第15話 少年達の変貌

「ああアぁぁぁぁぁァァァ!?」


何かを引きちぎるような音に続いて子どもとは思えないほどの絶叫がワーテラから上がる。本来腕があるはずの部分からはドクドクと血が流れだしている。


「貴方が自由に動かせる腕なんて私達には必要ないですからね。貰った腕も皮膚一片まで研究に使ってあげますからご安心くださいな。」


ハースの言葉に耳を傾ける余裕などワーテラには無かった。苦しみに悶え、意識を保つのが精一杯な様子だ。


「メイアちゃん!?」


あまりに凄惨な光景を目撃したメイアは立ったまま気を失ってしまっていた。レンやオウロも思わず目を背けてしまう状況で、ハースは貼り付けたような笑顔のままだった。


「とりあえず止血しましょうか。死体になってもらっては困りますからね。」


そう言いつつハースはワーテラの傷口に手を置いた。直接触れているのでワーテラの叫び声はよりいっそう大きくなるが、ハースの手が光り出すとその声は次第に小さくなっていった。完全に声が止んだときにはワーテラの身体は脱力しきっており、出血も止まっていた。

ハースはワーテラを肩に担ぐと、


「じゃあこの子は貰っていきますね。貴方達は好きにしてください。」


と言い残してレン達に背を向けた。

だが突然ハースは身を翻した。予期せぬことだったのだろうか、担いでいたワーテラを落とす。


「ワーテラ… ワーテラヲカエアアアアアア!!」


咆哮とともに激しい風が巻き起こる。オウロはメイアを抱きかかえ、隣にいたレンも庇おうとした… が、そこには誰もいなかった。

舞い上がった雪の奥から先に現れたのはハースだった。ウィルツの剣でさえもダメージを与えることのできなかった彼があちこちに傷を負っていた。


「何者ですか貴方は… ギフト…だとしてもここまで強力なものは見たことも聞いたこともありませんね…」


レンズが割れた眼鏡を放り、ハースは口の端から垂れる血をぬぐった。

雪煙も落ち着いてきた頃に"それ"は姿を現した。真っ白な球体からは不定形の触手のようなものが伸び、球内部には真っ黒な人が浮いていた。


「レン!!」


直感的に"それ"の正体に気づいたオウロは息子の名前を呼びかける。するとそれまでぐにゃぐにゃと形を歪めていた白い球体がピタリと動きを止めた。


「ちょっといいですかお嬢さん?」


それを見ていたハースがオウロに話しかけた。


「私とあなたそんなに年は変わらないでしょ!」

「まぁまぁ、今はそんなことはどうでもいいでしょう。それよりもあれ、貴方の息子さんですよね?」

「多分そうかと…」

「ではこのまま呼びかけ続けてあれの気を引いておいてください。その間に私が破壊します。」

「そんな!まだ私の声だって聞こえてるんですよ!あの子を殺させはしません!」

「私はこちらの世界に来てからあらゆることを学びました。ですがあのような存在はそこに含まれていません。今はまだ理性を保てているかもしれませんが、それもいつまで続くかわかりませんよ。」

「でも…」

「いつか暴走して、母親の貴方さえも手にかけるかもしれません。とにかく止まっている今がチャンスです。貴方は呼び掛けを。」


オウロの返事も聞かずにハースは走り出した。息絶えたウィルツの手から剣をもぎ取り、そのままの勢いで球体を切りつけた。刃が当たった瞬間に触手が再び動き出しハースへと伸びていく。


「お嬢さん!」

「レン!私の声が聞こえる!?」


触手の動きは止まらない。そこにはもうレンの意識は存在していなかった。

ハースはタラスに伝わる将軍の剣で触手の攻撃を受け止める。しかし触手が触れた部分はもとから無かったかのように消え去っていた。


「この能力… 厄介ですね…」


猛攻を凌いで刀身を失った剣を投げ捨てハースは回避に専念した。致命傷こそ避けているものの、攻撃を受けた部分が次々に消し飛び、避けたところからは血が吹き出した。

どうすることもできず顔を抑えて泣いていたオウロを呼ぶ声が。顔を上げると目を覚ましたメイアが今にも泣き出しそうな表情で見つめていた。


「オウロさん… あれ、何…?」

「レン、なの…」


たった一時間程度のうちに幼馴染を二人も失ったという現実は幼いメイアにはあまりにも重すぎた。その言葉を聞いたメイアの瞳からは涙がこぼれ落ちた。

そのとき、何かが割れるような音が当たりに鳴り響いた。ハースが放った火球が当たったのか、球体にはヒビが入っていた。とはいえハースも攻撃を受け続けた結果ボロボロの姿になっており、立っているのもやっとの様子だった。


「お嬢さん、魔法なら効くみたいです。なのでもう一度呼び掛けをお願いします。」

「でももう私の声も…」

「注意を逸らすだけでいいんです。私の詠唱が終わるまでの時間を稼いでください。」


虚ろな目をしたままオウロは球体の前へと歩いていき、メイアもそれに続いた。


「レン… 」

「レン!元に戻ってよ!」


雪よりも白い球体はその言葉を聞くこともなくゆっくりと二人に近づいてきた。そして何本も伸びている形の定まらない触手を一本に束ね始めた。


「そう… それがあなたの望みなのね… お母さんはあなたに従うわ… だからごめんなさいね、メイアちゃん… あなただけでも逃げて…」

「そんなことできませんよ!私も一緒に…」

「行って!早く!」


オウロが声を荒らげるよりも早く一本の太い触手が二人を貫こうと前に突き出された。




死を覚悟したオウロは目をつぶっていた。しかし一向に痛みや苦しみは襲ってこない。おそるおそる目を開けると触手は顔の直前で止まっていた。


「ワーテラ…」


腹部に風穴を開けたワーテラが二人を庇うように両手を広げ立っていた。


「オウロ…さん… 俺はやっぱりあんたらを… 許すことは…できない… ただメイアが… メイアが傷つくのを…見過ごすことは… もっと許せなかっただけなんだ…」

「私のことをそんな… ごめんね…」


ワーテラはそのまま前のめりに倒れた。触手も引っ込み、ワーテラの体の下の雪はどんどん赤く染まっていった。

そして悲しみの涙を許さないかのように、雪山には似つかわしくもない熱風が吹き始めた。ハースが白い球体よりもはるかに巨大な火球をかかげている。


「その子のことは残念ですが、今は自分の命が優先です。これで終わりにしましょう。」


一瞬の閃光の後、爆音と激しい熱波がオウロとメイアを襲った。それが止むと次は地を揺らすかのような轟音とともに白い壁が山頂の方から迫ってくる。薄れゆく意識の中で二人が最後に見たものは球体と傍で笑うハース、倒れ伏したワーテラの三者が雪の波に飲み込まれる光景だった。

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