第6話
「中央の一部隊が単独で向かってきているだと!?」
緊急招集から一週間、先行部隊の作戦が成功したという知らせを聞き、参謀司令部は胸を撫で下ろした。あとは通信妨害と交渉だけ。これらも恙無く終えるだろう、と思っていた矢先の知らせだった。指揮官は役たたずのはず。誰が、何故、単独特攻など仕掛けてきたのか。参謀司令部は再び緊迫感に包まれた。
ルナセレアは苦い記憶を掘り起こし、解を導き出した。
「おそらく敵指揮官は七年前の侵攻の時も単独行動していた奴だ。名前はアレスタ・ルジーレ」
「名前までわかっておられるのですか」
「ああ、金髪に紫の瞳だったから良く覚えている。奴はレジアスではなくシングラリアだ」
忌々しい奴め、と吐き捨てて彼女は黙り込んだ。何故名前のみならず容姿、種族まで知っているのか。何故グリスロヴィナの指揮官が非レジアスなのか。多くの参謀が疑問を抱いたが、殺気立つ上官を見て口を噤む。
参謀司令部は静寂に包まれたが、意見しかねている参謀達に気づいた彼女は瞼を伏せて深く息をする。ルナセレアは目を開けた。
「おい、アスラルに繋げてくれ」
「え? あの、アスラルというと少将のミドルネームで、ええと、どなたでしょうか」
口ごもる伝令兵にルナセレアは指示を続ける。
「ああ、新人か。私ではなく開発部にいるアスラルだ。実験中でも構わん。早急に呼び出せ」
「はっ」
「先行部隊に通達。即時撤退、一切の戦闘行為を禁じる」
「はっ」
「外務部に交渉を開始せよと伝えてくれ」
「お待ちください! 特攻部隊はどうなさるおつもりです? このままでは侵入を許してしまいます」
「だからアスラルを呼んだ。あいつの薬は効く」
「なっ……毒ガスは条約で禁止されているんですよ!? 」
「誰も毒ガスを使うとは言ってないだろう」
「では何を?」
「高濃度の嗜好性欲求抑制剤だ」
ルナセレアが答えると新米は頭上に疑問符を浮かべる。
「敵指揮官はシングラリアだ。つまりその部下はレジアスではない。レジアスは誇り高き種族らしいからな。他種族の下では動かんよ」
ルナセレアは皮肉っぽく笑うとさらに続ける。
「奴の部下がシングラリアでもオーディナリアでも指揮官を無能にすれば動けない――と言うより動かないと言った方が正しいな。グリスロヴィナはそういう組織構造になっている。ここまでは分かったか?」
「はい」
「高濃度の嗜好性欲求抑制剤はシングラリアに強い脱力感を引き起こす。端的に言えばやる気が無くなる。指揮官のやる気が無くなったらどうだ?」
「烏合の衆と化しますね」
「正解」
「しかし建前の方はどうするんです? これは救助活動なんでしょう? 抑制剤を使う意図が分かりませんよ」
ルナセレアは待ってましたと言わんばかりにニヤニヤして話し出した。
「我々は不幸にも物資が燃えてしまったグリスロヴィナの登山客を保護している。強い飢餓感や疲労感により暴走したシングラリアは他の登山客に危害を加える可能性がある。よって、抑制剤を与えて沈静化させなければならない」
分かったか、とルナセレアは部下に目を向けると、彼は納得した顔であった。
「なるほど! それは急がねばなりませんね」
「分かったらさっさと動け」
参謀司令部が一斉に動き出す。ルナセレアは顔に浮かべていた笑みを消し、敵部隊について考える。
セラステリアにとって都合の良い展開は、敵部隊全員がオーディナリアであること。彼らはグリスロヴィナ及びレジアスへの反感が強く、協力者になる可能性が高い。都合の悪い展開は敵部隊全員がシングラリアであること。更に都合が悪いのはそれが特殊嗜好性シングラリアであることだ。シングラリアは快楽に弱い。すなわち、恐怖ではなく快楽による支配が容易だということだ。特殊嗜好性シングラリアは特異さ故にその傾向が強い。もし嗜好性が殺人などのセラステリアでは満たせないものだったら、彼らはこちらに協力しない。抑制剤で動きは殺せるが、情報を引き出すのは困難だ。――奴なら最悪を狙ってくるだろう。ああ、全くもって忌々しい。
ルナセレアはここまで考えるとサーベルの柄を握りしめ、敵への嫌悪感を顕にした。
「そんな表情してたら綺麗な顔が台無しだよ?」
場違いなセリフと共に一人の男が現れる。白銀の髪に白い肌、白いシャツ、そして白衣。誰が見ても白い、という感想を抱くであろう男はルナセレアの肩に手を置く。
「アスラル、なんの真似だ。今は職務中だぞ。態度を改めろ」
「はいはい。分かりましたよ、少将殿」
何やら親しげな二人に困惑する新米を横目に、アスラルと呼ばれる男は赤い瞳を輝かせながらルナセレアと会話している。
「アスラル、自己紹介。新人が困っている」
男はルナセレアの肩から手を外して新人の方に体を向けた。
「はーい。僕はクリス・アスラル。見ての通りレジアスだよ。クリスって軍内に腐るほどいるからアスラルって呼んでね。こっちは二人しかいないから。少将殿のミドルネームと僕のファミリーネームが同じなのは偶然、ってことにしといてね」
白い男――クリスは人差し指を唇に当てて薄く微笑んだ。
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