第32話 モニカレベル18 ノアレベル37 アルマレベル35

 キリカが去った後、言葉少なめに食事を終わらせたモニカ達。

 普段なら、この辺りで火を消して横になるのだが、今日ばかりはそうもいかない。明日やってくるキリカに備えなければいけないのだ。

 たき火を囲んで座る三人、「作戦会議をしよう」と言いだしたのはいいが、会議は一向に進む兆しが無い。

 たき火の中から火花が弾けた。それが影響を与えたのかは不明だが、アルマは言うのは今しかないと口を開いた。


 「……今の内に逃げましょう」


 「え!?」


 俯いていたモニカは顔を上げ、ノアは不満のこもる視線をアルマに送る。


 「つまり、私達に逃げろと言っているのか? 敵を前にして」


 じろりとアルマを睨みつけるノア。しかし、それだけでアルマが言葉を取り下げるような真似はしない。

 

 「そうよ、アイツはモニカと一対一での戦いを希望している。もしかしたら、アブソリュート・フォースを使えば勝てるかもしれない。でも、それは、もしも、もしかしたらの可能性の話よ! 私は、そんな確率で戦ってほしくない。……今ならまだ逃げられるかもしれない、最後の選択よ。奴は本気で、モニカを殺しに来ると思うわ」


 「だが、しかし――」


 「――戦うのは私達じゃない、それを承知で私の言葉を否定しようとしているのよね。ノア?」


 アルマに指摘されれば言葉に詰まるノア。今までは戦いながら、どうしようもない時だけモニカが出て来ていた。しかし、今回は最初から最後までモニカが戦わないといけないのだ。戦い傷つくモニカの姿を想像するだけで、ノアは己の身が引き裂かれそうになる。

 戦うと約束した相手から逃げるのは、確かに間違いだ。勇者としては最低だろう。それでも、モニカには極力戦ってほしくない。それは、ノアとアルマ二人の願いでもあった。

 二人の考えていることに気づいたモニカは、張り詰めた空気に針を刺すようにそっと口にした。


 「私、逃げたりしない。例え戦うことになったとしても、キリカちゃんと向き合いたい。この先、どうなるか分からないけど、私は私なりにあの子と分かり合いたいよ」


 一生懸命とも思えるモニカの発言にノアは目を逸らした。そして、言い難そうに言う。


 「……キリカの殺気は本物だ。脅しや冗談なんかで出せるものではない。……同じ人間と戦う覚悟をしないといけないかもしれない。私は、正直……モニカにそんな覚悟をしてほしくないんだ」


 モニカのことを考えて言っているはずのノアだが、その顔は自分のことのように苦しそうだ。

 ノアの発言にモニカも、その顔に躊躇するような戸惑いの表情を浮かべた。同じ人間と刃を交える恐ろしさを知っているからこその言葉はモニカの気持ちを重くさせた。しかし、それ以上にモニカはキリカの自分を憎む気持ちを知れば知るほど、その心の先を知りたいと強く思うようになった。


 「まだ、戦うかどうかはわかんないよ。それに、キリカちゃんとは約束したし……」


 黙って聞いていたアルマが我慢できなくなったのか、二人の間に口を挟む。


 「約束とかどうでもいいわよ! 約束破ったからといって、モニカが死ぬわけない! ……それに、約束を守った方が……きっと辛い目に合う……そんなのモニカだって気づいているんでしょう!?」


 「……うん、きっと大変な目に合うと思う。でも、私は勇者だよ? 約束を守らない勇者なんて勇者じゃないよ」


 モニカの信念は揺るがない。そうと知りながらも、アルマは弱々しく笑うモニカに対して強く首を振る。そして、それだけしかできない自分が憎いとすら思ってしまう。


 「私が言いたいのは、そういうことじゃなくてっ」


 「アルマ!」

 

 ノアの強い声が空気を震わせる。モニカとアルマは、名前を呼んだまま口を開けた状態で止まっているノアを見た。血でも吐くように、ゆっくりとノアは告げる。


 「……モニカの決めたことだ。私達は、勇者の仲間であると同時にモニカの友達でもある。何かを頑張ろうとするモニカの意思を尊重することも、私達の役目じゃないのか?」


 感情を殺して、毒でも盛られたようにやっとのことで発言するノア。その姿を見たアルマは、目をカッと見開いてアルマに食ってかかる。


 「アンタっ……! ノアが一番、モニカを止めたいんでしょう! だったら、止めなさいよ! そんだけ馬鹿力があるなら、無理やり縛ってでも、ここから逃げることぐらいできるわよね! さっさと、そうしなさい! 友達を……助けなさいよ!」

 

 「――できるわけないだろ! そんなことが私にできるとアルマは本気で思っているのか!? 私が苦しんでいる理由が、分からないか!? ……友達だからだろ! 私だって、同年代の友達なんて全然いないから、どうしていいか……! でも、だからこそ、なんだよ! 友達だから……モニカを信じさせてくれ! 友達の言うことを……やりたいことを……大事に守ってやりたいんだ!」


 グッと右の拳を握り締めるノアの指の隙間からは血が流れていた。自身の手が傷ついていることなんて気づかないノアは、なおも拳を強く握る。自分の下した決断の重さに耐えるように。

 アルマは消え入りそうな声で「アンタ、ばかよ」と小さく呟いた。それから先は、腰でも抜けたようにへなへなとその場に尻をついた。

 足元に視線を落としていたモニカは、「ノアちゃん」と言い、ノアの右手に両手で触れた。ふっと力が抜けていっているのが、モニカにも分かった。さらに、その手を労わるように手の甲や手の中を撫でる。モニカの手にノアの血痕が付着することも関係なく、その手に触れて血を癒すような気持ちでノアの傷ついた右手を両手で包み込んだ。


 「……絶対に死んだりしない。ここまで二人が口論になるってことは、キリカちゃんて凄く強いんだね。……大丈夫だよ。私は勇者。――勇者は絶対に死なないんだから」


 いつも通りのモニカのふにゃふにゃとした声を聞き、それがあまりにも優しくノアは顔を涙でくしゃくしゃにした顔を上げた。それから、「モニカ」と名前を呼べばモニカを抱きしめた。


 「死ぬな、絶対に死ぬなよ」


 「うん、もちろんだよ。……アルマちゃん?」


 前からノアによって抱きしめられるモニカだが、背後からはノアが抱きついて来ていた。前と後ろからいい香りの二人に包まれて、なんだかドキドキしてしまうと同時に胸の奥の方が温かくなってくる。

 アルマはモニカの耳に顔を寄せると囁くように言った。


 「私にも約束しなさい、必ず無事に帰って来るのよ。アブソリュートになる時は、私達が立ち上がれないぐらい力を持っていっても構わないから」


 「えー……そんなんじゃ、旅ができなくなるよ……」


 「これだけ心配させているんだから、二、三日ぐらい別に……それぐらい、いいでしょう」


 ぶっきらぼうに言うアルマだが、その声は十二分に優しいものだった。


 「しょうがないなあ、その時は私が二人の面倒を見ないとね」


 「そうよ、それぐらい……しなさいよ」


 言葉以上の優しさでアルマとノアはモニカを強く抱きしめ続けた。

 モニカはそっと心の中で思う。


 (この二人に出会えてよかった。……私はきっと、この二人のためなら何だってできる。生まれて初めて、そんな風に前向きに思えたんだ。……うん、きっと明日はいい日だ)


 見上げた夜空に一筋の星が流れた。



                  ※



 翌日。最初に起床するのは決まってアルマだ。

 川の水でさっと顔を洗い最低限の身だしなみを終えると、姉妹のようにくっついて眠るノアとモニカを起こす。二人に寝癖を注意して、身なりを整える時間を与える。二人の準備が終わる頃、昨晩、朝食用意にとっていた魚塩焼きを三人並んで食べた。

 いつもの朝、いつも通りの雰囲気。意識して作った空間だとしても、今はその時間が三人の気持ちを一つにさせていた。

 じっくり時間をかけて鎧を装着し終わるモニカのタイミングを待っていたかのように――キリカは姿を現した。


 「逃げるかと思ってた」


 挨拶なんて気の利いたものはなく、ボソッと相変わらずの無表情でキリカが言う。勘の鋭いノアは、キリカを見ながら言う。


 「……どこかで様子を見ていたな。逃げるなら、すぐにでも襲って来るつもりだったのだろ」


 「静かにして、後……今日の貴女は関係ないんだから。ちょっと黙っててよ」


 「私の仲間を傷つける奴を前にして、関係ないだと……」


 キリカの言葉に頭に血が昇ったノアは、その腰の剣に手をかけて――。


 「――こんにちはー、キリカちゃーん!」


 ぽん、とノアの肩にモニカが手を置けば、もう片方の手でキリカに手を振った。そこでハッと我に返ったノアがモニカの顔を見る。意識してノアを止めたのかどうかは分からないが、モニカが暴走するノアを止めたことは間違いなかった。


 「ボクとキミの戦いだ。早く、そいつらを遠くに連れて行け」


 淡々と言うキリカの言葉を耳にしたノアとアルマは、キリカを睨みつける。


 「もう! 二人とも、怒り過ぎだよっ。そんな感じだから、キリカちゃんだって怒りんぼうさんな顔してんだよー」


 自分の両眉の上を人指し指で押し上げれば、垂れた眉を強引にツリ目にする。キリカにもその顔を見せるが、ただ黙って冷たい眼差しを向けるだけだった。ノアとアルマ達も、どういう顔をしていいか分からないのか、二人して困った表情で目を合わせた。


 「ちょっとお話をするだけだから、少し隠れていてね。……あ、二人でこっそり美味しいものを食べるとかはダメだから!」


 決闘をするかもしれない本人だというのに、モニカの発言はどこか気の抜けたものだった。それは同時に、モニカの強がりであることにノアとアルマはそこでやっと気づくことができた。

 二人してその場から歩き出す。離れる前に、ノアは薄く笑いかける。


 「安心しろ、美味しい物を食べる時はモニカも一緒だ」


 隣のアルマも自分の両腕を組んで、めんどくさそうに言う。


 「モニカは後でぎゃーぎゃーうるさいもんね。勝手に食べたりしないわよ」


 「えー!? アルマちゃん、ひどいっ!」


 ノアとアルマは後ろ髪を引かれる思いで背を向ければ、近くの草むらに座る。目で見れば隠れるようにも見えるが、これだけ殺気立った二人なら、キリカならきっとノアとアルマがどこにいるのか把握していいるだろう。そして、遠くに離れなかったのには、もう一つ理由がある。――アブソリュート・フォースを使用するためだ。それは最終手段だと言っていたが、間違いなく使うことになるのは明白だった。

 僅か数メートルほどの間隔で見つめ合うモニカとキリカ。

 キリカがその右手から魔力の剣を出現させれば、モニカは右手で勇者の剣を抜いた。

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