第8話 王との再開
4話外はまるで灰色の垂れ幕のようだった。曇天の下に広がる景色は倒壊した家々、そのどれもが焼けて半ば灰燼と化していた。
「ひどい…」
「死体を焼いた時の火が燃え移ったのね…」
「人を殺しておいて、しかも燃やすなんて最低だな!」
この世界においてどこの地域でも火葬の風習が根付いていた。それは宗教的な理由を主とするところもあるが、基本的にはアンデッドになるのを防ぐためであり、それゆえ兵士が殺した人間の死体に火を放つのは至極当然のことであったが、何も知らない子ども達の表情は怒りに満ちていた。
「お母さん、僕はこんな酷いことをするやつらを絶対に許さない。」
「レン… 死んだ人を燃やすのはアンデッドっていう恐ろしい魔物にならないようにするために必要なことなのよ。それにお父さんがいつも言っていたでしょう?『憎しみは何も生まない。だからどんな辛いことや悲しいことがあったって大切な人を愛することを考えろ。』って。だからそんなことを言うのはやめて…」
レン、ワーテラ、メイアの三人にとってそのことは頭では理解できていてもどこか腑に落ちない部分があった。幼い彼らの純情さ故だろう。
「でも、村の人達を殺したのはあいつらなんだ!だからやっぱりあいつらを許すことなんてできないよ!」
「そうだそうだ!俺は絶対にみんなの敵を取るんだ!」
「私も… そう思います。」
蔵から出てすぐのところで立ち止まっていた四人の間には暫し沈黙が流れた。しかしその日の空は今にも雨の降り出しそうな曇り空、それに気づいたオウロが、
「雨が降るといけないわ。みんな、早くお城へ向かいましょう。」
と一行は無言のまま村の出口のへと向かった。
森に入ると数匹の小型の魔獣が襲ってきたが、元魔術師のオウロの敵ではなかった。ファンゴの群れが襲ってきた時にはありとあらゆる属性の魔法が群れを焦がし、凍らせ、切り刻み… 一瞬の内に肉塊に変えてしまった。
「おばさん… 何者?」
ワーテラとメイアは目を丸くしている。レンにいたっては現実を受け入れられないためか虫取りをしていた。
「まだおばさんって言われる年じゃ… ま、まぁ昔魔法を使う仕事に就いてたってだけよ。」
「魔法を使うお仕事って… もしかして魔術師部隊にいたんですか!?」
「そんなところね。」
「すごいです!私も将来入りたいと思ってたんですよ!まさかこんな近くに魔術師がいたなんて…」
メイアは目をキラキラさせている。普段から魔法使いになりたいと周囲に宣言しているメイアが喜ぶ様子をレンとワーテラは密かに見つめていた。
(ふーん… やっぱりレンはメイアちゃんなのねー… でも相手はあのワーテラ君かぁ。どうなるのかしら…)
母親の勘で目ざとく二人の視線に気づいたオウロはこの時ばかりは村を滅ぼされ、夫を連れ去られた悲しみを忘れることができた。
無事に森を抜け、街道を進んでいくと少し先にタラスの王城と王都が見えてきた。しかし様子がおかしい。いつもならば街の周りを取り囲んでいる湖の水が無いのだ。
「おかしいわね。」
「どうしたの?」
「昔は水の国というだけあって街が湖の真ん中に浮いていたんだけど…」
歩を進めるにつれて街の様子がわかってきた。まず湖は完全に干上がっており、城と街は完全に湖底だった場所にある。そして今までは湖の対岸同士を繋いでいた魔法陣のある施設は取り壊されたのか無くなっており、代わりに街には巨大な門が設置されていた。
一行が門の前まで来ると壁の上から声が聞こえてきた。
「旅人か?出身と名前、用件を答えてもらおう。」
「ヴォダの村から来ました、オウロ=サカモトです。国王様に至急伝えねばならない用事があります。」
オウロの言葉が言い終わらないうちに声のした方が騒がしくなり、すぐに巨大な門は二つに割れ始めた。
門が完全に開いたとき、一人の初老の男が現れ四人の前へやってきた。上等なローブを身にまとった温厚そうな人だ。
「オウロ様!よくぞご無事で!ささ、王も早く顔を見たいと首を長くして待っております。ところで、カイリ様はどちらへ?」
その言葉にオウロの顔が陰る。真意を察したのか、男はそれ以上言及することはなく四人の体を気遣いながら王の間へと案内した。
王の間には国王のニースと近衛兵が二人しかいなかったが、ニースが兵に声をかけ下げさせた。
「オウロ殿。既に報告は受けておりますがあなたの口から言いたいこともあるでしょう。どうぞお話になってくだされ。子ども達もそうかしこまらなくともよいぞ。」
国王を目の前にして萎縮していた三人に向かってニースは優しく言葉をかける。その姿は十年前、オウロがカイリとともに初めてこの地へやってきたときと何も変わっていなかった。
「ありがとうございます、ニース様。まずは申し上げねばならないことが二点。一つは私の夫で火の国のギフターであるカイリ=サカモトが火の国の軍勢によって連れ去られたこと。もう一つは、その軍勢に水の国のギフターと思わしき男が加わっていたことです。」
ニースは一瞬驚きを顕にしたが、すぐにその表情は落胆のものへと変化した。
「まさかとは思っていたがあのカイリ殿が… そして此度は我が国のギフター、ハース=ビュレウの謀反をきっかけに起こったということを深く詫びよう。」
「頭をお上げください、ニース様。しかし… やはりあの男はギフターだったのですね…」
深々と頭を下げるニースにオウロはショックを隠しきれない様子でそう言った。
「ハースは数日前から行方がわからなくなっていたのだが、捜索隊を出しても皆死体になって帰ってきた。そして今朝ジャガルタから正式に宣戦布告を受けてな。既に国境沿いの村を滅ぼしたという通達を受け取ったときには民を守れなかったという罪の意識に苛まれて…貴方と子ども達だけでも無事逃げおおせてよかった。」
「ですがニース様、問題はまだ残っております。ジャガルタが本格的に侵攻してくるまでに時間の猶予は残されていないでしょう。そしてこちらにはギフターは一人もいません。カイリが寝返ることは無いでしょうが、ジャガルタはギフターの力を移し替える冒涜的な技術を持っていると聞きます。向こうがギフター二人分の戦力を有することになれば我々に残された道は全滅のみです。」
「我々もそれなりに備えはしているが… 正直なところハース一人にさえ勝てるかどうかもわからない… おのれジャガルタめ、舐めたまねをしおって…」
怒気を込めた言い方をするニースをなだめているオウロは既に覚悟を決めていた。それまで一度も見たことのない母オウロの顔にレンは圧倒され、それと同時に自分の無力さを思い知った。
ーーーもし自分がお父さんと同じくらい強ければ… みんなを守るだけの力があれば…
頭を抱え悩むニースと決心した様子のオウロのそばで、レンは友人にもその姿を見せずに握りこぶしに血をにじませながら泣いていた。
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