僕は僕であり、彼女は僕である
HaやCa
第一話
うっすらと目を開けると、円満に笑う彼女がいる。しばらくの間、彼女は僕をのぞき込むようにしていたが、すぐに僕の手を引いて僕の体を起こした。
「もうっ! またこんなとこで寝て。先生に怒られちゃうよ」
彼女は怒ったようなふりをする。それが、彼女が僕である所以だった。僕が僕である理由は言うまでもない。僕という人間は一人しかいないのだから。しかし、彼女が僕である理由は全く違うものだった。
「ごめん。僕は寝てないと君のことを忘れてしまうから」
「そうだったね。なんかごめんね。急に起こしちゃって」
「大丈夫。僕もそろそろ戻ろうかと思ってたとこ」
僕は梯子を指さす。屋上に吹き抜ける風は涼しくて、いつまでもここにいたい、そう思わせるなにかがあった。しかし、昼休みの終わりを知らせる鐘の音が今なお鳴っている。授業を受けたくないと思っても戻らなければいけない。僕たちは学生だから、という理由で一括りにされるのは癪だけど、それが一番説得力のある言葉だ。前に先生が言っていた。
「じゃあいっしょに行こう。君が私を忘れないうちに」
彼女は悲壮のかけらもなくそう言った。僕は悲しくてしかたないのに、彼女はひたすら笑っている。もしかしたらそれは、彼女が抱えている情動のすべてを悟られたくないからなのかもしれない。
彼女が僕である理由を、ここで話そうと思う。さっき屋上で僕が独白していた言葉は、なかなか伝わりにくいと思ったから、もっと簡単な言葉で話したい。
それにはまず、僕と彼女の出会いから話す必要がある。僕と彼女が出会ったのは春先、ちょうど入学式の日だった。桜の木の下で眠っていた僕の側を、偶然彼女が通りかかったのだ。
「ほら起きなよきみ! 遅刻しちゃうって!」
そう言いながら彼女は僕のほほをぺちぺちと叩く。ぼんやりとしていた僕は彼女の甘い香りに飛び起きたのだった。そのことに驚いた彼女は悲鳴を上げてすぐに逃げ去ってしまう。このときも僕は彼女の夢を見ていた。予知夢とでもいうのだろうか。とにかく、僕には彼女と出会う未来が見えていた。
二回目に僕たちが会ったのは同じ教室だった。しかも彼女は僕の隣の席だったから、僕は仰天した。偶然も重なると信じられなくなる。
見ると、彼女はぐっすりと寝ていたので話すことはなかったが、僕はどうしても彼女に話さなければいけない事柄があった。僕が寝ている間必ず彼女の夢を見るということを。
初めはただの偶然だと思っていた。けれど陽が沈み陽が上るように、毎日僕は彼女の夢を見続けた。そしてある夜の夢の中、彼女は言う。
「きみっていつも私の夢ばかり見てるね。ストーカーかっていうぐらいに。でも、本当はそうじゃないんだよ」
彼女が目配せをするので、僕は彼女の後についていく。どうやら向こうには幻想的な世界が広がっているようだった。高台から見下ろす夜の街並みは燦然と輝いて、妖怪やファンタジーに出てきそうな生物までもが闊歩していた。
「ね、面白いでしょ? ここは夢の中、なんだって出来るの。わたしとエッチすることだって」
耳元でささやかれた言葉に、僕は怖気を禁じえなかった。ゾクッと背筋を這いまわる気味の悪い感覚。その瞬間に街並みは奇妙な音を立てて崩れ去っていく。妖怪や不思議な生物は奇声を上げて、太陽に焼かれていく。そんな阿鼻叫喚の光景を前にしても、彼女は平然と笑っていた。
「帰ろっか現実世界に」
そう言って彼女は震える僕の体を抱きしめる。驚くほどに温かく、まるで生きている人間のように感じられた。
そういえば僕は何を伝えようとしていたのだろう。夢の中では記憶は曖昧で思い出せない。
僕が僕であり、彼女が僕である理由。それは……。
僕は僕であり、彼女は僕である HaやCa @aiueoaiueo0098
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