第5話 後編 3
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ネコ目ネコ科ヒョウ属、フレンズのヒョウ。東京で下宿住まいの彼女は今…
かつてない危機に陥って、そして――いまだ、それから逃れ続けて…いた。
「…うちは今フレンズいち… あの四畳半部屋のありがた味がわかる女やねん…」
――そのころ。日本から南方に数千キロの海上、そこに隆起した島嶼で。
パークの南端、キョウシュウ島に上陸した日米安保軍の第二次調査チームは、
行方不明だった第一次調査隊の遺体を全員、発見して状況証拠とともにそれを回収
するという任務を無事、奇跡的に一人の犠牲者も出すことなく終えていた。
それには、同行したタイリクオオカミ、オオウミガラス、ハヤブサたち
在留フレンズの案内と護衛があったこと、そしてキョウシュウの宿泊保養施設、
通称“ゆうえんち”をセルリアンの侵攻から守り続けていた現地のフレンズたち、
そして女王のオオアリクイの協力があったからこそ、だった。
…そして――任務を終えた第二次調査チームは、現地にて解散。そして。
“米軍海兵隊のみ、本国に帰還”。残された、日本国自衛隊の隊員たちには…
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『――自衛隊派遣団は、即時現在の居留地を移動。キョウシュウ島西部、
パーク振興会施設の アトラクション・テーマパーク“ラビリンス”に急行、
現地に駐留せよ』
『自衛隊派遣団は、“ラビリンス”近辺に存在するセルリアンを、在留フレンズの
協力の下に殲滅せよ。
――地下型特大型セルリアン“ツチノコ”撃破任務のため、新世紀警備保障社の
対セルリアン直立型特殊車両“BIGガード”の到着、および組み立て敷地の確保、
およびその後の対セルリアン戦闘を支援せよ。――以上 日本国防衛大臣』
…なる任務が、与えられていた。
海兵隊が引き上げたことで、残された自衛隊員の数は二分隊にも満たない12名の
隊員のみ。特科の砲撃、航空支援、補給すらも無い状態での、その命令は…
「…つまりは。ここで死ね、ということだな」
隊員の誰かが、ぼそり吐き捨てるように言った。第二次調査隊が見つけた、墓地。
第一次調査隊の日米安保軍の遺体を回収した彼らが、それと同時に見つけたもの。
中華人民共和国のコマンドたちの遺体、それを見つけてしまったことが――
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中共コマンドをパークに誘導した大手総合商社、そして一部の国会議員を恐れさせ、
目撃者の自衛隊員たちをパークの現地で消滅させようと…黒い思惑が動いていた。
同時に、別の陰謀もそこに働き――パーク第二次調査隊、渡嘉敷二尉を隊長とする
自衛隊員たちは、パークの死地へと、セルリアンの跋扈する地獄へと向かわされる
こととなっていた。
ジャパリパーク、キョウシュウ島のさばく地方。
サンドスターの奇跡か、あるいは気まぐれか。熱帯雨林や険峻な高山と、川ひとつ、
あるいは丘の稜線を隔てただけで、その地方には広大な砂漠が広がっていた。
気候的には、アフリカのサハラ砂漠に近い。日中は灼熱の陽光に砂が焼かれ、
夜には氷点下まで冷え込む。時おり襲い来る砂嵐は、砂漠に街や道路を作ろうと
する人々の努力をあざ笑うかのように吹き荒れ、すべてを砂の下に埋めてしまう。
この地方でヒトは、地下に巨大、かつ長大なトンネル網、地下街を作って
隣の地方と接続、ヒトそしてフレンズが生活するパーク施設を構築しようとしていた。
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…そして。ヒトが、パークを放棄して撤退してから――2年が経とうとしていたころ。
「ボクの案内はここまでです。…この先は、ボクでも危険すぎて進めないです」
夜の、砂漠。風も吹かず、ただ昼間の熱を保持する水分も、生物も無いせいで
急速に氷点下まで冷えてゆく砂漠。
美しい星空のまたたきすら、無機質に見えるその美しい夜空の下で…
「この先に、ミドリさんたちヒトが何か、作っていたのは知ってたのです、けど。
…この先は“ツチノコ”と眷属のセルリアンの巣です、よ」
夜空の下、暗がりの中でそのフレンズの姿は…昼間のそれより美しく見えていた。
ネコ科特有の可愛らしい毛皮、大きなけも耳。しなやかな体つきに、星空をそこに
濃縮したような、美しい瞳。かすかにオアシスの碧と、蒼を映した大きな瞳。
その砂漠のフレンズ、スナネコに。
「…ありがとう、助かったよ。ここまで無事に車両を持ってこられたのは…
スナネコくん、君のおかげだ。ヒトを代表して感謝する。この先は――」
スナネコ、彼女に礼を言ったのはヒトの男。長引く野営、そして野戦でくたびれた
野戦服と装備に身を包んだ、歴戦の自衛隊員。渡嘉敷二尉だった。
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その渡嘉敷二尉の傍らには、凛々しい立ち姿のフレンズが。
こちら濃厚なサンドスターの影響か、今しがた図鑑のグラビアから抜け出して
きたような漫画家フレンズ、護衛のタイリクオオカミが…いた。
狼は、手にしていた書類の束を…用事が終わったように丸め、ため息。
「地下通路、バイパスがまさか。ここまで“ツチノコ”の移動で落盤、分断されて
しまっていたとは。ありがとう、スナネコ。君の案内がなければ、この“車は”…」
オオカミは、小柄なスナネコに礼を言いながら、その“車両”に――
パークの各地、配置の情報が残っていたものを探し、セルリアンに食われていない
車体を探し出して集め移動させてきた、その“車列”を見る。それは…
地下の広大な通路、迷路のようになっていたバイパスを抜けて集められた、三台の
高電圧移動電源車、その車列だった。
三台とも、形式も発電形式もバラバラなその電源車には、運転してきた自衛隊員、
吉三尉たち三名の自衛隊員が見張りに――砂漠の護衛に、女王直々に抜擢された
アードウルフやヒメアルマジロ、ブチハイエナたちも張り切って見回りしていた。
そのヒトの遺品、可動する高圧移動電源車は…
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「…この電源車は、“ツチノコ”撃滅の作戦『スサノオ』の切り札だ。
こいつがこのタイミングで揃わなかったら、われわれは…いわゆる詰みだったよ。
重ねて、お礼を言うよ。スナネコくん」
野戦服と装備はくたびれているが、ビシッと教科書に載せられそうな敬礼をした
渡嘉敷二尉に、スナネコは。少しくすぐったそうに、小首をかしげて笑う。
「こちらこそー。…ミドリ博士から、お話だけは聞いていたんですよ、ボク」
スナネコは、背中に背負った大きな石弓、簡素な作りだが、人間の腕力では
弦を引くことすら出来ない強力な弓の、動物の骨を削った弾を打ち出す弩砲を
後ろ手で撫でながら…可愛らしい顔で星空を見上げる。
「この先、砂漠のはてに。とっても楽しい、新しい遊園地をヒトが作っているって。
だから…“ツチノコ”をやっつけたら、そこに行って。
ボクもそこで、遊んでいいんでしょう? すっごく、たのしみー」
「…ああ。まっさきに、君を招待するよ。だからそれまでは…」
渡嘉敷二尉は、オオカミとうなずきあい、乗ってきた高機動車の方に目を向ける。
「君は、縄張りのこの砂漠に隠れて待っていてくれ。きっと迎えにくるよ」
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スナネコは、うれしそうに目を細くしてそれにうなずくと。ふと、口をへの字にし。
「…ボクも行って、戦おうか? 道中でもボクとこの弓、役に立ったでしょう。
“ツチノコ”にはこの弾じゃ歯がたたないかもしれないけど、眷属なら…」
「…いや、大丈夫。ありがとう。こちらには、遊園地の女王たちもいるからね」
渡嘉敷は、小さな手を差し出してきたスナネコと握手をし、また敬礼をする。
「行こうか、渡嘉敷くん」
タイリクオオカミの言葉に、渡嘉敷二尉はうなずいて。
「車両班、護衛のフレンズくんたち! 出発だ、私が先頭に立つ」
高機動車に渡嘉敷とタイリクオオカミが乗り込むと、自衛隊員たちも電源車の
運転席の乗り込み――それを合図に、護衛のフレンズたちが散開する。
夜闇の中、緊張と興奮…そして隠しきれない恐怖、さらには戦いと狩りの予感に
その瞳や髪から、虹色のきらめきをこぼしているフレンズたち。
…この、大型の、高出力の電源車を動かすときが一番危険だった。
人間の生み出す高出力のエネルギーにセルリアンが大量に引き寄せられてくる。
電源車に近寄られる前に、セルリアンを叩き潰すのが護衛フレンズの任務だった。
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…発車! 高機動車を先頭にして、護衛フレンズたちが走る。
「わ、私…が、がんばります! ヒメちゃん、ルル、しんがりおねがい!」
「がってんですー」「みんな、行くよ。先走らないで、落ち着いて――」
アードウルフが高機動車の後ろ、ブチハイエナ、アカカンガルーたちが動き出した
電源車の車列の左右を囲み、最後にヒメアルマジロ、トムソンガゼルが続く。
夜の砂漠、うっすら残った舗装路の上を…ヒトの遺品の、車列は進む。
ヘッドライトをスリットで絞って、ゆっくりと進む高機動車の助手席で、
「……。今のところ、セルリアンの気配はないな。これは…いけるかな」
オオカミが、目から二色の輝きを残像のようにきらめかせて、ぼそり言った。
運転手の渡嘉敷は…ゴクリ、つばを飲む。
「これなら、明日の正午までには作戦地点に電源車を持ち込めますね。
…あちらの部隊にも連絡を――新世紀警備保障の、スタッフたちにも」
「ああ。一時はどうなることかと思ったが…作戦決行は、可能な状況…かな。
もっとも。作戦がうまくいくか、“ツチノコ”を倒せるかは別だけどね」
オオカミは、少し重い声で。だが凛々しく美しい横顔で…言った。
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渡嘉敷は、つい…見入ってしまう、その美しいフレンズに。ハッとして運転に
意識を戻しながら――彼の想いを胃の奥深くに飲み込んでから…答えた。
「…倒してみせます。それが、われわれの任務なのですから。それに…
このまま“ツチノコ”の跋扈を放置したら、パークの地下は奴らセルリアンの
巣穴にされてしまいます、そうなったらもう駆逐は不可能だ…」
そうだね、と答えたオオカミは…遠く、星空の彼方を見る。
そちらの方向には、あの火山が。禍々しい、虹色の鉤爪のようなサンドスターを
頂くマウント・フジがあるはずだった。
「あの山まで…地下のマグマから、火口まで――“あの子”が、セーバルがいる
結界まで“ツチノコ”に侵攻されたら、セーバルにもしものことがあったら…
このパークは、いや…世界中のフレンズは死滅する。そしてそれは――」
「…イコール、ヒトの滅亡、ですね。絶対に“ツチノコ”はここで倒します…!
そのために、日本から新世紀社の直立大型車両、ビッグ・ガードも来てくれた。
明日の作戦は、絶対に… 成功させます、先生」
高機動車の車内で、ヒトとフレンズのオオカミは言葉を交わす。
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「われわれフレンズにとっても、明日は決戦だ。私も女王も、オオアリクイと
配下たちも…命をなげうつ覚悟で戦うことになるね、明日の作戦は…
『スサノオ』作戦は、この世界の支配者が誰かを決める…その前哨戦だ。
…1回でも負けたら、全てが終わりのゲームだけどね」
「はい。明日は、自分たちも死力を尽くします。必ず“ツチノコ”を倒します…」
渡嘉敷は、自分の言葉が弱く、意気地を失っていることに気づいて赤面し…
…そして。おそらく、明日自分たちは死ぬ、というその覚悟と決意が――
「……。先生、自分は…あなたを、その…」
渡嘉敷は。ずっと隠しておくつもりだった自分の想いが、自分の言葉と体を
乗っ取ってしまっているのに気づいて…だが、それを止められないまま。
助手席の、タイリクオオカミの手袋をした瀟洒な手に…渡嘉敷は片手で触れ、
そのしなやかさ、心地よい冷たさ、そして…生地を貫通してくる、オオカミの肌の
暖かさと柔らかさに…心臓が痛くなるほど、胸が高鳴るのを感じ…言った。
「…明日は、必ずあなたを…先生を、お守りします」
…言ってしまった。渡嘉敷が後悔と、高揚で混乱する…そこに。
進捗
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「ありがとう、渡嘉敷くん。とても、うれしいよ。…遠吠えしてしまいたい気分だ」
ふわり、そしてギュッと。渡嘉敷が気づくと、オオカミの手が渡嘉敷の荒れた手を
そうっと握り、もう片方の手がやさしくそれを包んで。
そのオオカミのやさしい笑みが、細くなった瞳が。唇が渡嘉敷に告げた。
「…だが――悪いけど」「……。…すみません、忘れてください…」
死にそうな声で言った渡嘉敷に、オオカミはクスクス笑う。
「おいおい、勝手に絶望しないでおくれよ。…あのね、悪いけど――
今の君の言葉、それはこっちのセリフだよ。明日は、明日の作戦では…
私たちは、必ず君たち自衛隊員を、渡嘉敷くんと部下、全員を守ってみせる。
最後まで、誰ひとり死なせないよう…戦うよ。地球のヒト、全員のために」
「…先生…! し、しかし…」
「私たちフレンズは、みなが同じ思いのはずさ。私たちは、ヒトに尽くし、ヒトを
守り、ともに楽しく暮らすために生まれた。それは私たち、全員の想いだ。
おっと、これはフレンズの利己的な感情だから誤解しないでおくれよ。
…君たちヒトを、その想いを失ったら、恐らく私たちフレンズは存在できない――」
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「…サンドスターが、なぜ私たちを選んでヒトを選ばなかったのか――
サンドスターの“意思”がこの世界に何をしようとしているのかは、わからない。
だが…サンドスターの奇跡がなくては、我々はこうした形でヒトと出会うことが
なかった。私は…この世界を、フレンズ仲間を、君たちヒトを愛しているよ」
渡嘉敷はそれに何も答えられず、ただオオカミのしなやかな手の感触を握り続ける。
「…ごめんね。渡嘉敷くん。こんな言葉でしか、君の想いに答えられなくて…
本当に、すまない。…私は、君の、君だけの想いには答えてあげられないんだ…」
「いえ、自分こそすみません、いきなり。…その、先生、もしかしたら」
渡嘉敷は、言葉を探し…
オオカミの手を握るその指に…これがお別れのように力を込めた。
「…前から思っていたのですが。先生には、もう好きな相手がおられるのですね?」
「……。――……うん。…ああ、恥ずかしくなってきたじゃないか。もう」
急に、少女のように。暗闇の中でもわかるほど頬を赤らめたオオカミは、
「…もう、会えない相手だけどね。恋い焦がれてもどうにもならないんだが…」
でも、とオオカミはやさしく笑い。
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「でも…どうしても、あの“ひと”のことを忘れられないんだ… あの日々を――
この世界は、彼が残してくれた思い出そのものなんだ、だから私は……」
「ありがとうございます、先生。話してくださって。…とても、うれしいです」
渡嘉敷は、オオカミの指から手を離し…ハンドルに両手を戻す。
「…俺も。やっと弟の、寿明の気持ちがわかりました。
このパークで、オオカワウソと恋に落ちたあいつの…オオカワウソのことだけは
助けようとして、ヒトに会いに行くように言い残した、あいつの気持ちが」
「…ふふふ、兄弟そろって。その嗜好は、親御さんが悲しむよ」
「…ハハハ。…今はあいつが羨ましいです。一時でも恋人と結ばれていた、あいつが…」
言ってしまってから、渡嘉敷はしまったという顔になって赤面する。
そのヒトの男に、オオカミは慈愛に満ちた笑みを浮かべて…
ごめんね …小さく、男の頬に唇を寄せ、その耳にオオカミはささやいていた。
見捨てられた者たち、死を願われた者たちが牙をむく。小さな“愛”を守るため。
「セルリアン大壊嘯」が見慣れた街も、美しい景色も全て消してしまうまで――あと178日……
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ネコ目ネコ科ヒョウ属、フレンズのヒョウ。東京で下宿住まいの彼女は今…
かつてない危機に陥って、そして――いまだ、それから逃れ続けて…いた。
「…うちは今フレンズいち… 自分もヤバイけど、先生のことが心配な女やねん…」
――そのころ。日本から南方に数千キロの海上、そこに隆起した島嶼で。
パークの南端、キョウシュウ島に上陸した日米安保軍の第二次調査チーム。
任務を終えた調査チームは、米軍海兵隊の隊員のみが本国へと帰還、
残された形の自衛隊隊員、12名にはパークの“死守命令”とも取れる新たな
命令が…日本国、防衛大臣より下命されていた。
『キョウシュウ島の砂漠地方、アトラクション施設「ラビリンス」に巣食った
特大型セルリアン“ツチノコ”を現地フレンズと共同で撃破せよ』
『対“ツチノコ”用、直立大型車両ビッグ・ガードの搬送、組み立て現場の護衛、
及びビッグ・ガードとのセルリアン対策行動を支援せよ』
…という命令のみが、渡嘉敷二尉率いる自衛隊員に与えられていた。
南冥の島で、彼らにその場で死ね、と命ずるに等しい命令だった。…だが――
ぱーく
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自衛隊員たちは、命令遂行のために作戦を開始…した。
特大型セルリアン“ツチノコ”は、パークの地下バイパスを建設するさいに
使用されていた大型ボーリングマシンを飲み込んだ、地下型セルリアンだった。
トンネルを掘り進み、パークの地下にセルリアンの巣を広げてゆく“ツチノコ”。
それをのさばらせることは、即ち、ヒトとフレンズがパークの支配権を失うに
等しい。そして、危機はそれだけではなかった。
キョウシュウ島中心の火山まで巣穴を広げた“ツチノコ”は、地中のセルリウムと
同時に溶岩すら本体に取り込んで全身が高熱化しているため、肉弾戦が基本の
フレンズでは攻撃すら難しい。その“ツチノコ”が、もし…
火山火口、サンドスターの鉱脈でもあるそこに――地中のセルリウムを、
フレンズたちの生命の源であるサンドスターに変換している結界。
フィルターである“一人のフレンズ”。もし、彼女が破壊されてしまったら…
それは、サンドスターの枯渇、フレンズの死滅…もはや世界はセルリアンの跋扈を
止められず、人類はフレンズとともに滅亡するしかなくなる。
この対“ツチノコ”作戦は、人類の命運を決める決戦…だった。…だが――
おお
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「…ヒトというのは、理解不能なことをするな。正直、まとめて叱責してやりたい、
君たちにこんなことをさせる、ヒトの王たちを。…そんな気分になるな」
薄明が近づく、パークのキョウシュウ島、その西の地方で。
砂漠地方の一角、茫漠たる岩の沙漠を抜け、木々が生え林らしき植生が見え始めた
台地のふもとで――数人のフレンズを引き連れた、美しい毛並み、そして堂々たる
立ち振舞のフレンズ女王、オオアリクイが…ため息つくように、
「日本というヒトの国の王たちがどんな者かは知らんが。
きちんと命令通りの仕事をしてのけた、有能な… ジエイタイの猛者たちを
この島で無駄に死なせようとしているぞ、君たちの王は」
そのオオアリクイの声に、彼女に少し遅れて付き従っていたヒトの男が、
「わかっていますよ、女王。…日本人というのは、昔から…
空気を読んで、黙って耐えて、黙って死ぬ。それを美徳と感じるマゾヒストたちと
そいつらを支配する一部のサディストで成り立っている、そんな国民です。
…失礼、人間という種族自体がそんなもんですね」
その男、空自の無機質的な迷彩服を着た航空自衛隊の香成三尉は笑って言うと。
はや
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「…前もお話しましたが。日本のお偉方の、どこかが。中共コマンドの墓を
見つけた私たちに、国に戻ってきてほしくないんでしょうね。
…米国のムートたちが合衆国に帰還した今となっては、そんな情報管制は
無意味なんですが…お偉方ってやつは、損得や理屈じゃなくてプライドで、
意固地で動きますからね。でかい子供といっしょですよ、それが…ヒトです」
とくに悲痛な感もなく、まだ星の残る暗い夜空を見上げた香成は――
「ま、俺は。このパークにあいつを連れ戻してやれただけで満足なんですけどね」
その上空、星空には…チカチカと、足首に巻いたライトを点滅させて飛ぶ、
夜間の警戒、哨戒飛行を行っている空自のフレンズ、ハヤブサが旋回していた。
「…ヒトはフレンズを酷使しすぎです。あの子、ハヤブサも任務でそのうち、
セルリアンにやられて…ただの鳥に戻っちまってたでしょうね。でも…
このパークなら、あの子は何度でも、あの姿でよみがえり、また空を飛べる…」
その香成に、女王は唇を へ のかたちにして。
「だが…君たちヒトは。死んだらそれで終わりだ、サンドスターの奇跡も無い」
「わかってます。ですが…」
おお
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「俺たちは、日本人のオスどもは…しぶといですよ? 必ず“ツチノコ”を
倒して…たとえ一人だけでも、必ずクニに、日本に戻ってみせますよ」
その男の声には、軽い自嘲の色があるだけで…恐怖も、悲痛も、無い。
…ヒトのオスというのは。…なるほど、夢中になる子たちが居るわけだ。
女王のオオアリクイは、胸の中でいくつかのことに納得し…そして、
「君たちの勇気は認める、だが… わからんな、納得できん。
ヒトの王たちが“ツチノコ”討伐を決意したということは――
このパークの重要性が、ここを喪うことの意味がわかっているからだと
思っていたのだが… それにしては、どういうことだ、これは?」
次第に、東の空が…岩沙漠の向こう、台地と火山のシルエットが空よりも
黒くなってゆく薄明の空に、女王は手を払って言う。
「世界の、ヒトの命運すら決するこの戦いに… ヒトの戦士は、パークでの
戦いで疲弊し、ろくに褒美も、ホキュウ、すら受けていない君たちだけ。
ヒトは何を考えているのだ? 決戦の、総力戦で挑むのではないのか?」
香成は、絵本の中の女王様のようなその美しく凛々しいフレンズに首を振り、
うみ
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「…ヒトには色んな事情があります。…笑ってくださって結構ですよ、女王」
「笑ったりするものか。私は憤慨し、そして君たちヒトの勇者に敬意を表する」
「ありがとうございます、それと――」
香成が振り返ろうとしたとき。そこに、少し遅れてついてきていたフレンズ、
日本の企業、新世紀警備保障社から派遣された絶滅種フレンズのオオウミガラス
そして、徒歩での沙漠強行軍でボロボロになった彼女のマスター、丸出社員が
颯爽と、よろよろと進んできていた。
「なにか。ヒトの悪口が聞こえましたもので。私も混ぜてもらえます?」
サンドスターが濃いせいか、日本にいるときよりも肌艶、毛艶のいいフレンズ、
オオウミガラスの瞳がスミレ色に細くなる。女王はそれに、
「私は悪口など言わん。ただ、ヒトが愚かなことをしでかそうとしているのを
黙ってみておれぬだけだ。ヒトの王がここにいたら、腹が鳴るまで説教だ」
「あら、つまらない。…うちの人の無線に、別働隊から――」
オオウミガラスが、ぼろ布のようになっている亭主を、丸出の襟をつかんで
ひっぱると。丸出は、よろよろ、背中から無線機の入ったバッグを下ろす。
うみ
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「…ひい。車両班の、渡嘉敷二尉から連絡があり、ました…
セルリアンをおびき寄せるエサ、の…電源車、三両の確保と移送に成功、
明日、いえ…今日の、正午の作戦は予定通り…とのことです」
疲れ、渇ききった口でやっと報告した丸出の言葉に――
…よしっ! と香成が腕を組み、女王のオオアリクイもうなずいた。
「さすが渡嘉敷だ、吉の野郎も…! やりゃがった、やってくれたか!!
こいつは…いける、『スサノオ』作戦…! やれますよ、女王」
「…うむ。では私の配下も、予定通り、展開させるぞ。
あとは――例の、ヒトガタ、は。あの大木より大きなキカイは?」
まだ暗い、西の方角。女王はそちらに、かすかにしかめた目を向ける。
その方向には…セルリアンに気取られぬよう、灯りも使わず、暗闇の中を
移動しているフレンズたちと、ヒト、自衛隊員たちの集団がいるはずだった。
その女王の声に、にっこりと。オオウミガラスが目を細め、
「弊社の備品、直立大型特殊車両“ビッグ・ガード”…予定より1時間ほど
遅れていますが、分離状態で各パーツを目標地点に移送中、ですわ」
だい
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「…1時間の遅れか。作戦決行は、今日の正午だが…あのヒトガタは間に合うのか?
話では、アレを組み上げて、ヒトの形にして戦わせる武器らしいが」
若干、不安…というより、不信感がにじむ女王の声に、オオウミガラスは。
「ええ、間に合わせますわ。出来ません、は新世紀社では嘘つきの言葉ですもの。
…トレーラーが使えないせいで、移動に手間取っていますが――
ヒマこいているインドゾウたちを捕まえられたのは幸運でしたわ」
「なるほど。…あと、妹毛くんの運ばせているあの大きな箱は?」
「そちらは、スパムの缶詰とチョコレートでイノシシたちを雇って担がせていますわ。
…やれやれ、ヒトの大好きなロボット、ヒト型のオモチャってやつは…
自分の足で歩かせ、自走させるとあっという間に壊れて、バッテリー切れ。
それでも、あんなポンコツをセルリアンにぶつけるために血道を上げる…」
…ヒトの男ってやつは、とオオウミガラスが肩をすくめた。
その、彼女たちの進んできた方角、暗闇の向こうでは…
――暗闇の中、トレーラの巨大な車輪が岩沙漠を踏み、砕き…
三両の巨大な貨車が、ゆっくりと西の方角へと進んでいた。
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「…よいと引けー。よいしょー! …がんばれみんなー、パオパオだよー」
「…重い、でござるが…遅れるわけには…」「あー、空が明るくなってきたよー」
夜闇の中、荒涼とした岩の沙漠を…エンジンを切り、ヘッドライトも消した車列が。
巨大な積み荷を積んだ、50トン級の特型超大型トレーラー、三両。
そのトレーラーは、だが…ただ貨車、無動力の荷車となって――
「…ヨコザワ=サーン、このまままっすぐで、いーい?」
そのトレーラーは、ワイヤーで…牽引されていた。それを引くのは、トレーラーから
するとアリのように小さな少女、フレンズたち。
だが。フレンズの中でも剛力でならす、ゾウの姉妹たちがそろって、車両を引いていた。
先頭は、巨大なヒト型の腕部分を搭載した車両、次には胴体部の、最後には脚部を
積んだトレーラーが――
それぞれアフリカゾウ、マルミミゾウ、インドゾウの怪力で曳かれ…時速は3キロに
満たなかったが、だが、ゆっくりと確実に目的地へと向かう。
そのトレーラーの前方には、女王配下の遊園地フレンズたちが展開して警戒にあたり、
岩を押しのけ…道を作り、対セルリアン直立特殊大型車両搭載トレーラーは進む。
82-10
「うぉおおお! フレンズさん!ごめん!ありがとう!! 俺もやるぜ!!」
奇妙な形状の、耐圧服のようなパイロットスーツを着た青年。
そのヒトの男が大声でわめきながらゾウたちのあいだを駆け回り、ワイヤーを引いて…
その微力で、顔を真っ赤にしていた。
「…赤城くん! 駄目よ、あなたは休んでないと!」
「でも百井さん! 女の子のフレンズさんたちが頑張ってるのに寝てられないでしょ!」
「赤城、A号のコクピットに戻れ!外は危険だ」
「…蒼山まで~。…ごめん、みんな!」
直立特殊大型車両、通称“ビッグ・ガード”の操縦パイロットの青年が、剛力をふるい
大汗を流しながらもにこやかに手を振るフレンズたちに頭を下げ、先頭のトレーラーに
戻ってゆく。…その青年にため息を付いた、徒歩のヒトの男性――
新世紀社から、このロボットと共に派遣されてきたエンジニアの横澤課長補佐は、
「アフリカゾウさん、あと5…いえ、6キロで予定の組み立て地点の平野に到着、
の予定です。すみません、あと少し…頑張ってください…!」
「だーいじょうぶですよー。私たち、こうみえてもパオパオですから」
82-11
…彼女たちにしかわからない言葉で、だがにっこり答えたゾウは、ヒトの腕ほどもある、
剛性ワイヤを軽々と肩に担いで引きながら横澤に手を降った。
…本来は、この“ビッグ・ガード”は――
ここパークのキョウシュウ島に、特大型セルリアン“ツチノコ”を討つべく派遣された
この民間の戦闘用ロボットは、これを運んできた大型VTOL機“アルバトロス”三機の
編隊から降ろされたあと、戦場付近の組み立てポイントまでトレーラーで輸送…
されるはずだった。だが…
大出力の50トン級トレーラーは、その機動だけで周囲のセルリアンを引き付けて
しまって…いた。セルリアンは、情報を共有する――この大型機械の情報が、目標の
“ツチノコ”知られたら、合体前に先手を打たれる、あるいは逃げられてしまう危険が
あった。それゆえの…人力、否、フレンズの剛力に頼っての輸送が行われていた。
…輸送は、予定より遅れてしまっていた。
無線で、別働隊は予定通り、セルリアンをおびき寄せるエサとなる高圧電源車を発見、
それを目標地点まで輸送している報告があった。
…間に合うのか? この世界の果ての島、暗闇の中…横澤課長補佐の胃が痛んだ…
82-12
――暗闇の中、その“ビッグ・ガード”班トレーラーの後方で…
「…ひいい。重い…首が肩が、腰が…脚が痛いよー。みんなに任せて帰りたい…」
「ヤマンシー殿は口より体を動かすでござる。新しい衣装が泣くでござるよ?」
「みんな! あの車に遅れるなー! 某に続け、前進! 夜が明けてしまうぞ!」
巨大な、プレハブ建てくらいある白いコンテナが…3つ。
暗闇の中に浮いて、ゆっくり進んでいた。――否、違う。
それらのコンテナは、下に潜り込むようにして、それを頭上に担いだ小柄な少女、
フレンズたちによって持ち上げられ、運ばれていた。
その、イノシシの仲間のフレンズたち。彼女たちの剛力を誇る腕と肩、足の筋肉が
張り詰め、そして足の下で沙漠の石塊が、一歩ごとに重量で砕けて火花を散らす。
それだけで…このコンテナが、1個数トンの重さがあるのが…わかる。
…モリ、ニホン。リュウキュウ、イボ。イノシシが担ぐそのコンテナには――
『海上自衛隊 秘』 『特別警備隊』 『試301式強化外骨格』 『備品』
…と、白ペンキで殴り書きがされ、そして。
イノシシたちの周囲を、自衛隊員たちが散開して警備する中…
82-13
…一人の自衛隊員、青の無機質な模様の迷彩服を着た海自隊員、妹毛三曹は
先頭のコンテナ、その下部にあるソケットからケーブルを伸ばし、それを
タブレットにつなぎ… 鬼火のようにぼんやり光るタブレットを操作する。
「…相手はセルリアンだ、IR追尾は全カット… 形状認識追尾にのみリソースを
開放すれば、ロックまでの時間は… あとは目視照準で… 直撃弾道…」
妹毛は、うなされたようにつぶやきながら。その言葉と同じ内容をタブレットに
入力、彼の武器、そして“一張羅”である、海上自衛隊の最新装備――
『試301式強化外骨格』エクソスケルヌス・アサルトスーツの戦術電脳に
指示を与え、プログラムを書き直してゆく。
その、狂気にとりつかれたような男の傍らで…小柄なフレンズが、
「…としあきさん… 少し、休まないと…あなた、ずっと眠ってないよ…!」
妹毛のほうに、明らかに…一線を越えた男女の、せつない涙目を向けている
アカミミガメが首を振って、涙をこぼし訴える、が…男は。
「…やっとだ、やっとなんだ。…恥は濯がねばならん。…あの借りは返す。
“アメフラシ”のときは、こいつが間に合わなくって…畜生…」
82-14
「もう少しで死ぬところを、二課のフレンズに救われちまった。だが今度は…
こいつがある。今度こそ…セルリアンどもを、ヒトの手で駆逐してやる…!」
「…! だめ、としあきさん…! 無理をしたら、だめ…! おねがい…」
「…海幕の椅子拭きども、海坊主のみんな、まってろよ…! こいつで…
こいつの、実戦最新データを衛星戦術リンクで送ってやる…大事に使えよ…」
うなされたようにつぶやく男の腕に、アカミミガメがすがりついた。
…彼女のこぼした涙が手に触れた、その感触に男は。作業を続けながら。
「……。ごめんよ、ミドリちゃん。可愛いミドリちゃん、愛してる。
…君と会えて本当によかった。…志願して、パークに来て本当によかった」
「…おねがい、無理はしないで…! としあきさんにもしものことがあったら…」
「…ごめんね。でも俺は…もうこいつの、試301の部品なんだ。
“ツチノコ”どもをこいつで踏み潰してやる…!
――ミドリちゃん、俺が君を好きになった理由…昔のこと、話したかな?」
「…えっ、としあきさん…?」
「俺、昔さ。ガキのころ…お祭りの屋台で、かめすくい、やってさ」
82-15ミドリ
妹毛三曹は、書き込んだプログラムを仮想領域で走らせながら。
「…俺、どんくさくて。ぜんぜん、すくえなくって。最後に、一匹だけね…
これくらいの、小さいミドリガメをすくえてさ。うれしかったなあ。
家で、ずっとそのカメを飼ってたんだ。俺が中学に上がるころには…
これくらいに、大きくなってた。そうしたら…ある日、お母んがね。
家の中が臭くなるって、キレて。そのカメを多摩川に捨てちまってさ…」
「…俺、泣きながらそのカメをね、ミドリって名前つけてたカメをさ、
多摩川の河原で探し回ったんだけど見つからなくって…それからもさ。
学校の弁当のおかずを毎日、残すようにして…河原に置きにいってたよ。
…大学に行って、海自に入ってそれもできなくなっちゃったけど――」
…急に。突然に。寡黙だった男が、急に昔のことを話し出すのを…
アカミミガメは、なぜか。背筋が凍るほどの不安さを感じて男を見つめる。
「…だから、このパークで君に。ミドリちゃんに会えて、嬉しかった。
あのミドリにまた会えた気がして。もちろん、違う個体だとしても…
サンドスターの奇跡に、この出会いに俺は感謝しているよ」
82-16
「…だから――“ツチノコ”は、セルリアンはヒトの手で…倒すんだ……」
そう言って。男は再び、黙り込んでタブレットの輝きに向かう。
「……! だめ、だめ…! としあきさん、だめ……」
アカミミガメは、言葉に出来ない不安を抱え込んだまま。愛しい男の腕に、
迷彩服の生地に力なくその両手の指を埋めていた…
――そして。ジャパリパーク、キョウシュウ島の東の沖合に…薄明が広がる。
地中型特大型セルリアン“ツチノコ”を地表におびき出し、撃滅せんとする
『スサノオ』作戦。決行の舞台となるその荒れ地、巨大な岩盤の上で…
「…先生、電源車の起動準備、振動地雷の敷設、すべて予定通りです」
自衛隊員、渡嘉敷二尉の報告に、フレンズのタイリクオオカミはうなずき。
「……。さて。…おそらく四神は目覚めない。私たちだけでやるしかない、か」
僕らが生まれた街はよくわからないところ 僕らが育った街は今…
「セルリアン大壊嘯」がヒトも場所も思い出も暗黒に染めるまで――あと178日……
83-1
ネコ目ネコ科ヒョウ属、フレンズのヒョウ。東京で下宿住まいの彼女は今…
かつてない危機に陥って、そして――いまだ、それから逃れ続けて…いた。
「…うちは今フレンズいち… 妹の世話になってしまうべきか迷ってる女やねん…」
――そのころ。日本から南方に数千キロの海上、そこに隆起した島嶼。
『ジャパリパーク』と呼ばれるその島々の南端、キョウシュウ島では…
その島で調査を終え、そして捨て石のごとき命令を受けた日本国の自衛隊員たち
12名が、決死の作戦を開始しようとしていた。
『キョウシュウ島の砂漠地方、アトラクション施設「ラビリンス」に巣食った
特大型セルリアン“ツチノコ”を現地フレンズと共同で撃破せよ』
『対“ツチノコ”用、直立大型車両ビッグ・ガードの搬送、組み立て現場の護衛、
及びビッグ・ガードとのセルリアン対策行動を支援せよ』
…渡嘉敷二尉率いる自衛隊員、そして彼らのガイド、護衛役のフレンズたち。
そして、パーク在住フレンズの女王ことオオアリクイが率いる遊園地のフレンズが
自衛隊とともに、“ツチノコ”に立ち向かうべく、集まっていた。
お城
83-2
決戦の地は…砂漠地方の中央、ヒトが、ジャパリパーク振興会が建設し、そして
運用寸前で放棄せざるを得なかった“地下迷宮テーマパーク”、その正面の荒野。
…今は、建設されたアトラクション、ホテルでもあったメルヘンなデザインの
お城が、その敷地が広がる砂漠の只中が――あと、数十分で戦場となる。
…その地は、パークの支配者がフレンズとヒトか、あるいはセルリアンかを決める
運命の場所、ヒトの文明と歴史がここで潰えるか否かの、運命の舞台でもあった。
「…正午まであと、15分。先生、始めます――」「ああ。始めよう」
渡嘉敷二尉は、傍らにいた漫画家フレンズ、タイリクオオカミに報告し、
「…第一班、作戦行動、始め!」
岩沙漠の只中、灼熱の日差しが照りつける荒野で部下たちに命令を飛ばす。
第一班、渡嘉敷と三名の自衛隊員たちは、彼らが運転し、ここまで運んできた
大型車両に、トレーラ型の電源車に向かって乗り込み、エンジンを掛ける。
陽炎が揺れる焼けただれた荒野に、ディーゼルエンジンの唸りが、そして。
……BuuuuuuM 大型の発電機が可動する音、振動が響き渡った。
沙漠
83-3
「…振動地雷、信管セット! 発電機はフル回転させろ…! よし、よし…!」
渡嘉敷二尉は、高機動車の運転席で…次第に轟音じみた発電機の唸りを響かせて
いる電源車、3台に汗ばんだ顔を向け、そして――
「…………」 彼らから少し離れた場所で。
タイリクオオカミは、焼けた岩盤の上に犬のように伏せて…その凛々ししい美顔を、
片側のけも耳を地面に押し当て。目を細めて…何かを、探っていた。
「……。…! 来た。……来る、地面の底…でかいな。なんだ、これは……」
人間、そして野生の狼のそれをしのぐフレンズの聴力で、オオカミは地の底を。
「…“きゃっする”のほう、地下迷宮の方から…近づいて、くる。間違いない」
――“ツチノコ”だ。
オオカミは耳を地面に貼り付けたまま、渡嘉敷たちに告げる。自衛隊員たちは
その声に顔をこわばらせ、そして頷いて…可動させたままの電源車から飛び降りる。
「よし、全員、高機動車へ! 先生も早く! 本体に合流を…!」
「……。まだ、まだだ… やつが、どこに出るのか、いつ来るか――」
地の底を、音だけで探っていたオオカミは。…ざわっと、髪の毛を逆立たせる。
83-4
「…地面を、恐ろしい速度で進んでる、速い。…とんでもない数の眷属もいる」
オオカミが探るあいだにも、電源車の発電機はぶっ壊れる前提の最大回転で回り、
生み出した電気をコンデンサに、そして無為に空中に放出していた。
「…もうトンネルがあったのか。まずい、渡嘉敷くんたち…逃げ切れないかな…」
ぼそり、自分にしか聞こえない声で言ってから、オオカミは――
…バッと身を起こし、開け放たれていた高機動車の助手席に飛び込んだ。
「…先生!」「行こう。“ツチノコ”予想外に速いが、予想通りに動いたよ」
そのときには、三名の自衛隊員たちも高機動車の後部座席に逃げ込んでいた。
「…よし! 指定位置まで撤退します!」
渡嘉敷の運転する高機動車は、エンジンとタイヤに悲鳴をあげさせて荒野を進み、
3台の電源車を置き去りにして――100メートルほど進んで、停止する。
…その位置からだと。渡嘉敷たちの作戦が一望できる。
セルリアンを、“ツチノコ”を地表におびき出すためのエサ、高出力を撒き散らす
電源車は、巨大な岩盤の上に集められていた。
地下迷宮建設のさい、調査され、建設地を変更させた程の巨大な岩盤。
83-5
「…先生、“ツチノコ”は、やはり岩盤を避けて地表に――」
「ああ。地上に向かっている音、だったよ。…あと、少しで… 来るぞ!!」
オオカミが、短く吠えた。そこに…
ズズズ…と。地響きが、地震とも違う、気味の悪い振動が沙漠を揺らした。
「来た! 本隊、新世紀社のロボット“ビッグ・ガード”はどうか!?」
「…はい、先ほどの無線では組み立て、合体工程に入ったと。間に合ったようです」
「…上空のハヤブサさんも予定通り。現在、上空で待機中です」
渡嘉敷二尉の声に、無線機に向かっていた吉三尉が答える。
その報告に…渡嘉敷二尉と部下たちは、ごくっと乾いた喉を動かす。
――地中タイプ特大型セルリアン“ツチノコ”。
地下トンネル建設用の大型シールドマシンを飲み込み、溶岩すらも吸収して
その巨体が灼熱している、危険極まる大型セルリアンのツチノコ。
…パーク、猛者のフレンズたちでも肉弾攻撃が不可能な、その相手に…
…ツチノコに、一撃を与えられる可能性があるのは、日本の企業、新世紀警備保障が
送ってよこした、全高50メートルの大型直立車両“ビッグ・ガード”のみ。
83-6
…だが。ビッグ・ガードはこれが初陣であり、起動するかどうかも不安定な機体。
…だが。今の渡嘉敷とフレンズたちには――
そのガラクタじみたロボット、ビッグ・ガードをツチノコにぶつける以外には
術がない…あの冗談のようなメカに、すべてを委ねるしかなかった。
…そしてそれは。
100億人に近い人類、そのほとんどが知らぬうちに、自分たちヒトの命運と
文明、未来がその運命に委ねられていると知らないままの…決戦だった。
「…う、うわ、うわ! やばいですよ、二尉!」
次第に振動が、地面から響く轟音が大きくなる中。吉三尉が無線機にしがみついた
まま叫ぶ。他の隊員も、運転席の渡嘉敷二尉、その隣のフレンズを見る中、
「……。大丈夫、この音――ツチノコは、予定通り…
地下迷宮から、出る。まっすぐ、ここにむかってくるぞ…!」
けも耳を動かしながら、オオカミが言ったときだった。
…落雷のような音が、沙漠を震わせると…荒野の一角が、爆発した。
うわあああ!? その衝撃に男たちがたじろいだ、そこに。
83-7
Piyaaa…Aaaaaa… ァアアアアアア!!
地の底から、怪音としか言いようのない絶叫じみた咆哮が響き、炸裂し。
吹き飛んだ地面から、瀑布のように土砂が、岩と石塊が空中に吹き上がっていた。
「…で、出た…!」「…お出ましだね。――でかいな」
爆発の中心からは、真っ黒な…赤黒い亀裂が全身に走った、巨体が。
…ヒトの文明で、一番近いものを上げるならば…それは。
巨大なクジラ、巨大なタケノコ。…のような。飲み込んだシールドマシンよりも
膨れ上がった特大型、否、超大型セルリアン、ツチノコが…
Giyaaaaaa… ぴやああああああ!!
空気をビリビリ震わせて、咆哮を上げ。その巨体を、彫り抜いてきた深孔から
地表にはいずり上がらせた。タケノコの、太い方を頭にして動くような、巨体。
ヤツメウナギの口を何万倍も邪悪にしたような口、頭をもたげて――
そのドス黒い巨体は、滑稽なほど短い数本の足でもがいて、地表に出る。
…その異形の姿に。想像よりもはるかにおぞましいその姿に。
「……!!」 さすがの渡嘉敷、自衛隊員たちも数秒、固まってしまう。
83-8
「渡嘉敷くん! しっかりしろ!」
オオカミの叱咤に、若干SAN値チェックに失敗していた自衛隊員たちはハッとして
我を取り戻すと――作戦通りに、動き出す。
「…よし、ツチノコ! 岩盤を避けて、地表に出た! 電源車に近づくぞ…!」
渡嘉敷の声が響く中… ドス黒い巨体は、ツチノコは轟音とともに這いずって。
岩盤の上で唸りを上げている電源車に、触手を伸ばし、気味の悪いいくつもの
巨大な眼球を向けて、近づいてゆく。そしてその巨体には…
ツチノコの掘り抜いた深孔からは、地獄の釜の蓋でも開いたかのように――
「…セルリアンどもだ! 取り巻きが、あんなに…!?」
「あんな大群、見たこと無いぞ! …ヤバいんじゃないか?」
大小、形状も様々のセルリアンの大群が湧き出し、そして一様に単眼を電源車に
向けながら、ゾロゾロと…百鬼夜行のように、ツチノコに付き従う。
…ツチノコも、セルリアンも。膨大な電力を撒き散らす電源車に惹きつけられ、
一体も、渡嘉敷たち高機動車のほうを見ていなかった。
…そのツチノコ、セルリアンの大群が電源車まであと10メートルほどに迫った。
83-9
「…よし! …電源車の爆破、用意! ツチノコめ、ランチはお預けだ!」
渡嘉敷二尉が、無線起爆装置のレバーに手をかけて顔に脂汗をにじませる。
…時間は、正午3分前。予定通り――
ツチノコを地表におびき出した時点で、電源車を爆破。
そこに新世紀社の直立大型車両、ビッグ・ガードを突撃。
切り札のロボット、ビッグ・ガードはツチノコにぶつけるまでは、自衛隊員、
そしてフレンズの総力をあげて他のセルリアンを排除、ビッグ・ガードを護衛する。
…彼らの決戦『スサノオ作戦』は予定どおり……
「……!? 渡嘉敷二尉!! 本隊、新世紀社のスタッフから急電!!」
…無線機に向かっていた吉三尉の、胃袋を吐き出すような声が…絶望を伝える。
「ビッグ・ガード、合体で…不具合!! 失敗です! 起動していません!」
その声に…世界の運命が崩れ落ちてゆく、崩壊の知らせに男たちが凍りつく。
「合体用のクレーンが…不整地だったせいで上手く動いていないようです!
新世紀の横澤サンから通信! 再合体まで…あと10分! …だそうです…」
「くそっ!! あのブリキのポンコツめ!! …再合体、それで本当に…?」
83-10
渡嘉敷は、彼にはめずらしい激昂で吐き捨てると、別の隊員の肩をつかむ。
「振動地雷、起動! …上空のハヤブサに信号を! ツチノコの逃げ道を塞げ!」
その命令に、自衛隊員たちは高機動車の中で慌てて動く。
電源車を囲むようにして埋設されていた米軍支給の虎の子、大型振動地雷四基が
無線で起動し、岩盤を超振動で震わせた。通常の地表なら数秒で液状化する
その超振動は、セルリアンがその上を進むのを忌み嫌うという特性があった。
…そして。電源車を飲み込む寸前まで迫っていたツチノコとセルリアンの群れは。
Pyaaa… ァアアアアア ゥアアアアアア!!
忌々しい振動の壁に阻まれて、醜い巨体を拗じらせて絶叫を上げていた。
――そのツチノコ、そして電源車の上空、1万メートルで。
「…! うん、マスター! ハヤブサ、作戦行動開始、開始…! やるよ…!」
はるか上空、目に染みるほどの青空に浮かんでいた、シミのような黒点。
フレンズのハヤブサは、そのスマートな身体に似つかわしくない荷物を――
両腕に抱えた、液化ガスの大型ボンベにC4爆薬をぐるり巻き付けた急増の爆弾。
それを2つ。ゆらり、背面になったハヤブサは…
83-11
ぐるり、飛行し。我が身とともに降下を、急降下を開始する。
さすがのハヤブサでも、2つの重量物を抱えてこの高度に到達するには数時間の
旋回上昇を要していた。そして――彼女が稼いでいた、高度は。
「…命中、させる! …高度、9000…8……」
そのまま、運動エネルギーとなってハヤブサを、爆弾を加速させてゆく。
「…7…6…! …目標の孔、目視! 照準… 私やるよ… 5…」
高度5千を切ったあたりで、ハヤブサの降下速度は音速を超える。
その衝撃波と轟音に、地表の渡嘉敷たちが…そしてセルリアンの単眼も上空を見、
「…4…3…! ――開放……!!」
このまま落下すれば、ハヤブサとて引き起こしが出来ず地表に激突する。
そのハヤブサの両目から、虹色の飛沫が飛び散って…頭の翼がその虹の中で広がる。
野生解放したハヤブサは、その体よりも広がった翼で宙を切り――
高度500メートルで、投弾。濃い低空の空気を翼で圧縮、蒸気を爆発させながら…
上空へと引き起こしたハヤブサの下で、二発の爆弾は…沙漠に穿たれていた、
ツチノコの出現した深孔へと吸い込まれて、そして。
83-12
ハヤブサの引き起こしがおこした衝撃波で、取り巻きのセルリアンたちが
粉砕された、その瞬間―― ズ!ズン!! と地面が鈍い爆発で揺れた。
ツチノコは、その身を…日に焼かれたミミズのようにのたくらせて、自分が
掘り出てきた孔が崩れ、着弾の衝撃と爆発で埋められてしまったのを見…
Pikyaaa…!! 耳障りな、子供が駄々をこねるような絶叫を放つ。
「…やった!! いい子だ!! 見ろ、俺のハヤブサが…!」
高機動車の中で、泣き出しそうな声でハヤブサのマスター、空自の香成が吠える。
渡嘉敷二尉はそれに何度もうなずき、そして。
「…く! 振動地雷のバッテリーは…あと20秒か…!」
ツチノコを、おびき出したエサと隔てている振動地雷は、もう少しでその動きを
止める。…本来なら――巣穴がある地下迷宮の方へと引き返すツチノコに、
起動したロボット、ビッグ・ガードをぶつけるはずが…
…そのとき。状況を見守っていたフレンズ、タイリクオオカミが。
「!! まずい、見つかった! 逃げるんだ、渡嘉敷くん!」
その目から、かすかに虹をこぼしながらセルリアンの群れを指さした。
83-13
オオカミの叫びが終わる前に…振動の壁に阻まれて、無数の泡のように蠢いて
いたセルリアンの群れ、その一部が、その単眼が…はっきり、高機動車を見ていた。
「くそ…! 撤収します! …吉、もう無理だ! 電源車を爆破しろ!」
エンジンの唸りをあげ、高機動車が走り出す。
――その後方で。
無線起爆されたC4爆薬が、最高出力で発電を続けていた電源車3台を粉砕。
一瞬で爆煙に包まれ、スクラップと化した電源車に…
Piyaaaaa ァアアア!? ンガェエエエエエエ
ツチノコが、まるで悔しがる心でもあるような…気味の悪い絶叫を上げる。
それと同時に…取り巻きのセルリアンの群れが、動き出し…
この近辺で、唯一動いている物体。自衛隊員を乗せた高機動車のほうへと、
雪崩のような勢いで殺到、青と黒と、赤の雪崩で飲むように殺到する。
「や、やばい! 二尉! もっと速く!! …え、そっちは本隊じゃ――」
「…ビッグ・ガードが起動するまで時間を稼ぐ! 総員、戦闘用意」
渡嘉敷二尉は、高機動車で荒れ地を走らせながら部下に命令する。
83-14
…だが。セルリアンをおびき寄せようにも――
岩だらけの沙漠では、さすがの高機動車も高速は出せない。じわじわと、
平地を突き進む雪崩のようなセルリアンの群れが近づき、そして…
PyuUUU… KaAAAAAA ァアアアアアア
ツチノコは、忌々しそうに身を捩ると。その真っ黒い巨体、赤黒い裂け目の
ような模様から、火山の噴煙のような熱気とガスを撒き散らして…
「…二尉! ツチノコが…地下迷宮のほうへ向かってます!」
部下が報告するが…もはや、彼らには何の術も残されていなかった。
それどころか。高機動車を追うセルリアンの群れは、次第にその距離を縮め、
包囲するようにその数を増やしてきていた。
「う、うわあああ!? 二尉! 追いつかれる…!!」
吉三尉や隊員たちは、対セルリアン用の弾頭を装填した小銃、ショットガンを
撃ちまくるが…数体のセルリアンを破裂させただけで、その勢いは…
…ずん、と真っ黒な絶望がのしかかった車内で。
ビッグ・ガードも動かせず、ツチノコに逃げられ、自分たちも食われて死ぬ――
83-15
その、ヒトの男たちの絶望と絶叫、怒声、抑えられなかった悲鳴の中で。
「…そうか。再合体まで…10分。…なるほど」
…男たちの見えない場所で、タイリクオオカミの目が細くなっていた。
そのオオカミの、手袋をしたしなやかな手指が。渡嘉敷二尉の腕に触れて、
「…先生?」
「君たちは、このまま本体に合流したまえ。…時間は、私が稼ごう」
…先生!? 渡嘉敷、他の隊員たちが声を上げたときには。
タイリクオオカミは、高機動車のルーフからその身を乗り出し――ドス黒い巨体を
はいずらせるツチノコ、雪崩のような、無数のセルリアンの大群を見ていた。
「……!! いけません、先生!! あなただけを…無理です、やめてください!」
「私は漫画家でね。…時間ってやつを遅らせるのは、漫画を描くより得意なのさ」
オオカミは、その二色の瞳を閉じて…車体の外に、出る。
…先生!! 男たちの悲鳴じみた静止の声に、オオカミは車上で。振り返えらず。
「――行きたまえ。悪いが、私も女子でね。…男子の君たちには……」
…見せられないものがある―― そう言い残して、オオカミは宙に跳んだ。
83-16
…先生!! 悲鳴じみた叫びを残しながらも、走り去ってゆく高機動車に…
「渡嘉敷くん… あの告白、嬉しかったよ。…トワ、あなたの言ったことが……」
…今なら、わかる――
…自分は彼に拒絶されたのではなかったのだ、と――
オオカミの長く豊かな髪が、荒野でファサリ、流れ。半ば閉じたままの瞳には。
突進してくる、もう寸前まで迫ったセルリアンの大群が写っていた。
「…トワ。あなたから預かったこの世界… 大好きだったよ、大好きだよ――」
押し寄せるセルリアンの波濤、その先頭の粘液がオオカミを捉える…
――その寸前。タイリクオオカミの双眸が、ナイフで切り裂いたように開いた。
セルリアンよりも黒く、紅い、明らかに嘲笑っている…目。あふれる虹の奔流。
一瞬で毛皮の服が、破り避け、体が膨れ上がり…手袋の手指は、禍々しい鉤爪に。
ヴゥオオオオオォ!! 爆発じみた狼の咆哮、その衝撃でセルリアンが吹き飛んだ。
空を飛ぶ鳥のように 自由に生きる 今日の日はさようなら また会う日まで…
「セルリアン大壊嘯」が男の覚悟も、女の意地も無に飲み込むまで――あと178日……
84-1
ネコ目ネコ科ヒョウ属、フレンズのヒョウ。東京で下宿住まいの彼女は今…
かつてない危機に陥って、そして――長い間、それから逃れ続けて…いた。
「…ちょっぴり1年くらい経ってもうたけど…じつはまだ1日経ってないねん…」
「…うちも自分で何を言っとるか全然わからん、けど…また、はじまるねん…」
――そのころ。日本から南方に数千キロの海上、そこに隆起した島嶼。
『ジャパリパーク』と呼ばれるその島々の南端、キョウシュウ島では…
シマの砂漠地方、アトラクション施設「ラビリンス」に巣食ったセルリアン群、
その主体である地中生息タイプ特大型セルリアン“ツチノコ”。
その凶暴なセルリアンと、人類が地球の覇権をかけて争う戦いが始まって…いた。
特大型セルリアン“ツチノコ”に付き従う、大型から小型まで数十万のセルリアン。
それと対するのは…捨て石のごとく、日本政府からこのジャパリパークに
置き去りにされた自衛隊員、渡嘉敷二尉率いる12名と――
急きょキョウシュウ島に派遣された、新世紀警備保障社の直立特殊大型車両、
全長50メートルの通称“ビッグ・ガード”と対策一班のパイロット、整備士たち。
84-2
そして――彼らと共に、内地日本から来た数名のフレンズ。
数十万のセルリアン相手にはほぼ無力に等しい、そんな彼らを支え、ともに戦う
のは…このキョウシュウ島に住むフレンズたち、そして彼女たちを率いる、
「遊園地」の女王、オオアリクイ、だった。
彼ら、彼女たちが“ツチノコ”撃滅のために命をなげうつその戦い。
――その日の、正午。よく晴れた、その日の眩しい陽光の下…
キョウシュウ島の覇者が、セルリアンか、あるいは人類とフレンズか…
それはすなわち、島とその地下、サンドスターの鉱床である「マウント・フジ」と
そこで単身、死の黒色“セルリウム”噴出を押し留めている一人の“フレンズ”の
支配を巡る戦い、果ては地球の支配者が誰かを決める戦いでもあった。
…だが。その戦いは、人類側の絶望的状況から始まり、賽子がふられて…いた。
東の方向に、砂塵と蜃気楼にかすんだ「ラビリンス」施設を遠く望むその荒野に、
ビルのような高さ、急造の、その骨組みだけのような構造物が…そびえ立ち、そして…
84-3
「…!! もう一度、もう一度合体シークエンスを入力しろ! 時間がない急げ!」
「…合体用クレーンの水平が…!? 横澤課長補佐! クレーンの水平センサーに
異常! AパーツがBパーツの接合コネクターに降りきっていません!」
「…バカな! レーザーシンクロでは…ッ、しまった、不整地でクレーンの土台が
ガードの重量を支えきれなかったか…? 岩盤だから行けるかと――」
ビルのように巨大な、鋼鉄と強化プラスチック、ワイヤーの骨組みと血管が
組み上がった合体クレーン。その内部には…
いびつな人型が、ヒザ下の脚、前腕の部分が異様に大きい全高50メートルの
ロボット、新世紀警備保障社の対セルリアン装備の巨大ロボットの姿があった。
だが…フレンズたちが苦労し、大汗流してここまで運んできた3つの鉄塊が
組み立てられた“それ”には――まだ、命は、電流の生命は宿っていない。
『――こちらBパーツ操縦席、百井! …まって、クレーンは動かさないで!
接合コネクターは降りきってないけど…電装系とシナプスハブだけが繋がれてる!
今、Aパーツを持ち上げたらショートしてしまうわ!』
ビッグ・ガードの操縦席から、落ち着いているがヒリヒリする女性の声が無線で飛ぶ。
84-4
『――こちらCパーツ操縦席、蒼山です。動力はオールグリーン、電圧も想定値。
ですが…Aパーツの、マニュピレーターの油圧が全く来ていない!』
今度は、脚部の走行動力担当のエンジニアからの通信が飛んで――
…クレーンの土台の下、設置式のコンソールに向かっていた整備担当の社員たちの
疲れ切った顔面に、べったりと絶望を貼り付ける。
…いま、再合体のためクレーンでビッグ・ガードの頭部と肩腕部であるAパーツを
巻き上げたら、ロボットの神経である電装系が破壊されてしまう。
…作業のためには、いったんビッグ・ガードのすべての電源をカット、システムを
再起動させねばならない――そのために必要な時間は、30分以上…
そんな…人類の絶望、彼らの運命のどす黒い前奏曲が流れ始めた…そこに、
「…横澤さぁああん! 百井さぁああん! 蒼山ぁああ! たのむーっ!!
Aの油圧操作だけくれ! 腕を動かして、その慣性でカシメのとこをハメてみる!」
はるか上空…ビッグ・ガードの胸のあたり、Aパーツの操縦席コクピットを
開け放ったパイロット、操縦士の赤城の大声が降ってきていた。
落下を全く恐れていないその青年は、彼方、東の方向を指差し、
84-5
「もう時間がない! “ツチノコ”がラビリンスの巣穴のほうに向かってるんだ!
ここから見えてる、あの真っ黒いデカいのがそうだろ! 時間がないよおお!」
その叫びに、横澤課長補佐がスピーカーを探した、そこに、
『――ダメよ、赤城くん! そんな無茶したら今度こそ本当に故障してしまうわ』
「で、でも! 百井さん! …そう、前に有明でテストしたとき、同じような
不具合のときはそうやって合体できたじゃないですか!!」
『――ダメだ、赤城! 有明のときはお前が勝手にやって…始末書何枚書いたと!
だが…お前の言うとおりだ、もう時間がない。横澤さん、一か八かです』
エンジニアからの通信に、横澤課長補佐がはるかな高みの巨大ロボにうなずく。
「…ああ! シナプスハブを破断しない程度に、Aパーツを持ち上げてみる!」
『――横澤さん! でもそんな…動かせても3センチ以内ですよ? 無茶です!』
「なあに。俺がやるさ。手動で…な」
まさに、一か八かだった。コンソールの操作パネルに向かった横澤は、その顔に
びっしりと汗を浮かべながら――管理者権限のカードキーを差し、セキュリティを
いくつも外して… 『権限』『手動』『注意』の真っ赤な文字を表示させる。
84-6
他の整備士たちが見守る中…横澤は、カバーの中にしまわれていた手動操作用の
ダイヤルに…作業服のつなぎで拭った、汗のにじんだ手指をかける。
「…たのむ、たのむぞ…! ビッグ・ガード……」
――最初は、なんの変化もなかった。…だが。数秒後。…はるか、上空から…
G…Gi… 奥歯の根に沁みるような、凄まじい重量物が軋んで動く音が響く。
「…! 動い…た、どうだ…」
『――横澤さん! 止めて下さい! そこから…ゆっくり、降ろして――』
Bパーツのナビゲーター、百井からの通信が全員の背骨をゾクッとさせる中。
「…………。あっ、あのー…」
全員が、最初はそれに、彼女には気づかなかった。フレンズの声に気づかなかった。
「……あのー。ちょっと、よろしいでしょうか…ごめんなさい」
その声に、はるか上空を注視していた整備員の一人が??という顔を向けると。
「…あのー。ごめんなさい、あのでっかいヒトの。あのアシのところで…
いちばん、頑丈なところってどこでしょうか…?」
そこにいて、もじもじしていたのは。フレンドのアードウルフだった。
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…?? その声をかけられた若い整備士は、訳がわからないまま。いわゆる流れで。
「え? う、うん。あのCパーツ脚部の…赤いのがついている、装甲がある部分…
あそこはビッグ・ガードの重量を支える部分で、特殊チタ鋼が2200ミリの…」
整備士がそこまで言うと。アードウルフは、小股のところで両手を重ねて、ぺこり。
丁寧なお辞儀をし――スタスタと。否、少し怯えながらビッグ・ガードの真下へ。
「えっ? ちょっと君、危ない!! 離れて!」
その整備士の声に、ダイヤルを操作していた横澤がぎょっとした…その瞬時。
「……。えい!!」
アードウルフが。その華奢な右の手が――ビッグ・ガードの脚部装甲を打っていた。
ぐわぁあああん!! 凄まじい轟音が、周囲の空間を、特殊チタ鋼を揺さぶる。
華奢とはいえ、フレンズの剛力である。全高50メートルの巨大ロボットは
戦車砲で撃たれたときのようにビリビリと震え…それを支えるクレーンも軋む。
『――きゃあああ! なっ、なに!?』『――う、うわ!? な、なんだ、攻撃?』
「…うわあああ! ヤッベ、落っこちるかと……。……ん? んっ、ん、ん!?」
ビッグ・ガードのパイロットたちが同時に声を漏らした…その瞬間。
84-8
ガッ……ス…… シュウウウウ ――と。
はるか上空から、先ほどの軋みとは全く違う轟音が響き。そして一瞬でそれは消え。
――その音が意味するもの、それは。
「!! 課長補佐!! Aパーツのランプが…青! 接続開始…!!」
「やったああああ!! こちら赤城!! 行ける、いきまあああす!!」
アードウルフが、ビッグ・ガードを打ったその衝撃が消える頃には――
『――…うそ。…! こちらBパーツ、百井! Aパーツとの接合シークエンス…
接合コネクター、油圧ともチェック開始…! ブルー、いえ…オールグリーン!』
『――な、なにがあった? こちら蒼山! Aパーツの油圧、電装の接続確認!』
「こちらコクピット!! ありがとおおお! 横澤さああん! いくぜええ!」
パイロットの赤城、その青年の咆哮と同時に。
ボゥン 巨大ロボットの目、まだセンサーが完全ではないそこが金色に輝いた。
――数秒前までは、人類の希望の重みに潰えた木偶の坊、ガラクタ、ブリキポンコツ
だったロボットが…対セルリアン用直立特殊大型車両“ビッグ・ガード”として
目覚め、機動の時を待っていた。
84-9
「し…しんじられん」「横澤さん! 行けます! ビッグ・ガードを出しましょう!」
ダイヤルに手をかけたまま、呆然とする横澤課長補佐。
いつの間にか、ビッグ・ガードの真下から逃げ戻っていたアードウルフが
「…ご、ごめんなさいっ! あの、私もしかして、なにかしちゃいました…?」
ペコリ、お辞儀して半分涙目で訴える…あざといほどの美少女フレンズに、
「い、いや…た、たすかった、よ。…でも君、いったいなにを…」
「いえ、その。いっつも、パークガイドのミライさんが――
乗り物とか、テレビが壊れるとああやって修理していたので。もしかしたらって」
やく60どの角度が、こつだそうです。そう言って、チョップのフリをする
フレンズに…2秒ほど、男たちは貴重な時間を無駄にしてしまってから。ハッ!っと。
「…赤城くん! 百井くん、蒼山くん! ビッグ・ガード、出動だ!!」
横澤の声に、開け放たれたままのAコクピットから声が降る。
「了解です!! 横澤さん、クレーンを…ウィンチを外して下さい!!」
「…いや、時間がない! ウィンチとモーターは…廃棄処分とする!
そのまま出動してくれ! 始末書は私が書く…! 行けぇええ、赤城くん!!」
84-10
横澤課長補佐の絶叫じみた声。そしてその手がコンソールの操作パネルを叩くと、
ビッグ・ガードを支え、そして合体シークエンスを行いっていた何基もの
ウィンチがクレーンから緊急離脱の火花を散らしながら外れ、ワイヤーとともに
ビック・ガードの巨体にまとわりついた。
「…横澤さぁああん! ありがとう!! ビッグ・ガード、出る!」
百井さん!蒼山ぁあ!! 操縦席に戻ったパイロットの叫びに――
――発進!! ABCのコクピット、パイロット、ナビゲーター、エンジニア。
三人の新世紀警備保障対策一課の社員たちが、彼ら、彼女らの社員証を操縦席の
認証スロットに通し――ビッグ・ガードはすべてのロックを解除される。
…Gi…GiGGG…! ゴゥン…ゴゥン… と。
静止していた巨体から特殊チタ鋼、油圧、モーターが軋みを上げると。
ズン!! 巨大な足が、一歩。そして50メートルの巨体がゆらり、クレーンの
内側から自力で進み出て…また一歩。次の一歩。巨大な脚部が荒野の岩盤を踏み、
その音が次第に…ゆっくり、歩行のリズムで大地を揺らす。
「やったあああ!」「いけ、いけ…! 頼むぞ、赤城ぃ!」「いけえええ!!」
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狂気じみた整備士たちが絶叫し、手を振り、あるいは互いの手をとり、抱き合い。
そこに、状況がわからないまま、だがヒトびとの熱狂に飲まれたフレンズたちが、
アードウルフ、ゾウたちも混ざって歓喜の輪の中で抱き合う。
そんな彼らを背後に残し、ゆっくりと――だが時速20キロほどで。
『――こちら赤城! ビッグ・ガード、操縦系オールグリーン! いきまああす!』
『――こちら百井、センサー展開、ノットパニッシャー、仮想稼働…よし!』
『――こちら蒼山、動力系よし、脚部油圧…条件付きでよし! 頼むぞ赤城!』
大地を踏みしめ、進んでゆく巨体。残された整備士たちは、
「…渡嘉敷二尉の部隊、妹毛くんの部隊に通信だ! ビッグ・ガード合体完了!
出撃せるも、予定時刻より5分の遅れ――急げ!」
無線機に飛びつき、役目を終えた操作パネルに張り付き。整備士たちが働く…
その周囲の荒野で―― …ボコッ、ボコボコっっと。
ビッグ・ガードの起動、そのときに放射された電力と熱量に引き寄せられた
セルリアンの群れが、中型、小型、数百の泡のような怪物たちが地面から
沸き立って…いた。クレーンと整備士は、完全に包囲…… ――だが。
84-12
「さー、みんな。次のお仕事も、パオパオでいくからねー」
「やっちゃうよー」「いっぱい踊ろうね、みんな~」
ビッグ・ガード、そしてクレーンを乗せたトレーラーをここまで運んできた
ゾウのフレンズたち、道を開いたフレンズたちが――
「…女王さまも、ご無事でぇ~。アードも、みんなのためにがんばっちゃいます!」
円陣を組み、その中にクレーンと整備士のヒトビトを守り…
彼女たちの瞳から、周囲に揺れる陽炎じみたサンドスターのきらめきが…あふれた。
同時刻――
キョウシュウ島パーク施設「ラビリンス」。地上部分は、ファンタジックな意匠の
お城、キャッスルランド。地下にはアトラクションの地下迷宮をはじめ、様々の
施設を内包したまま…ついに、営業を開始することなく放棄されたその施設。
そのお城を望む、荒野に。放棄された地上の幹線道路に…
「…妹毛! ビッグ・ガード班から通信だ! …! うまく行ったみたいだぞ!」
無線機に向かっていた自衛隊員が声を張り上げる。
84-13
この場所は…“ツチノコ”迎撃ポイントには――
この、一番危険な任務を帯びた自衛隊員が7名、ありったけの武器をかき集めた
バリケードの内部に陣取って…来るべき“もの”を待ち構えていた。
動物の骨、尖った木々で作ったバリケードには退避路の隙間がいくつか。
そこには、フレンズたちの姿が…
「……。うむ。よくわからんが――うまく行ったのなら、なにより。さあて」
荒野に吹く、砂塵混じりの風の中。はっとするほど美しい白と黒の毛皮。
豊かで美しい髪をなびかせるのは…ここキョウシュウ島、そして「遊園地」を
ヒトから預かり、この日まで守り続けていた女王。オオアリクイの勇姿。
その他にも、女王自ら選抜した、セルリアンとの戦闘に耐えられる、そして
その生命を賭けると誓ったフレンズたちが、ずらり勢揃いしていた。
その女王のもとへ、転がるマリのように走ってきたミナミコアリクイが、
「…女王さまぁ…! 来る、きます…! こっちに、あわ、わわわ……!」
伝令、偵察役のミナミコアリクイが興奮と恐怖で声を上ずらせて、南の方角を
指差すと―― …うむ。オオアリクイがうなずき、フレンズたちもざわっとする。
84-14
「うむ。こあ、ご苦労だった。…あんなバケモノを見張って、怖かったろう」
女王は、まだ震えているミナミコアリクイに、隠しから出した小さなビー玉を
ひとつ、手渡すとその髪を、けも耳を優しく撫でてやりながら。
「こあ。次の命令だ、おまえは…ここの、自衛隊のヒトたちといっしょにいろ。
絶対に離れるな、万が一…我らが突破されたら、彼らを頼むぞ」
泣きそうになったミナミコアリクイがぷるぷる、首を振るが…女王は優しくそれを
無視すると、南の方角へ歩を。フレンズたちの円陣を抜けて、最前線へ。
「――……。来たな。…百、千…くそ。その上はなんだったか。…まあ、いい」
紫水晶が溶けたような、美しく濡れている女王の双眸、両の瞳から同じ色をした
サンドスターの輝きが――野生解放の兆しの輝きが、漏れあふれた。
その、女王の傍らには。
…Hiiiiii… iiiiiin… 静かな、アクチュエーターの鼓動を漏らす“もの”が。
ヒトの型こそしているが、はるかに大きい。直立すると3メートルほどある巨体、
真っ白な特殊鋼とセラミックの人型が、茹でられた貝のようにその胸部ハッチを
開き、脚を折りたたんで降着――その内側の、操縦席で。
84-15
「…無線が入りました、女王。俺たちヒトの切り札、ブリキのポンコツは5分遅れで
こちらに向かっています。…“ツチノコ”は予定通り、いや――」
その白い巨体、海上自衛隊の特殊作戦群、通称“海坊主”の最新兵器。
『試301式強化外骨格』エクソスケルヌス・アサルトスーツの操縦席から、
海自の妹毛三曹が、特殊な操縦用のバイザーヘルメットで口元しか見えないその顔を
むけて。なにか、笑うような声で語りかける。
「…渡嘉敷二尉から通信が。目標“ツチノコ”は予測よりも早い速度で、こちらに。
あのお城の真ん前にある、巣穴の入り口めがけて侵攻中です。仲間を連れてね」
その声に、オオアリクイはうむ、とうなずいて。
「…難しい計算は苦手だが。こちらの手駒が遅れて、セルリアンが先行している。
それはつまり――ここで我々が、“ツチノコ”を計画よりも長く食い止める、
その必要があるということでいいな?」
「理解が早くて助かります。日本のくそったれた幕僚と防衛大臣にあなたの爪の垢を
飲ませてやりたいですよ。…おっと。失礼」
そのときには…試301のセンサーにも反応が入り始めていた。
84-16
「…来ましたよ。予定通り――ちょうど、俺たちは“ツチノコ”と、あの野郎の
くっそ汚い巣穴のあいだに陣取っている。…ここまで、あと…3分」
妹毛が言ったちょうどその時、南の方角で ズン!ズン! と遠い地響きがとどろき
小さな爆煙がいくつも、立ち上っていた。妹毛が先んじて仕掛けていたセンサーと
モーション地雷、それが突進してくるセルリアン群の先鋒を吹き飛ばした音だった。
…だが――“それ”で、セルリアンどもが、“ツチノコ”の突進が止められるとは
妹毛も、女王たちも思っていない。
「…来るぞ。自衛隊の戦士。――無理はするなよ、危なくなったら我らに任せろ」
「…それはこちらのセリフかと。女王、突破されそうになったらフレンズさんたちを、
もし可能なら他の隊員たちを連れて逃げてくださいよ」
妹毛は口だけでニヤリ、笑ってみせると…
Hiiiiii!! プシュウウウ と――試301の胸部装甲、ハッチを閉鎖。
白い巨体をゆらり、電磁モーターと油圧、アクチュエーター独特の動きで立ち上がらせ
『――海坊主、出撃る! みんな、もう一度説明する! こいつの周囲には近づくな、
武器を使うとバックブラストが出る、あとキャニスター地雷を散布するから…』
84-17
『…踏んづけると爆発する缶を撒き散らす、君たちも危ないから近づくな!』
外部への警告用スピーカーで言った妹毛は、白い巨体、スマートな脚部で荒野を
踏みしめながら進んで――『備品 火気厳禁』『海上自衛隊 秘』 と書かれていた
コンテナ2つ、展開されていたそこから、専用のコンテナアームでアサルトスーツの
両肩部、背中、脚部、そしてメインフレームの装備アームに武装をセットする。
両肩には、CKEM(超音速対戦車ミサイル)のマルチランチャーが二基、背中には
近接防御地雷散布用のキャニスター・ポッド。装備アームには両手持ちの大型砲、
25ミリ・チェーンガンを装備――胴体から生えている、パワードスーツ・アームには
セルリアン用のオート・ショットガンを。――全身火器の重装備を整える。
それらの装備を整えたときには…
「…きたーっ! きたよおお!」「めっちゃたくさんいるよお…! ひええええ」
ここまで、このアサルトスーツのコンテナを運んできてくれたイノシシフレンズたちが
転がるように、偵察から逃げ戻り…だが、あっぱれなことに彼女たちが大汗かいて
運んだコンテナを守るように陣取った。
その今絵t名の周囲には、他にもフレンズたちが――そこに。
84-18
『――ミドリちゃん、ありがとう。…今まで本当に、ありがとう…!
そのコンテナを、武器をセルリアンから守って…危なくなったら、逃げてくれ…!』
その、スピーカーから響く男の声に。
カメのフレンズを集め、試301のコンテナを守る役目を買って出ていたミドリガメ、
妹毛と愛を交わしていたフレンズの少女が…涙があふれる瞳と、首を振る。
「…としあきさん…!! 一人じゃ、危ないわ! 無理よ、私たちも…」
『――…ダメだ。ごめんね、ミドリちゃん。さっきも言ったけど、こいつが攻撃に
入ると、周りにいるだけで危ない。…大丈夫、撃ち尽くしたらここに戻るよ』
…でも…! ミドリガメが白い巨体に美味しがろうとした、が。
『――…ありがとう、ミドリちゃん。愛してる、君だけを愛してる。ずっと――
…試301、出撃る! …みんな、靖国なんぞには行くなよ!』
妹毛はスピーカーを響かせ。不気味なくらいの速さで、試301はその脚で荒野を
進み、地雷、そしてミサイルのバックブラストで仲間の隊員とフレンズを巻き込まない
位置まで進んで…そして。
「……。やっとだ、やっと――“あのとき”の恥を濯げるぞ、待ったぜ、待ったぜ」
84-19
操縦席の妹毛、その顔を覆うバイザーディスプレイに周囲の360度映像が、そして。
…南の方向から、時速数十キロで突進してくる“もの”が――
陸上に打ち上げられてのたうち、もがくような“ツチノコ”の巨体。
そしてその超巨大セルリアンが引き連れる、眷属。百鬼夜行のようなセルリアン群。
工作機械や車を飲んでいる大型セルリアン、中には世界各地で暴れていた特大型の
“アメフラシ”や“サルモネラ”、“アレニエ”、“シンティエン”どもの
ジェネリックが――無数の中型、小型のセルリアンを引き連れて…波濤のように、
彼ら自衛隊員、フレンズたち、そして試301めがけて突き進んできていた。
…ごくり、ツバを飲み唇を舐め…妹毛は、衛星通信が試301と――はるか彼方、
日本の海上自衛隊、特殊作戦群本部とデータリンクしているのを確かめ。
「…俺からの餞(はなむけ)、いや…手向けか。みんな、受け取ってくれよ…!」
『試301式強化外骨格』の実戦データの転送シークバーに、妹毛は目を細めた…
さあ解き放て すべて時の彼方に… 魂を縛るものは因果か、それとも…愛か…
「セルリアン大壊嘯」が全ての生、全ての死の意味を無為にするまで――あと178日……
85-1
『ジャパリパーク』キョウシュウ島の砂漠地方。その一角の広大な荒れ地に
建設されたのアミューズメント施設「キャッスルランド」。
セルリアン惨禍により、完成まもなく放棄されてしまった「キャッスル」、
そして地下の迷宮とバイパスは超大型セルリアン“ツチノコ”とその眷属どもの
巣窟と化してしまって、いた。
――キョウシュウ島の地下を縦横無尽に食い荒らす“ツチノコ”。
トンネル掘削装置、巨大なシールドマシンを呑み吸収していた“ツチノコ”は、
キョウシュウ島の中央、サンドスター噴出の中心地でもある火山「マウント・フジ」
へと地下を食い進みつつあった。これを放置すれば…サンドスターの奇跡の力を
セルリアンに奪われ、フレンズは、そして人類も――絶滅は避けられない。
――人類、そしてフレンズたちは“ツチノコ”に対し決戦を挑んだ。
だが……その決戦、作戦名『スサノオ』。
人類が放棄し、見捨てられたパークで超巨大セルリアン“ツチノコ”と数万の
セルリアン群れに立ち向うのは…島に見捨てられたに等しい、自衛隊の一分隊、
12人のみ。そして…彼らを守護る、20名に満たないフレンズのみ、だった…
85-2
北の方角、荒れ地に煙る砂塵の向こうに…ファンタジックなお城を模した
巨大施設「キャッスル」が浮かび上がっていた。
それを背に…「キャッスル」のふもとに穿たれた、“ツチノコ”の巣穴への入り口。
その巨大な破孔へと――
スサノオ作戦の“罠”で地上におびき出された“ツチノコ”は数万のセルリアンを
引き連れ、波濤のように突き進んでいた。その行く先には…
ズン! ズム、ズン!! と。
仕掛けられていたモーション地雷が、突進してくるセルリアン群の先頭を捉えて
爆発していた。硬化ケラチンの散弾を撒き散らすその地雷は、数十体の中小型を
吹き飛ばしていた、が…
「…!! 来る、来るぞ…! “ツチノコ”だ…! で、でけえ……」
「…モーション地雷、全部反応…! う、うわ…全然、減ってねえ…!」
尖った木材、動物の骨で作られた対セルリアン用のバリケード。直径10メートルも
ないその円陣の中――振動センサーのモニター、そこを埋め尽くすセルリアン群の
波濤に、自衛隊員たちの目が絶望で…揺れる。
85-3
…だが。この島で何ヶ月も、内地日本から見捨てられ、それでも戦い続けてきた
男たち――自衛隊員は、その目に浮かんだ絶望を振り払って、動き出す。
「…モーション地雷から陣地まで、距離、3000メートル! 来るぞ!」
「…ハンマー、いや、81ミリ迫撃砲、射撃開始! 作戦開始!!」
「…妹毛に通信! おっぱじめるぞ! …オオアリクイさん、やります!!」
バリケード陣地の中の自衛隊員、七名のうち四人が、陣地中央に設置された
迫撃砲、自衛隊のL16 81ミリ迫撃砲とほぼ同型だが――
米軍のM252 81ミリ迫撃砲に隊員たちが配置につく。
…彼ら自衛隊とどうどう調査チームを編成していた、米国海兵隊の分隊。
彼らは命令により、不本意ながら自衛隊員たちを置き去る形で、先に島から
撤退、本国に戻ってしまって…いた。
だが。海兵隊は彼らの装備を、喪失、廃棄扱いにして自衛隊に残してくれていた。
そのひとつが、この自衛隊の迫撃砲とほぼ同型の、M252、そして…
「…砲弾、準備よし! 信管装着、設定はじめ!」
最新兵器、対セルリアン用の特殊信管付き迫撃砲弾、24発だった。
85-4
「…みんな! バリケードの外へ! すごく、でっかい音がするぞ!」
照準は、もう定められていた。双眼鏡で、突進してくるどす黒い波濤のような
セルリアン群、距離3000を切ったそこを観測していた指揮官が…手を降る。
BAM!! BAM!! ラッパ型をした81ミリ迫撃砲の砲口に砲弾が投入され、
迫撃砲弾が四発、連続斉射される。その鋭い発射音と衝撃に、
「…!!」「ひゃあああ」「ぅ、うおおお!?」
バリケード陣地を守っていたフレンズたちの髪が揺れ、悲鳴と驚愕が漏れ――
…そして。不安になるほどの、何も起こらない数秒。
…そして。砂塵の彼方、どす黒いセルリアン群の波濤の先頭で、
ドン…! ドドッ…!! と。
放物線を描き、落下していた迫撃砲弾は――セルリアン群の先頭、その頭上…
地面から7フィートの高さで炸裂、硬化ケラチンの散弾を地表に噴射する。
米軍のM734レーダー信管は、迫撃砲弾を空中で炸裂させる――上空から降る
その無数の破片は、中小型のセルリアンを一瞬で、数百体を粉砕、消滅させた。
破片に巻き込まれた大型も転倒し、後続の群れの行き足を鈍らせる。
85-5
「…ヨシ! 第二斉射、開始! 照準そのまま… てえッ!!」
レーダー信管を装着された迫撃砲弾が四発、再び放物線を描き投射。
爆音にフレンズたちが怯える中、着弾までの不安な数秒の、中…
「…すごい武器だ。いっぱつで、握った砂粒ほどの数のセルリアンが消えているぞ」
彼方のセルリアン群に、美しいスミレ色の瞳を細めていたオオアリクイが漏らす。
その声が消えると同時に… 着弾。四発の迫撃砲弾が、仲間の死滅を全く意にも
介さずに突っ込んでくるセルリアン群の上空で破裂、再び数百体を粉砕する。
「…ヨシ! 第三斉射、っ…! 照準、200…いや、300もどせ!」
照準手がスコープを覗きながら迫撃砲の仰角ハンドルを回し、それが終わると同時に
第三斉射の四発が虚空を駆け上り、落下してゆく。
ドドッ…! ドドン! 爆発が、さっきよりも大きく見える中――
セルリアン群は、もう2000メートル近くまで迫っていた。
その先頭付近に、連続して空中爆発の破片が降り注いで。セルリアンが砕けて
消滅するセルリウムの黒、呑んでいたサンドスターの虹色が爆煙の中に舞う。
――だが。攻撃を続ける自衛隊員たちの目、そして顔には絶望に近い焦燥が…
84-6
突進してくるセルリアン群の勢い、そしてその数は全く減っているようには
見えなかった。そればかりか…2000メートル線を越えられた今は、
そのどす黒い波濤は大海原のようで…人の手、ちっぽけな爆発でどうにか出来る
ようには、全く見えていなかった。
「…!! くそ、予想より速い、これじゃ200秒で接敵されるぞ…!」
「…第四斉射だ! 300戻せ、今度は… いや、照準そのまま! てえッ!」
指揮官の命令で、再び四発の迫撃砲が斉射、爆音を轟かせる。
虚空を滑った迫撃砲弾は――押し寄せるセルリアン群、そのほぼ中央を這い進む…
この距離でも、その巨大さに怖気立つ。群れの主である“ツチノコ”の至近に
着弾する。灰色の爆煙が、群れの真上で、そして超巨大セルリアンの眼前で。
ドン! ドドドッ…! 爆発音がもう数秒で、バリケードまで届く中。
Pi…!! Pyaaaぁあああぁ! Higiぃいいいいぃ…!!
巨大な赤子が泣き叫ぶような、不気味、不快極まる“ツチノコ”の絶叫が響く。
二発の迫撃砲弾が“ツチノコ”の眼前で炸裂し、破片で超巨大セルリアンを
ひるませるのが、そして二発はもがきながら進む“ツチノコ”の巨体の真上で炸裂。
85-7
どす黒い、陸上に打ち上げられたクジラ…といった風の“ツチノコ”の巨体は、
塩をかけられたナメクジのようになって縮み、その場でのたうつ。
「…!! やった、直撃!!」「よし、このまま…撃てええ!!」
陣地の迫撃砲の周囲で、自衛隊員たちは腕を振り上げ、瞬時の歓喜に叫び――
そして、第五斉射の四発が打ち上げられ、もがく“ツチノコ”の上空へと…
ドン! ドドド…!! 砲弾の炸裂が、もがく虫のような超巨大セルリアンの
上空で灰色の爆煙を膨れ上がらせる。その破片が、その痛撃が“ツチノコ”を
その場に釘付けにしている光景が… 自衛隊員たちの胸中に、
「やったか?」「やれるか?」 …と、はかない希望で瞬いた、そこに。
「……!? ショクン、見ろ! あいつ…! 殻をまとってる!」
前方を指差した女王の、オオアリクイの鋭い声が男たちを叱咤する。
彼らの、双眼鏡の中で――のたうつ“ツチノコ”の巨体、そこに無数の眷属が、
セルリアンが飛びつき、張り付いて…主の体を補修、そして…
“ツチノコ”の巨体に、薄灰色の岩盤のような殻を形成し始めて、いた。
再び、自衛隊員たちの目に焦燥が、絶望がまじる。
85-8
「…しまった! 突進を止めるのに斉射をつかっておけば…!」
「…あと四発だ! どうする!? もう一分で接敵されるぞ!!」
砲指揮官は、二秒だけ悩んでしまって。そして、
「距離、1000で照準! あとは単発で、200づつ戻して撃て! てえッ!」
残り、四発の砲弾を使い切る男たちは――迫撃砲に取り付き、砲弾を構え。
残りの男たちは、対セルリアン用のチップ弾が装填された小銃を構える。
彼らを、バリケード陣地を守る女王、フレンズたちも。
のっぴきならない状況、決戦が目の前に迫ったのを察して――
「君たちはこの中から出てはならん! …いくぞ、みんな!」
オオアリクイが鋭く言い放ち、仲間のフレンズ――「遊園地」の配下フレンズを、
そしてこの戦いに駆けつけてくれた猛者フレンズたちを引き連れる。
…槍を持ったシカたち、ワニ、そして毒蛇たち。カメの仲間。
日本や他の国に行かなかった、ある意味連れて行かれなかった地味目のフレンズ。
彼女たちが陣地のヒトを守護るように、前に進み出、陣を組むと。
BAM! 貴重な残り四発の迫撃砲弾が、照準ごとに発射される。
85-9
迫撃砲弾の炸裂、その灰色の爆煙。爆音は…もはや、目前だった。
数百の中小型セルリアンが粉砕されても、装甲をまとった“ツチノコ”そして
その眷属の突進の勢いは、全く衰えず…逆に、速度すら増しているようだった。
BAM! 最後の一発を撃ち尽くした迫撃砲チームは、砲から離れてその手に
小銃を、散弾銃を…ある者は、太い筒の両側に大きな六角ナットがついたような
対戦車ミサイル、通称軽MATと呼ばれる01式軽対戦車誘導弾をかつぐ。
砲口両側のナット、保護リテーナーを外し…照準装置を起動させる。
もはや、セルリアン群、そして“ツチノコ”は至近距離だった。
「…軽MATは、至近の大型セルリアンを照準、発射しろ! …くそ!」
陣地に残っていた、陸自三曹の指揮官は…焦燥した声で言い、そして腕時計を。
「……。渡嘉敷二尉たちは…駄目だったか。…くそっ、あの海坊主野郎は――」
先ほどから、沈黙している、そして…姿が見えなくなっていた、海自の秘密兵器。
試301アサルト・スーツ、妹毛三曹を探し、男の目が動いたその時。
『――妹毛だ。待たせたな。…試301、シークエンス開始する』
陣地にあった無線機、そして隊員たちのヘッドセットから受信音声が響いた。
85-10
その通信に、男たちの目が動いた…そこに。
Hiiiiii… Zum!! Zum …と。陣地から300メートルほど離れたそこで、
荒野の岩陰で――油圧、そして電磁モーターの筋肉と関節の動作音、特殊合金の
重い足音が轟いて…フワッと、全高三メートルの巨体が姿を表す。
日本企業「京レ」が開発した熱光学迷彩で、発熱、高額とも完全に周囲から
隠蔽され、岩の一部となっていた試301アサルト・スーツが動き出していた。
迷彩を解き、灰白色の巨体を表した“海坊主”の人型兵器に――
……!!!? あきらかに、突進するセルリアン群の一部に乱れが生じた。
それは、驚異や畏怖ではなく…突然、至近に出現した高エネルギー反応による
ものだった。セルリアンの突進は、汚泥のように淀み…そしてその一部が、
雪崩の膨れ上がって、試301のほうへと突進の方向を変えた。
「…妹毛!!」 隊員たちが、その怒涛の勢いに悲鳴じみた声を上げる、…が。
「――…。熱光学迷彩の試験、終わり。上出来だ、腐れヨーカンども、俺には
全く気づかなかったな。…いいぞ。これなら内地でも…」
試301のコクピットで、妹毛が戦術データをアップロードし…口を舌で舐めた。
85-11
岩盤を踏みしめ、姿を現した試301の巨体めがけて、セルリアン群が迫る。
その距離は、200メートル。近代兵器なら、すでに零距離射撃の位置――
…だが。押し寄せるセルリアンの先頭が――突然に。
Ba!! Ba!! BaPa!! 巨大な利鎌で薙ぎ払われたように、粉砕される。
その後に続く突進も、仲間のセルリアンが弾けた黒いセルリウムの飛沫の中を
突進する、が…「ある線」に到達すると、そこで再び…地表で連なって炸裂する
爆煙とともに、文字通り薙ぎ払われて粉砕されてゆく。
「――…。ハハァ、見ろ。19式地上機雷散布装置、効果はばつぐん、だ!」
データを入力、衛星通信で送信させながら――妹毛三曹は、自機の前方に段階式
散布しておいた地雷、もとい地上機雷の威力に歯を向いて、うなる。
射程200メートル、範囲20メートルで位置を指定してクラスター散布できる
この地雷、否、地上機雷は海自の、とっておきの対上陸部隊用秘密兵器だった。
試301の背部ポッドから、噴煙を上げて円筒が発射され、それは自機の前方に
再度、地上機雷の帯を、防衛他ラインを描く。
…だが。恐怖をもたない、飢餓しかしらないセルリアンはそこに、突進。
85-12
地上機雷が硬質ケラチンの散弾で中小型セルリアンを引きちぎり、粉砕する中。
…Bu!! GbuoOOO!! 巨大な、大型セルリアンが爆発を乗り越え突進する。
泥の塊のような巨体、そして工事用の重機を飲み込んだ、いびつな巨体。
それらが、もはやゼロ距離。巨大な単眼で、ぎろり、試301を捉えて進んだ…
…そこに。ガッシと、メインアームを構えた試301が主砲射撃を開始――
機械の豪腕が保持した、25ミリチェーンガンが錆色の砲火をはためかせると。
対セルリアン用25ミリ弾の破壊的な質量、速度がその弾芯の硬質ケラチンの
針、鉛筆ほどの弾芯が大型セルリアンの巨体を穿って、ボウリング玉ほどの
弾痕で貫通、セルリアンのコア“石”を打ち砕いて…怪物を粉砕してゆく。
――数百メートル後方の陣地で、それを目の当たりにした自衛隊員たちが、
「…!! す、すげえ」「あれが海坊主か…」
驚愕の声を漏らす。だが、その彼らにもセルリアン群の突進は迫り…
『――妹毛だ! 大型と、あのデカブツの足止めは任せろ! それと…!』
『――渡嘉敷は!? ブリキのポンコツはまだか!? 見えないぞ、どこだ!?』
妹毛の、絶叫じみた声が無線機から響いた。
85-13
「…渡嘉敷二尉は…あれから応答が、ない。…ビッグ・ガードは移動中だ!」
『――了解。…ハッ、別に“ツチノコ”は、俺が食ってもかまわんのだろう?』
妹毛は無線に吠えると――チェーンガンの弾倉を切り替え、APDS弾から
近接用の炸裂弾に切り替え、迫りくる、周囲に群がるセルリアンを撃ち続ける。
だが。そこに…
「…!! としあきさん、あぶない!!」「…白いの、後ろ、うしろー!」
試301の後方、装備コンテナが並ぶそこを守っていたフレンズたちから、
悲鳴じみた叫びの無線が試301のコクピットに届く。
試301の側面、機雷と射撃範囲外から突進したセルリアンの群れが、巨体の
背後めがけて押し寄せて、いた。その距離はもう50メートルほど。
「ああっ…!! だめ、にげて…!」
妹毛の恋人、アカミミガメのミドリが、無線機のレシーバーを抱え、愛する男の
駆る巨体のほうに駆け出そうとしていた。
『――大丈夫! わかってる、来ちゃダメだミドリちゃん! みんな!』
妹毛は無線に叫び返すと――機体背部ポットを操作、その下部から噴煙を…
85-14
近接防御用の地上機雷を背面に噴射。…ひとつが、カニ缶ほどの大きさの機雷は
地表に撒かれるなり、突進するセルリアンと反応して――その群れを粉砕する。
『――俺は大丈夫! ミドリちゃんとみんなは、コンテナを守護ってくれ!』
…タマが切れたら戻る! 妹毛は愛しいフレンズに言って。
「――…。いいぞ、いい…いけるぞ、これなら…!!」
試301は、その胴体のスーツ・アームで持ったAA-12ショットガンの
フルオート射撃で、接近していたセルリアンの生き残りを粉砕し、即座に
向きを変えると――チェーンガンの弾倉をAPDSに切り替え、斉射。
陣地の方に突き進んでいた、観光バスを呑んだらしき大型セルリアンの三体を
動かなくなるまで、石を撃ち抜かれたセルリアンが砕け散ってバスの残骸に
なるまで、撃ちまくった。そして――焼けた砲身を、メインアームで換装。
「…海幕のくそったれ、特戦のみんな、見ているか? いける、いけるぞ!
この試301があれば、俺たちヒトはセルリアンと戦える…!」
…そうしたら、もう…!! ――あの子たちを戦わせずに、すむ……!!
妹毛は、衛星通信の送信バーがモニターで動くそこに、呻くように…言った。
85-15
…そして――自衛隊員、試301の奮戦にも関わらず…
バリケード陣地に、最初のセルリアン群が到達してしまっていた。
「…来たぞ!! みな、ひるむな!! この島、ヒトびとは我らが守護るのだ!」
オオアリクイ、女王の凛とした怒声が響き――
小さな魚鱗陣を作っていたフレンズたち、その先頭にいた女王の爪が…疾った。
…パ! パパパパパァン! と。女王の爪、そこから伸びた衝撃波の鉤爪に
捉えられたセルリアンが数十体、まとめてパッカーンされると。
「一歩も引くなよお!」「やっっちゃえええ!」
女王の脇を固めていた槍持ちフレンズたち、トムソンガゼル、プロングホーン、
ほかのフレンズたちが押し寄せるセルリアンの波濤を…槍で受け止める。
その、フレンズたちの城壁は――強固だった。
黒い雪崩のようだった、セルリアン群の突進はそこで食い止められ…どす黒い
セルリウムの霧、サンドスターのきらめきとなって消えてゆく。
…だが。多勢に無勢――その陣形を左右に避けたセルリアンの群れが突進、
バリケードにも張り付いて、その数を増やす…そこに。
85-16
「う、うわあああ!」「やっちゃうですよー、コワイのこわいの飛んでけーです!」
バリケードを守っていた、ミナミコアリクイ、フクロアリクイ、ヒメアルマジロ。
女王の側近、そして駆けつけてくれたシマウマ仲間たちが…戦闘を開始。
バリケードを守り、お互いを守り合いながら――自衛隊員のヒトたちを守る。
その防御陣形の中、自衛隊員たちもフレンズを撃たないように…発砲を開始。
「…ちくしょおお!! バケモノがあ!」「くそ、くそ! やられねえぞクソ!」
…突き進む“ツチノコ”と、セルリアンの大群。
最新兵器、そしてフレンズたちの奮戦で、数千体のセルリアンは撃破したはず…
…だが。その突進、その数は――全く、衰えず。
バリケード陣地と、フレンズたちの防衛ラインは黒い波濤に飲み込まれる。
…だが。そこを守る女王、オオアリクイは全くひるまず。
「ココまでは想定内! みな、ひるむな! ヒトを守れ! お互いの背を守れ!」
爪を振るい、その拳で打って…女王は、その周辺の空間に到達したセルリアンを
全て粉砕、陣形の先頭で、押し寄せる波濤を切り進む動かぬ衝角となっていた。
その周囲でも、フレンズたちが双眸から虹を漏らし、踊るように戦い続ける。
85-17
その防御陣の中で――ヒメウオンバットが、クモのような中型セルリアンに
捕まっていたのを、ショットガンの銃把でセルリアンを殴り、助け出した
自衛隊員の一人が… バリケードの向こうに見えたものに、ハッと。
「…!! みんな! 高機動車が、ハマーがこっちに来る!」
「…本当だ! セルリアンじゃない、あれ…渡嘉敷二尉たちの車両だぞ!」
彼らが気づいたときには。
南西の方角から、一台の高機動車が荒れ地を疾走してくるのが映っていた。
その高機動車は、別の一団のセルリアン群に追われ…
荒れ地で速度が出ないその背後に、巨大なセルリアンが、二体、間近に。
…米軍のM1エイブラムス戦車を呑んだらしき、履帯の部分から無数のムカデ足を
蠢かせる巨大セルリアン二体に追われ…その触手に捉えられそうになっていた。
「…二尉!! くそ、軽MATだ! あの後ろのやつを――」
陣地指揮官の三曹が吠えたとき、だった。
その戦車型セルリアンの体表が、泡立つようにちぎれ飛んで。
試301の25ミリが、その戦車型セルリアンを撃ち、高機動車を援護していた。
85-18
『――くそが。コアは、戦車の中かよ。…だったら…! こいつで死ねやああ』
妹毛の無線通信が吠えると。陣地から数百メートル、戦塵とセルリウムの霧に
かすむ彼方で、白い巨体が動いて。
SH…SHUBaaaAAAA!! 試301の肩のマルチランチャーから爆煙と轟音が響く。
一発、また一発。発射された超音速対戦車ミサイル、CKEMは太杭のような
弾体を噴煙で加速させ――瞬時に、ロケットモーターで超音速に加速。
耳をつんざく轟音、音速超えの炸裂音で周囲を引き裂き、飛翔したその弾は。
米国ロッキード・マーティン製の最新対戦車ミサイルは、マッハ6を超える速度で
そのミサイルの質量を――巨大セルリアン、それが呑んでいた戦車装甲に、刺す。
ガァアアアン! としか、形容しようのない轟音。それが、二回。
CKEMに土手っ腹を撃ち抜かれた巨大セルリアンは、そのミサイルのエネルギーを
吸収しきれず…石を粉砕され、セルリアンはただの戦車の残骸と化し…爆発する。
『――ハッハァ! CKEM、巨大セルリアンに対し十分に効果あり! 送信…!』
「…やった!! …二尉、こっちへ!!」
際どいところで、セルリアンの触手を逃れた高機動車は。
85-19
バリケード陣地の入り口でかく座するように停まって。開いたドアから男たちが、
「…ッ! みんな、無事か!?」「ひ、ひえええ! 弾、弾をくれええ!」
四人の自衛隊員たちが、車内から脱出するように陣地に逃げこみ、最後に残って
いた運転席の渡嘉敷二尉も、地面に降り立つ。
弾を打ち尽くしたSIG拳銃を、わなわな震える手で握ったままの吉三尉。
その傍ら、空自の香成の傍らに彼らを空から守ってたハヤブサも降り立つ。
渡嘉敷二尉は――小さく敬礼した陣地指揮官の三曹に、
「…遅くなってすまん。…みんな、こちらは無事…か?」
「はっ。二尉も、皆もよくぞご無事で…。…あ、っ…」
三曹が言葉を濁し、目を揺らせたそこに。高機動車に張り付こうとしていた
セルリアンを、その爪で一掃した女王。オオアリクイが歩を進める。
「君たちも無事か! なにより……。…ん? あの三流作家――狼は…」
その女王の言葉に。…なにかの重さに耐えきれないように、渡嘉敷が。
「…俺たちを逃がすためにしんがりに…! 先生を見捨ててしまいました…!」
だが、その声に女王は――
85-20
「……。そうか。あいつは、つとめを果たしたな。…次は私か」
つい、一瞬前はセルリアンを千切り殺していた鉤爪の手で、そうっと、暖かに。
渡嘉敷、戻った男たちの肩を叩いて、まわり。そして。
「戦いはこれからだ! “ツチノコ”は…もう目の前だ!!」
女王は叱咤するように言い放ち、防御陣の最前線に戻る。
渡嘉敷二尉たちも、新しい小銃を、そして吉三尉も涙でぐしょぐしょになった顔で
「…ちっくしょお! ああ、ハゲワシさあん! おっぱいもみたかったよお!」
ココにはいない、別の場所で奮戦している愛しいフレンズの名を叫んで。
陣地の中で彼の獲物、軽MATを手にしていた。
…そこに。思わぬ方向から、上空から――フレンズの、泣きそうな声が響く。
「…きたー!! 来たよ! お城のほうの穴からも、セルリアンがいっぱい!」
…!? なに!? と渡嘉敷たちの顔に黒い驚愕、焦燥が浮かぶ。
…可能性は危惧していたが――セルリアンの群れに、挟み撃ちにされている。
“ツチノコ”眷属が、地下の巣穴からも…噴出し、突進してきている…中。
「…ふん。これも――想定内。…空の部隊、仕掛けろ!」
85-21
――女王が鋭い声で、命令した。その声に…
ぶわっ バサッ ふわっ と。陣地の後方で、風をまく音が。音のしない、音も。
地上で戦っていたフレンズたち、その中に混ざっていた…あるいは守られていた、
飛行フレンズたちが上空に舞い上がっていた。
「もとより、囲まれるのは承知の上! …逆に、巣穴の中を掃除してくれるわ」
奮戦しながら、女王が吠えると。
上空のトリフレンズは、二派に分かれる。大型のワシたちからなる一派は、
地上フレンズを抱きかかえ空輸する形で――「キャッスル」へと進撃。
警報を発したノドグロミツオシエ、その友達のキツツキたち、小鳥フレンズたちは
肩から下げた「遊園地」のお土産用ズック袋を重そうにしながら…上空へ。
「ひゃああ! コワイ! あれが…“ツチノコ”…!」
「だいじょうぶ、ミッチー! あっしはやったる、やったるぜええ!」
sun gose down… 俺もいつか お前のそばで…
「セルリアン大壊嘯」は平等に。全ての価値を奪い、破壊するまで――あと178日……
86-1
キョウシュウ島西部、砂漠地方の荒野――荒れ地とむき出しの岩盤が続くそこを、
ィェエエエエェエエェェェ…! Piャァアアアァァ!
大地を、砂塵とかげろうに揺れる大気を揺るがすような轟音、絶叫。
超大型セルリアン“ツチノコ”は、数万、数十万の眷属セルリアンを引き連れ、
その荒野を北へと、進む。その速度は時速にして20キロを越える。
“ツチノコ”そして中大型セルリアンの大群が波濤のように進む、その先には
彼らの居城、地下迷宮の入り口となる“ツチノコ”の巣穴、その入口があった。
セルリアンの海嘯が飲み込んだその後には、どんな生物も生存を許されない。
そして――その行く手に立ちふさがった、ものの。等しく飲み込まれ、砕かれる。
…だが――“ツチノコ”とセルリアンの眷属の大群の行く手には。
「…来るぞ! 後備、前へ! この陣地を側面から守れ!!」
「…小鳥たちは上空へ! もう至近距離だ、任意で投擲を開始せよ!」
セルリアンの、無機質の骨格が軋むような鳴き声、吠え声、轟音。地を轟かす音。
それをつんざくように…凛とした、女王オオアリクイの命令が走る。
86-2
「…絶対にこの陣を崩してはならん! この線が、我らの運命そのものと思え!」
オオアリクイ、キョウシュウ島そして遊園地の女王である彼女は――
その美しい、磨いた白石のような顔、スミレ色の瞳から野生解放の虹をたなびかせ
豪腕を、両手の鉤爪を振るう。その場に到達したセルリアンの群れは、爪の一閃で
数十がまとめて パ!パパパァアァン! 粉砕され、その空隙を埋めるように
押し寄せるセルリアンに、返す爪がひるがえって、青と、黒、赤の、不気味な
腫れ物のようなセルリアンをまとめて引き裂く。
女王の左右、鏃型の陣形を取ったフレンズたちはその手の得物で、爪で、牙で、
「ちくょおおお! きりがねえ、この島全部、セルリアンなんじゃねえの…か!」
陣形の両側に配置された、ふだんは出たがらないヘビフレンズたちがその眼光、
怪光線でセルリアンの大群を照射し、蒸発させてゆく。その横で、
「この中の! ヒトたちの陣地には…一歩もいれさせませんよー!」
トピ、インパラたち。勇ましく角槍を構えたフレンズたちが奮戦する。
後備から前に出たシマウマたち、偵察から志願したスナギツネたちが――守護る。
その陣の中央には、バリケードで守られた自衛隊たちの陣地があった。
86-3
「渡嘉敷二尉! “ツチノコ”、こちらに来ます…! 距離は、もう…!」
「わかってる! 全員、フレンズさんたちを誤射ないように気をつけろ!」
…吉三尉! 自衛隊員たちの指揮官、渡嘉敷二尉の吠えるような声に、
「…01式、軽MAT射撃準備、よし! …ちっくしょお、童貞なめんなよ!」
隊員の一人が、巨大なパイプのような対戦車ミサイルを構え、染み付いた癖で
後方を確認――そして鉾型の照準器を覗き込む。その彼に渡嘉敷は、
「目標は“ツチノコ”、全弾くれてやれ! とにかく足を止めろ! 照準は…」
「トップアタック・モード! 形状認識追尾、調整良し! 後方…ヨシ!」
最新型の軽MATは、後方へのバックブラストが少ないとはいえ…危険だった。
再度、後方を確認した吉三尉は…ミサイルを発射する。
バシュ! と空気を圧搾するような爆音。フレンズたちが思わず首をすくめた
その上空を、一抱えほどある白い弾頭のミサイルが――上空を凄まじい速度で
登ってゆく。その翼にも似た噴射園が遠く、高くなると…
ひどく長く、感じる数秒の後、もはや1000メートル以内に迫っていた、
どす黒い小山、陸に乗り上げた船のような“ツチノコ”の巨体に、
86-4
ズバム!! “ツチノコ”の直上で閃光と爆煙、そして…
Pi…! Hiャギャァアアアァァ! …セルリアンの、苦悶の咆哮が轟いた。
“ツチノコ”の上空から襲いかかったミサイルは――戦車の弱点である上部を
狙う、トップアタックの炸裂は、ミサイルに内包されていた対セルリアン用の
小型榴弾を“ツチノコ”の体表に、貫通した体内に撒き散らす。
“ツチノコ”の巨体が、陽に当てられた虫のようにのたうち…行き足が、停まった。
「…命中!! すげえぞ、初弾命中だ!」「…くそ! まだ生きていやがる!」
観測手の隊員が双眼鏡に被りつけながら声を震わす、その横で――
撃ち終わった筒から照準装置を外していた吉三尉に次のミサイル筒が手渡される。
「いいぞ、吉! おまえを部隊に編入して本当に良かった」
興奮で声を上ずらせた渡嘉敷二尉が吉三尉の肩を叩く。
――去年、内地日本での特大型セルリアン“サルモネラ”ジェネリックが豊島区に
出現した際、自衛隊がフレンズなしでそれを撃破した、そのときの軽MAT射手が
この吉三尉だった。…だが。その手柄も栄誉も、居住区で飛翔体を発射した、と
いうマスコミの突き上げて汚され…彼は、この死地キョウシュウへと志願していた。
86-5
吉三尉が二発目を照準する、その横で渡嘉敷二尉は無線手の隊員に、
「新世紀のほうは…!? あのデカブツ、ビッグガードはどうか…!?」
「そ、それが…。先ほどの通信から、状況は…何も。あの特殊車両は、こちらに、
キャッスルに向かっているのとことでしたが――」
彼ら人類の、切り札。超巨大セルリアンに痛撃を、トドメをさせるかもしれない
巨大ロボット、新世紀警備保障社の「ビッグガード」は…
「……! まだ、ビッグガードは見えません! 到着は送れている模様…!」
全高50メートルの巨体は、予定通りならばもうキャッスル前方に到着している
はず、だった。その姿はここから目視できるはず、だったが…
たまらず、双眼鏡を使った渡嘉敷二尉の視界には…砂塵にかすむ荒野と、
その向こうにそびえるファンタジックなアミューズメントのお城、キャッスル。
…あの、昔のアニメに出てくるようなトンチキな格好のロボットの姿は…無かった。
…くそ。渡嘉敷の腹の底に、どす黒い失望と、ジリジリする焦燥。
自分たちがここで奮戦して、時間を稼いで…“ツチノコ”を足止めしても…
ビッグガードが間に合わなければ、全てが、人類の運命が絶滅の水泡に帰す。
86-6
渡嘉敷は、彼らを守るため、命がけの壁になってセルリアンの群れを押し留めて
くれているフレンズたち、女王オオアリクイの姿を…焦燥が消せない目で、見る。
そこに…吉三尉が後方を確認し、
「…あのクソは! “ツチノコ”は! 俺がくっちまって構わんのでしょう!?」
二発目の対戦車ミサイルが発射され、耳をつんざく轟音とともに宙を登ってゆく。
先ほどの痛撃で足を止めている“ツチノコ”への直撃コース…だったが。
…!? なにぃ? 着弾を見守っていた自衛隊員たちに、衝撃が走る。
…音は、全くしなかった。“ツチノコ”の周囲を囲んでいた、どす黒い取り巻きの
セルリアンの群れが――ぶわっと、ふくれあがった。
そしてそれは、荒れ地でのたうっていた“ツチノコ”を覆うように張り付き…
ズバム! …トップアタックミサイルが炸裂し、そのセルリアンの群れを
ススでも払うように吹き飛ばしたが…
Pi…ァァァアアアァァ! “ツチノコ”は、再び動き出していた。
「ちっくしょう! もう学習しやがった!? クソ、次だ次!!」
焦燥、そして…絶望。だが、男たちは、フレンズたちは戦うことはやめなかった。
86-7
「あと、1分もしないうちにここに“ツチノコ”が来る! このままでは――」
どす黒い波濤を切り裂く、剛健な船の舳先のようだった。
陣形の先頭で、押し寄せるセルリアンの大群に爪を振るい、左右のフレンズを
奮い立たせる女王――過去の「セルリアン女王事件」の際は、ほかのトップクラスの
フレンズたちに活躍の後塵を拝していた、防御特化型のオオアリクイではあったが…
「トカシキ! バリケードを捨てる準備を! まだけが人は出ていないか」
女王は、背後の自衛隊員たちに檄を飛ばし…そして。
ぶわっと、巨大なエイのような飛行セルリアンが跳ね上がって彼女たちの上から、
上空から飲み込もうとするそこへ――ビシッ!と。掌の中にあった動物の背骨を
弾丸にした指弾を親指で発射、その飛行セルリアンの石を貫き一撃で、粉砕。
「……さあ! こい、来い! ミライ博士から預かった、この土地は渡さん…!」
まさに、この戦いは。押し寄せる破滅の大群からヒトを守護る、この戦いは
オオアリクイにとっては天命、この大舞台の主役フレンズだった。
そんな彼女たちに…だが。絶望の塊、“ツチノコ”の巨体が迫る。
86-8
そのとき――隊員たちの無線に、空電のノイズと男の声が走った。
『――…吉! かまわん、軽MATをぶち込め、スカートめくり…頼むぞ!!』
荒野の、彼方。別の陣で奮戦する海自の隊員、試301エクソ・スケルヌスを
操縦する妹毛三曹からの無線とともに…
……ヒィ!イイイ…ゴバァアアア! 形容しがたい、超音速の爆音が響く。
試301の肩部ランチャーから発射された超音速ミサイル、二発のCKEMが
空間を引き裂いて“ツチノコ”の土手っ腹に刺さっていた。
…!! ぴぎゃぁあああ! ぁあああぁぁぁ!
原油タンカーほどの赤ん坊がいたら、そんな鳴き声を出す――“ツチノコ”は、
不気味な絶叫を上げて、またのたうち…バタンバタン!と荒れ地で跳ね回る。
その振動は、バリケード陣地すら揺らし。隊員たちに歓声を挙げさせる。
そこに、試301のアームがかまえた25ミリチェーンガンの弾丸が降り注ぐ。
“ツチノコ”を守り、補修しようとするセルリアンがススのように飛び散った。
「いいぞ!! やっちまえ、海坊主!」
「てめえ妹毛この野郎! 俺は三尉だぞ! 下士のくせにバカにしやがってよお」
罵声を上げながら、三発目のミサイルを照準する。
その中で――チラ、と渡嘉敷二尉は西の荒野を… ……だが。
86-9
「…くそ、ビッグガードは――ダメか。 …くそっ、これだから天下り企業は!」
渡嘉敷二尉は吐き捨て、半ばあきらめ。だが、
「軽MAT、試301の攻撃は有効打を与えている! このまま…撃てえ!」
その声に、陣地から三発目の軽MATが轟音とともに飛翔してゆく。
彼方では、砂塵に霞む白い巨体、全高三メートルの試301が錆色の砲火を
銃口からはためかせなかがら、
『――ミサイルと地雷が切れた、コンテナで補給する。吉、2分だけたのむ!』
試301は、無線を飛ばし。周囲に残っていた陸上機雷を撒き散らして
押し寄せるセルリアンを牽制、吹き飛ばしながら、すり足で後退する。
そこには…コンテナをセルリアンから護イノシシフレンズたち、そして、
「……! としあきさん……! 大丈夫なの!? …あなた、大群の中で…」
試301の操縦手、妹毛三曹の恋人、アカミミガメが駆け寄って涙を見せる。
『――俺は大丈夫! ミドリちゃん、下がって。ミサイルと地雷、25ミリを…』
すり足で進んだ、試301が無線で結合されたコンテナに背中を向けて降着、
そこにアームが地雷のコンテナ、肩のミサイルランチャーを交換する… が。
86-10
『――渡嘉敷二尉! 俺のCKEMは残り4発、“ツチノコ”にとどめを刺す!
軽MATで支援してくれ、CKEMがあのやろうの“石”に当たれば…!
弾薬の補充を操作、モニターで注視しつつ無線に。そして機体の戦術データの
衛星リンク・アップロードを注視していた妹毛の目に。
「……? な、なんだ…ありゃ」
超音速ミサイルの痛撃をウケ、転倒させられたモンスターよろしくのたうって
いた“ツチノコ”、その周囲で――“ツチノコ”を守ろうとするセルリアンの群れ
とは別に…地面から、無数の“何か”が。棘の、杭のようなものが…
「ん? んっ? なんだ、ありゃあ」「たけのこみたいでありますなあ。ん?」
コンテナを守っていたイノシシたちも、手をひさしにしてその怪異を見た…
――そのとき。
…音は、しなかった。地面から生えた、無数の、大小の棘、尖ったセルリアンは。
…そのまま、ふわっと。宙に浮かび…そして。すぐにその速度は、花火のように、
ロケットのように加速して――棘型、杭型の飛行セルリアンの無数の大群は、空へ。
「……!? ま、まさか」 妹毛の顔に、ぶわっと脂汗が浮かんだ。
86-11
――それと。同じものを目視、観測していたバリケード陣地の渡嘉敷二尉、そして
彼らを守るフレンズたちは…戦慄し、だが命令の檄を飛ばす。
「トカシキ! 空から新手が来るぞ! …上空の小鳥、回避だ! にげろ!」
女王の檄に、フレンズたち、隊員たちが上空を見る。そこには…
無数の、杭が。目のある、尖ったセルリアン。古代の海にいた巻き貝のような、
滅びたオウムガイ、カメロケラスに酷似したセルリアンの群れが空を登る。
……?? ヒトと、フレンズたちは。その飛行型せるりあんが、そのまま彼らに
襲いかかってくるものだと――だが。
「…? なんだ? あのセルリアン、上空に…」「おいおいおい、もう見えないぞ」
その飛行型セルリアンの群れは、空を登り続け…見えないぐらいの上空へ。
…困惑する隊員たちの中で――空自の香成を守護っていたフレンズ、ハヤブサが。
「…!! いけない!! トシさん、あいつら上空から…降ってくる気です!」
泣きそうな鋭い声で叫び、ハヤブサは…上空に跳ね跳び、迎撃に向かう。
事態を察した女王が…部下に、命令を飛ばす。
「みんな! 上からくるぞ、気をつけろ…! カメたち、ヒトを守れッ!!」
86-12
その命令に、フレンズたちが一瞬、その目と顔に迷いを浮かべて――
自衛隊員たちは、何の対空防御もないバリケード陣地の中で、
「…しまった、塹壕を掘っておけば…!」「間に合わん、みんな逃げ…!」
――そこに。
上空、1000メートルまで登っていたカメロケラス型セルリアンの大群は。
空中で静止後、地上の目標をその単眼に映して…硬化を、落下を開始する。
「……!! あっ…!! ああっ、無理…! ――トシさあああん!」
上空に駆け上って、落下するセルリアンの迎撃にあたったハヤブサの口から
引き裂いたような、悲痛な叫びがほとばしった。…数が、多すぎる。
ハヤブサの迎撃をかいくぐった、無数の杭が…自由落下で加速し、地上を襲う。
…初弾は荒れ地にあたって、砕け…それは、雨粒のように次々と、地面へ。
「…!? やつら、弾着観測していやがる!!」
吉三尉の悲鳴じみた叫びの中――死の雨だれ、一体が1メートル、大きいものでは
3メートルほどもある巻き貝セルリアンが上空から、彼らに降り注いだ。
…う、うわあああああ!! 誰かが、絶叫した……
86-13
「……!! としあきさん! 逃げてぇ!」
「…!! くそっ! 逃げろ、ミドリちゃん! 俺は構うな、大丈夫!」
上空から降り注ぐ死の槍、カメロケラス型セルリアンの大群は、一発、そして
また一発…雨だれのように、試301の周囲にも、コンテナにも降り注ぐ。
「ひゃああああ!」「南無三…! みんな避けろおお」「いってええええ!」
イノシシたちが逃げ惑う、中――空気を引き裂く音とともに、どす黒い杭が
荒野に、岩盤に突き刺さる。
弾薬の補給を途中でキャンセルし、コンテナを離れ…対空回避モードに機体を
切り替えた試301の周囲にも、セルリアンの槍が降り注ぐ。
「…!! しまった、くそ!! みんな、離れろぉ! 爆発する!!」
コンテナにセルリアンの群れが降り注ぎ、轟音を立ててひしゃげさせ…
試301の弾薬をスクラップに、そして…赤黒い爆煙でひしゃげさせていた。
愛よ 鋼の砦に変われ 守りたいものがあるのなら …生き残りたいのなら…
「セルリアン大壊嘯」がヒトに、ヒトの世界に裁きを与えるまで――あと178日……
87-1
…音は、しなかった。
上空から降ってくる質量の殺意、古代の海を遊弋していた長大な巻き貝の形をした
中小型、カメロケラス型セルリアンの群れは――海ではなく、荒野の上空まで
飛び上がり、そして高度1000メートルから加速しつつ落下。
数十、数百のどす黒い杭となったそのセルリアンの落下は、その下で陣形を守って
いたフレンズたち、自衛隊員、そして試301と武装コンテナに降り注いだ。
「ひえええ!あ、危な!」「くそおおお!避けきれねえ!」「危ない、みんな!」
押し寄せる青と黒、セルリアンの波濤、無数の“ツチノコ”の眷属と戦っていた
フレンズたちは、突然の上空の脅威から逃げ惑い、危うく死の落下を躱し…
獲物を捉えられなかった巻き貝セルリアンは荒野の岩盤、砂地に激突して砕け、
どす黒いセルリウムの霧になって消えてゆく、そこに。
「…!まずい、抜かれる!」「ヒトたちを…囲め!くわせるな!」
この奇襲の中で、かろうじて陣形を維持していた女王、オオアリクイの周囲にも
セルリアンの槍は降り注ぎ、彼女の攻撃、そして鉄壁の防御に…ほころびを。
そして――フレンズの視力、反応速度もないまま…
87-2
降り注ぐ雨のようなセルリアンの槍の中、死を覚悟した自衛隊員たちの周囲には。
「…!!くぅう!これしき…!」「わたしだってええぇ!」
香成のハヤブサ、上空から駆けつけた小鳥のフレンズたち、そしてヒメアルマジロ
たちがギリギリで野生解放、その翼や甲羅をサンドスターの輝きとともに展開させ
その楯、屋根できわどく、自衛隊員たちを守っていた。
だが――
「く…!くそお!抜かれた!」「ちくしょお、避けきれない…!」
上空からの奇襲で乱れた陣形の合間を、青と黒、中小型のセルリアンどもが
汚泥のように流れ、突破し…自衛隊員たちのバリケード陣地に押し寄せる。
「…総員、防御戦闘! フレンズたちを誤射するな!」
上空からの死に、際どいところで守られながら…自衛隊員たちは、対セルリアン用の
弾薬が装填された小銃、ショットガン、拳銃をセルリアンの群れに撃ちまくる。
“ツチノコ”の咆哮、セルリアンが押し寄せる地響きの中では虚しいほどの軽い銃声
がパチパチ弾け、セルリアンの群れが揺れ…そこに女王の爪が一閃。
際どいところで突進は止めた、だが。
87-3
「…女王! あれを…まだ来ますよぉ!」
シマウマの鋭い声、その報告に――女王、フレンズたち、そして渡嘉敷二尉たちが
見た方向には…試301の射撃、CKEMの痛撃から立ち直り、眷属を吸収して
膨れ上がった“ツチノコ”が、再びうごめいて動き出し…そして。
「ひえええ…! またアレがくるぞ!」
“ツチノコ”の周囲、そして…“ツチノコ”の体表から、芽吹くようにして
どす黒い槍が、杭が、尖塔がボコボコと生まれて膨れ上がり、そしてそれは。
……!! 音もなく上空に放たれ、再び数十、数百のカメロケラス型セルリアンが
蒼空へと駆け上っていっていた。それは、すぐに空に溶けて見えなくなる…
「くぬ。やむを得ん…! トカシキ、ここはもう無理だ! 陣を退こう!」
女王は鉤爪を振るい、押し寄せるセルリアンの群れを食い止めながら。
「左備、そのまま下がれ! 右備!私と一緒に…押せえええ!!」
陣形の変更を命じた女王は、槍を構えたシカのフレンズたちと…ジワリ、前に出て
「トカシキ! 仲間を連れて西の方角に下がれ! このままだと“ツチノコ”に
踏み潰される、あいつはもう…。 ――君たちでは止められない、私が…!」
87-4
「…! わかりました! 総員、ここから下がる! 装備は…軽MATと小火器
のみ持て! 香成、高機動車の運転を! 負傷した隊員を乗せてくれ」
渡嘉敷二尉は、弟の遺品のショットガンに実包を込めながら命令を飛ばす。
先ほどの上空奇襲で、その後の突破で…四名ほどが負傷してしまっていた。
「…隊長、俺はまだ…ここに残ります!」「馬鹿野郎、生きて内地に戻るぞ…!」
無事な隊員は、負傷した男たちを抱えて虎の子の高機動車に載せた。
…そこに――
「上からくるぞおお!!」
誰か、フレンズの絶叫。そこに、今度は ブゥウウ!と空気をつんざく音、
高度を2000ほどに上げ、落下エネルギーを溜め込んだ亜音速の死の槍が。
カメロケラス型セルリアンが無数に…彼らの上に降り注ぐ。
「あああ…! 痛…!」「くそがああ!」「…絶対に、まもるよぉおお」
セルリアンの杭が、荒野、そしてフレンズが展開した野生解放のシールドに
当たり、刺さり砕け散る轟音が荒野に、戦いの騒音の中に響く。
…遊園地フレンズたちの防御も、野生解放も…限界だった。
87-5
高機動をの上に、翼を展開して守っていたハヤブサも…亜音速で降ってきた殺意、
杭や、電柱ほどあるセルリアンの突刺から車と、ヒトを守護ってはいたが…
「…! としあき、さん…逃げ……」「う、うわああ…!!」
もとが高速タイプのハヤブサは、その痛撃に耐えきれず翼と髪から鮮血をこぼす。
運転席の香成が、自分のフレンズ、彼の恋人の悲痛な姿に叫び声を上げた、そこに。
『――…すまん、こちら…試301妹毛! やられた、くそったれ!
さっきので武装コンテナがやられた、CKEMと地雷が再装填できない…!』
高機動車の無線機から、血を吐くような妹毛の声が響く。
負傷していたハヤブサを高機動車の中に引きずり込んだ渡嘉敷二尉、そして。
「…トカシキ! あの白くて大きいのをこちらへ! このままだと孤立する!」
陣形を、じわりじわり、弛めながら後退の道を作っている女王の声に、
「…はい! ――妹毛三曹、よくやった! 護衛のフレンズたちと共同で、
こちらに撤退しろ! 西の方向へいったん、退くぞ…!」
『――…畜生、“ツチノコ”を巣穴に通しちまうぞ…! わかった、合流する!
デカブツは俺が25ミリで足止めする、二尉たちは……』
87-6
女王たちが、退路をこじ開ける中。その陣形の中から――
舞い上がる砂塵、砕け散るセルリアンの黒い霧の向こうに霞んで見えていた、
試301の白いボディが動くのが…上空からの槍を、すり足と後退できわどく
避けているのが映る、そこに。
『――…みんなは、尻に帆かけて逃げろ! ここはもう無理だ…! …来るぞ!』
回避し、アームが構えた25ミリチェーンガンから錆色の砲火をはためかせながら
試301は…“ツチノコ”の突進を牽制するように進み、陣形と“ツチノコ”の
間に立ちふさがるようにその巨体の脚を進ませていた。
「…妹毛! ダメだ、お前も撤退しろ! 無理だ!」
無線ではなく、思わずその白い巨体に渡嘉敷二尉が叫んだとき…
「上からまた来るぞ…! …?…!? んっ、ん、ん?」
高機動車を守り、頭巾の目の模様から放つ怪光線でセルリアンの群れを薙ぎ払って
いた蛇のフレンズ、ハブが息切れしてきた声で――だが、指差して叫ぶ。
その指の先には、“ツチノコ”が。そして…そのどす黒い巨体、いくつもの目が
不規則に並び、ヤツメウナギのそれのような歯が並ぶ、そこに。
87-7
…ボコボコっと、腫瘍じみたコブがいくつも膨らむと。そこから。
ブッブブブッ と。黒い粘液を撒き散らしながら、真っ黒い弾丸が何発も放たれ
それは加速しながら――フレンズたち、そして高機動車の周囲に集まったヒトを、
自衛隊員たちを狙って飛翔する。
それは、水平方向に放たれたカメロケラス型セルリアン、その太矢の群れだった。
「やべえええ! みんな、避けろおお!」
ハブ、タイパンたちの怪光線がその飛び道具を迎撃するが…間に合わなかった。
ガス!!と2メートルほどあるどす黒い槍が、高機動車のフロントガラスを
突き破って天井まで貫く。男たちが絶叫、悲鳴を上げたその合間にも…
カメロケラス型セルリアンは、じわじわと高機動車の破孔を黒く染め上げ、呑み…
その瞬間、香成がセルリアンの目玉にSIG拳銃の銃口を押し当て、引き金を引く。
数発のチップ弾でセルリアンは石を砕かれ、黒い霧に霧散する。
「…トカシキ! 早く退がれ! …!! クッ、上から……!!」
――セルリアン、“ツチノコ”は学習してしまっていた。
上空と、水平方向からの同時射撃。その死の陥穽に、ヒトとフレンズは捉えられ…
87-8
ひと跳びで一瞬、10メートルほどを飛んだ女王オオアリクイは、高機動車の
屋根にその優雅な体躯を踏ん張らせて――天に、青空に向かって爪をふるった。
際どいところで、高機動車を狙っていた何本ものセルリアンを宙で捉え、砕き。
「…クルマを出せ! ここはもう無理だ…!」
今度は、水平方向から狙ってきた数本のどす黒い杭の飛翔に女王は飛び蹴りを
食らわせ、両手で抱え捉えたカメロケラス型セルリアンを…剛力でへし折る。
「…女王! 香成、出せ! 走れ…!!」「しかし…!」「行けえええ!」
女王のつんざくような声に押され――高機動車は走り出す。
斜めにした防御陣の一番危険な切っ先に戻り、爪をふるった女王は。
「翼あるものは、負傷した仲間を抱えて西に逃げよ! 誰も見捨てるな!」
女王が空に吠え――そして。こちらに撤退してくる白い巨体、試301をその
紫色の瞳に映したとき…だった。
女王たちの方にすり足で移動し、フレンズたちの楯になって下がってくる試301。
その上空に…黒い雨だれのような、上空からの死の槍衾が迫ってきていた。
87-9
「くそっ…! CKEMがあれば…!!」
操縦席の妹毛は、ディスプレイを埋めるような“ツチノコ”の巨体に25ミリ弾を
斉射し…だが。射撃ではその突進を止められないのを見て、舌打ちする。
「…ミドリちゃん! イノシシさんたち! 仲間のところへ逃げろ、はやく!」
外部スピーカーで妹毛が吠えると――
甲羅の楯を構え、試301を守っていたアカミミガメ、そして意外と賢いおかげで
自分よりも大きな巨石を頭上に抱えて、空からの攻撃を守っていたイノシシたちが
ギクッとし、顔を見合わせ…そして。
「…としあきさん! あなたも、そこから出て…逃げよ! もう武器がないわ!」
恋人のアカミミガメの悲痛な声に…妹毛は1秒ほど…貴重な時間を沈黙してから。
「俺は大丈夫、こいつの装甲なら―― みんな、逃げろ!!」
チェーンガンに最後の25ミリ弾倉を飲み込ませた妹毛は、胴体から映えた二本の
マニュピレーターアーム、中に生身の手が通っているその腕で…ショットガンを
持たない方の手で、触れられない距離にいる彼の愛しいフレンズに…手をのばす。
「行ってくれ! こいつの近くいいると危ない!」
87-10
スピーカーで吠えた妹毛は、上空警戒レーダーの警報が鳴り響く操縦席で、
「…! 試301、対セルリアン実戦経過は――極めて良好! 特筆すべきは
近接防御の機雷、およびCKEMの火力! この機体が量産、配備の暁には!」
――もう、あの子たちを戦わせずにすむ。俺たちヒトがセルリアンと戦う。
妹毛三曹は、衛星データリンクにその叫びを送信しながら。
上空から、ほぼ音速で飛来するカメロケラス型セルリアンの弾幕を回避しょうと
後方に試301を高速移動――だが… その白い脚部に。
「…!? な…しまった!!」
水平方向から飛来したセルリアンの槍が、右脚部の膝可動部に直撃していた。
コクピットに操作異常の警報、そして右脚部の電磁圧が低下している数値が流れ
――妹毛がよろめいた機体のスタビライザーに手動で水平を取らせた、そこに。
…上空から、亜音速の唸りを上げて幾本ものカメロケラス型セルリアンが…降った。
「…しまった!」 妹毛の口から、絞り出すような呻きが漏れた瞬間、
バキン! 杖ほどの小さなセルリアンが試301の右腕に当たり、よろめかせ。
バガァアアン! 轟音とともに、全長三メートルほどある巻き貝型セルリアンが。
87-11
その切っ先がチェーンガンを直撃して、バラバラのスクラップに変える。
武装を失い、その重量喪失のモーメントでよろめいてしまった白い巨体に、
次の槍が降り注いで胸部装甲を直撃、その落下エネルギーで爆発のような火花を。
うぁああああ!! としあきさん!! …恋人たちの悲痛な叫びに。
ガスン!! ガガァン!! 轟音がいくつも、響いて――
試301のボディは、上空からの槍で装甲の隙間を貫かれ、串刺しにされていた。
「…!! …としあきさん!!」
飛来するセルリアンの槍、降り注ぐ死の槍衾の中で――涙とともに叫びを上げた
アカミミガメが、精一杯の野生解放で甲羅を展開させ、走り、そして…
――…… 二本のセルリアンに串刺し、磔にされ…それまでの油圧と電磁の剛力、
精密機器の機動力を失い、死体のように崩れる試301にフレンズが走る。
頭上を守っていた岩を投げ捨てたイノシシたちもそこに駆け寄る中…
「……。…みんな、くるな…にげ……」
試301のボディがブルっと揺れると。操縦士の妹毛が乗り込んだ胸部ハッチが
死んだ二枚貝の貝殻のように、空気の漏れる音とともに…開いた。
87-12
妹毛は、緊急脱出装置を起動させ――だが。
…胸部ハッチは、セルリアンの杭に貫かれたまま…途中で、停まってしまっていた。
セルリアンの破った貫通穴の周囲が、ボコボコと泡立って黒くなり、侵食…。
その操縦席の中で。…セルリアンの切っ先で、左腕、そして…左脇腹の耐圧服を
切り裂かれ、そこから危険な量の出血をしてしまっている妹毛は。
「…畜生。台無しにしやがった―― へっ、へへへ……見てろ」
まだ動く右手、その指で…妹は侵食される試301の操縦席、マニュピレーター
アームの中の仮想スイッチを操作、パネルキーを押して――
「セキュリ…ティ…解除、操縦士権限により… …機体の放棄、及び隠滅、実行」
咳き込み、血を吐く妹毛の声帯認証で最後のセキュリティを外され。
PiPPP… 試301の機体各部、機密保全、そしてセルリアン侵食回避のために
内装されていた爆薬に――自爆装置が起動する。
「…特戦のみんな…! 受け取れ! この実戦データと量産機で、内地を…!!」
試301、自爆による機密保全まであと10秒。だが、操縦席で串刺しにされたまま
脱出できない妹毛は…半開きのハッチから、青い空を見上げ… 咳き込んで、目を…
87-13
…だが。そこに。ハッチからのぞく青い空を、影が覆い。
「……!! あ、ああ…! としあき、さん……!」
甲羅を投げ捨てたアカミミガメが、自爆カウントの始まった機体によじ登り、
ハッチの隙間にその体を、涙で汚れた顔を…まだ生きている愛しい男の顔に
小さな両手を伸ばし、抱きしめるようにして――涙と、声をこぼしていた。
「…。…う…だめ、だ、ミドリちゃん… こいつは、もう、爆発する…逃げ…」
「…いや、嫌…! 私、としあきさんといっしょじゃなきゃ…いや…!」
8、7…ミドリちゃん… 妹毛は、吐血で震える唇で愛しい名前をささやき。
6、5…マニュピレーターアームから引き抜いた右手で、愛しいフレンズに手を。
4…そこに、アカミミガメも身を乗り出し…必死に、届かない手をのばす。
3…あと数秒で、約束も、愛しさも、運命も。全てが砕け散る。
――そこに。
ぶわっと、風をまいて白と、黒の影が疾って。飛んだ。
「……!? あ、ああ… 女王…!! どう、し…て」
急に襟首を掴まれたアカミミガメが、驚愕と困惑の悲鳴を漏らすと、そこに。
87-14
ぽい、と。アカミミガメは子供が飽きた玩具のように、試301から降ろされて
荒れ地に、イノシシたちの間にぺたんと起き捨てられる。
そして――
「……ぬん!!」 オオアリクイが、女王が。試301の機体に仁王立ちに。
そして――機体と特殊鋼、シリンダーが剛力に軋む音を立てて。
女王の双腕と爪、そのフレンズ世界でもいち二を争う剛力が試301のハッチを
こじ開けると…その中から、妹毛の耐圧服をつかんでヒトの男を引きずり出す。
「…う、うわっ……!?」「……!! としあきさんっ!!」
妹毛の体は、軽々と、イノシシたち、アカミミガメの方へ投げられ、受け止められ。
2、1…自爆装置が電流の火花を散らす、その瞬間。
「……どりゃああああああッ!!」
いわゆる、一本背負い。空中で、試301の巨体をよろめかせ、倒れる慣性を
使っての背負投で――オオアリクイは、何トンもある試301を…宙に、投げた。
白い巨体が、冗談のように四肢を揺らして、空中に投げ飛ばされた…瞬間。
87-15
ズズズン!! 空中で、群がってきたセルリアンを巻き込んで試301が自爆。
原型も、四肢も残らないほどの爆発が青い空で膨れ上がって、白い爆煙が広がった。
呆然としているイノシシたちの足元で、
「…としあきさん! …あ、ああ、血が……」
ぐったり、鮮血に塗れた耐圧服姿で遺体のように横たわる妹毛にアカミミガメが
すがりついていた。女王は、活を入れるようにそのフレンズの肩を揺さぶり、
「そのヒトを仲間のところまで運べ! あちらには薬が、シマリスが居る!
いま治療すれば助かる、急げ、運べ! 絶対に…あきらめるなあああ!」
吼えるように命じた女王は、上空から降ってくるセルリアンに爪を振るい、
イノシシたちに促されて甲羅に妹毛を乗せたアカミミガメ、彼女たちの後方を守る。
「…我が領土では! ミドリ博士から預かったこの土地では――
誰一人、死なせはせんぞ! 誰一人、ヒトは死なせぬ! 皆、故郷に送り返す!」
水平方向から、女王を包囲するように襲ってきたセルリアンを回転技で薙ぎ払い、
女王はおのれの矜持を黒と青のセルリアン群、死の波濤に向けて吼え。
「…オオカミ! 見ているか! これが…女王の戦よ! 男など知らずとも――」
87-16
女王は、負傷した妹毛を高機動車と自衛隊員たち、それを守護るフレンズたちの
円陣の方へと――突進を止められない“ツチノコ”の進路から退いた防御陣へと
運ぶアカミミガメ、イノシシたちをセルリアンの追撃からしんがりで守り、
「トカシキ! 大きなヒトガタは、まだか!!」 女王は鋭く、叫ぶ。
「……! ビッグガードは進行中と無線があったきり……まだ、見えていません!」
…そうか。渡嘉敷二尉の声に、独り言でうなずき。そして。
負傷した妹毛が高機動車に乗せられ、そこに回復の力を持っているシマリスも
飛び乗ったのを見届けた女王が、力強くうなずいて――
「……ヨシ! 西方向に退がる、“ツチノコ”は私が足止めする! おまえたちは
ヒトを守護ることを第一とせよ! 翼あるものは負傷した仲間を… ……!!」
――女王の声が、ヒュ、と途切れた。同時に、柔肌が貫かれる…重い、嫌な音。
はるか上空から音速で降り注ぎ、襲ってきたセルリアンの太槍がオオアリクイの
肩口から腰まで貫いて、地面に磔にし…そこに水平からの黒い槍が…何本も刺さる。
「……! …ッ! ぶ……!」 「……!! あ、ああ! 女王さまああ!」
セルリアンに体を貫かれた女王の口から、声ではなく、赤黒い鮮血が溢れ出した……
88-1
「……ぶ! ……ッ、ぁ…… …………!」
キョウシュウ島、そして遊園地の女王であるオオアリクイの口から――
上空から音速で襲ってきたセルリアンの槍に体を貫かれ、串刺しに、磔にされた
女王の口から――悲鳴でも、絶叫でもなく…黒っぽい鮮血があふれた。
「きゃあああ! 女王さま!」「……女王が!!」
ぼたぼたと、女王の吐血、溢れ出た彼女たちの生命力であるサンドスターの
きらめきが混じったその血が地面にこぼれると同時に、配下のフレンズたち、
そして渡嘉敷二尉たちの悲鳴、絶叫がほとばしった。
…肩口から腰まで、カメロケラス型セルリアンに貫かれ。そのしなやかな腹部にも
二本のセルリアンが突き刺さって、女王の体をじわじわと、黒い膿のような
泡立ちで侵食していって…いた。
「…! ああああー! 女王様がしんじゃったあああ…!」
配下のミナミコアリクイが天を仰いで悲痛な叫びを。他のフレンズたちも、
押し寄せるセルリアンに抗いつつ…だが、陣形は耐えきれず、押されて揺らぐ。
「…女王!」 渡嘉敷二尉が駆け寄った、そこに。
88-2
…ぐらり、磔にされていた女王の体が…揺れた。垂れていたその頭が、髪が揺れ。
ビシッ! と。女王の右手、拳が動いて――その親指が放った頸骨の指弾が
彼女を貫いていたセルリアンの目を貫通、どす黒い巻き貝は一瞬で霧散する。
…女王様! フレンズたちの悲痛な声が響く中。
「……。……! ……むん!」
体を貫いていた杭が消え、よろめいた女王は――腹部を貫いていたセルリアンを
両の手でつかみ、握力で二本のセルリアンを引き抜きざまに粉砕する。
「あ、あ…! 女王、大丈……」「女王を! 高機動車に載せろ、急げ!」
渡嘉敷二尉、自衛隊員がよろめく女王に駆け寄る、が。
「それは…無用だ。…不覚をとった、だが――私は、この島の女王だ……!」
女王は、彼らに血で汚れた手を突き出し…もう片方の手でフレンズに支えられ、
「女王は、褥(しとね)以外に臥せたりはせぬ! …トカシキ、みんなを頼む…!」
「…! し、しかし…! 無理です、女王!」
「…生き延びろ、ヒトの男たち! …ミライ博士に会うことがあったら、伝えよ。
私は、最後まで…ここを守ったと、この島の女王であった、と…頼む――」
88-3
…だが。そこまで言い放った女王の口から…再び、声にならなかった吐血があふれ
女王は荒れ地に、ガクリと膝をつく。その周囲では…
「…無理だ! もうささえきれない!」「…ちくしょお! 止められねええ!」
つい先刻まで、女王の指揮下で――絶望的な戦いの中でも、陣形を守って戦って
いたフレンズたち、カモシカ、シマウマ、ヘビたちが…個々に、セルリアンの
波濤に押され、下がり…前線は、陣形はほぼ崩壊しながら押されまくる。
「…くそっ! “ツチノコ”が…!!」
女王を討たれ、命からがら後退したフレンズたち、そして自衛隊員たちの前を…
ヒィギィギイギギギイ…! ヒぎゃぁaaaaaa……!! ――嘲笑のようだった。
耳障りな絶叫、そして巨体で荒野を震わせる轟音を響かせながら超巨大セルリアン
“ツチノコ”とその無数の眷属は――ギロ、ギロギロッと無機質の、無数の目で
無力に等しいヒトとフレンズを見据えながら…突進してゆく。
それは…ヒトにとっては、目の前でどす黒いビル街が動くような。
…巨大なタンカーが破滅的な速度で、荒野を進んでゆくような…悪夢の光景だった。
“ツチノコ”が目指すのは…砂塵と陽炎の向こう、お城のアミューズメント。
88-4
地下迷宮を擁する「キャッスル」。そこに穿たれた、“ツチノコ”の巣穴。
そこに入り込まれてしまったら――もはや、人類とフレンズには打つ手は、無い。
ここキョウシュウ島は地下を“ツチノコ”そしてセルリアンに食い荒らされ…
その魔手は、サンドスターの鉱床である「マウント・フジ」の火口に伸びる。
……それは――人類とフレンズの敗北、地球がセルリアンの黒で染まる日。
自衛隊員たち、そして女王と配下のフレンズたちは…。
その絶望の行進を眼前に、我が身を守ることすら…危うくなりつつあった。
女王は、よろめきながら…巨大なエイのように膨れ上がり、女王と陣形を
上空から飲み込もうとしていた大型セルリアンに指弾を放って、撃ち落とし。
「…トカシキ! はやく…にげろ! ヒトを死なすわけには…いかん!」
吐血で咳き込みながら吼えた女王。その声に…渡嘉敷二尉は、
「…! 香成! 車を出せ! 西で、新世紀の横澤さんたちと合流しろ、急げ!」
一人、高機動車から飛び降りた渡嘉敷は弟の遺品のショットガン、そして
軽MATを荷台から降ろして女王の傍らに。ひざまずくようにして、
「…1秒でも、あの怪物を足止めしなくては――」
88-5
「…馬鹿者、おまえたちの武器では、もう“ツチノコ”は――」
女王はスミレ色の瞳を揺らし、キッと眉を吊り上げるが…渡嘉敷二尉は、そして。
「…隊長! あなた、軽MAT撃ったこと無いんじゃないっすか! ああ畜生」
高機動車から、ありったけ、と言っても2本の軽MATを両脇に抱えた吉三尉、
そして観測手の隊員も1秒だけ迷ってから飛び降りた。
「もう逃げるのは…ご免です!」「畜生、死ぬ前におっぱいモミたかったああ!」
「馬鹿野郎。…女王、お供します。――香成、負傷者を頼む!」
「…ヒトの男とは――度し難い、な…! こあ、これよりお前が指揮をとれ」
「ハイッ! …えっ!! あ、あわ、私が…!? …わかりましたあああ!」
崩れる寸前だった、フレンズたちの陣形、その真中に――
泣き出しそうな顔のミナミコアリクイが両手を上げて突撃、セルリアンの群れに
女王のそれと比べれば小さな、だが鋭い爪を振るう。
「……。私は、もう立つのもやっと…目が、見えなくなってきた――」
「…女王。……すみません、あなたたちフレンズを、こんな…」
「…なんの。…私は――満足だ。おまえたち、ヒトを守れて…誇らしいぞ…!」
88-6
「……オオカミ、おまえもそうだろう…!? ああ、これが、これがそうか…!」
女王が、陣形を抜いて飛びかかってきたスクーター型セルリアンを打ち潰し、
「……わかったぞ、サーバル…! これが、お前の言っていた――愛だな…!」
女王が、戦塵に陰る青空に両の手を掲げるようにして、吐血とともに言い。
「吉、照準と発射を任せる! “ツチノコ”にケツからぶちかませ!」
自衛隊員たちが、軽MATに照準器を組み立て、死地に残った…そこに。
「ち、ちくしょう! シカトされたかと思ったら…!」「来るよおお!!」
“ツチノコ”が、地響きを立てながらキャッスルの巣穴へと突き進む中――
それに付き従う、セルリアン群の眷属。そのうちの、大型セルリアンの眼球が
いくつも、ギロ、ギロと渡嘉敷たち、陣形を組んで耐えているフレンズたちに
向くと…トラックを飲んだ大型、明らかに動物型観光バスをのんだ大型、
そして輸送用無人機「ビッグドッグ」を呑んだらしき、何体もの大型セルリアンが
その眼球でヒトを、フレンズを見据えながら…“ツチノコ”の護衛を離れ、
中小型セルリアンを引き連れて…どす黒い波濤、その支流となって突進を
始めていた。その大型の数は…“ツチノコ”が進むたび、取り残され増えてゆく。
88-7
「…。渡嘉敷二尉、どうしましょう」「…! くそ、どのみち弾が足りんさ」
…この大型の群れは――もう、急いでいなかった。
“あるじ”の、“ツチノコ”の行く手を塞ぐものを排除したセルリアンは、
この荒野に残っている生命に反応し、じわじわと…渡嘉敷たち、フレンズたちを
囲むようにして距離を詰め、その数を増やしてゆく。
…これまでか―― 絶望の中、最後まで折れずにいた渡嘉敷の唇が震えた。
……そこに。
皆が忘れていた、上空。空に逃げていた、無力な小鳥フレンズの一人が、
「……!! …ねえ、ねえ! 見て、あれ見て! あっち、もしかして、あれ!」
ミツオシエが、必死の表情で指差す北西の方向―― …そこに…陽炎が、揺れた。
…荒野が、揺れる。大地を覆う岩盤が、そこを進む鋼鉄の巨体、その重量と
プレス機のような両足、特殊大型車両の歩行装置で踏みしめられ、揺れる。
全高25メートル。総重量は150トン。直立歩行の、特殊チタ鋼の巨人。
新世紀警備保障社のロボット「ビッグガード」は歩行モードで進行を続けていた。
88-8
不整地での歩行モード3速。時速にして25キロほど。
ビッグガードは巨体を直立、ほぼヒトと変わらぬ動きで巨大な脚部を動かす。
…だが。彼らの出撃は――合体の不具合により、10分ほど、遅延していた。
それは…「スサノオ作戦」では、致命的な遅れであった。
『――…見えた! あれが“ツチノコ”…? ちょっと、ウソ…大きくない?』
『――こちらでも見えた、百井さん! くっそ! 早いよ、アイツラ…!?』
『――バッテリーの消耗が予測よりも激しい、まずいぞ。…敵までの距離は?』
ビッグガードの機内、胸部、腹部、下腹部にあるそれぞれのコクピットの間に
パイロット、ナビゲーター、エンジニアたちの通信が行き交う。
『――データに入力してあるのより…大きくなってる? “ツチノコ”……』
『――“ツチノコ”まで…センサー距離、12000メートル…近づいてる!』
『――キャッスルまでの距離は…あと9000! 到達まであと6分だ!』
『――6分て! えっと、“ツチノコ”の速度は? 百井さん!』
『――…待って、移動中は正確な測定が…おそらく速度は…時速30…いえもっと』
『――…。ええと。…って、それじゃ間に合わない! 蒼山、速度を上げてくれ!』
88-9
ビッグガードの中で、操縦士たちの思惑と声が通信で行き来する、が。
データのない不整地で、歩行3速モードのビッグガードは定速で――進む。
『――無茶言うな、赤城! この不整地で、これ以上は無理だ!』
『――無理って…! スピードあげなきゃ、間に合わない! あのバケモノが
先にキャッスルについちまう、穴に潜られたらもうお手上げなんだぞ!』
胸部操縦席で、パイロットの赤城が歩行モードの腕部操縦レバーをぶっ叩き、
『――間に合わなきゃ、意味がない! 何のためにこんな南の島まで…
ビッグガードを持ってきたんだ!? 頼む、蒼山、百井さん!!』
『――しかし…! 歩行モードではこれ以上は無理… まさか、赤城…!?』
下腹部操縦席のエンジニア、蒼山は…コントロールパネルで、両腕部の操作が
歩行のオートから、パイロットのマニュアルに切り替えられた表示を目にして。
『――まさか!? 走行モードにする気か!? 馬鹿やめろ、赤城!!』
『――ちょっとお赤城くん!? なにこのセンサー切り替え要請は? 無茶よ!』
『――こうなったら…やるしかない! ビッグガードを走らせれば間に合う!』
胸部操縦席で、コンソールを操作しながら…パイロットの赤城が叫んだ。
88-10
『――無茶だ、赤城! まだビッグガードには走行モードのバランサーとセンサー
対応プログラムが不完全なんだぞ! また有明会場のときみたいに転倒するぞ』
『――有明のときは最初だったし、俺も慣れてなかったから…頼む、蒼山!!
ビッグガードを走行モードに切り替えてくれ、頼む! 百井さんもセンサーを!』
…この、馬鹿野郎! エンジニアが呻くように操縦席の同期、赤城の顔を…そして
目の前のコントロールパネル、残酷なまでに減り続けるバッテリーゲージを見…
…だが。数秒の沈黙をしていたナビゲーター、女性社員の百井が。
『――わかったわ。センサー、走行モードに切り替え。不整地で地形データがない
状況での歩行モード、バランスを崩したら転倒だけじゃすまないわよ赤城くん』
…百井さん!? エンジニアの蒼山が苦い顔で――だが。1秒後には。
ビッグガードの巨体が、がくんと震え…歩行出、足を踏み出したまま――停まる。
『――蒼山ァ!!!?』
『――対応プログラムがない、一時停車しないとシフトが切り替えられないんだ。
…走行モードに切り替え。あとは任せる、赤城…! コカすなよ……!!』
モニターの中で、蒼山が「もう知らん」という笑顔で両手を頭の後ろで組んだ。
88-11
『――サンキュー蒼山!! ビッグガード…!! 発進!! …いけええええ!』
操縦席で、パイロットの赤城社員が吠え――クラッチとアクセルペダル各種、
走行用脚部レバーをぶっ叩くように、だが繊細極まるマニュアル操作をした瞬間、
バキバキバキ…! 有明でのお披露目での転倒事故以降、使われることのなかった
走行モード、連結ギアとモーターが、危機が破損したような轟音を立てて動き出す。
…最初は、ビッグガードの巨体は…つんのめって倒れるように。だが、
ガン…! ズガン! ガンッ…!! 歩行モードのそれよりも暴力的な、轟音。
『――よっっしゃあああ!!』『――うひい……』『――赤城、馬鹿野郎速い!』
…最初は、もし見ているものがいたら絶対につんのめって倒れたと思っただろう。
だがビッグガードは――前方へのよろめきを、センサーとマニュアル操作で補正、
その後は…ハリボテの巨体の中に、ヒトが入っているように…走行を開始する。
いくぶん、右方向によろめきながらも…それを、前方への傾斜で無理やり補正し、
『――赤城くん、右腕のノットパニッシャーの揺れモーメントが大きい、補正を!』
『――赤城、バッテリーの残量は50を切った! 走行モードは…まずい、な…』
『――うおぉおおお! いける! これなら…あのバケモノをぶん殴れる!』
88-12
全高25メートル、総重量150トンの――電気じかけの、巨人。
その右手には、左右のバランスを崩している不格好な、だが質実剛健な唯一の武装、
対セルリアン用の大型パイルバンカー「ノットパニッシャー」を装備――
左手には、その直径122センチ全長18メートルの硬化ケラチン製の杭打機を
加速させるための、拳のような、コマのようなフライホイールがついている――
お世辞にも、格好いいとは言えない…急造の、ブリキのロボット。
…だが。人類の、フレンズの、地球の命運を背負ったロボットは…荒野を走る。
『――現在、速度…45キロ! 赤城くん、これ以上はセンサーで補正できない!』
『――大丈夫!! マニュアルでなんとかします!! …クソ、“ツチノコ”は…』
荒野を、岩盤を踏みしめ砕きながら走るビッグガードの巨体。
荒野を、眷属を引き連れて進む超大型セルリアン“ツチノコ”の巨体。
…その二つの異形は、同じゴールのキャッスルへと向かうお互いを捕捉していた。
次第に速度を上げ、疾走するビッグガードの周囲、その前方の荒野に――
ボコボコっと、黒い泡立ちが。中小型のセルリアンが沸き立ち、ビッグガードが
放つ猛烈なエネルギー、電磁波に引き寄せられ…走り、飛行して宙に舞う。
88-13
速度を上げ、時速50キロで走行するビッグガード。その巨体に…
汚れた風船のように浮き上がったセルリアンが吸い寄せられ、張り付いてゆく。
『――…! クソ、ジャマするなあああ! …百井さん!!』
ナビゲーターの百井社員は、突っ込んでくるような“ツチノコ”の巨体をセンサーで
補足、ロックオンし…そしてビッグガードの体表に取り付いたセルリアンに、
『――近接防御! 蒼山くん、電源を回して!』
ビッグガードの体表に取り付き、侵食を開始していたセルリアンの群れは――
装甲板を走った撃退用の高電圧放電、そして振動地雷を応用した超振動で剥がされ
空中に霧散してゆく。…だが――襲い来るセルリアンの数は…無限に、等しい。
『――いまのでバッテリーが3%、一気に減った。…あと3回使ったら…もう』
『――大丈夫! それまでに…あのバケモノ、“ツチノコ”をぶっ飛ばす!』
ビッグガードの前方、砂塵と陽炎に霞むキャッスル、そこに穿たれた巣穴までの
距離は…6000メートルを切っていた。
だが…おなじく、その破孔へと、地下世界の巣窟へと突き進む“ツチノコ”は
もはや、止めるものもないまま…残り距離は、4000を切っていた。
88-14
突き進むビッグガードを、いくつもの巨大な眼窩で映し捉えた“ツチノコ”の
巨体、その背中が泡立って――あのカメロケラス型セルリアンを無数に、虚空へと
打ち放っていた。その巻き貝セルリアンは、ビッグガードを目で捉えたまま
凄まじい速度で上空へ駆け上り…位置エネルギーを蓄積、獲物を照準する。
2回めの近接防御で、取り付いたセルリアンを吹き飛ばしたビッグガードは、
『――キャッスルまで距離、5000! 到着まであと1分40秒!』
『――間に合わないか!? くそ、くそ…! 走れ、走れ、はしれ……!!』
『――バッテリー残量、35を切ったぞ! …これは…まずいな』
人類の運命を賭けたレース。――だが…到着は、勝利ではない。勝つには……
ビッグガードと“ツチノコ”、二つの巨体が突進する荒野――
そのゴール地点であるキャッスル、ファンタジックな意匠のお城型の施設、
その中庭に、無残にもくろぐろと穿たれた真っ黒な破孔…“ツチノコ”の穴。
その周辺でも、別の戦いが行われていた。
88-15
「…!! くるぞ、“ツチノコ”だ!! くそ…あのヒトガタ、間に合うのか?」
「…穴からどんどん新手が来る! もう…押さえきれないよお!!」
――本来の「スサノオ作戦」では、到着したビッグガードとともにこの破孔で
“ツチノコ”を待ち受けるはずだったフレンズたちは…予想外の数の敵に苦戦、
それどころか“ツチノコ”とその眷属に挟み撃ちになる…寸前だった。
ハゲワシ、ラーテル、ハイエナたち。女王の指揮がないぶん、強者が集まった
このキャッスルのフレンズたちの顔にも、焦燥と、絶望じみた陰が浮かぶ。
破孔の中からは、次々とセルリアンが…溶岩の噴出のように、赤黒い中小型の群れ
そして…モノレール、シャトルバスを呑んだ大型セルリアンが次々に湧き出し
“ツチノコ”に合流しようと――フレンズとすり潰し合いの死闘を繰り広げる。
「来いやああ! 魑魅魍魎どもが!突撃!!」
土石流じみたセルリアンの噴出、突進に…恐れと退却を知らない猛者フレンズ、
ラーテルが突っ込み、衝角で荒波を割るように黒と赤、青の怪物を薙ぎ払う。
「…いまだ! 南無三!!」「…いくよ、シマちゃん! 七生報国!」
決死隊のシマスカンク、マダラスカンクがぽん、ポン!と跳ねて破孔の中に――
88-16
ほぼ垂直、奈落の破孔をスカンクたちが跳ねながら落ちてゆく。
その合間にも、巣穴からのセルリアンの噴出は止まらず、凶悪な大型セルリアンが
フレンズの爪、牙を押しつぶすように迫る中――
…ごん!と。 モノレールを呑んでいた巨大な芋虫めいた大型セルリアンが、
上空から降ってきた巨大な拳に、白い包帯で巻き上げられたような謎の手に殴られ。
…バキバキ!と。 テレビ撮影用のカメラが、邪悪なクモのような形状に
変化していた大型セルリアンが、巨大な包帯の手で掴まれ、二つに引きちぎられ。
ザク!ざくん! と。地面から、血のにじんだ包帯が固まったような不気味な刃、
筍のように無数に生えた地面からの剣で、セルリアンの群れが一掃される。
「…ひっ、ひええええ!! う、海ちゃああん…!」
「――情けない声出さないで。気が散る。…ああ、きりがない…!!」
大型セルリアンを次々と屠るのは――そのしなやかで小柄な、海鳥、ペンギン型の
フレンズ。色の暗いスミレ色の瞳から、サンドスターの粒子を眉墨のようにあふれ
させながら…体から無数に伸びた包帯、その先端を巨大な拳に、剣に、鉤爪に。
「うわっ、なんだこれ!?」 ラーテルがビビるほどの、破壊力を振るう。
88-17
新世紀警備保障社からパークに派遣されていた絶滅種フレンズ、オオウミガラス。
そしてそのマスターの丸出社員は…破孔から溢れ出すセルリアンを叩き潰し、
ビッグガードが到着するまでの時間を、空間を稼ぐために戦っていた。
「…ひいい! もう、だめだあああ」 地面で、虫のように丸まって震える男に。
「…どのみち。“ツチノコ”撃破に失敗したら、私たち今度こそ、おしまい…
もう内地にも会社にも戻れませんわ。…二度の任務失敗は絶対許されないもの」
巨大な包帯の拳で、三量編成の電車ほどもあるムカデ型セルリアンと組み合い…
怪物の牙と爪に包帯がところどころ裂け、サンドスターを零しながら。
オオウミガラスはそのムカデを引きちぎって、他の大型セルリアンに叩きつける。
…彼女のスミレの瞳に――さすがに疲労と、焦燥が影を落としていた。
「……。これは――あのブリキポンコツ、間に合わないわね。
先に“ツチノコ”に…穴に入られるわ、このままじゃあ……。…ああ……」
オオウミガラスの見つめる方向には――
眷属を引き連れて突進する“ツチノコ”の巨体が、もうすぐそこに…あった。
ビッグガードの巨体と、轟音は―― オオウミガラスは、目を伏せて小さく笑った……
89-1
南溟の洋上に浮かぶジャパリパーク諸島、そのひとつキョウシュウ島。
島の中西部に広がる砂漠地方に建設されていたアミューズメントパーク、
通称『キャッスル』と呼ばれる施設――
地上部には、ファンタジックな意匠の中世のお城を模した大型施設、そして
地下には広大なアミューズメント、そして巨大迷路、地下バイパスのターミナルを
擁するその施設の眼前では…
「ちくしょう、キリがねえ! セルリアンどもがああ!」
「もう“ツチノコ”がこっちまで来ちゃう! あのロボットは――まだ!?」
人類とフレンズの命運をかけた戦いが、この地球の支配者がヒトとフレンズか、
あるいはセルリアンなのか――その雌雄を決する戦いが繰り広げられていた。
作戦名『スサノオ』で地上に引きずり出された超巨大セルリアン“ツチノコ”が
キャッスルのふもとに掘られた巣穴まで突進し、巣穴に、地下世界に逃げ込んだら
もはや、ヒトとフレンズには打てる手は、無い。
キョウシュウ島は地下からセルリアンに侵食され、サンドスターの噴出口の
『マウント・フジ』の火口を押さえられたら…ヒトと、フレンズは…終わる。
89-2
この戦いのフレンズたちを指揮していた女王、オオアリクイは重傷を負って
戦線を離脱、その配下は武器を使い尽くした自衛隊員たちと絶望的な後退戦を
続ける中――
ここキャッスルに集められた、巣穴から無限に湧き出すセルリアンを叩く任務を
帯びていた猛者のフレンズたちにも…疲れが、負傷が、そして。
「もう“ツチノコ”はすぐそこだ、見えてる! ちくしょおお! 突撃だ!」
「ラーテルやめろ! “ツチノコ”は体が燃えてる、あんたでも無理!」
巣穴から、黒い雪崩のように溢れ出してくるセルリアンの群れ――
それを食い止めているフレンズたちの陣形が、ぐらり、揺れる。
女王にはまつろわぬ猛者フレンズのラーテルでさえ、目に焦燥が浮かんでいた。
キャッスルに、巣穴に向け突進してくる“ツチノコ”までの距離は2キロほど。
もう1分足らずで“ツチノコ”はフレンズたちを蹂躙し、巣穴に潜り込む。
それを止められる、唯一の手段、人類とフレンズの最後の希望――
内地日本から運ばれてきた、全高50メートルの巨大ロボット、ビッグガードは
現場に急行しつつあったが…その距離は、未だ3キロほど離れて……いる。
89-3
その1キロの差、時間にして10秒ほどを稼がねば…この戦いは、無為に終わる。
よしんば、ビッグガードが“ツチノコ”に地上で接敵できたとしても、
実戦経験のないビッグガードが、果たしてあの巨大な怪物に勝てるのか――
「…ああ。忌々しい。あのくそどちび、あんちくしょうめ。
こうなるのがわかっていて、私たちをここに送り込んだのでしょうね」
巣穴から湧き出す、ヒトの遺した重機や車両を呑んでいた大型セルリアンを
狙って、不気味で巨大な拳――血で汚れた包帯が形作った“手”で戦い、
セルリアンを潰し、引きちぎって戦っていた絶滅種フレンズ、オオウミガラスの
スミレ色の瞳にも、さすがに焦燥が、そして…暗い憎しみと嘲笑が浮かんでいいた。
オオウミガラスは、彼女の足元で…頭を抱え丸くなって震えているだけのヒトの男、
彼女のマスターの丸出の背を、そうっとそのヒレ手で撫で、
「…あなた。よかったわねえ。出張先で殉職したら…ご両親にお見舞金と退職金が
支払われますわよ。こんな石女の鳥嫁をもらって…やっと親孝行ができますわ」
「ひ、ひいい…。嫌だあ、殉職はいやだ…! ビッグガードは…ああああああ」
ビッグガードを、パークに招集した新世紀警備保障社の男が絶望の声で、うめく。
89-4
女王の力と指揮を失ったフレンズたちと自衛隊員の絶望的な後退戦――
キャッスルでの、数の暴力にすり潰されつつある、やはり絶望的な戦い――
…それらの絶望とは、別の場所で――
…この戦いから、10キロほど南東の方向、岩沙漠でも――
…ひとつの“戦い”が――
…セルリアンの黒という絶望に飲み込まれて終わろうとしていた。
…ゴガァアアア!! タイリクオオカミの耳まで裂けた口から、咆哮、絶叫。
内地からここキョウシュウ島へと、自衛隊員たちの護衛として派遣されていた
漫画家フレンズ、タイリクオオカミは――
スサノオ作戦で“ツチノコ”を地表に引きずり出した自衛隊員たちを逃がすため
セルリアンの大軍の前に、ひとり残ってしんがり、捨て石となったオオカミは…
岩盤を、岩沙漠、地平を黒と青で埋め尽くすセルリアンの群れに取り囲まれ、
飲み込まれそうになりながらも…まだ、生きていた。吼えて、戦っていた。
…だが――
89-5
野生解放し、美しかった髪を猛獣のたてがみと化し…ペンを手に漫画を書いていた
白手袋の手は、禍々しい鉤爪に化し…ブレザー風の服毛皮は無残に引き裂かれ、、
そして…凛々しく涼しげで、数多のヒトの男、そしてフレンズすらも恋に落として
いたあの美貌も、今は…
ガァハァアアア!! オオカミは吼え…
彼女の右手に巨大な一本腕の爪を叩きつけ、引き裂いたユンボ型のセルリアンを
左手で引きずり倒し、豪腕で油圧アームの腕を引きちぎって…ぎょろっと彼女を
見たセルリアンの単眼を、その下にあったコアの石ごとオオカミの牙が噛み砕く。
…オオカミの顔は――ほぼ無数のセルリアン。その攻撃を躱しきれず…
…毒液と発射された弾丸を受け、顔の右半分が焼けただれ、あの美しかった瞳が
ただの眼窩と化して…顎の骨、牙がむき出しになっていた。
もはや…ここパークであっても、彼女の体力、そしてサンドスターは限界だった。
…グガ…!! オオカミは苦悶のうめきを漏らし。
さっきのユンボ型セルリアンの痛撃で砕かれた彼女の右腕は、その傷が黒く汚れ、
ボコボコと泡立ち始めていた。オオカミは、自分の右腕に左の爪をかけ、
89-6
(…これで――漫画家は廃業か…! すまない、アミメくん、ヒョウくん……)
オオカミは吼えながら、左手に残っていた剛力で…セルリウム侵食が始まっていた、
だらり垂れた右腕を肘の上で握りつぶし、引きちぎった。
その激痛、苦悶にオオカミが吠える、が――
彼女を囲んだセルリアンの群れは、もちろん停まること無く襲いかかってくる。
オオカミは、残った左の鉤爪をふるい、セルリアンを何体も、何十体も破裂させ、
突進してくるソーラカーを呑み込んだセルリアンを躱し、その背に飛び乗って
コアの石ごと、そのボディを踏み抜いて砕き、戦い…
(…渡嘉敷くんたちは無事だろうか。…ビッグガードは間に合ったかな)
セルリアンよりもおぞましい怪物にその身を変化させ、戦うオオカミの胸の奥で
フレンズの頃の思考が、気持ちがかすかに、行き交う。
(…こいつらがまだ消えていないということは、“ツチノコ”は健在か――)
(…作戦は、失敗かな。…せめて、渡嘉敷くんたちが生き残ってくれれば)
オオカミは、我が身を捨てて守護ったヒトたちのことを思い出し。
自分が、自分の力がもうもたないのを悟って…
89-7
(…すまない、みんな。……。…ごめん、トワ。…この世界、守護れなかった…)
彼女の胸の奥、一番深いところにしまわれていた想い、あるヒトの男の面影。
その面影と、遥か彼方にかすんで見えている『マウント・フジ』の火口が見えた、
その時…オオカミの奪われた視界の死角から、
…しまった――
オオカミが避けようとしたときには…パークを運行するバスを呑んでいた
大型のセルリアンが突進し、オオカミを背後から襲っていた。
…ドガ、と思い、嫌な音を立てて…オオカミの体が跳ね飛ばされ、宙を舞った。
…もう、叫び声も、咆哮もあげられなかった。
跳ねられ、地面に叩きつけられたオオカミの体に…彼女を陵辱するように、
大小無数のセルリアンが…包囲の輪を一種で縮め、襲いかかり…飲み込む。
(…ここまで、か……)
オオカミが苦悶と絶望の中、最後まで開いていた青い目を――青い空にむけた。
――そこに。
セルリアンの攻撃で裂けた彼女の服、その胸元から… “なにか” が。
89-8
ひらり はらり ――と。なにかが、オオカミの胸元から離れ、宙に舞う。
風もないのに、宙に浮いて、流れた“それ”は…
一枚の、白い紙きれ。そこに、赤い線で星型、五芒星が刻まれた紙きれだった。
……? オオカミのかすれた視野に、それが写った… ――刹那。
どん!!
世界が、凍りついた。世界が、この次元が色彩も運動量も全て、一瞬、失い。
全ての動きが停まったようだった。セルリアンも、オオカミも、世界も。
その凍てついた世界の中心に――あの紙きれ、赤い五芒星があった。
でん!! どん! でん!! どん! でん!! どん!
どこかから、鼓を、太鼓を打つような音が響いていた。
全ての動きが停止したその世界で――赤い五芒星が、光った。
89-9
ぱりん!! と――光った五芒星が、廻り、輝いて。
地に倒れたオオカミの真上で、その赤い五芒星は周り、輝いて。
五芒星は周り、輝いて。紙きれから浮かび上がって廻り。
周囲に群がっていたセルリアンを、ぐるんと、丸い刃物で薙ぎ払ったように。
オオカミを取り囲んでいたセルリアンは、セルリウムすら残さず消滅して。
いつの間にか――
白昼、砂埃舞う青空だったはずの空は、一天にわかにかき曇り、夜の暗さに。
赤く、巨きな五芒星が倒れたオオカミの真上で廻り、丸い“聖域”を造る。
(……!? なんだ…………!? ……まさか――)
体を動かせないオオカミ、その視野で。宙に、光っている“何か”が浮かぶ。
それは――日本にいたヒト、そしてフレンズなら見覚えのあるものだった。
それは――巨大な祠の扉、格子が組まれたその巨きな扉だった。
それは――なぜここに?? とオオカミですら困惑する、突如の出現。
それは――内側から、ゆっくりと開き始める。
89-10
でん!! どん! ――と。どこからともなく、太古のようなとどろきが響く。
オオカミを飲もうと取り囲んでいるセルリアンの大群も…その突然の出現に、
そこ扉と五芒星の輝きから溢れるエネルギー、セルリアンでも飲みきれない、
その溢れる輝きとエネルギーに…セルリアンの単眼が引きつけられ、動きが止まる。
格子の扉を、内側から両手で押し開き――“なにか”が。
輝きをまとった、白い手、白い腕、白い光が。祠の中から、出現する。
格子をこじ開けるようにして――巨大な白い輝きが。ヒトの形をしたそれは。
(……。やはり――あいつだ。……しかし、なぜ……?)
地に倒れ、宙を見つめるオオカミの視界の中で。輝く祠の中から出現した、
その輝く白い巨体のヒト型、それは……フレンズだった。
白い手腕、白い服、長く白い美髪、内側が朱い大きなけも耳。金色の双眸。
ぬうっ、と光の祠からその巨体を顕し、ずん!! と地に降り立ったのは――
89-11
――守護けもの 神格フレンズ オイナリサマ その顕現であった。
にゃぁああああああああああああ
神獣の咆哮である。パークの大地、岩沙漠に降り立ったオイナリサマは地平まで
広がるセルリアンの大群の只中で吼え、その巨体の胸を大気で膨らませ、吼え。
巨体の頭上では、其処を中心として雷をまとった黒雲が渦巻く。
「……ぐ、ガァ……。……ドウ、して――」
オオカミの牙の口から、声が漏れると。お稲荷様の巨体、その髪が揺れ。
――刹那。いつのまにか。
オオカミより若干小柄な、気高く美しく、可愛らしいフレンズの大きさになった
オイナリサマが、オオカミの傍らに――だが、その偉容はそのままに仁王立ち、
「――商売繁盛、福徳開運、五穀豊穣、国家安泰、家庭円満、皆腹八分目。
久方ぶりに顕現できましタワー。……って、ここどこ。……トワぁ?」
「……オイナリサマ――」
89-12
オイナリサマは、ファサリ、いい香りのする髪を揺らし、周囲を見。
役目を終えて、オオカミの胸の頂点を隠すように降りていた紙きれを、見。
「……。あー。この御幣。フクロウどもの巣で、カップ麺欲しくて食べたときに。
お代替わりに置いてきたやつじゃない。なんで、狼。あんたが御幣もってるの」
「……。話すと長くなる――」
いつの間に。野生解放が終わり、フレンズの姿に戻りつつあるタイリクオオカミが
ぼそり、言うと。
周囲を死の沃野、セルリアンの大群に囲まれても、涼しく清らかな顔のままの
オイナリサマは――何処かから取出したり小皿のいなり寿司を、もぐもぐと。
「まあ、いいわ。顕現しちゃったんなら、することはしないとね」
天気の話でもするようにオイナリサマは、云うと――
夜のように暗く、かき曇っていた曇天の空に雷が幾筋か、走った。
――其処から。ピシッ、ピシリ、と光の筋のようなものがオイナリサマの周囲に
降り注ぐと。その光が降った荒れ地に、むくり、ぞろりと…。
いくつもの、闇が煮凝ったような“もの”が膨れ上がる。
89-13
「闇より来たれ。無知より来たれ。怖れより来たれ。伝え語りより来たれ。
――ヒトの畏れの中、その影より来たれ。我が眷属、来たれ」
なにかの祝詞のように、歌うようにオイナリサマの唇が動くと。
ぽん! ぽぽん! 地面で凝り固まっていた黒い“もの”が跳ね上がる。
それらは、三体が連なったフレンズの姿になり、
「さあ、始めるざますよ」「行くでガンスだ!」「ふんがー、だよん」
「…やめて。私のキャラまでブレるから。そういう出現やめて」
カマイタチのフレンズ、額に123と数字の輝く三姉妹のフレンズが跳ね上がり、
オイナリサマが胃の痛そうな声を漏らした頃には――
ごぉおおう! 風をまく音に似ていたが――
カマイタチ長女、カマイチがセルリアンの大群の中を螺旋を描いて駆け抜けると。
玉形、棒状、ヒト型、呑んだ機械の形、どのような形状の、大きさも様々の
セルリアンが…カマイチが駆け抜けた跡で“転び”、身動きを奪われると。
そこにカマジの刃が走ってとどめを刺し、セルリアンを粉砕。倒れた大型には
カマミツが『辛』と書かれた壺の中身をふりかけ、その猛毒で破砕する。
89-14
「数が多いわね。のづっちゃん、のでっぽ。あんたたちも仕事なさい」
やはり天気の話でもするように、オイナリサマが云うと――
「…主さま、あれ全部食べていいのですか?」
「やったあああ! 天罰ですね!? 天罰覿面食らわせていいのですね!!」
同じく、地面に凝っていた黒い陰りの中から――
和人形のような目隠れの野槌のフレンズ、おみくじの筒のような木製の大砲を
右手にはめた野鉄砲のフレンズが跳ね上がって、カマイタチ三姉妹が撹拌した
セルリアンの大群の方へと、ぽん、ぽん!と跳ねてゆく。
「てんばーーーつッ!!てきめん!! いっぱあああつッ!!」
野鉄砲の右手の大砲、その先端で――最初は石粒ほどの玉が出現、それは回転を
しながら石塊の大きさ、大石の大きさ、そして車ほどの岩塊に膨れ上がり。
――発射されたそれは、いわゆる直線上の範囲マップ兵器となってその射線上に
いたセルリアンを、大小構わず粉砕してゆく。
セルリアンの群れが、突如として出現した高い脅威を前に…突進するもの、
“ツチノコ”の後を追い退却するもの、迷うように揺れたときだった。
89-15
…イタダキマァアアアス …どこか、地の底から響くような声がすると――
地面から、巨大な口が――
がばあと、地表にいたセルリアンの大群を呑み込んで…また地面に消える。
この地上でいちばん“それ”に近いのは、海のクジラが海面に追い詰めた
魚群をひと呑みにする、あの光景であろう。
野槌のフレンズは、逃げ惑う大小のセルリアンを…ひと口で数百あまりを
呑み込み、地面に消え…また呑み込み。その空腹を癒やしてゆく。
…気づけば。タイリクオオカミがしんがりをして引きつけた、セルリアンの大群は
オイナリサマの眷属によってほぼ潰走状態にされていた。
「……。すさまじいな」
呆然とした狼が、やっと上体を起こし。声を漏らしたときには――
セルリアンの大群は、一つの流れになって北の方角へ。“ツチノコ”の後を追う
ようにして、黒い雪崩となって逃走を始めていた。
「……。もしかして。私は助かったのか……。――助けられた、のか……」
オオカミの声に、涼しい顔で仁王立ちのオイナリサマが、ふふん、と笑う。
89-16
「どうして狼が御幣を持っていたのか知らないけど。まあ、お礼を言いますわね。
…あの業腹のヒリどもに呼び出されてこき使われるとか、ないわー、でしょ」
――むかしなじみの、あなたでよかったわ。
オイナリサマが、タイリクオオカミに目を細めたとき。
逃走していた、だが千体近くはいたセルリアン群の動きが…急に、停まった。
「…コイちゃん来ましタワー。これで終わりね」
車や建設機材、米軍の車両を呑んでいた大型も、ボールほどの小型も、皆…
ヒトの兵器、振動地雷に捕まったように。突如、地面に出現したぬかるみに、
水の漬かった泥沼に動きを封じられ、そこでうごめくだけの有様にされていた。
…その泥沼の一角、水たまりに…ぬるっと、黒い影が立ち上がった。
「…竹に生まるる鶯の――竹生島詣でん」
いつの間に。セルリアンの大群を捉えたその泥沼にだけ、ざあっと雨が降り注ぐ。
その雨の中――白と黒の浴衣を着、不気味な面を斜にかむったフレンズの姿が、
人面魚が泥の海に…あった。黒い下駄で、泥の上に爪先立って。
そのフレンズの周囲に、浮いていたいくつもの能面が舞うように、回ると。
89-17
…ずぶずぶと。泥沼に囚われていた数千の、大小のセルリアンの大群は。
泥から仄暗い水面と化した地面に飲み込まれ、悲鳴じみた轟音だけを遺して…
真っ黒な水面に無数のセルリアンは飲まれ、消えてしまう。
人面魚のフレンズは、彼女の周囲に浮いていた能面のひとつを手に、それを
真っ黒い墨のような水面に投げて、その面を沈める。
「――水の鬼神、黒髭の面よ。暗い水底で消えて、元の姿に戻りなさい」
その呪が消えると同時に、暗い水面はスゥウッと――もとの荒れ地に、戻る。
――そして。
いつのまにか。空を覆っていた暗雲は消え、砂埃を噛んだ青空が戻っていた。
いつのまにか。オオカミを取り囲んでいた、セルリアンの大群は全滅していた。
青空の下、オイナリサマは満足げにため息、ひとつ。
「まあ。私が手を下すまでもない。……ああ。オオカミ、あんた。ちょ」
主の合図に、壺をもったカマイタチのフレンズ、カマミツが跳んでくる。
「えーと。辛と幸の壺があるけど、どっちがいい?」
「……棒が多いほうを頼めるかな」 オオカミが苦悶をこらえた声で。
89-18
カマミツが治癒の壺から、ドロリとした中身を満身創痍のオオカミに流す。
先ほどの暗雲、そこから降った雨に濡れたタイリクオオカミの体は――
どのような奇跡、神助か。崩れ落ちて顎の骨と眼窩が見えていた顔は、未だに
片目は開かなかったが肉が戻り、幸の壺の中身は千切れていた右腕のあたりで
固まって、何かの形を作ろうと生き物のようにうごめいていた。
「……助けられてしまったな。オイナリサマ。礼をいうよ、ありがとう」
「お礼なんていいわよ。フレンズに拝まれたって、信仰のカケラにもならないわ」
肩をすくめ、笑ったオイナリサマだったが――
…その体は、先刻と比べると…なにか、定まらないと云うか。歪んだレンズで
見られているように、体の輪郭、大きさが定まらず…陽炎のように揺れていた。
「…あー。やっぱりパーク、あかんわ。信仰が足りなさすぎて、形状がガガガ」
「…無理させてしまってすまない。……。
本当は、もっと助けて欲しい相手が別にいるんだが…そこまでは無理かな」
オオカミの声に、だが。まんまるの玉のようになっていたオイナリサマが、
「うん? ああ、いま北のほうにいるヒトのこと? ああ、あれなら、うん。
私に羊羹とお水を奉納したぶんの加護は。もう――」
89-19
まるっこい、可愛らしい意匠のオイナリサマのちんまい手が、青空を指差すと。
そこを――はるか上空を。
ヒトの作り出した意匠、ヒトの乗り物が数機、編隊を組み。
爆音を轟かせながら、その編隊は小さなフレンズを数体引き連れ北の方角へと
飛翔してゆく。オオカミは、それを呆然と見……。
ふん! と気合を入れてヒトの、フレンズの形に戻ったオイナリサマは。
「私に出来るのはここまでよ。てか、私ちょっと内地に戻らないと――」
「……あの機影は。まさか―― ……渡嘉敷くん、頼む。持ちこたえていてくれ」
「あー。内地だったら。昔ほどじゃないけど信仰がたっぷんたっぷんあるから。
もう、内地で私が顕現したら大変よ? 神々しすぎて美しすぎて。目の毒よ?」
「……そうか、オイナリサマは内地へ。……結界は私たちでやるしかないか」
「ああ。そのハナシだけど。トワから伝言。あなたはたぶん聞いていないわよね」
「……!? トワが――」 オオカミの片目が、驚きと、何かの感情で…揺れた。
永遠だって抱きしめて 封印をも解き放ち …誰のためにすべてを捧げるのか…
セルリアン大壊嘯が、見捨てられた世界の運命を決するまで――あと178日……
90-1
ジャパリパーク諸島、最南端のキョウシュウ島。
財団法人ジャパリパーク振興会が放棄、撤退したその島では――
「…“ツチノコ”の足を止めないと! 先に巣穴に潜られてしまうぞ…!」
「…もうダメだ…! 周囲1キロ、全部セルリアン…完全に囲まれた…!」
人類の命運をかけた戦いが、だが…地球に暮らす大半の人類が知ることのない
その決戦の幕が、最後の一手が打たれ――全てが決される、その数分前。
キョウシュウ島の地下を縦横無尽に食い荒らしていた超大型セルリアン、
“ツチノコ”を地上で撃破できるか、あるいは再び地下に潜られてしまうか…?
その結果がでるまで、あと1分と数十秒ほど。
“ツチノコ”に地下に潜られてしまえば、もはやヒトとフレンズには為す術はない。
地下から島を、そしてサンドスター噴出口の『マウント・フジ』をセルリアンに
食われた時点で、この星でのフレンズとヒトの命運は…尽きる。
数千、数万のセルリアン眷属を引き連れて、その巨体を疾駆させる“ツチノコ”が
パーク施設『キャッスル』のふもとに穿たれた巣穴の破孔にたどり着くまで、
あと1キロほど、時間にして60秒足らず…
90-2
そして――
その超巨大セルリアン“ツチノコ”に一撃を与えられる人類側の唯一の手段、
全高50メートルの直立特殊大型車両、“ビッグガード”は、禁止されている
走行モードでキャッスルへと急行していた、が…
計算、さんすうがわからないフレンズが見ても、巣穴の破孔まで先に到着する
のは“ツチノコ”のほう、だった。
キャッスルの手前で最後の防衛線を引いていた、ラーテルやハイエナたち猛者の
フレンズたちも…“ツチノコ”の眷属、そして破孔から湧き出すセルリアンの
挟み撃ちにあって“ツチノコ”の足止めどころか、自分たちを守ることすら
危うい状況にさらされていた。
――その、ヒトとフレンズたちの絶望すらもセルリアンに呑まれる寸前の、
キャッスル全面の防衛隊、そして。
――完全に包囲された、自衛隊員と女王オオアリクイの率いるフレンズ部隊。
――“ツチノコ”の巣穴へと、掟破りのマニュアル操作で巨大ロボットを、
“ビッグガード”を疾走させる、新世紀警備保障社のパイロットたち。
90-3
『――キャッスルまで距離、3500! 到着まであと1分10秒!』
『――ちっくしょおおお! 間に合わないぞ、百井さん、蒼山ぁ!!』
『――バッテリー残量、あと25! 近接防御は…あと1回だぞ、赤城!』
手足の大きないびつな体で、だがヒトのごとく疾走する巨大ロボット。
人類の運命を賭けたレースを走るロボットの体内、三ヶ所の操縦席で三名の
新世紀警備保障社員、パイロット、ナビゲーター、エンジニアがそれぞれの
職務を果たしながらも…絶望のにじむ声を張り上げる。
疾走するビッグガードの巨体に、自動車ほどある飛行型セルリアンの群れが
襲いかかり、張り付いて呑み込もうとする――
それらを、外装の装甲に高圧電力を流して振り払う対セルリアン近接防御。
それに使用する電力すらも危うくなってきたロボットは…
『――蒼山くん、セルリアン“ツチノコ”に接敵できても…相手の弱点、コアを
スキャンするのにセンサーをフル稼働させるだけの電力は残ってるの!?』
『――バッテリーが残り10を切ったら無理だよ、百井さん。
そうしたらビッグガードを停車、降着させないと転倒の危険性がある…!』
90-4
『――そんな! 今さら停まるとか、ありえないだろ蒼山! ……。ん? ん?』
マニュアル操作で巨大ロボットを走らせる――
そんな、新世紀社の上層部、そして運用に協力した陸自教導隊が見たら卒倒する
レベルの無茶をさせているパイロットの赤城が…無念の声を飲み込んだ。
彼の目に、彼の前のモニターに…周囲を飛び交う飛行型セルリアン、それらと戦う
鳥のフレンズたち。それらとは全く別の“もの”が、小さな、遠い飛翔体が…
『――百井さん! ちょ、あっちあっち! あっち見て! 南のほう、あれ!』
『――あっちじゃわからないって! なに? 南って… あっ、あー!!』
エンジニアが「信じられない」という声を吐き出したときには。
ビッグガードの上半身ブロック、操縦席のハッチを事もあろうに走行中に開放した
パイロット、赤城の蛮行は…彼の目は。
『――なんか、こっちにくる! うちのアホウドリじゃない…?』
『――赤城くんのばかぁ! ちょ…え? あれ、社のVTOL機じゃないわ…!』
『――この島に、他の航空機だと…? 百井さん、データーを俺の方へ!』
疾走するビッグガードの機内で、三人の視線が…“それ”を目視した。
90-5
大型バスや軍用車両、そして輸送用ロボットを呑んだ大型セルリアンの群れ。
その足元を埋め尽くす、中小型の青と黒のセルリアンの大群。
それらに、完全に包囲された自衛隊員と高機動車、そして負傷した女王とヒトを
守護って、最後の円陣を組むフレンズたちは…
「…う、うわあああ! 囲まれちゃったぁあ…! ぅ、うう、怖くない、ない!」
もはや起き上がることも、口を聞くことも出来ない重傷を追ったオオアリクイに
代わり、フレンズの指揮を引き継いだミナミコアリクイが最後の勇気を振り絞り…
「…ここまでか…! 吉、あのクソ汚いバスのセルリアンをやるぞ――
なんとか、西の方に突破口を…高機動車と、負傷者を逃がすんだ…!」
負傷した隊員、女王たち負傷フレンズを載せた高機動車を守る自衛隊員たち。
…“ツチノコ”の足止めは出来なかった。
…その命をかけて、数十秒の時間を人類とフレンズのために稼いだ彼らは、
もはや絶望を通り過ぎた、死の覚悟をその顔と目に浮かべて…爪を振るい、
武器を取る。…ビッグガードは、間に合わない…かもしれない。
だが――悲鳴を挙げず、命を投げ出さず、戦うヒトとフレンズたち――
90-6
その頭上で…上空から、彼らの陣形とセルリアンの位置を報告し続けていた
小鳥のフレンズ、ノドグロミツオシエが…
「……!! ねえ、ねえ! みんな、またなにか来たよ!! あっちあっち!」
くるくる、宙返りしながら南の方角を指差すそのけたたましい声に、
「…ビッグガードだったらここからでも見えてるよ! え? ちがう?
「…う、うわああ! キタ、セルリアンども…くるぞおお!!」
自衛隊員とフレンズたちを取り囲んでいた、無数のセルリアンとその眼球が――
主である“ツチノコ”の安全と勝利を確信したのか、動き出していた。
渦のように、奈落に落ちるどす黒い水のように…
自衛隊員、円陣で彼らを守るフレンズたちめがけて…大型セルリアンが咆哮をあげ
地響きを立ててて、荒野を埋める中小型セルリアンが突進する。
まだ動ける自衛隊員は、その黒い雪崩に小銃を、ショットガンを撃ちまくるが…
その突進は勢いを増すばかりで…吉三尉が発射した軽MAT対戦車ミサイルも
四足の無人輸送機を呑んで巨大化していたセルリアンを一体、かく座させただけで
…声にならない、ヒトの無念の呻きが漏れた… ――そこに。
90-7
「……!! 渡嘉敷二尉!! あ…あれを! あれは……」
高機動車のルーフから身を乗り出し、SIG拳銃を弾がなくなるまで撃っていた
香成が声を張り上げ、南の方角へと声を枯らして叫んでいた。
「な……!? あ……あれは? まさか――」
ショットガンを撃ち尽くし、その木のストックを棍棒代わりに構えていた
渡嘉敷二尉、もう丸腰でへたり込んでいた吉三尉、他の隊員たちも――
南の方角から、突如として現れた飛翔体、その爆音に…目を見開く。
そこに――
ピィイイイイイイ!! ――と。猛禽フレンズの野生解放、独特の咆哮。
上空から空気を切り裂いて鋭く降下してきた大きな翼が、二つ。
野生解放し、頭髪の翼を大きく広げて弾丸のように飛翔してきたフレンズは二体。
アメリカ海兵隊所属のオウギワシ、そしてアメリカ空軍所属のハクトウワシ。
……!? 突然の、飛行型フレンズの出現に、渡嘉敷たちが驚愕し、そして
円陣を組んで彼らを守護っていたミナミコアリクイたちの顔には、恐怖すら浮かぶ。
その彼らの上空で、連れ立つ二羽の猛禽は。
90-8
「Hey! Horse Soldiers arriving!」
「イェア! おまたせえ、JSDFのミン=ナ! モ、ダイジョー…ヴイ!」
二羽の猛禽は、ヒトたちの上で羽ばたき、ぱあっと金色の光がさすような
明るい声を張り上げて――翼と、野生解放で鉤爪化していた蹴りを振るう。
その衝撃波で、ミナミコアリクイたちの円陣を呑み込もうとしていた黒と青、
セルリアンの群れが粉砕されて、セルリウムの霧になって砂塵とともに飛び散る。
うわあああ! ――助かった、という声ではなかった。
あまりに突然過ぎて、それが理解できる前に衝撃波の余波をまともに受けた
渡嘉敷たちがよろめき、声を漏らすそこに。
「――マーカーよ! シグナルをオネガイ、ネ!」
上空のハクトウワシが、ポトポトっと。渡嘉敷たちの輪の中に何かを落とす。
…1秒ほど、迷ってしまってから――米軍との共同演習を思い出した渡嘉敷二尉が
それに、発煙筒とフラッシュシグナルに飛びついた。
「…香成、フラッシュを頼む! スモークは……」
渡嘉敷二尉は、発煙筒のケーブルを引いて発火、その炎を発煙を確かめ、
90-9
「…発煙…グリーン! 支援を要請…する!! 香成、フラッシュを!」
鮮やかな緑の煙を吹き出す発煙筒を、渡嘉敷が風下に、フレンズたちの円陣の
外に投げると――高機動車の上で香成がストロボ式のフラッシュを点滅させる。
「――オーケー!! スモーク、フラッシュをvisual confirmation!」
「――“Puff”、統制はこのハクトウワシが行う! アタック、Attack!」
上空から、押し寄せるセルリアンの群れを打ち払っていた二羽の猛禽が吼え、
そして、ふと――高度をとって、離れたそこに。
「……!? 吉、みんな! 伏せろ! こあくん、フレンズのみんなも!!」
「えっ、ええええ? 伏せるって、どうして……」
「あれだ! あの小さく見える…あの鉄の鳥が、ここに雷を落とす! 早く!」
――何事が起きようとしているのかを悟った自衛隊員たちが、地面に飛び伏せ、
少しでも窪みに入ろうと、そして高機動車の下に入ろうともがき。
渡嘉敷二尉は、あわわわ、となって空を威嚇していたミナミコアリクイとほかの
フレンズたちを抱きかかえて、地面に突っ伏した。
そこに――
90-10
…ごぉんごぉんごんごん…… と。落雷のような轟音が、青空から響き渡る。
青空を小さく、滑っている機体は、その群れは…
2機のMV-22オスプレイ、そして…それより上空を飛ぶ、ひどく小さく
見えている四発の大型航空機――ロッキード・マーティンAC-130。
…くるぞ!! フレンズたちを守るよう、地面に伏せた渡嘉敷が叫んだ、そこに。
ヒトとフレンズを呑もうとして押し寄せていたセルリアンの群れが…
地面、荒れ地の岩盤ごと、見えない巨大な手で撲られたように吹き飛んで…消えた。
そこに、一瞬だけ遅れて――
絶え間なく落ち続ける落雷、そうとしか思えない轟音が響いて世界を震わせる。
――はるか上空を、渡嘉敷たちを。
彼らの焚いたスモークとフラッシュを中心にして、緩やかに弧を描いて旋回を
しながら…遠路グアムから空中給油機とともに駆けつけた米空軍のAC-130、
『スプーキーⅡ』ガンシップ、コードネーム“Puff”が攻撃を開始していた。
機体の左側から突き出した、40ミリボフォース機関砲が対セルリアン用の
破砕榴弾の斉射を降らせ、セルリアンの大群を巨大なハンマーで叩き潰してゆく。
90-11
「ひっ、ひえええ…! な、なんで米軍がぁあああ!?」
――助かった まだ、その事実が飲み込めていない吉が悲鳴そのものの声を上げる。
そこに、彼らを黒い色の死から切り離すようにしてボフォースの砲弾が降り注ぎ、
そしてその轟く筒音の合間に、
ズム!!ズン!! と。上空から腹に響く砲声が響いて――
『スプーキーⅡ』の武装、機体左からボフォースと並んで砲を突き出していた
105ミリ榴弾砲が連続砲撃を行う。
その重砲から発射されたのは――キャニスター砲弾に詰め込まれたフレシェット。
鉛筆ほどの硬化ケラチン製の矢が、一発で数千発の雨となって地面に降り注ぐ。
ベトナム戦争以降は忘れられていた兵装が…再び、対セルリアン用に再生していた。
その無数の矢に薙ぎ払われて、セルリアンの群れが数十メートル四方の範囲で、
一瞬にして殲滅される。
ボフォースとフレシェットの撃ち漏らしを、二羽の猛禽フレンズは渡嘉敷たちの
直上で彼らを守護り、ガンシップの射線に入らぬよう爪を奮っていた。
「…どうして、米軍が――」 渡嘉敷が、まだ困惑の残る目を空に向ける。
90-12
そこに――
弧を描いて凄まじい火力を集中させるガンシップの軌道、その外側に。
1機のオスプレイがローターを降着モードに切り替え、速度を緩めながら、
未だセルリアンが蝟集している荒野へと高度を落とす。
その開け放たれた後部ハッチから…
――オスプレイと比べるとひどく小さく、黒い影が…荒野へと、飛び降りた。
…否。地面に、鉄槌のように蹴りを突き刺し、降り立って…いた。
そのヒトの形をしていた影は――フレンズは。
ゴガァアアアアアアッ!!
肉食頂点、その中でも最強と呼ばれるネコ科フレンズの中でも“最強”の二つ名。
――ライオンは。
その大柄な体躯を米陸軍の野戦服で包み、その迷彩服でも隠せない大きな胸を
震わせ。野生解放し、炎のように逆巻き揺れるタテガミの下の、双眸で。
「……ああああああッ! やっぱりパークはいいなああああああッ!」
感極まって、吼えた。…一番近いのは彼女の性的オーガズムの、それである。
90-13
その咆哮だけで、周囲の中小型セルリアンは衝撃波で粉砕される。
「…力がッ…! みなぎる!! チカラこそPOWERぁあああぁッ!!」
体の奥、背骨の芯、内臓から絞り出す声。。…一番近いのは彼女の絶頂の、それ。
その咆哮が消える前に――
ライオンは跳ね、弾丸のように走って。上空のガンシップに撃たれ、突進が
止まっていたセルリアンの群れに襲いかかっていた。
新手の出現に、バスを呑んでいた大型セルリアンが…巨大でおぞましいヤスデの
ような巨体の鎌首をもたげ、大きな単眼を向けた、そこに――
ゴッ!! と。ただの、一撃。
ライオンの右拳、その鉤爪が大型セルリアンの単眼をその奥の石ごと千切り砕き、
破砕されたセルリアンの巨体が紙切れのように宙を舞って、ただの遊覧バスの
スクラップへと化して…落ちる。
「…息するだけで! 瞬きするだけで! みなぎるサンドスターぁあああぁッ!」
歓喜の咆哮、そしてその拳が大型セルリアンを、ただの一撃で粉砕する轟音。
――まさに、無双。ライオンのフレンズが暴虐を振るう、その空間に。
90-14
ライオンが作った、セルリアンが消滅した無人の荒野へと降下したオスプレイが
新たな、数人の人影を降ろす。その、ヒトとフレンズの姿は、
「…ボス、はしゃぎすぎです。ヒトの、JSDFの救出が第一です――」
「…うぇっ、ゲホゲホ! スモーク吸っちまった! ちくしょおお!」
角の槍を持った、野戦服も凛々しい立ち姿の二人のウシ科フレンズ。
日本の新世紀警備保障社から米国に提供された絶滅種フレンズの二人、
アラビアオリックス、オーロックスのコンビが。
彼女たちのボスであるライオンがほしいままに暴れるその後を槍で突き進み、
打ち漏らしの中小型、脚を千切られ動きを止められた大型セルリアンを次々、
ミシンで縫うような正確さで潰して――セルリアン消滅のレールを作ってゆく。
――突然の、救援。
上空からの米空軍ガンシップの砲撃、そして猛禽フレンズたちの援護。
さらに、米陸軍の最強フレンズ、ライオンと配下二人の参戦。
……助かった?? 自衛隊員たちが、その現実に…瞳に、光を取り戻す。そこに、
90-15
オスプレイから降り立った人影、その一人が――渡嘉敷たちに歩み寄る。
それは…ライオンたち、フレンズよりも小柄な…ヒトの女性だった。
野戦服ではなく、レトロ感すらある白の制服、そして独特の熱帯帽。
それは――ここジャパリパークから撤退したはずの、パーク屋外研究員の正装。
その出で立ちに身を包み、優しげなほほ笑みを浮かべるようなその顔、
そして大きな眼鏡をしたその若い女性は――だが。
ばこん! と。行く手を遮っていた、軽自動車ほどある中型セルリアンを
肩に担いで構えていた大きな得物でぶん殴って粉砕し…すたすたと、進む。
「……。渡嘉敷二尉、あなたですか? ああ、こあちゃんも無事だったのね」
その眼鏡の、どんな男でもハッとするほどの美人は…そう言って、笑う。
…あ然としている渡嘉敷は、自衛隊員たちが――
その眼鏡の美人の構えている、不釣り合いなほど巨大な武器、棍棒のような凶器が
マッコウクジラの顎の骨から作った得物であるとは気づかないまま。
「……?? 日本語…? あなたは、もしやパーク振興会の……」
立ち上がって、震えそうな声を漏らし…だが、敬礼した渡嘉敷二尉に、
90-16
「遅くなってしまい、申し訳ありません。――はい、私は……」
背後から迫っていた、数体のセルリアンを…その美人は、それを見もせずに。
大剣のように顎骨の得物を振るって、粉砕し…そのモーションを終えて、
「ジャパリパーク振興会の研究員、遥ミライ、です」
ずん、と得物を地面に突き立て――その女性、ミライ博士はお辞儀をする。
そのヒト、女性パークスタッフの姿に…
「……!! あ、あああ! ミライさぁああん!!」
すっかり怯えて、地面でヒメアルマジロと一緒にお寿司のシャリ玉のように
なって丸まっていたミナミコアリクイが、その女性に気づいて…鳴き声を。
「こあちゃん、無事で良かった。…ほかの子たちは――」
「……うそ、うそ!? ミライさん? 戻ってきてくれたの!!」
「…ミライさん! ああ…! よかった、ヒトが戻ってきてくれた…」
ほかのフレンズたちも、恐る恐る…起き上がり、そしてミライ博士の姿を目に、
次々と駆け寄って、涙と声を、歓喜を膨れ上がらせる。
ミライ博士は、聖母のように手を広げ、フレンズたちを迎えながら。
90-17
「渡嘉敷さん、もう大丈夫です。あとは私たちと、米軍の彼女たちが――」
ミライ博士が、渡嘉敷たち自衛隊員の前で再び、お辞儀をする。
「…ミライ、博士…? ああ、テレビで何度かお目に…あの、あなたがどうして?」
「……。ちょっと、複雑な事情がありまして」
ミライ博士が、眼鏡の奥で「何から話そう」という困惑を浮かべたときだった。
セルリアンが一掃された荒野にオスプレイが降着し。
その後部ハッチから、米軍海兵隊の四駆装甲車ハンヴィーが1台、2台と荒野に
駆け下り、疾走し。ミドリ博士の背後で停車、そこから散らばった海兵隊員たちが
規律通りの動きで進行、防御陣形を組みながら――進む。
その海兵隊員たちの指揮官が、ヘルメットのバイザーを上げて…吼えるように。
「…トカシキ!! 無事だったか!!」「――……! ムート曹長……!?」
海兵隊の分隊、その指揮官は…そして部下たちは。
渡嘉敷たち自衛隊員たちと第二次ジャパリパーク調査隊を編成していた、
アメリカ軍海兵隊のムート曹長、そしてその部下の猛者たちだった。
「ムート、どうしてここに―― …ガンシップは米空軍だろ、それにライオンは…」
90-18
「陸軍さ、そんなのステイツなら子供でも知っている。これは合衆国の――」
ムート曹長は、傷だらけの自衛隊員たちの姿に衛生兵と、無線で病室の手配を
させつつ。北の方向、もう1機のオスプレイが向かった方向を見、
「すまない。もっと早く来られれば―― “ツチノコ”は俺たちが始末する」
「待て、ムート。“ツチノコ”は以前のデータより巨大化、凶暴化しているぞ」
「わかっているさ。それこそ――日本企業のロボットだけでは無理だ。
米軍も最強クラスのフレンズを連れてきた。相手に不足はなかろう」
そこに――
ようやく、突然の事態に困惑したり、恐怖したり、感激したりで
ミライ博士の周囲に集まっていたフレンズたちが、ミナミコアリクイが。
「…あ、あ…! ミライさん…! 女王様が、ぁああ…」
「…? 女王、オオアリクイさんは―― …まさか」 ミライ博士の瞳が陰った…
おまえが静かに眠れるその時が 世界で一番素晴らしいとき…その日は果たして…
セルリアン大壊嘯が、地球という星を黒で塗り潰すその日まで――あと178日……
91-1
ジャパリパーク諸島、最南端のキョウシュウ島。その西部、砂漠地方。
――人類とフレンズの運命を賭けた決戦、地球の勝者がヒトとフレンズか、
それともセルリアンなのか。その運命が決するまで、あと1分足らず。
アミューズメントパーク『キャッスル』の眼前で繰り広げられた、その戦いは――
「…“ツチノコ”が突っ込んでくる! ここはもうダメだ…!」
「…オレのメモ帳には敗北と逃亡の文字はねえ! 突撃だ!!」
「…ロボットは…!? ヒトのロボットは…ああ!! もうあそこに!」
ファンタジックな意匠のお城型アミューズメント、キャッスルの直前に穿たれた
破孔、“ツチノコ”の巣穴の前で戦っていたフレンズたちは、“ツチノコ”の
露払い、先鋒として突っ込んでくるセルリアンに押され…
「…スカンクちゃんたちはどうなった!? 穴の中に突っ込んで、もう…!」
“ツチノコ”の巣穴からも、地下に巣食っていたセルリアンの大群が地表へと
溢れ出し、キャッスル防衛隊のフレンズたちを挟み撃ちにする。
…女王オオアリクイに選抜された、10体ほどの猛者フレンズたちだったが…
彼女たちはもはや、撤退すら危うい状況まで押し込まれ、包囲されていた。
91-2
その彼女たちに、キャッスルの巣穴まで…“ツチノコ”と眷属の大群は、迫る。
ぴぃあああyaaaaaaぁあああぁ!
世界を、空気を歪んだレンズのように震わせる轟音、赤ん坊の鳴き声じみた
耳障りな咆哮を轟かせ、“ツチノコ”は陸上に上がったクジラのような巨体を
疾走させ、不気味に見開かれた無数の単眼を動かす。
――巣穴まで、“ツチノコ”はもう300メートルにまで迫っていた。
もうあと数十秒で、“ツチノコ”は地下帝国へ潜り込み――
それはヒトとフレンズの敗北を、地球がセルリアンのものだと決定される瞬間。
キャッスル全面で戦う猛者フレンズたちの前に、巨大な黒い壁が迫ってくる。
“ツチノコ”の巨体が、トンネル掘削用シールドマシンを呑んでいた怪物が。
“ツチノコ”の全面、ヤツメウナギの口を直径数十メートルにしたかのような、
邪悪、醜怪極まる怪物の頭が、そこに並ぶ単眼がフレンズたちを…ギロリ、見る。
…さすがの猛者、ハイエナ、ラーテルたちも…心臓がワシづかみにされたような
圧迫、恐怖を感じてしまい…セルリアンと戦う爪が、鈍ってしまう。
この場を仕切っていたブチハイエナの、絶望が陰った目が――西の方向を。
91-3
そこには――セルリアン、“ツチノコ”の咆哮の中でも――
ヒトとフレンズの戦いを鼓舞する、戦鼓、銅鑼のような轟音が続き、近づいてくる。
全高50メートル、直立歩行型特殊車両。大きくいびつな両手と両足を振るい、
ヒトのように疾走してくる巨大ロボット、ビッグガードの勇姿があった。
……が。
計算のわからないフレンズでも、“ツチノコ”とビッグガード。その二体は――
あきらかに、“ツチノコ”のほうが巣穴までの距離をリードしていた。
しかも…速度も、“ツチノコ”の突進のほうがビッグガードの走行より…速い。
『――くっそおおお! 間に合わない!! 蒼山、もっとパワーを回してくれ!』
『――無茶言うな、赤城! 今でも転倒していないのが不思議なレベルだぞ!?
――バッテリー残量、15…! あの巣穴までの距離…500!』
『――……!! 赤城くん、蒼山くん! あの飛翔体は…米軍よ!!
――通信が入ったわ、こちらを援護すると! …あっ、まずい、セルリアンが!』
疾走する巨大ロボットの内部、三ヶ所のコクピットで新世紀警備保障社の社員たち。
91-4
操縦士たちが声を張り上げ、それぞれの職務を遂行する中…
浮遊型セルリアンが何十体もへばりつき、黒いペンキをぶちまけられていたように
なっていたビッグガードは、装甲に高圧放電を放ってセルリアンを引き剥がす。
…だが。その近接防御で――
『――いまので、バッテリー残量12…いや、11だ! 赤城、停車させろ!
ビッグガードを止めて降着させないと…転倒するぞ、この速度でコケたら…』
『――今さら停まれるかよおおおッ! 百井さん! “ツチノコ”の走査を!』
『――無茶ばっかり言って! …距離、600…形状認識、よし! 開始…!』
…いびつな形の、お世辞にもカッコいいとは言えないロボットは――疾走る。
…だが――“ツチノコ”のほうが、速い。
…それは。“ツチノコ”自体が、ビッグガードの巨体を無視して巣穴に疾走して
いる時点で…ヒトにも、セルリアンにも結果がわかっている勝負だった。
『――ちっくしょおおお! あと200メートル、近ければ捕まえられるのに!』
ビッグガードのパイロット、赤城がハッチを開け放った操縦席で叫ぶ。
その彼の目に、接近してくる米軍のオスプレイが映り、そして…
91-5
ぴぃYaaaaaaぎゃああああああぁぁぁ!!
破孔めがけて突進する“ツチノコ”の巨体、そこで不気味に見開かれていた
いくつもの眼球、単眼が――今までの『敵』とは違う、同じぐらいの巨体で
疾走してくる人型の巨大ロボットを、ギロギロっと見据え、そして。
ゴボゴボッと“ツチノコ”の胴体、眷属セルリアンがしがみついてアワビの
殻のように不気味でおぞましい装甲になっていたそこが泡立って、あの槍型の
カメロケラス型セルリアンを何十本も水平に撃ち放った。
「…しまった! でっけえヒトがやられる!!」
「…あの高さじゃ届かない! まずいよぉお!」
“ツチノコ”とセルリアン群の突進を支えきれず、破孔の全面から下がっていた
猛者フレンズたちが戦いながら、悲鳴じみた絶叫を上げる。
太杭、そして電柱ほどある槍型のセルリアンが疾走するビッグガードに飛翔、
その尖った先端を…ヒトガタの弱点、頭に、腹の部分を狙って…刺さる…
その瞬間――カン高い轟音が空気をつんざく。
『――南無三!! 左腕、フライホイール全開!』
91-6
ビッグガードのパイロット、赤城は。ビッグガードの左腕、拳の部分に装着
されていた、リニア式杭打ち機用の加速ホイールを稼働させ、そのギアの刃で
腕をふるって――ビッグガードの目、そして腹を狙っていた杭型セルリアンを
粉砕、弾き飛ばす。だが数匹がそのまま、ビッグガードの装甲に突き刺さった。
『――ちょ、ちょっとお赤城くん! 無茶、無理…! 転倒する!!』
『――あかぎぃいいい!!』
『――ダイジョーブ!! 手動で補正したよ! …誰が…コケるか!逃がすか!』
プログラムにもスタビライザーにも、全く想定されていない動きにビッグガードの
巨体はよろめき、ナビゲーターとエンジニアが悲鳴を上げたが…
パイロットは、天才的、否、野性的な操縦技量でビッグガードの腕を動かし、
その反動でバランスを取って――巨大ロボットを、そのまま疾走させる。
だが――
『――“ツチノコ”まで距離、300! …うっ、なんて大きさなの…!』
『――無理だ、あのバケモノと巣穴の距離はもう100を切ってる…!』
あと、わずか。たった数百メートルが…断崖となって、人類の未来を断ち切る。
91-7
巣穴まで、もううごめく触手が届くほどの距離に迫った“ツチノコ”。
そのおぞましい巨体に、高度を落した米軍のオスプレイがチェーンガンで射撃を
おこなう、が…25ミリ弾では、溶岩のように焼け、膨れ上がったセルリアンの
甲羅を貫けず、火花を散らすだけに終わっていた。
――だめか…!
ヒトたちの目が、絶望に陰った…その瞬間。
パッ ぱぱぱっ! と。“ツチノコ”の体表で白い、小さな煙がはじけていた。
ひぃGyaああああああぁぁぁ!! ――だが。その小さな白煙は。
“ツチノコ”を苦悶でよじらせ、行き足を鈍らせ…不気味な悲鳴をあげさせる。
――決戦の場、戦塵に霞んだその上空には。
「…みんな、やっちゃえええ!」「これでもくらえ!」「当たってるあたってる!」
小さな影が乱舞しながら。
それは、今まで戦況に関われていなかった、無力な小鳥型フレンズたちだった。
キツツキたち、フィンチたち。彼女たちはみな、肩から『ジャパリパーク』の
マークが入った、来場者用のお土産バッグを下げ、そこに――
91-8
「すっごおい! 効いてる、きいてる!」「ダーの出番なんだからねー!」
小鳥フレンズたちは、この日のために女王の命令で仕込んできていた武器を。
パーク中を駆け回って拾い集め、宝物としてしまわれていたものを出し合って
集めたビン、ガラス、ペットボトル、それらのヒトの容器に遠くの海から
汲んできた海水を詰めて――それを、溶岩で灼けた“ツチノコ”に投げていた。
ぴぃぎゃああああああ!! “ツチノコ”の、苦悶の咆哮。
女王オオアリクイの策、最後の一手が。
自らの陣形と我が身を守るためではなく、最後の1メートル、最後の1秒を
守るための、最後の一手が“ツチノコ”の突進を鈍らせる。
“ツチノコ”はもがきながら…だが、その膨れ上がった背中からありったけの
カメロケラス型セルリアンを上空に撃ち放つ。飛行型セルリアンもそれに続いて
上空の小鳥たちめがけて、恐ろしい数が襲いかかっていった。
「やらせるかあああ!」
ハゲタカたち、残っていた猛禽、ツルたちのフレンズが身を楯にして空中戦を
しかけ、小鳥たちを守る中――
91-9
――だが。突進は鈍っても、這いずって巣穴の破孔に迫った“ツチノコ”は。
ひぃいいいぃひッひッひぃいいいいいい!!
歓喜のような、邪悪な轟音の咆哮をまきちらし…ごおおおぅ!と地鳴りを立てて
その巨体を巣穴の破孔の前で停めて――反転、その巨体の尻尾側を…
『――“ツチノコ”まであと200! …あいつ、尻尾を巣穴に!?』
“ツチノコ”は、クジラともタケノコともタンカーともつかない、その不気味な
巨体の尻尾側をズルリ、巣穴の破孔へと流し込み…ゴゴゴ…! と地響き。
『――くそっ…! 逃げられる! …バッテリー残量、あと9…!』
“ツチノコ”は、その巨体を不気味に脈動させながら…地響きを立て、破孔を
巨体で押し広げながら――地下へと、潜る。……が。
そこに――
「…こんちくしょう、めえええ!!」
真っ白い、否、ところどころがにじんだ血で赤黒く汚れた無数のビームが。
爆発した包帯の線条が、数百、数千の触手となって“ツチノコ”を捉える。
ぴぎゃあああぁあああ “ツチノコ”が逃げ足を封じられ、吼える。
91-10
その無数の包帯は、巨大な二つの手の形になって――“ツチノコ”を捉える。
…その包帯の、発生源には。小柄な、一人のフレンズ。
「…逃しません、わ…! わたし…しぶとい、し…執念深いのよ……!」
絶滅種フレンズの、オオウミガラス。
ビッグガードと同じく、内地日本からこのキョウシュウ島へ派遣されていた
新世紀警備保障社のフレンズが――その全力で、“ツチノコ”の巨体と抗う。
野生解放したオオウミガラスの、スミレ色の両の瞳からサンドスターの虹を
まとった、黒紫の輝きが噴血のように溢れ出す。…だが。
ぴぃYaaaぁああああああぁ! “ツチノコ”の巨体は、ズルズルと破孔に。
それを押さえつける、オオウミガラスの巨大な包帯の手は…
「…ッ、ぐぅうう! 熱…ぅ…! ――でも……!!」
溶岩で灼熱している“ツチノコ”を捕らえた包帯の手は、高熱でブスブスと焦げ、
燃え上がった包帯は、炭化し砕け、千切れながらも…怪物を捉え続ける。
オオウミガラスの放った包帯は、導火線のように高熱で類焼し…
その熱、炎と煙は、オオウミガラスの体にも伝播し、自然発火してしまっていた。
91-11
…あ、あああ…ぁあああぁ…ッ ――炎で包まれたオオウミガラスの体が、揺れた。
その炎の中で、フッとの紫の光と力を失ったオオウミガラスの目は。…だが、
「…ふ、フフ… あのブリキポンコツ…… 遅い、わよ……」
オオウミガラスの体が、彼女の弱点だった炎で包まれ、ぐらり崩れると。
“ツチノコ”を捕らえていた巨大な包帯の手も、火災で崩れる櫓のように崩壊する。
…毛皮が、包帯が燃えて崩れ落ちるオオウミガラスの傍らを――
ゴオオオオッ!! っと。
全高50メートル、総重量156トンの巨体が――地面を叩きつけ、走って。
『――“ツチノコ”、形状認識ロック・オン! 安全装置、解除!!』
『――もう停車は無理だ! 赤城ぃい! やっちまえ!!』
ビッグガードの巨体が――シオマネキのようにいびつな右腕を振り上げた。
ガァアアアアアアン!! と。その右腕の先端のクローが『目標』を捕らえた。
『――捕まえたぁあああ! 百井さん! コアのスキャンを…はやく!』
ぴぎゃあああああッぁああああ “ツチノコ”が巨体を震わせ、吼えた。
破孔に、その巨体を半分まで潜らせていた“ツチノコ”は――
91-12
怪物は、ビッグガードの右腕対策武装『ノットバスター』のクローで、ガッチリと
その巨体を、顔と、口に当たる円筒部を捉えられていた。
『――コアの走査、開始…! …くっ、大きすぎる…! 走査範囲が…』
『――バッテリー残量、7…! まずい、途中でエンストする…!』
『――はやく、早く…! くそ…! クローが持たない、こじ開けられる…!』
“ツチノコ”を捉えたビッグガード、だったが…怪物の巨体とその猛烈な力は、
バッテリーじかけのロボットの腕をきしませ、ズルズル、地面へと潜ってゆく。
…その傍らで――
「……まに、あったの…… …いえ、もう…………」
全身を炎に包まれ、サンドスターの粒子を散らせながら…オオウミガラスは、
二つの巨体が雌雄を決するのをその霞んだ瞳に映し、閉じようと…そこに。
いままで、地面の窪みにずっと隠れ逃げ回っていた…一人の、ヒトの男が。
「…う、海ちゃあああん…!」「…! あ、あ…だめ…この、甲斐性、なし…」
オオウミガラスのマスター、新世紀警備保障社の丸出社員が…
彼の妻でもあるオオウミガラスに、燃え崩れるその体をガッチリ、抱きとめる。
91-13
「…だめ…だめ…あなたまで、燃えて…しま……」
「…ごめん、ごめん…! 俺、何も出来なくて…! 海ちゃん、海……」
…ああ……と。
汚れきった丸出の作業服にも火が燃え移り…彼女のの夫を突き放そうとした
オオウミガラスは、その力ない腕で…愛しいヒトの男と抱き合って、崩れ――
――音は、しなかった。
一閃、という言葉はその時のために作られた。そんな、白刃の疾走りであった。
「……!? あ…あ……」「あ、あれ?」
オオウミガラスと、丸出の体を包み込んでいた炎が。燃えていた毛皮と作業着が
一閃で、バラバラに切り裂かれて飛び散り――そこには。
「…。――またつまらぬものを斬ってしまった。…だったっけ、こういうときは」
パチリと。居合で抜き放ったサーベルを鞘に戻した凛々しいフレンズの姿が。
絶滅種フレンズ、サーベルタイガーの立ち姿があった。…そして。
毛皮と。作業着と下着も切り飛ばされ、夜に愛し合うときのような裸体になった
オオウミガラスとヒトの男が…抱き合ったまま、地面にへたり込んでいた。
91-14
「……。ベル、あんたどうして――」
助けられたオオウミガラスの、信じられない、という声と目に。
「…米軍に、新型フレンズを納入する便に混ぜてもらったの。長旅で退屈だったわ」
けちょんと、天気の話でもするように言ったサーベルタイガー。彼女は、上空で
彼女を投下し、旋回しながら地上のセルリアンを制圧するオスプレイを指差した。
――その、彼女たちの間近、頭上で。
ゴゴゴゴゴゴ…!! バキバキバキィ…!!
巨大ロボットと、巨大な怪物“ツチノコ”の対決が――
『――百井さん! まだ!? くぅう、クローが外される…!』
『――バッテリー残量、5…! …まずい、頭部センサーがセルリアン侵食…!』
“ツチノコ”の巨体を捉え、抑え込んでいるビッグガードのボディ、関節の
そこかしこから軋んで剥がれた塗装、断裂したシリンダーの油が飛び散る。
『――待って…! どこ、どこ…!? このバケモノのコアは……』
ビッグガードのセンサーが、残されていた電圧で“ツチノコ”の巨体をスキャン、
セルリアンの弱点であるコア、『石』を貫くために…1秒、2秒……
91-15
そのビッグガードの巨体に、眷属のセルリアンが無数に取り付き、足元から
這い上がって侵食を開始する。もはや、近接防御の電圧は――残っていない。
『――ちっくしょおおお! こうなったら 勘。 だあああッ』
パイロットの赤城社員が操縦席で叫び、杭打ち機のレバーに手をかける。
――そこに。
ぴぎゃaaaあああッ アッアッアアア “ツチノコ”の巨体が、たじろいだ。
ギョロっと、ビッグガードを見据えていた“ツチノコ”の単眼の一つが…
突然、撃ち抜かれて潰れ、ドロッとした汚液を流して潰れる。
…何処からからの射撃は、正確に……“ツチノコ”の目を狙って、潰してゆく。
この決戦の場から、1000メートルほど離れた風上の岩陰で。
「……ふふふ。あのヒトは来るな、って言ったけど。こんな楽しそうな…こと」
岩陰に潜んでいたのは――岩沙漠の岩盤に溶け込む、美しい毛皮の小型ねこ。
狙いをつけた大きな弩弓を放ち、ぬん、と脚と腕のちからで弦を引いて。
動物の脊椎骨で作った弾丸を撃ち、遥か彼方の“ツチノコ”の目を正確に射抜く
そのフレンズは…スナネコ。
91-16
ひぃぎゃあぁあああぁaaa!! いくつもの目を潰され、“ツチノコ”が吼え。
単眼が崩れ落ちたそこには、セルリウムと溶岩の汚液が残った穴が、残る。
――そこに。質量が減損し、呑んでいたシールドマシンの骨格が露出した、
“ツチノコ”の体内に…電子の網が走って。
『――…!! 見つけたァ! “ツチノコ”コア、走査…! ロック…オン!』
『――バッテリー残量、2…! 赤城ぃいいい!』
『――うぉおおおおおお!! くらええええええ!!』
ビッグガードの左腕が振り上げられ、その先端のフライホイールが高速回転。
巨大な歯車のコマは、“ツチノコ”を捉えているいびつで巨大な右腕――
対セルリアン用リニア式杭打機『ノットパニッシャー』に接続――
その瞬間――『ノットパニッシャー』、直径122センチ全長18メートルの
硬化ケラチン製パイル、長大な杭が――加速され、打ち出される。
ぴぎゃぁああああああ!!!! 右手のクローが破断する瞬間。
音速の2.5倍まで加速されたパイルが――“ツチノコ”のど真ん中を貫いた。
その杭の先端は、怪物の体内にあった『石』を……捉えた。
91-17
自動車ほどもある赤黒い宝石が――硬化ケラチンの杭で貫かれ、粉砕。
ガァアアアアアアン!! と。杭が撃ち放たれた轟音が……世界に、放たれた。
――その轟音で、世界が凍りついたような……その一瞬。そして、次の一瞬。
“ツチノコ”は、もう吼えなかった。もう、動かなかった。……否。
“ツチノコ”は、もうこの地上、地球に存在していなかった。
――『石』を砕かれ、撃破された“ツチノコ”は。
その巨体が、表面から、体内からバラバラと崩れ。内部に溜まっていたどす黒い
セルリウムを散らしながら…待機中へと拡散してゆく。…同時に。
ごおおおぅ! と。“ツチノコ”の巨体に溜め込まれていた灼けた溶岩流が
破孔に流れ込み、巣穴を、その先にあったパーク・キャッスル地下施設を、
稼働直前だったラビリンス、地下迷宮アトラクションを埋めていった。
…同時に――主を失った眷属のセルリアンの群れは。
追い詰め、呑む寸前だったフレンズたちの前で動きを止め、地面に、大気に溶け。
91-18
散っていき…地面を、世界を埋め尽くしていたセルリアン群は……消失する。
そして――
…戦いが、終わったそこには。
「……」「……あ、あれ」「終わった…?」「生きてる、生きてるね……」
「うぉおおお! セルリアンめ! 逃げやがって! どこだあああ突撃!!」
フレンズたちが、呆然とし、まだ戦いが続いていると錯覚し…
その彼女たちの眼前では――
もはや、『それ』は廃墟のように…微動だにしていなかった。
電圧が完全に消耗した巨大ロボット、ビッグガードは。“ツチノコ”が呑んで
いたトンネル掘削シールドマシン、破孔に落ちかけたその巨大な円筒を
右腕の杭で貫いたままの体勢で…なにかのモニュメントのように、停止していた。
「……お、終わった?」「……。はあああ……」「…………よくやった、赤城」
もはや、ビッグガードは機内で通話する電圧も残っていなかった。
その周囲を、上空で米軍のオスプレイが旋回、地表を監視し――
セルリアンが消え、砂塵が舞うだけの荒野に…フレンズと、ヒトたちが立っていた…
キョウシュウ島死闘篇 エピローグへつづく
92-1
「…セルリアンどもが」
「…消えちまった、あんなにいっぱい、佃煮にするくらいいやがったのに」
「…セルリアンの気配も、しないよ。…いなく、なっちゃった」
――ジャパリパーク、キョウシュウ島西部。砂漠地方の一角では…。
まだ陽の高い、砂塵混じりの青空の下で。ヒトとフレンズたちが…。
戦いを生き残った、自衛隊員たちと。彼らを助けに来た米国海兵隊と。
おなじく、駆けつけたパーク職員のミライ博士と。
そして…ヒトとともに、パークを守るために戦っていた数多くのフレンズたちが。
「セルリウムセンサーの反応、微弱。――“ツチノコ”の消滅で、眷属の
セルリアンたちも消滅しましたね。皆さん、もう安心ですよ」
フレンズ、そしてジャパリパークを夢見ていたフレンズマニアだったら、
その姿はおそらく知っている――旧世紀の探検家の姿をモチーフにした服装の
パーク職員、ミライ博士が眼鏡の下の瞳を細くほほ笑ませ、伝える。
…まだ、自分たちが助かったとは――
…まだ、あの“ツチノコ”が撃破されたとは理解しきれていない男たち――
92-2
半年に渡るキョウシュウ島の調査と滞在でくたびれ、そしてこの激戦の中で
ぼろぼろになった自衛隊員たちが…それでも、しっかりと立つ男たちは。
「…あのブリキのポンコツ、やった…! やりゃあがった…!」
「…“ツチノコ”を…潰した、勝った… 勝ったのか、俺たちは……」
彼方に、砂塵の向こうに見えるキャッスル、その麓にある――
奇妙なモニュメントのような、人型の…もう、動かない『それ』を…見る。
超巨大セルリアン“ツチノコ”を撃破した、大型ロボット。
直立型特殊車両“ビッグガード”は、その武装の巨大な杭で“ツチノコ”を
貫き、セルリアンを撃破、呑まれていたシールドマシンの残骸へと帰していた。
「…渡嘉敷二尉、俺たちは…!」
「…ああ、勝った、勝ったぞ…! 生き残った、んだ…。……先生――」
呆然としてしまっていた彼らだが。
周囲で、彼らを救援に来た米国海兵隊の車両が動き出し、海兵隊員たちが
駆け寄って来ると…再び、兵士に戻る。
「…ムート曹長! 負傷者がいる、救護をたのむ…!」
92-3
その兵士たちの周囲では――戦いに生き残ったフレンズたちが。
「…う、うわあああん! やった、やったよおお! …ぅ、ぅうう」
「…かった? 勝ったの、私たち…ねえ、ねえ、ほんと!?」
「…うそみたい、みんな…。…みんな、大丈夫!?」
「…ミライさあぁああん! 帰ってきてくれたんだね!」
「ええ、そうよ。…みんな、怖い思いをさせちゃって…ごめんね」
地面にへたり込んで、泣き出したり。フレンズで手を取り合って跳ねたり。
ミライ博士の回りに集まって、笑顔や涙で顔をクシャクシャにしたり。
そして、それは――
この場所から数キロ離れた、キャッスルの麓。この戦い『スサノオ作戦』の
勝敗を分けた、“ツチノコ”の巣穴周辺でも同じだった。
「ちくしょお!セルリアンめ! 恐れをなして逃げるとは!突撃し足りねえ!」
「…空の子たちはだいじょうぶ? ケガした子はいない? ねえねえ」
「…うわ、あっつい!熱っ!なにこれ、“ツチノコ”から流れ出したの…」
「それ、溶岩ってんだよ。触るとだめだよー、燃えちゃうよー」
92-4
最終防衛ラインを張っていた猛者フレンズ、最後の3秒を稼いだ小鳥フレンズ
たちが集まって、抱き合い、手を取り合い、笑ったり泣いたりするそこへ。
キャッスルの地下にある迷宮アミューズメント、ラビリンスから非常通路を
使って地面に戻ってきたシマスカンク、マダラスカンクも輪に加わる。
「無事だったんだね、ふたりとも!!」
「おうよ。オレたちコンビがあれくらいでやられるかーい。…ちょっと怖かった」
「地下にいたセルアリンの群れも、ボクらの 瞬殺無音 で全滅させたよ~。
そしたら、上から溶岩がどばーって!びっくり! 迷路の入り口埋まっちゃった」
その、喜びに湧くフレンズたちの群れから、離れた場所では…
着陸したオスプレイから降りてきた海兵隊のハンヴィーが2台、周囲を警戒し
海兵隊員たちを展開させ――救護隊員が、素っ裸で抱き合い、地面にへたり込んで
いたオオウミガラスと丸出社員に毛布をかけ。二人の状態をチェックする。
「…私なら大丈夫、フレンズですから。毛皮がまだ再生中ですがお気遣いなく…」
「…う、ぅうう! 海ちゃあああん! 俺、俺、おれぇえええ…」
「…泣くんだか吐くんだかどっちかになさい、この…甲斐性なし、…あなた…」
92-5
その、はるか上空で――
奇妙な形のモニュメントのように。“ツチノコ”を捕らえてノットパニッシャーの
杭で貫いたときの攻撃態勢、そのままで――バッテリーが完全に消耗し、不動の
人型と化していた全高50メートルのロボット、ビッグガードの操縦席で。
「……!! やったあああ!! 初陣、大成功! 勝った、やったぞおお!
百井さん、蒼山ァ! やっぱりビッグガードは最強だよ! うぉおおお!」
「ちょっと、赤城くん! 危ない! 落ちるわよ!! …ふう、でも――」
「…マジで、やりゃがったあの野郎。…赤城、おまえには負けたよ。ははは…」
ビッグガードのパイロットたちが、三ヶ所の操縦席でハッチを開放し。
非常降車用のワイヤーラダーに身を預けながら…戦いの荒野を、見ていた。
その彼らの目に、西の方向からフレンズ牽引ではなく自走してくる三台の車両、
ビッグガード用の大型トレーラーと護衛フレンズが走ってくるのが映る。
「…まずは充電しないと。百井さん、脚部コネクター。生きていますかね?」
「…ムリムリ。スキャンも出来ないのよ。…あーもう! 赤城くん、危なーいっ!」
――新世紀警備保障社の対セルリアン用ロボットと操縦士たちは任務を果たした。
92-6
そして…キャッスルからは離れた、自衛隊員たちの回りには。
オスプレイの母艦『ブルー・リッジ』の僚艦『イオー・ジマ』から急行したヘリ、
CH-35シースタリオンが爆音と暴風とともに荒れ地に着陸していた。
「…ムート曹長、ミライ博士! こちらには負傷者がいます…!」
激戦でぼろぼろになった自衛隊の高機動車に、シースタリオンから降り立った
救護隊員たちが駆け寄って、自衛隊員たちとともに負傷者を降ろす。
最初は…もっとも重傷の妹毛三曹が降ろされ。意識のない彼にメディックが
手早くセンサーを取り付け、注射と点滴を行う間にその体は担架で運ばれる。
「…としあきさん! …としあきさん、おねがい、おねがい…!」
その妹毛の担架には、恋人のフレンズ、ミドリガメが必死になってしがみつき…
ムート曹長は英語で何事かをメディックに伝え、担架にミドリガメを同行させる。
そして、自分で動ける負傷の自衛隊員たちにメディックが付き添い、そして。
「…!! Jesus…!! ああ、なんてことだ――女王、俺です…!! ああ…」
さすがの、ムート曹長の顔が崩れ、声が漏れていた。
92-7
高機動車から、自衛隊員、そしてフレンズたちに囲まれて…
離れず付きそうミナミコアリクイよりも、小さく見えてしまうフレンズが。
戦塵と泥と、出血に全身が汚れたフレンズが…だが。このキョウシュウ島の女王が
ゆっくりと降ろされ、担架に乗せられる。そして、フレンズ専門のメディックが
その担架に取り付き、同じく、眼鏡の下の瞳を険しくしたミライ博士も付きそう。
「…まって。サンドスター注入はこの島では無意味よ。まずは止血を――」
ミライ博士がメディックに助言し、オオアリクイの体を貫き、引き裂いていた
肩口の傷に止血帯を押し当てる。その傍らでは、柄にもなくうろたえたムートが
「…ああ、女王…! 博士、彼女は…大丈夫でしょうか、助かりますか…」
「…ええ。私がいるのに――フレンズの子を、元の体に戻したりはしませんわ」
ミライ博士は流暢な英語で言って、ハッとするほどの美人顔で、だがハッキリと
言い切ると。メディックに専門用語を伝えつつ、担架をヘリへと… そこに、
「……。ぅ……ぅう、目が…」
担架の上で、オオアリクイの体がわずかに動き、唇が震えていた。
「…見えない、が。聞こえる… ミライ、はかせ…? ミライ、さん…」
92-8
その女王、オオアリクイの声に。ミライ博士は、フレンズの手をそっととる。
「……ええ。私よ。食いしん坊さん。…かわいそうに、こんなになって…」
「…はか、せ…。…私は、わたし、は……」
オオアリクイの顔が、声の方に動いて…声が、震えていた。メディックがそれを
止めようとするが…女王は、霞む目でミライ博士を探すように、
「…私は、戦った、ぞ…。ヒトを、ジエイタイのオトコたちを、守護った……」
「……ええ。自衛隊の人は、彼らは全員、無事よ。…あなたのおかげよ」
「…ほんとう、か…。…よか、った…。……はか、せ…“ツチノコ”は――」
……ヒトが、倒したわ。 ミライ博士のその言葉に、女王は咳き込むように。
「…そう、か…。勝った、のか…。ヒト、も…無事。そうか……」
担架に張り付いていたメディックが、ヘリの方に急がせようとする、が。
女王は、ミライ博士の手をひどく小さく見える手袋の手で、握ったまま。
「…な、な…博士、ミライはかせ…。私、は――女王として、島を……」
「……。ええ。オオアリクイちゃん。あなたは…立派な、この島の女王よ。
あなたのおかげで、ヒトは。…この世界は救われた。…あなたは、立派よ」
92-9
「…ほんとう、か…。…ミライ、さん…もどってきて、くれた…ああ…!」
「ええ、私だけじゃないわ。……。…きっと、カコ博士もナナちゃんたちも。
他のスタッフも。パークのお客さんも、近いうちにきっと、ここに戻るわ」
「…カコさん、も…。…トワも、もどるのかな……」
「……あなたは、私の自慢の子。あなたに遊園地を任せた、私も鼻が高いわ」
ミライ博士が、ゆっくりとそう告げて。女王の戦塵に汚れた頬を、そうっと撫でる。
「…………。…ぅ、ぅ… ぅ、うわあああ……ん……」
――女王は。
付きそう副官のミナミコアリクイ、他のフレンズたちがいるのも構わず。
子供のように、外観の年相応の女の子のように――初めて、泣いた。声を上げて。
その女王を、ミライ博士は覆いかぶさるように抱きしめ、そして離れ。
オオアリクイをのせた担架も、妹毛に続いてヘリに乗せられた。
シースタリオンは、再び爆音と暴風を荒れ地に叩きつけながら上昇、彼方の海へ、
母艦の『イオー・ジマ』へと高速で飛翔していった。
それを見送っていた、見送るしか無かったムート曹長はミライ博士に、
92-10
「…彼女は、女王は…大丈夫、でしょうか。助かりますか」
「ええ。イオー・ジマにはフレンズ専門のICU(集中治療室)がありますから。
…セルリアン女王との戦いの時は、もっとひどい傷を追った子たちも――」
ミライ博士は、静かにほほ笑んでムートに答えてから。
「失礼を――他の、怪我をしている子を診てまいりますね」
ずん! と得物のクジラの顎骨を荒れ地に突き立てると。
ミライ博士は、高機動車の中で介抱されていたハヤブサ、怪我をした他のフレンズ
たちのほうへ駆け寄ってゆく。そのあとを、ミナミコアリクイや他のフレンズも
磁力で惹かれるようについていき…。
――戦いのあとの、荒野で。
セルリアンが呑んでいた、ヒトの文明の機器、車両や機械などの残骸だけが
ぐるりと散らばる、白昼の荒野で。砂塵と日差しの中で。
周囲を警戒し、調査する海兵隊たち。無事を喜び合うフレンズたち。
…女王を見送って、呆然としていたムート曹長が、ふと、気づくと――
「……。ありがとう。援護と、救援に感謝する。ありがとう、ムート…!」
92-11
装備も失い、野戦服もぼろぼろになった自衛隊員たちが、だが兵士に戻った
男たちが渡嘉敷二尉を先頭に整列し、びしっと、定規のような敬礼をしていた。
それに敬礼で答えたムートは。……数秒、渡嘉敷と視線を交わし。
そして、固い握手を。そして…ガシリコと、男同士の固い抱擁を交わす。
「…助かった。正直、ここで全滅すると思っていたよ。
…まさか、米軍が援護に来てくれるとは夢にも思っていなかった――」
「言っただろう、デク。俺たち海兵隊は、必ず戻ると。
…すまんな、救援が遅くなった。もっと早く来ていられればな……」
「…“ツチノコ”は米軍が倒していた?」「そういうことだ」
分隊指揮官の男たちは笑い合い、お互いの背中を嫌というほどどやしあう。
その周囲で、海兵隊員たちが生き残りの猛者、自衛隊員たちと握手を、撮影を
したがって集まり――さらにその周囲に、さっきまでの死闘はケロッと忘れた
フレンズたちが、きゃわきゃわ、わいわい、物珍しそうに集まる。
パークに、島へと降下した海兵隊員たちは。戦地がパークと知っていた男たちは
こっそり持ち込んだお菓子やおもちゃをフレンズたちに振る舞って…沸かせる。
92-12
そこに――
シースタリオンの爆音が消えていた青空、上空でふわりと風が動くと。
わざと翼のはためきの音を立てながら、戦闘装備に身を包んだ米空軍のフレンズ、
ハクトウワシが男たちの輪の中に降下する。
にぎやかだった海兵隊員たちが、瞬時にビシッと整列、敬礼する中。
渡嘉敷二尉も、ハクトウワシの襟章が四本線、大佐のものなのに気づき、
「…なるほど、キャプテンか。――総員、整列! 最敬礼!」
自衛隊員たちも敬礼する中、ビシッと粋な敬礼、そしてウィンクをして見せた
ハクトウワシの背後に、少し遅れて海兵隊のマム、オウギワシも降り立った。
「JSDFのミナ=サン。ご無事でしたか。到着が遅れて、ソーリィ。
でも…この、ジャスティス・イーグルが来たからにはもうノープロブレム。
すぐに、本隊も上陸します。あとは、われわれにオマカセあれ」
「……自衛隊、第二次パーク調査隊、分隊指揮官の1LTトカシキです。
米軍の援護と救援に、感謝いたします。……。この援護は、もしや」
発言していいものかどうか、迷った渡嘉敷の声に――
92-13
ぽん、と渡嘉敷の肩をたたいたムートが、
「そのあたりは、差支えのないところだけ俺が説明しよう。よろしいですか大佐」
ムートの声に、ヨシ、とハクトウワシが笑ってうなずき。背後のオウギワシが
耳打ちした言葉に、何事かを返事する。ムートは、渡嘉敷にそっと耳打ちし、
「…あの大佐殿は、難しいお話は少し苦手な方でな」
「…なるほど。しかし――助かった。重ねて、礼を言う。…が――米軍は…。
どうして、またこの島に? もしや、再度のパーク侵攻が決定されたのか」
どうしても不審の色が声から消せなかった渡嘉敷の声に、ムートは笑い。
「なにを言っている。俺たちは――日米安保軍の戦友だろう、忘れたのか?」
……?? という顔になった渡嘉敷、自衛隊員たちに。
「…俺たち、第二次調査隊の海兵隊がステイツに戻って――
ここにまた戻るのに、ひどく時間がかかっちまった。俺たちはパークの現状を
報告して、“ツチノコ”の脅威と“マウント・フジ”の危機を知らせたさ。
本当は、すぐにでも助けに来てやらなきゃならなかったんだが…
ステイツの議会が揉めにもめてね。…だが! 俺たちは戻ってきたぞ」
92-14
「…まってくれ、ムート。米軍が動いたのは、わかるが…日米安保軍、だと?
それは、パークの海上封鎖が解かれた時点で、もう――」
「ハハハ。議会で一番もめたのが、そこさ。
――パークは、サンドスター鉱床であるキョウシュウ島の火山は、ヒトの手で
確保する必要が、ある。中国が動いているのが確認された今、アメリカは
先手を打つ必要があった。それだけのことさ」
「…この作戦は、米軍の独断、なのか――」
「俺はしがない下士官だが…どうやら、そのようだぜ。ニュースは見るからな。
ステイツは、キョウシュウ島の確保を日本政府に訴えていたが…
日本政府は、お得意ののらりくらり、遅延戦術を繰り返していてな。
島に取り残したおまえたち自衛隊のことも、無かったことにしたかったようだ」
「……まあ、そんなところだろうな。民間企業の新世紀が介入していなかったら
俺たちなど、完全に打ち捨てられていたよ」
「そのネオ・ジェネシス・カンパニーがステイツに情報を流してくれたのさ。
“ツチノコ”の脅威もね――だから、やっと世論と議会が動いた」
92-15
「……。もしかしたらムート、おまえも…無茶をしたんじゃないのか」
「さあな。まあ、下士の曹長の年金が吹っ飛んでも、世界とフレンズのためだ。
……トカシキ。よくぞ、無事でいてくれた。
この島に、おまえたち自衛隊員が、日本人が一人でも生きて立っていた――」
…? どういうことだ? 質問しか口にできない渡嘉敷二尉に、
「言っただろう。俺たちは、日米安保軍のパーク派遣軍、だ。
“ツチノコ”を撃破し、パークを確保したのは…日米安保軍、だ」
「……。だが、日本政府は―― …まさか」
「ああ。俺たちがここに上陸した時点で、トカシキ、お前たちが全滅していたら
これはステイツ、米軍だけの作戦行動だった。…だが――」
また、ムートは渡嘉敷の背をばんばん叩いて、強く抱擁した。
「…よくぞ、生き残ってくれた。俺は、死体袋の回収なんぞしたくなかったぞ!
おまえは、おまえたち自衛隊員は――よく戦った、生き残った。
おまえたちは、お前たちを捨てた日本を、日本の国益を守護ったんだぞ…!」
92-16
「トカシキ、お前たちがこの島を確保し続けていた――
俺たち米軍は、それを救援した。日米安保軍は、ステイツと日本の安保は健在。
日本政府は今ごろ、あわくってこの島の、サンドスターとフレンズの権利確認で
大慌てだろうさ! …トカシキ、腹も立つだろうが。おまえたちは、やったんだ。
――おまえたちはやり遂げたんだ、サムライ! …今度は、島を守りきったな!」
「……! 馬鹿野郎この野郎。嫌なジョークだ、もうアニメの円盤貸してやらんぞ」
「ハハハ、もうかまわんさ。ネット配信で見るからな」
「じゃあ2000年代のアダルトゲームと、フレンズの同人ゲームはもう貸さん」
――そいつは困る。ムート曹長は、渡嘉敷二尉と手を取り合い…笑う。
生き残り、負傷も軽かった自衛隊員たちは…
荒れ地にへたり込んだり、武装を失ってせいで手持ち無沙汰だったりして、
海兵隊員からもらった超がつくひさしぶりの煙草に目をとろけせたり…していた。
その男たちの上空、砂塵の届かぬ青空で。
にゃぁああああああん ――ん? と。空耳のような音が響いて、消えた。
捧げた水と、羊羹のことなどすっかり忘れている士官、二人。
92-17
その男たちの群れの中、それを取り囲み、入り混じってきゃわきゃわかしましい
フレンズたちの輪の中で――最初に、目のいい小鳥フレンズたちが気づいた。
「…? ねえ、あれ。誰か来るよー」
その声に、ヒトの男たちの目が動き…その中で、最初に渡嘉敷二尉が、気づいた。
「……!! ……先生……っ!!」
その声が終わらないうちに、渡嘉敷は――自衛隊の士官ではなく、一人のオスに
なって荒野を走り出していた。ぎょっとした部下とフレンズを残し…
…先生!! 走る渡嘉敷の前方には。
…砂塵にかすみ、日中の陽光であぶられ陽炎が揺れる岩沙漠を進む、人影。
…黒っぽい、しなやかな姿。少しよろめくように、歩く…一人の、フレンズ。
「――……。ああ…。渡嘉敷くん、みんな…。…よかった、無事なんだね――」
「あ、ああ……!! 先生、タイリクオオカミ先生も、ご無事で……!!」
少年のように走り、泣き出しそうな少年のような…声で。オスは、走る。
一人、荒野を進んできた狼は…
まだ野生解放で飛び散った毛皮、服がところどころ修復されずほつれたままで…。
92-18
脚もまだ、上手く歩けずよろめき。怪我、どころか千切れていた右腕には
オイナリサマから頂いた白布が痛々しく巻かれ。美しく豊かだった髪は、
タテガミの残滓が残って寝癖のようで…ヒトのオトコどころか、フレンズも
数多、魅了し恋に落としていた美貌の顔、そこにも戦いの汚れが残り、
「…渡嘉敷くん、みんなも無事なんだね。…よかった、本当に良かった……」
そればかりか…焼けただれて顎骨と眼窩が覗いていた顔の半分は未だ修復中、
人面魚からもらったひょっとこのお面で、顔の半分と蒼い片目を隠していた。
その、狼。自衛隊員を逃がすため、無数のセルリアンの前にしんがりとして
残った狼は――お互い生き残ったヒトの男と向かい合い、
「……先生ッ……!! …………。よくぞ、ご無事で――」
渡嘉敷は、恋していたフレンズに抱きつくモーションの途中で…人前のせいか、
童貞の限界か、それとも別の理由か…ガクッと体を停めて、硬直する。
「うん? 渡嘉敷くん」
「…ぅ、ぅう……。その。…あなたのおかげで、俺たちは全員無事…! !?
せ、先生、まさかお怪我を…? その顔は……あああ……まさか――」
92-19
狼は、自分の前で急停止し、うろたえたヒトのオスに…片目で、ニコリと。
「さすがに、無事では済まなかったが…大丈夫。私たちフレンズは、パークの
サンドスター濃度ならコレくらいは、じきに元通りさ。…ああ、これ」
狼は、顔の半分を隠しているお面を、手袋の指でちょいとつつき、
「これでも私だって女子だ。…好きだと言ってくれた男子には見せられないものも
あるからね。……だから、だいじょうぶだって。じきに治る」
もう、渡嘉敷は…口が、喉が、声帯が。気持ちを声に出す機能を失っていた。
「…ん。――渡嘉敷くん」
狼は、チラと渡嘉敷の背後…こちらを注視している自衛隊員、海兵隊の男たち、
そしてフレンズたちの視線を見、少し小首をかしげて髪を揺らしてから。
おいで ――小さく、両の手を広げた。
キョウシュウ島で死地をくぐり抜けてきた自衛隊の士官は、抵抗できずに
フレンズ、タイリクオオカミの豊かな胸に飛び込んで抱きしめられて、いた……
――“ツチノコ”が撃破されて、しばらく。と言っても、数時間。
92-20
キャッスルの地下施設、迷宮アトラクション『ラビリンス』と通路、バイパスをも
掘り抜き穿っていた、“ツチノコ”の巣穴、その破孔。
そこには、“ツチノコ”撃破と同時に怪物の体内に溜め込まれていた溶岩流が
溢れ出し、通廊を埋め、施設を外界から隔離された本物の迷宮にしてしまっていた。
いまだ、溶岩の灼熱が残るその通路、迷宮の一角に――
「…うわあ。このお城、見たことはあったけど。中がこんなにオモシロとは~」
照明が失われた暗がりの中を、毛皮も美しいフレンズ、スナネコが散策する。
そのねこが、ふと…何かの“気配”を感じて足を止めた、そこに。
「……。…ぅえええ、ぶえ、ゲハっ、ぺっぺ、なんじゃあこりゃあああ!?」
溶岩流の外れ、押し倒された自販機の陰に… 一人の小柄な少女が。いた。
「あれえ? あなた、だあれ? もしかして、あなたもフレンズなのですかー」
「はぁあああ? 見りゃわかんだろ!! ツチノコだよぉ!!」
あの日あの時あの場所で 君に会えなかったら… それでも…何度でも巡り合う
セルリアン大壊嘯の起爆剤が、日本でも秒読みを開始するまで――あと178日……
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