第42話 モニカレベル23 ノアレベル37 アルマレベル35

 モニカはサラから知っている限りのキリカの話を聞いていた。

 絵本を読んでもらったが、あまりに読み方が怖過ぎて泣いてしまったこと。

 料理を作ったら、材料を間違えて味見をした村長が泡を吹いて倒れてしまったこと。

 サラの誕生日に、手作りの花輪を作ってきてくれたこと。

 旅立つ前にサラが、キリカに栞を送ったこと。

 頬を上気させて話をしてくれるサラのおかげで、モニカはキリカという存在をずっと身近に感じることが出来た。サラが身振り手振り全身を使って教えてくれるキリカとの思い出から、サラや村の人がキリカを頼りにしていということがひしひしと伝わってきた。


 「本当にサラちゃんは、キリカちゃんのことが大好きなんだね」


 「うん、キリカだーいすき!」


 満面の笑みで返すサラだったが、その直後には恥ずかしそうに手遊びを始めた。好意を口にする発言が恥ずかしくなるような年齢ではないだろうし、何か言いたいことがあるのだろう、とモニカはサラに今一度笑いかけた。そして、か細いながらもゆっくりと言葉をつむぐ。


 「キリカにね、どうやったらキリカみたいになれるのかきいたの。そしたら、だれかを守りたいと思うきもちがひとをつよくさせる。その想いを、どうするかをかんがえながらいきていくんだ。て、キリカ言ってた。……おねえちゃんは、どういうことかわかる? たくさんたくさん、うーんうーんて考えてみたんだけど、難しくてわかんなくなっちゃうの」


 「キリカちゃん、そんなことを言ってたんだ……」


 サラの口から出た言葉ではあるものの、それはキリカからへの問いかけのように思えた。しかし、モニカはそんな英雄然としたキリカの発言への返答を知らない。そのため、下手にここでサラに発言をしてしまえば、キリカの真っ直ぐな想いを汚してしまうのではないかとすら思えた。

 少し悩んで、モニカは逆に問いかけた。


 「サラちゃんは、キリカちゃんの言ったことを聞いてどう思ったの? 一体、何が分からなかったの?」


 難しい、と言っている子供に何を言っているんだとモニカは自分に怒りたくなった。それでも、不用意にモニカの思ったことをそのまま口にするよりは何倍もいいと考えた。

 サラは空を見上げたり、手元の人形を見つめたり、たまにモニカの顔を見たりして考えた。そして、思いのままに声にする。


 「わたし、おかあさんもおとうさんもまもれるぐらい強くなりたいの。キリカの言ったことをきいてから、ふたりのことをかんがえながら、がんばればいいのかな? だからね……キリカみたいに……こわいモンスターからにげないで、がんばろうとおもったの」


 大人がいろいろ言わなくても、子供は既に答えを知っている。どこかで聞いた言葉だったが、今それをしっかりと実感した。

 モニカにとっては、それで既に完成した答えだったように思えるが、サラはさらにその先の結論を求めるようにモニカを見つめる。そのため、モニカはこれぐらいなら言ってもいいだろう、とサラが道を迷わず歩き出せるような答えを送る。


 「うん、それで大正解だね。きっと、そのまま目指していけば、サラちゃんらしい強い人になれるよ」


 そう言って頭を撫でた瞬間だった。呆けたようにモニカの言葉を聞いていたサラは、ニカァと純朴そうな笑顔を浮かべた。


 「――おねえちゃんもキリカと同じことを言ってる!」


 嬉しさと動揺が胸の中に広がっていくのをモニカが感じたその時――。


 「――大変よ!!!」


 地上でもがくようにドタバタと駆け寄ってくる女性の姿が見えた。おそらく、サラの母親なのだろうが必死の形相で走ってくる姿は、モニカとサラの穏やかな気持ちを一気に不安の底へと突き落とした。そして、モニカはオオグの大群が迫って来ていること、そしてノアとアルマが村の人間とモニカを守るために戦いに向かったことを聞いた。 



         ※




 宿屋で話を聞きレナータ村にやってきたキリカ。様子を見れば村人の姿はごくごく僅か、残った人間たちも馬車に老人と女性達を乗せているところだった。避難する準備はほぼ完了している。しかし、男達がいないところを見ると、どうやらオオグのいるところへ向かったようだが、彼らがどこまでやれるかは想像は難くない。時間が惜しい、今すぐにでも彼らを助けにいこう。

 遠方で行われているはずの戦場の気配を肌で感じたキリカは、オオグ達のいる場所に向かうために足を向けた時だった。


 「オオグの大群が近くに来ています! 早く逃げてください!」


 聞き覚えのある女性の大きな声が聞こえ、民家の影から声のした方向を見た。そこには、ジーナとサラ、そして――。


 「どうして、ここにアイツがいるの……」


 混乱するキリカをそのままに、ジーナはモニカの背中を力いっぱい叩くように声を荒げて危険を知らせた。

 村の男達が戦いに向かったこと、サラを馬車に乗せれば避難が済むこと、モニカの仲間達が戦いに向かったこと。

 言い終わる前にジーナがサラを抱きかかえれば、ついて来てくれとモニカを見た。そこにいるモニカは、まるで自分の住んでいる村が襲撃されたかのように顔を青くしていた。モニカの苦しげな表情にジーナとサラの焦りすら飲み込んでしまう。

 深く息を吸い、体内の淀んだものを吐き出すようにゆっくり息を吐いた。青ざめた顔は、元のやわらかそうな淡い桃色のような頬に変わる。


 「先に逃げてください」


 それだけ言えば、モニカが背中を向ける。サラは走り去ろうとするモニカに手を伸ばした。


 「おねえちゃん! いっしょににげよう!」


 片足で急ブレーキ、それから反転をしたモニカは笑いかける。


 「ううん、私は逃げないよ! サラちゃんが教えてくれたみたいに……逃げないで、戦う! そして、私らしい強さを見つけるから……大丈夫だよ!」


 なおも心配そうな表情のサラにモニカは親指を立ててみせた。


 「安心してよ、勇者は絶対に負けないから。――私は、そんな勇者だから」


 私は、の部分を強調させてモニカが言った。そのまま呼びかけ続けるサラとジーナの声を聞こえないかのように、ぱたぱたとモニカは駆け出した。



 一部始終を見ていたキリカは舌打ちをした。

 それは自分への憤り、同時に勇者を語るモニカへの複雑な感情。

 モニカを見ていて、あれのどこが異変だといえるのだろうか。どこをどう見ても、ただひたむきなまでに勇者になろうとしている少女。いや、正確にはなるべくしてなってしまった少女だ。

 普段から運動は苦手そうだったが、今のモニカは足を上げることも難しそうにしている。確実に前回の戦いを引きずっていることが、目に見えて分かる。

 さぞ苦しいだろう、さぞ足の遅い自分が憎いだろう。誰かを守りたいと思えば思うほど、悔しくて体を壊してでも何かを守りたくなるだろう。そんな人間だからこそ、村に迫っているオオグの話を聞いて、自分の身が引き裂かれそうな顔ができるんだ。

 ここまで答えは出た。しかし、モニカとはちゃんと決着をつけていない。そうしないと、次の展開に進めない気がする。

 戦場で戦っているモニカの仲間達には、もうしばらく時間稼ぎを頼もう。彼らなら全力で村人達を守ってくれるはずだ。


 「勇者、ボクはキミを見極めさせてもらう」


 遠くからでも分かりモニカの特徴的な足音を頼りに、キリカはモニカと最後の対決をするために追いかけた。



                  ※



 「はっはっはっ……!」


 ジーナの制止も聞かず走り出したモニカ。

 オオグの大群がどこから来ているのかも分からないが、それでも自分のダメダメな勘を頼りに全力疾走。

 走り方もどこか壊れた玩具のように歪で、右手足が同時に前に出たかと思えば次に出るのは頭、それから右手が動いて左足が動き出したりと、運動神経の悪さが全力で発揮されながら走る形だった。

 アブソリュート・フォースを使えばいいのかもしれないが、そうしてしまえば今戦っているアルマとノアを危険に晒す。どちらにしても、ひ弱でダメなモニカのままで彼らの元へと向かわなければいけない。


 (二人とも……! どうして、私を置いて行っちゃったの……!?)


 暗闇に投げかける質問は、最後に見た二人の表情を思い出せばすぐに気づくことができた。

 ――無理をさせたくない。

 ――休んでいてほしい。

 痛いほど、二人の感情が流れてくる。

 涙を流し、鼻水を垂らせば、それを拭うために視界を覆ったせいで、地面から顔を出した石に気づくことなく躓いて顔から地面に飛び込んだ。


 「――ぅあわ!」


 アルマの治癒魔法をかけてもらったとはいえ、回復したところでモニカはモニカだ。足掻こうとすればするほど、自分の力の弱さが心を押し潰そうとする。

 力に溺れた結果がこれか、あれだけ勇者の力に甘やかされて、仲間達を傷つけたのに、こんなところで終わってしまうのかな。いいや、と心の中の弱い自分を振り払うように首を横に振れば、モニカは地面に手を付いて立ち上がろうとする。

 顔を上げれば、まだまだ森も入ったばかりだ。このままのスピードで走っても、戦いが終わっているかもしれない。


 「私は、二人を……みんなを助けにいくんだ……!」


 (馬鹿でも、ダメでも、二人の側に行きたい! 誰かが傷つくのを黙って見ていることなんてできないよっ!)


 難しい理屈は何も無い。ただ、友達が戦おうとしている時に、それを黙って見ているなんてモニカにはできなかった。

 顔を涙と鼻水と泥で汚しながら、モニカは再び走り出そうとした。しかし、その足は突然現れた来訪者を前に急停止する。


 「――みっともない」


 予期せぬ人物が、呆れた顔で言った。

 これは幸運か、それとも最悪の不運か。身構えるモニカを見て、その人物は溜め息を吐いた。


 「――キリカちゃん」


 モニカの進行方向に現れた存在、それは――キリカだった。

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