現地民ですが敵はみんな異世界転生者ばかり

紫紺

第1話 駆け落ち


赤、赤、赤、赤、赤…

回廊のランプが照らす橙色の視界にはそれをはるかに上回るほどに赤く染まった壁や床、そしてその赤を生み出した鎧が無造作に散らばっている。

死体を避けて歩く男の手には妙に反りのある剣が血を滴らせながら鈍く光っていた。


「この城を落とせば18番目か、まぁ大国を攻めるのは初めてなんだけどな 。」


男が独り言のように呟きながら豪華な装飾の扉を開けると、待ち構えていた兵士が槍を突き出した。

男はいつの間にか取り出した大きな盾で槍の一撃を防ぐと、そのままいなすような形で兵士に近づいた。


「ここには誰がいるんだ?まだ兵士しか殺していないんだが。そろそろ王族の1人でも首を取らないと俺が怒られちまうんだよなあ。」


その男の問いかけに答えるように兵士は叫んだ。


「ここには誰もいない!早く私を殺してこの城から去れ!」

「誰もいないところを兵士が守るわけないじゃないか。」


そう言って男が部屋を見回すと、ベッドと壁の隙間に膝を抱えてうずくまる少女の姿があった。


「こんな豪華な部屋にいるんだから王女か何かだろう、お嬢さん?そんなところにいないでこっちにおいでよ。」

「止めろ!オウロ様に手を出すな!」


腕を掴んで引き止める兵士を振り払い男はオウロと呼ばれた少女の目の前までやってきた。振り払われた兵士は槍を掴み再度男に突き出す。


「がっ…!?」


槍は先端が切り落とされ、その部分が兵士の喉元に突き刺さっていた。ヒューヒューと声にならない断末魔をあげながら倒れ込む兵士。大理石の床に鎧がぶつかるけたたましい音に驚いた少女は顔を上げた。


「もうやめて!私たちが何をしたっていうの!?あなた達火の国はいつもそう!無実の人々のもとに言いがかりをつけて攻め込んで… 返してよ!私たちの平和を返してよ!!」


少女の訴えを聞いた男はその悲痛さよりも衝撃を覚えたことがあった。


「花菜…?花菜なのか…?」


焦点の定まらない男の問に少女は首を振って答える。


「いいえ違います。私はオウロ=アス=ディア、この金の国グンローフの国王マデロの娘です!」


その言葉を聞いてもなお心ここにあらずといった様子の男にオウロは掴みかかる。


「私を殺すならどうぞご自由になさい。その代わりに父や母、弟妹たちに手を出したならば死してなおあなたを呪い続けます。」


目を見開き虚ろな様子で聞いていた男は暫しの沈黙の後にこう答えた。


「いいや、俺はあんたを殺せない。だがこのまま帰るわけにも行かない。だからあんたには俺と一緒に逃げてもらう。」

「えっ…?」


動揺を隠せない王女オウロを抱き抱えるようにして男は近くの窓から数十メートルの高さを飛び降りた。






「はぁ…はぁ… ここまで来れば大丈夫だろうか…」

「えぇ、そうですね。ここはもう水の国タラスの領域なので追っ手もそうやすやすとは入ってこれないはずです。」


男はオウロを下ろし自身もドサッとその場に座り込んだ。ちょうど森を抜けたようで立て看板が立っており、それによると今いるところは【アズロの森】、しばらく歩けばヴォダの村に着くようだ。


「走っている最中には聞けなかったんですが… どうしてあなたは私を殺さずに連れ去ったんですか?そしてあんな高さから飛び降りてここまでの長い道のりを走り続けたあなたは一体…?」


まだ息も切れてはいたが、ぜえぜえと喉を鳴らしながら男はこう答えた。


「あんたは俺の恋人にそっくりだったんだ。顔や背格好だけでなく喋り方や雰囲気までもな… こんな世界に連れてこられなきゃ、今頃は俺もあいつと一緒に楽しくやってたんだろうさ。」

「そんなことで私や家族を殺さなかったんですか!?それにこんな世界って… もしかして、あなたギフターですか?あの身体能力といい、その見慣れない服装といい…」

「あぁ、俺みたいなのはギフターって呼ばれてるんだっけか。それと自己紹介がまだだったな。俺は日本ってとこからやってきた坂本浬ってんだ。よろしくな。」


唐突に恋人と似ていると言われたオウロは顔を赤らめながらも感情を表に出さないようにしながら差し出された手を握った。


「さて、これからどうしようか?とりあえずヴォダの村ってところに行ってみようか。」

「誘拐された身ではあなたに従うしかないではないですか。まぁでもこんな辺境の村ならば他国の王女の顔を知る人はそういないでしょう。旅人の振りをして一晩泊めてもらいましょうか。」





「そうですか。あなた方は火の大国ジャガルタと金の大国グンローフの戦争に巻き込まれ、命からがら逃げてきたと。こんな僻地では何のもてなしもできませんが、どうぞ旅の疲れを癒していってください。」

「すみません、ありがとうございます。」


村長の家を出た二人は案内役の村人によって空き家へと連れていかれた。見るからに空き家といった感じでいたるところに穴が開き土台もひび割れていた。


「この村には訪れる人も少なく、宿屋もないのでこのようなあばら家しか用意出来なくてすみません。」

「いえいえ、私たちは雨風を凌げるだけで十分ですから。お気遣い感謝いたします。」


村人が帰っていった後に残された二人はこれからの方針を話し合うことにした。いかんせん駆け落ち同然で出てきたため何の用意ももたず、加えてお互いの身分のせいで火の国と金の国の両国に追われるのは間違いないことであろうからである。


「俺は最終兵器のギフターであんたは一国の王女。これが意味するところはわかるな?」

「そんなことはわかっています。それよりも私の家族は無事なのでしょうか…」


心配そうなオウロを見てカイリはニヤリと笑う。つい数時間前までの疲れきった表情とは打って変わって年相応のまだあどけなさも残る顔をまじまじと見てオウロの頬は紅潮する。


「その点は大丈夫だ。一緒に来ていた軍勢には王族はすべて森に逃げ込んだからすぐに捜索し追うように伝えておいたからな。」

「でもそれで助かったわけでは…」

「だーいじょうぶだって!ジャガルタは俺がいるからすぐに片付くだろうと高を括って兵士をほとんど向かわせなかったんだ。グンローフの別部隊が近くの城にいると分かっていてな。俺の命令であいつらは森を捜索するだろうが、援軍が来るとわかっている以上あまり時間はかけられない、頼りの俺もいないしな。だからすぐに本国に帰るだろうさ。」

「なるほど…それならまぁ。ですがそれならば私にはまだ帰るところがあるのだから帰ってもいいですよね?」

「そんなに俺といるのが嫌か?」


少ししょげたように聞くカイリにオウロは再び顔を赤らめながら答えた。


「いえ、そんなことはないですよ… どうせ王女として城に残っていても政略結婚で好きでもない相手と結婚させられるでしょうし…」


と、こちらもなかなか気があるようだ。


「ところで、カイリ様の能力は何ですか?ギフターは一人一つの特殊な能力を持つと聞きます。カイリ様も何か特別なスキルを持っているのでしょう?」

「俺の場合は二つあるな。」

「えっ!?どうしてですか!?」

「一つは火の神ジャーガンに召喚された時にもらった想像したものを創り出す能力。もう一つは火の国が秘密裏に研究していたギフターを強化するための術式によって付与された身体強化。」


そう言いながらカイリは両手一杯に果物や野菜を出した。女性の好みそうな甘いものばかりなのは彼なりの気遣いなのだろう。


「わぁすごい!ギフターって本当に何でも出来るんですね!うちの国のギフターは何も教えてくれなくて…」

「何でもって訳じゃないが結構便利ではあるな。」


会話の途中ではあったものの、数時間に及ぶ逃避行のせいで空腹が限界に近づきつつあった二人は食材に飛びつくようにして食事を取りながら話を続けた。カイリが元いた日本という地域のこと、そこにはあってこの世界にはない、離れたところにいる人と話せる機械や人や物を運ぶ金属でできたドラゴンなんかの不思議な物のこと。また、その逆にこちらにあって向こうには無い魔法なんかのこと。会ってまだ数時間しか経っていないとは思えないほどに二人は意気投合し、村外れの空き家に笑い声を響かせながら夜は更けていった。

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