第2話 人助け

隙間の多い屋根から差し込む光に目を覚ます。


「ん… もう朝か。」


この世界に来てから一ヶ月弱。常に兵士の詰所と戦場を行き来していた浬にはこうして朝の光で目を覚まし、暫しの間まどろみに身を任せるのは彼にとって数年振りのような気がした。


「おはようございます。やっぱり床に直接寝るのは背中が痛いですね…」


少し離れた位置で簡素な毛布に包まれたものがもそもそと起き上がる。中から出た頭のそのみだれ髪としかめっ面に強い既視感を覚えたカイリははっと息を飲んだ。


「あ…すみません、見苦しい格好で… なので、その… あんまりジロジロと見ないでください…」

「あぁ、悪い… 外に井戸が会ったから行ってくるといいよ。」


髪を撫でつけながら顔を隠すように外へと向かったオウロをよそにカイリには気がかりなことがあった。

おかしい… 昨日は王女の言葉もあったからか気づかなかったが、国に一つしかない人間兵器である俺を追う兵士達が国境ごときで追跡を諦めるだろうか?だが現に俺たちはこうして無事でいるわけだし、村に何かが起こった様子もない…


「水が冷たくて気持ちいいですよ。カイリ様もどうですか?」


カイリは不意にかけられた声に驚きながらもそちらに向き直り、未だ物思いにふけりながらも気の抜けた返事をし、入り口のドアに手をかけた。




朝食を済ませ軽く身支度を整えた二人は今後のことについて助言を貰うために再び村長宅を訪れることにした。


「村長ならば何か助けになるようなことを教えてくれるかもしれない。」

「ですが彼には私たちの素性を伝えていません。もし本当のことを言ったとしてもギフターと他国の王女だということを信じるでしょうか…」

「幸い俺の能力は目に見えた効果のあるものだ。手から食い物を大量に出せば信用するしかないだろう。」


すれ違う村人にまるで珍しい物でも見るかのような目を向けられながら、二人は小高い丘の上にある村長の家へと続く道を登っていった。

扉の先には焦りの表情を浮かべた村長と数人の村人が話していた。カイリとオウロの姿に気づいた村長は深刻そうな顔をしたまま話しかけてきた。


「おお、ちょうどいいところにやって来てくださいました。実はこの時期はファンゴの繁殖期でして、農作物に被害が出るばかりか今朝にいたっては村の子供が怪我をする事態にまで発展していまして… 村人で倒そうにも群れの数が多すぎるので国王様のところへ使者を送ろうとしているのですが…」

「ファンゴっていうとあのイノシシみたいなやつか。けっこう重大なことっぽいし早く使いを出した方がいいんじゃないか?」

「そうしたいのはやまやまなんですが、村で一番腕の立つ狩人が病気に伏せっていまして… あやつを除いて使節を組んでもこの村を取り囲むアズロの森を無事に抜けることができるかどうか… そこでお二人を熟練の冒険者と見込んで頼みがあります。どうか使節に加わって一緒に国王様のもとへ参上していただけないでしょうか?」


村長が頭を深々と下げると、周囲の村人もそれに続いて頭を下げた。


(どうする?本当に困ってる様子だし助けやるべきだよな?)

カイリが耳打ちするとオウロもそれに答えるように囁いた。

(これはいい機会だと思います。水の国の王は徳が深くどんな罪人でもその寛大な御心で改心させ、人としてあるべき道に導くと聞きます。きっと私たちのことも守ってくださるでしょうし、正式に亡命ということにしてもらいましょう。)


了解の合図だろう、うなづくカイリを見てオウロは村長に笑顔で承知の旨を伝えた。


「おぉ!これは助かります。村人を代表して私が感謝の意を述べさせてもらいます。それはそうと、昨夜は夜も更けていたこともあって自己紹介がまだでしたな。私はこのヴォダの村の村長リドリー=マシュラです。」

「ギ… 冒険者のカイリだ。よろしく頼む。」

「同じく冒険者のオウロです。よろしくお願いします。」


とっさのことに身分を隠した二人だったが特に怪しまれることもなく、周りにいた村人とともに広場で他の使節のメンバーが揃うのを待つことにした。



数分後、革製の防具や木の棍棒で身を固めた男達が五人ほどやってきた。こんな粗末な装備をしている集団の中で二人の様相は完全に浮いている。オウロはグンローフの魔術師部隊の戦闘服である頭まですっぽりと覆われた鈍色のローブ。カイリに至ってはワイシャツにスラックスといったこの世界ではまず目にすることのない服装だ。


「カイリ殿、オウロ殿。その格好では目立ちすぎて盗賊に狙われる危険があるうえ、防御力もいささか劣るでしょう。革製ですが鎧を用意しましたのでこちらを着用してください。」

「いや、俺はこの下にケブラー繊維で出来た防刃スーツを着てるから大丈夫だ。」

「私も防御魔法がかけてあるので大丈夫です。二人ともステルスの魔法くらいは使えますし目立つこともないでしょう。」


そのセリフに集まった村人達からどよめきの声があがる。カイリの言った耳慣れない言葉もだが、この世界では魔法を使えるのは教育を受けた貴族出身者か悪魔の類だけなのだ。そんな高度なスキルを持つ人間がどうして旅人なんか… と訝しがる者も何人かはいただろうが、村長であるリドリーが信用する人間なので疑問をぶつけることもできなかった。


「では諸君ら!村をファンゴの群れから守るために国王様の力をお借りできるよう尽力してきてくれたまえ!」


リドリーの掛け声を背に、カイリやオウロを含む七人の使節はアズロの森の奥へと消えていった。

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