Ch8.嫌


 朝が嫌いだった。

 毎日毎日、何が何でも訪れる朝が大嫌いだった。

 目を覚ます度に失望する。

 ああ、またか。

 また朝が来てしまった。

 また、一日が始まってしまうのか、と。

 時計を見て憂鬱になる。制服を着て悲嘆にくれる。朝食はいつも喉を通らず、少量を無理やり詰め込んで家を出る。

 学校に行くのに、電車に乗らなければならない。そこでまた気が沈む。窮屈な小世界に息苦しくなる。ようやく解放されても、深呼吸して肺に入った空気から清々しさは感じない。機械的な換気と溜息に塗りつぶされていく。

 学校が嫌いだった。

 根拠のない義務感に駆られて、行かなければと言いながら通う学校が大嫌いだった。

 どんな天気でもどんな行事があっても誰がいても心は躍らない。何かしらあるはずじゃないかと目を凝らしても、私の目が節穴なのか、これっぽっちも見つからない。かといって行かないという道も選ぼうとは思わない。それ以外を考えない。限定的な思考停止と限定的な思考加速に我ながら呆れてしまう。馬鹿じゃないの、と罵ってみる。私は馬鹿かもしれない、と思うだけで現状を変えたいとはあまり思わない。代替案が見つからない。努力をしようとも思えない。緩慢に日々をやり過ごしていく。

 学校。友達。話す。

 私は楽しそうに笑っている。楽しい? わからない。楽しくない? そうかもしれない。

 それなりに順応してそれなりを書き連ねて馴染みながら嘘を重ねていく。嘘つき、と誰かが言う。たぶんそれは私で、嫌気がさしているのもこっちの方だった。

 希望はありますか? あるのだと思う。ないのか、と聞かれても返答に困るから、きっとあるんじゃないかな。わからないけど。

 好きな人? 好き、スき、すき、すキ、スキ。好きってなんだろう。よくわからない。いるのかもしれない。意識していないだけで。好いてくれる人もいるかもしれない。いないかもしれない。結局わからないに収束する。わたし、なんにもわかんなーい。でも自分は嫌い。

 鏡を見る。洗面器に溜めた水に私を写す。こんにちは、私。やっぱり恋はしない。水仙には程遠い。修行が足りない。鏡に向かってこんにちは。あなたが好きですと言ってみる。途中で気分が悪くなってやめた。頭の中がわたしだった。やめよう。気が狂う。

 好きじゃなければたぶん嫌いなので、私はおとうさんが嫌いで、おかあさんが嫌いで、近所の誰かさんも嫌いで、隣の席の子も嫌いで、先生も友達も先輩も後輩もみんなみんな嫌いなのです。です。はい。おまえらのことがだいきらい。

 嫌悪感を吐き出す。嫌悪感に吐き出す。吐いて吐いてどうして私はこんなに嫌いなのかしら? と自問自答。自答はない。よって、自問で完結した。

 気持ち悪い。

 気持ち悪いって。

 なにが?

 ……………………………………………………。

「ぜんぶ!」

 ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜぜぜえんぶ、が、むり。

 わたし。

 嫌いだよ、おまえなんか。

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