヘンドリックに聞こえないように独り言。

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