路地裏のお嬢様

折口 つかさ

第1話 路地裏のお嬢さま

 カーテンの隙間から入って来る太陽の光で目が覚めました。私は朝起きて最初にする事は、身体を動かす事です。太陽の日を浴びながら背筋を伸ばすと、とても気持ちが良いのです。

 あまりの気持ち良さに思わず、大きなあくびが出てしまいました。


「やだ、私ったら。お義兄にいさまに見られてないかしら?」

 

 我ながら恥ずかしい限りです。幸いにも、この部屋には私だけの様です。唯一ある物として、本棚が隅っこでひっそりと佇んでいるだけです。本棚には難しそうな本が所せましと並んでいますが、私は読んだ事がありません。

 私は誰にも見られてなくて、ホッとしました。


「良かったぁ。お義兄さまは、まだ寝ているようですね」

 

今度はお構いなしに大あくびをして、思いっきり背中を伸ばします。眠たい目をこすり、ようやく目が覚めました。


「それにしても、お義兄さまはいつまで寝ているのでしょうか?」

 

 お義兄さまは平日だろうと休日だろうと、決まった時間に起きては朝食を作ります。そして、私の分のごはんが出来たら、起こしに来てくれます。それが嬉しくて、二度寝、三度寝としちゃうんですよね。


「いつまでねているんだ!」


 と怒られながら起こされたところで、ようやく私は起きます。それでも、毎日起こしに来てくれるのがお義兄さまの優しい所なのです。

 とはいえ、お義兄さまにだって完璧ではありません。時にはお寝坊をする事だってあるのです。そんな時は、私が起こしに行くしかありません!

 お義兄さまの寝顔なんて、めったに見れるものではありませんから。

 以前に何度か、お義兄さまの見たくて、寝入るまで起きておこうと試みた事がありました。

 しかし、お義兄さまは毎日、夜遅くまで学校の勉強に励んでおられ、少し無理して入った学校らしく、バイトのかたわら、一生懸命勉強をしているのです。

 時間がある時に少しだけ遊んでくれますが、お勉強やバイトが忙しい時の方が多いので、かまってくれません。

 気を引こうと隠れてみたり、甘えながらすり寄ったりしてみるのですが、


「あとでね」


 と、優しく一蹴されてしまいます。大人しく待っていると、いつのまにか睡魔に襲われ、私の方が先に寝てしまう有様です。これでは、寝顔を見る事なんて出来やしません。

 そういえば一度、真夜中に起きた事がありました。その時はトイレに行きたくて目が覚めたのですが、帰りにお義兄さまの部屋を見ると襖が少し開いていました。

 覗いてみると電気が消えていて、布団で寝ているお義兄さまがいるではありませんか!

 千載一遇のチャンスに胸の鼓動が高まりました。起こさない様に部屋へ忍び込みます。ゆっくり、ゆっくり・・・ 近づいていきます。

 電気は消していて暗いのですが、私は暗くても目が利くので関係ありません。寝ているお義兄さまの顔を覗くと、布団に潜り込んで丸まって寝ています。

 これでは顔がよく見えません。布団をたたいたり頭を触ってみたりしたのですが、


「うーん」


 と唸るだけで、何の成果も上げる事が出来ませんでした。結局、この時は諦めて部屋を出て行ったのを覚えています。

 そして今、神様が与えたくれたチャンスかもしれません。という訳で、いざ行かん。お義兄さまの部屋に乗り込む為に向かいましょう。

 何だか、お姉さんになった気分です。いつもお寝坊ばかりしている弟を起こしに行く、みたいな感じでしょうか。

 お義兄さまの部屋は六畳ほどの広さをしています。私が今いる部屋とは隣どうしで、襖で仕切られています。

 あとはリビングにキッチン、お風呂、トイレがあり、一人で住むには少し広い様な気がします。

 襖の前に来ると私が通れるほどの隙間が開いているではありませんか。静かに隙間を通って入り、起こさない様にソロリ、ソロリと進みます。静かに入るのは私の得意技です。

 布団の近くまで行き、様子を見ます。まだ、静かに寝ていらっしゃいます。


「ふふふっ」


 なんて可愛いらしいのでしょう。もう、我慢が出来ません。私は思いっきりお義兄さまの胸元に飛び込みました。なんて軟らかい感触かしら。お義兄さまにしては軟らか過ぎる様な気がします。

 次は甘えてみましょう。布団の上からモミモミ、マッサージをする様にモミモミ、まだ、お義兄さまは起きません。お婆さんを呼んで一緒に起こしましょう!

 って、私はお爺さんじゃありません! それにお義兄さまも大きなカブだったりしません!


「あう~、私ったら・・・」


 朝から変なテンションになってしまいました。お義兄さまが起きたらどうするのでしょう?

 さいわい、お義兄さまが起きる気配がありません。といいますか、人の気配がない様な気がします。余りにも静かなので気味が悪いです。

 こうなれば、布団に潜り込むしかありません。布団の足の方にそっと近づき、布団の中に入ります。

 そのまま進めば、お義兄さまの寝顔が見れるはず、だったのですが、そのまま布団から出てしまいました。

 布団の中は空っぽで、今、私は布団から顔だけを出している状態なのです。はたから見れば可愛らしいのかもしれません。


「はぁ~」


 お義兄さまはいませんでした。

 ただ、お義兄さまの温もりがかすかに残っています。布団に頬を擦り付けたり、匂いを嗅いだり、至福の時間です。

 ついつい微睡んでしまいます。

 って、そんな事をしている場合ではありません。布団の中は空っぽ。どうやらお義兄さまは私が寝ている間に出かけて行ってしまった様です。

 残念です・・・ テンションがダダ下がりなのです。早くお義兄さまの胸に飛び込みたい、頭を撫でてもらいたい。考えれば考えるほど、胸が苦しくなるのです。


グーーー、・・・


 いろいろと考えすぎたせいでしょうか、お腹が鳴ってしまいました。腹が減っては戦ができぬ、であります。とりあえず、お腹を満たす事にしましょう。

 


私はリビングに向かいました。リビングに入るといい匂いが漂っています。その匂いを辿って行くと、朝食の用意がしてありました。


「私、魔法を使ったかしら?」


 そんな訳もなく、お義兄さまが用意をして下さっていたのです。私は嬉しくなってしまいました。

 私はお行儀よく座り、水を飲んで喉を潤しました。そして朝食です。ゆっくりと味わいながら食べます。いま流行りのスローフードってやつです。

 もし、お義兄さまが今いたら、コーヒーを飲みながら私が食べている姿を眺めている事でしょう。

 

恥ずかしい・・・


 これがいつもの朝の風景なのですが、やめて欲しいものです。でも、お義兄さまはすごく嬉しそうな顔をするので、怒るに怒れないのです。

 いつしか、すっかり平らげてしまいました。もちろん、一粒もこぼさず、残しもしていません。

 背伸びをしながら、大欠伸をしました。誰にも見られていないと分かっていると、ちょっと大胆になってしまいます。

 私は寝ていた部屋に戻り、お気に入りの場所に座ります。そこには座布団が敷いてあり、日中は日差しがちょうど当たって心地良いのです。

 そこで私は、身なりを綺麗に整えていきます。これは習慣なのです。毎日、朝、昼、夜と欠かさずにやっています。

 それが終わると、次は顔を洗います。きれい好きな私ですから、念入りに行います。

 最後に爪の手入れです。よく磨いて万全にします。



 しばらくボーとしていました。部屋の中を歩き回ったりしてみました。小さなボールがあったので、転がしては追いかけ、追いついたらまた転がし、また追いかけを繰り返して遊んでみました。

 何回か続けている内に、


「何が面白いのでしょうか?」


 と感じになったので、やめました。

 たいしてする事も無く、ゴロゴロしていました。

 寝転びながら、窓の外を眺めました。

 突き抜ける青空、見事な快晴です。心地良い温もりが、窓を抜けて伝わってきます。

 でも、なぜでしょう。散歩日和だというのに、そんな気分にはなれません。

 そうか! まだ、お義兄さまの顔を見ていないからです。心にぽっかりと穴が開いていて、その穴に冷たい風が吹き抜ける。そんな感じです。

 大げさだと思うかもしれません。でも、私にとっては大事なことです。そう思ったとたんにだんだんと不安が広がりました。


 捨てられた・・・


 そんなの嫌です! 嫌に決まっています。早く帰って来てっ・・・ そう願うしか私には出来ないのでしょうか?

 私が嫌いなものは、雨と寂しい事です。帰ってくる事が分かっていれば、遅くても平気なのですが、黙って出ていかれると耐えられません。

 もう、あの時と同じ思いをするのは嫌だ。お義兄さまを探しに行く事にした私は家を飛び出しました。あてはありませんので、散歩コースを通って知り合いに訊いて回るしかありません。

 午前中の空気は清々しく、澄んでいて気持ちが良かったのですが、今の私にそんな余裕はありません。

 家の前の道に出た私は、いつもの散歩コースへ向かいました。

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