あの日目にした、夢のアト

鵠真紀

Ch1.ユメ


 人気のない公園。

 無人のブランコが、こっそりと人目を偲ぶように揺れている。

 黄昏時。茜色に染まった世界と、地面に這い蹲る黒い影。

 細い腕、脚。ちいさなあたま。長い髪。

 誰もいないブランコに、影一つ。ゆらゆらと、揺れている。

 本当は、誰かいるのかな?

 そう思って、声をかけてみる。

「こんにちは」

 ギーコ、ギーコと、錆びた鉄の擦れ合う音ばかりが空虚に響く。

 返事がなくてちょっと苛立つ。かといって、返事をしなさいというのも、どうかとおもう。私はお母さんじゃありません。

 ですので、私は近寄ってみることにしましたの。なぜだか足元の見えない視界でゆらりゆらりと視点だけが突き進みます。ぐらぐら左右におぼつかない。足の感触もないので、もしかしたら私は足がないのではと疑問符を浮かべてみるけれど、実際歩けていることを鑑みるにどうやらあんよは健在のご様子。

 ずんどこずんどこ距離を詰め、ギコギコいってるブランコの前に仁王立ち。

 そして観察。

 ギーコギーコギーコギーコ

 ギコギコギコギコ漕いでおりますな。それ以外は無反応ときた。完全に無視されている。どういうこっちゃ。

 と、そこで私は気づいてしまう。聡明ゆえに。

 おやおや、私の影は反抗期かしらん。いったいどこへ家出したのやら。

 足はある。けれど、足下にあるはずの影がどこにも見当たらなかった。

「つまりこれはそういうことなのですな」

 適当に納得してなるほどなるほどと頷きまくる。なんとなくそんな気はしておりました。聡明ゆえに。

 私は前後に揺れ動くブランコと、そこにある影を見つめる。タイミングが重要だ。ミスったら命はない可能性が無きにしも非ず的な感じですので。

 そして一息に「ほっ」と息を吐きながらブランコにダイブ。私を捕まえてと言わんばかりにダイブしたと見せかけて華麗にキャーッチ。審査員もこれにはびっくりである。

「どうだ参ったかわははははうわっと」

 振り落とされそうになる。暴れ馬ならぬ暴れ遊具である。調教が必要らしい。

「ほいほいこれでいいですかーっと」

 なんとかかんとかきちんと座り、地面の影と足を合わせる。

 ぴったりとくっつく。何も感じない。なんだこのイベントは。サービスシーンはまだか!

 サービスの不行き届きにかんしゃくを起こしそうになったところで、ぐらっと、きた。

「お、わぁ」

 ひっくり返る。天を見る。茜色。記憶がほとばしる。なんてことない日常の数々。退屈な日々。平和な毎日。そして私。

 ぐるぐると螺旋を描きながら映像が降り注ぐ。

 それを繰り返して、私はなんとなく色々を悟った。

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