記録
@simotsuma-rairen
第1話 バンドの組み方
昔から音楽に興味はあった。
中学時代、当時大好きだった彼女が海外に転校になってしまったこと、モンスターハンターにはまったことやクラスの女子から陰湿ないじめを受けていたこと、仲の良かった友達が引っ越してしまったことなど、些細なことが重なって重なって、僕は学校がとても嫌いだった。
当時流行っていたゲームで友達と遊ぶわけでもなく、かといって勉学に熱をあげるでもなく、僕がした行為は、病気で小学校の頃から家にいなかった父親が残していった、書斎にある膨大な数のCDを聴くことだった。
父の世代に流行った音楽が主で、僕はひたすらそのCDを漁った、聴き狂った。
聴けば何か変わる、とか、世界が逆転、とか、愛とか恋とか、そんな大層なことは僕に訪れず、気付けば季節は何度も巡って学校を卒業する時期になった。
その頃僕は完全にグレきっていて、眉毛はすべてそり落とされ、卒業式では横で泣く自分の上履きに画鋲を突っ込んでいた不細工な女が泣いているのを薄ら笑いを浮かべて馬鹿にしていた記憶がある。
その後、式を終えて、迎えに来た両親が、「友達と写真を撮りなよ」と無神経にいはなって、「お前に俺の何がわかるんじゃ!!」と、少し涙目になって叫んだことも、残念ながら記憶にある。
両親は寂しそうな、悲しそうな顔をしていた。
僕はその時初めて両親がしっかりとしたスーツを着ているのを見たのに。
それを遠くで見ていたのであろう、近所に住んでいた幼馴染のゆきみちゃんが寄ってきて「大きな声出すなって!一緒に撮ろうよ」と優しく促してくれた。
ゆきみちゃんがピースをして、僕も渋々とピースをした。
僕は結局、初恋の女の子のまりんちゃんとも、大好きで仕方がなかった悠ちゃんとも写真は撮れなかったから、せめて、と、大事な幼馴染の雪見ちゃんの写真は未だに大事に持っている。
結局その一ヶ月後、厄介者でも追い出すように実家から遠く離れた都市に借りられた一人暮らし用の借家と、地元の友人が誰一人としていない荒れた高校が自分の新しい場所としてあてがわれ、僕は見送りのいない船着場から出発したフェリーの小窓から、まだ青い空を眺めながらそこに向かった。
波は白く、雲も白い、青いのは空と海だけという空間を、鉄の塊とその中の僕が掻き分けて進んでいった。
船の中で僕はweezerを聴いていた。
英語は全然わからなかったから、スマートフォンで和訳を調べて聴いた、当時の僕は「情けない歌詞だなぁ」と思っていたけど。
高校に入学する前、僕はもうあんな思いはごめんだ、と思い切って、祖母から「あっちで美味しいものでも食べな」と渡された金一封を、近所の怪しげな古着屋で叩いて、花柄の黒いシャツに、セットアップのジャケットとパンツを購入、さらに長く伸ばしていた髪を剃り込んでパーマをあてた。
高校デビューという単語を知らなかったが、今思えば、これは誤った高校デビューのやり方として後世に語り継がれただろう。
そんな感じで入学初日から(制服だったので購入した服は休日の僕の唯一の私服になった)オラオラと攻めまくった僕は学校では近寄りがたい存在だっただろうが、同時に先輩達に絡まれることもなく、平和なスタートを切れた。
が、同時にとても退屈だった。
中学の頃は野球で失点するたびに服を脱ぐとか、好きな女の子の家にぶら下がっているブラジャーを遠目で見て興奮するとか、そんなことだけで楽しかったのに。
大人になって冷めてしまったのか、友達がいないからなのか、地元を追われたということが思いの外ショックだったのか、僕は完全に物事を楽しむということができなくなっていた。
五月、マイブラッディバレンタインが僕の全てだった頃に彼女ができた。
他校のバレー部の女の子で、マクドナルドにいたのを見かけて声をかけて、その後何やかんやで付き合った。
ショートヘアの可愛らしい女の子で、僕がギリギリ1センチだけ身長が高かった。
足のサイズがでかく、家に遊びに行くたびにそのことを指摘して怒らせていた。
マイブラに彼女が勝り始めた頃、初めてセックスをしたのは付き合って二週間くらい。
彼女、あおいちゃんの家は親が共働きでいつもいなかったから、僕らは高校が終わったらいつもあおいちゃんの家でゲームキューブか僕の持っていた花札をやった。
その日はずいぶんと寒くて、普段は開けていた窓を閉めようということになった。
あおいちゃんがベッドの横にある窓を閉めようと屈んだ時に、僕は急にドキドキしてしまって、黙り込んでしまった。
あおいちゃんに話しかけられても恥ずかしくて、なんだかうまく会話ができず、とてもみじめだったのを記憶している。
あおいちゃんも何か状況を察したのか黙り込んで、妙な空気が充満していた。
僕はこの空気に覚えがあって、中二の時に初めて彼女とことに及んだときのことを思い出して大層焦った。
大層焦った末、僕は結局キスをして、勢いで最後までしてしまった。
避妊具を持っていて、本当に良かった。
家路につきながら僕はものすごい罪悪感に襲われていた。
確かに彼女のことは好きだったし、愛していたと思う。
しかしあまりにも順序がめちゃくちゃではないか?もっとこうなる前に積み重ねるべき何かがあったのではないか?そんなことを考えてばかりいた。
同時にひどくみじめだった。
あおいちゃんの高校はバレーボールがそこそこに強豪で、県でベスト8くらい。
彼女はそこでレギュラーメンバーで、かたや僕はといえば誇れるものは何もなく、唯一誇れることといったら親友がヤクザだからたいていの揉め事は何とかなることくらいだ。
そんな男とあおいちゃんは汗だくでセックスをしたのだ、と考えると、僕は昔読んだクリムゾンのエロ同人誌の汚いおっさんと同レベルじゃないか、とショックで、ビジネスホテルの裏の路地で派手にゲロをぶちまけた。
ちなみに僕は、精神的なショックで吐く癖がある。
家に着くとアマゾンから荷物が届いていた。
届いていたのはニルヴァーナのnevermind。
僕は憂鬱をぶっ飛ばしたくて、ハードな音に身を任せてみた。
何も変わらなかった、音楽なんてこの程度なんだ、と何度となく思ったことに、少し期待してしまっていたのに、がっかりした。
季節変わって夏。
あおいちゃんとは付き合ってしばらく経ってのあの険悪な感じが例外なく訪れていて、デートの予定も未定のまま、終業式を終えた。
そんな時、僕のケータイに着信があった、その時は友達数名とファミレスでパフェを食っていたのを覚えている。
電話の相手は隣の県に住んでいる友達だった。
用件は意外なもので、「お前音楽好きだよな?友達がバンドのメンバーを探しているんだけど、良かったらお前やらないか?」というものだった。
僕は電話に出てくれないあおいちゃんのことや、電話で口論した母親のこと、歯医者に長いこと行っていないことへの不安などが重なって、とりあえず会ってみることにして、次の日の夕方に約束を取り付けた。
その当日。
ファミレスにやってきた彼らは同い年て、実際会ってみると、そのバンドを募集しているという男は非常に態度が悪かった。
店員が持ってきたハンバーグのニンジンが小さいことにイライラして、横にいた同じバンドのドラムの男に当り散らしていて、当時の僕は「こんなに小さい人間がいるのか」と逆に感心した。
聞くに、三週間後には初ライブを控えていて、今回僕にはベースを弾いてほしいということだった。
ベースというのはバンドマンの僕が言うのもあれだが、奥は深いが一般の人間たちからしたら凄く簡単な楽器で、太い弦を一つ押さえて力一杯弾けば物事が終わる程度の楽器、くらいに思っていた、当時は。
最初は不安もあったが、シド・ヴィシャスのライブでの映像もひどいものだし、僕は上半身裸で飛び跳ねればいいんだろう、くらいに思っていた。
しかも、ライブがあるということは、あおいちゃんを呼んで仲直りもできるし、失礼だが、ボーカルの子は非常に不細工だった、なんか、粘土みたいな顔をしていたから、こんな僕でもカッコよく見えるだろう、みたいな気持ちもあったのだ。
かくして僕らはバンドを組むことになった。
組まれたバンドの初めてのライブ。
夏をスルスルと進む時の流れを追っていくと、すぐにその日がやってきたのであった。
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