第41話 モニカレベル23 ノアレベル37 アルマレベル35

 アルマとノアが森へと続く道を歩いていると、武器を持った三十名近くの男達がそこにはいた。手には斧や剣、鎧一つ装着していない、代わりに服や顔には畑仕事で付着したと思われる泥が付いていた。戦いとは無縁の村の男達は、これから始まる戦を前に目で見て分かるようにおどおどとしていた。

 一人の男性がやってきた二人の姿に気づき、駆け足でやってきた。


 「ダメだよ君達! 森の方でオオグの大群が出たから、こっちの方に来たら危ないよ!」


 男性の声に反応して、ぞろぞろと他の男性達もアルマとノアを囲むようにやってきた。その全員が、今から死ぬかもしれないというのに、アルマとノアをを心の底から止めようと声をかけてくる。

 本当にいい村だ、と胸の内を温かくするアルマ。だからこそ――。


 「私達はモンスターを倒して旅をしてきました。これも何かの縁です。この戦い、協力させてください」


 困ったように顔を見合わせる彼ら。それはそうだ、決死の覚悟でここに集まった彼らは、自分の命を捨ててまで守ろうとしているはずの人間達が戦いたいとやってきているのだ。決死と自殺は違う、それは誰しも理解していることだ。彼らからしてみれば、二人の少女の姿はその自殺の部類に見えるのだろう。

 オオグは迫っているため、これ以上の時間は費やすことはできない。こうなったら、力尽くしかない、と村一番の大男がアルマとノアの前に立った瞬間だった。


 『ウゴォ!』


 オオグの声が聞こえ、村人達が反応する。その時には、既に林の中からオオグ三体がワインの瓶をひっくりかえしたような形をした棍棒を持って飛び出してきていた。

 大群が来るまでまだ時間があると思っていた村人達だったため、予期せぬ奇襲に動揺が広がった。腰を抜かす者、慌てて武器を落とす者、威勢だけで腰が引ける者。大群と戦う前に村人達が叩き潰されるところだったが――。


 「ハァ!」


 飛び出したオオグの近くにいた青年に振り落とされそうとしていた棍棒は、腕ごと宙を舞う。そして、同時に頭が真っ二つ裂けた。血飛沫を上げて倒れこむオオグの背中にノアが着地する。青年が接近するオオグを前に震える手で剣を掴んだ瞬間に、既にオオグの腕は消えて絶命していた。

 残りの二体は仲間がやられたことに反応することなく、地響きのような唸り声を発しながら棍棒を構えて背を向けるノアへと駆けて来る。

 次こそ、もうダメだ。村人達はどうすることもできないまま、反射的に目を閉じた。


 「ウィンドッ・クロア!」


 びゅん、と空気がしなる音が空間に響いた。

 目を閉じていた男達が、ゆっくりと瞼を開く。声が聞こえないのは、悲鳴を上げることもなく殺されたのか、それとも死を覚悟したため恐怖が声を殺したのか。しかし、そこには彼らの考える光景はない。

 二体のオオグの上半身がずるりずるりと横に滑るように動けば地面へと音を立てて落ち、そこには下半身だけが残る。最初から切り口でも入っていたかのように、すっぱりと切れたオオグの体は足だけになれば、それも程なくして地面に転がった。


 「まだまだ、魔法は制御できそうね」


 一安心だ、という感じで息を吐くアルマ。

 オオグを二体を倒すことができた魔法――ウィンドォ・クロア。真空の刃を作り出して、それを目標物へと放つ攻撃魔法だ。剣よりも鋭く目に見えることはない。やはり、戦士よりも魔法使いが強いな。などと、ノアと喧嘩になりそうなことを心の中で呟くアルマ。

 最初は何が起きたか分からなかった村人達にどよめきが起こった。不安が顔にこびりついて離れなかった村人達の表情には微かな期待が見え隠れする。

 ノアは剣に付いた血を払い落とし、アルマは肩こりを取るように杖で肩をぽんぽんと叩いている。


 「これで、文句はないな」


 アルマが村人とやりとりをしている時点で、じれったい気持ちになっていたノアが有無を言わせない高圧的な言い方をした。

 村人達は今まで止めていただけに、複雑そうな表情をしていたが、背に腹は変えられないと一人が祈るように頷けば周囲を見れば、次々とノアとアルマへ向けられていた視線は変わって行った。さらに、続いて先程の謝罪と口々に協力を求める発言をする。


 「時間がもったいない、早く急ごう。奇襲に向かった仲間が戻らないとなる、奴らも本腰入れて来るはずだ」


 神妙な面持ちで村人達はノアの言葉に頷くと、森の奥へと歩き出す。

 一緒になってノアとアルマも歩き出せば、二人に近寄ってくる男性が一人。


 「こんにちは、私の名前はエドと申します。お二人とも、お強いんですね」


 エドと名乗った男性の顔をノアが見る。顔はテカテカと油でも塗ったような油汗、膝は一歩進むごとにガクンガクンと震えているのが見てとれる。声をかけてきたのは、自分の恐怖を押さえ込むという理由もあるのだろうが、いきなりやってきた少女達への気遣いもあるのだろう。

 怖いなら気を使わなくていい、なんて言ってやりたい気持ちもあったが、それを指摘して必要以上に気持ちを固くさせる必要はない。エドが怯えていることに、あえて気づかないフリをしてノアは返答した。


 「まだそんなに長くないですが、一応いろいろなモンスターと戦ってきました。だから、強いというより慣れているといった方が正しいのかもしれません」


 「そんな、ご謙遜を。全くモンスターと戦わない私達からしたら、数多くの戦闘経験があるだけでも尊敬に値しますよ」


 冷静に話をしているようにも見えるが、実のところ言葉の端々が上擦っていることにエドは気づいていない。二人の短いやりとりが終わったのを横目に見ていたアルマは、エドに声をかけた。


 「エドさん、今回みたいなオオグの大群がやってきたのは、これが初めてなんでしょうか」


 アルマはずっとそれを疑問に思っていた。いきなり大群が現れたにしては、混乱が感じられない。平和な村に起きた事件にしては、別次元とも呼べる。確かに一人一人が死を覚悟している様子は見受けられるが、騒ぎもなくここまで統率がとれるのだろうか。

 エドは視線を落として頬を掻いた。


 「いえ、初めてではないです。過去にも同じようにオオグの大群に襲われました。その時も、村の女子供老人を逃がす時間を稼ぐために男達は死を覚悟しました」


 やはり、そうだ。アルマは確信と共に目を細くさせた。


 「……その時は、どうやって危機を抜け出したのですか?」


 「実はですね、お二人みたいに私達を助けてくれた少女がいました。その子が一人で救ってくれたんです」


 一人の少女が大群を蹴散らした。正直なところ、アルマとノアでもどこまでやれるか分からない。そんな危機をたった一人の少女が打開した。オオグの大群を一人で、しかも少女が倒すなんて、それこそ勇者でもない限りは……勇者?


 「もしかして、それはキリカという少女ですか?」


 エドはアルマの名前に反応し肩を大きく震わせ、「おぉ」と感嘆の声を漏らした。


 「そうです、キリカです。まさか、旅の方に知られるほど、有名になっているとは……」


 「有名? アイツは私達を――むぐぅ」


 言わなくてもいいこを言おうとしたノアを杖の先で口を塞ぐアルマ。


 「――モンスターに襲われた時に、助けてくれたんです。この村の出身なのですか?」


 「ええ、とはいっても……記憶を失って行くあてのないキリカが、仕方なくこの村に住んだ形ですけどね。それからは、用心棒としてこの村を守ってくれていました」


 「へえ、みなさんから頼りにされていたんですね。ずっとこの村にいたら、楽しく過ごせたんでしょうけど」


 「はい、私の娘のサラもキリカには懐いていましたし、できることならずっとここにいてほしかったんですけどね……。でも、キリカはどうやら……勇者だったようなんですよ。そんな彼女は、もっと大きなものを守る為に私達を、世界を救うために旅立っていきました。……しかし、こうやってキリカのことを教えてもらえるのは、本当に嬉しいですね」


 実の娘のことのように語るエドの足の震えは止まっていた。それは、他の村人も同じようで、その誰もが嬉しそうにアルマ達の会話を聞いている。

 キリカという少女の人となりが少しずつ分かり始めていた。同時に、どうして彼女があそこまで勇者にこだわるのかも何となくだが見えようとしていた。


 「……なるほど、キリカはこの村にとっての勇者だったわけですね」


 「私達なんかいなくても、最初からキリカは勇者でしたよ」


 はははっ、とうとう笑い声まで出るエド。

 人の名前を口にしても、それは言葉で終わってしまう。しかし、名前を口にすることで、その場の空気が変わるところまでくれば、それは既に名前という魔法だ。そこまでくれば、その名前は神話で伝説へと変化する。キリカは、この村にとってその類だった。

 キリカの勇者という立場は、キリカと村の人間たちがゆっくりと作り上げた彼女の居場所だったのだ。


 「私、キリカに会った時は彼女のこと、よくわかんない人だと思ってました」


 「だろうね、変わった子だけど、いい子なんだよ」


 「……でも、今は少しだけ分かる気がします」


 分かったのか分からなかった、ノアはうんうんと頷いている。これはきっと、落ち着いたら「さっきのは、どういう意味だったんだ?」と聞くに決まっている。妙なところでお馬鹿なところが治れば、随分と変わるんだが、こればかりは言ってもしょうがない。

 不思議と和んでいた空気が、先頭を歩いていた村人の足が止まったところで、先程とは比べものにならないほどの緊張感が走る。そこは、開けた場所だった。森と森の間にできた、ずっと広がっていく空間。視界のところどころに折れて腐った木が見えるところを見ると、もしかしたらここでキリカとオオグは戦ったのかもしれない。


 「なんだよ、あの数……」


 視界を埋め尽くすオオグの大群。全員が同じ棍棒を持ち、その全ての瞳に光はなく白い卵のような目がぎょろりぎょろりと動いている。

 一見すれば、数キロ先のそこに壁が並んでいるようにも見える。蠢く泥のようにもぞもぞと壁は、邪魔な木々を押しのけてずれた歩幅で迫ってくる。あの大群がやってくれば、森の中に作っていた道は瞬く間に彼らの足跡しか残らなくなるだろう。


 「あんな大群、どこに隠れいやがったんだ……」


 一人の男が言う。それは全員が思っていたことだ。オオグがやられた仲間の仇を討つために大群を引き連れてきたとしても、こうもいきなり現れるものだろうか。それこそ、いきなり霧が立ち込めるようにゆっくりだがはっきりとだ。

 ノアが剣を手にして先頭に立つ。


 「私が先頭で突っ込む。アルマは村の人達に肉体強化の魔法を頼む。集団でかかれば、一体ぐらいは無傷で倒せるかもしれん。……いろいろ疑問はあるだろうが、今は戦うしかない」


 そう言うノアの表情にも焦りが滲み出ている。だが、どちらにしてもやるしかない、それしかないのだ。

 ちょうど視界の外れでは、村人達に声をかけ終わったアドリアが大急ぎでこちらへ走ってきているのが見えた。戦うしかない、逃げれば、他の村人ごと殺される。

 アルマが魔法陣を村人達の頭上に発言させつつ、杖を迫るオオグ達へと向けた。こちらの数は子供でも数えられるほど、対して敵は子供なら数える前に壁とだけ告げるだろう。


 「最初から死ぬっていうのから、死ぬかもしれない、に変わったのよ。やれるわよ、どれだけ弱くても立ち向かい続ければ、きっと負けないわ」


 それを身を持って教えてくれた友達がいる。その子のためにも――。


 「村には近づけさせないわよ! 絶対に!」


 おう!!! という合流した村人達の頼もしい声を耳に、村を守るための戦いが始まった。

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