第16話 モニカレベル76

 これが新手の攻撃方法ではないのかと誤解してしまいそうになるほどの光が消え、眩んでいた目が慣れ始めた頃。

 ゴートンだけでなく、アルマとノアもそこに立つモニカの姿に目を剥いた。


 「お前、誰だ……」


 ゴートンの訝しむ声は、モニカへ向けられていた。しかし、ゴートンから見れば、それは全くの別人。

 ノアとアルマからしてみれば、未だにその姿を見て閉ざし方を忘れてしまったかのように大口を開けていた。そのモニカであってモニカでない存在が、先ほど突き刺していた剣を片手で抜き取る。両手でやっと握っていたあの姿はなく、軽々しく持っている。


 「モニカだよ」


 モニカの黒髪は鮮やかな金髪に変わり、肩の辺りまでだったおかっぱだった長さは、風に揺れるロングヘアーとなっていた。一つの行動をするたびに、魔力の波動が肉体からあふれ出し、魔法使いじゃなくても、そのおびただしい量の魔力が溢れているのを感じた。


 「大切な仲間がいるから、私は戦える。守りたい人達がいるから、前に進める。そんな人達が……仲間達がいるから、私はこの力を手に入れることができたんだ。……もし今の私に名前を付けるていうなら――」


 右手で握った剣の先をモニカはゴートンへと向けた。


 「――モニカ・アブソリュート。そう呼んでよ?」


 ずっとモニカと共にいたノアとアルマでさえ、この少女をモニカと呼んでいいものかと悩んでいるところがあった。

 モニカの姿に驚いていたせいで、ノアとアルマは今さらになって自分達の異変に気づいた。


 「あ、あれ、なんだか体が重い……」


 「魔法陣が思い出せない……」


 ノアとアルマの困惑する声が聞こえたモニカは、苦笑いと共に二人を見た。


 「この力を使うと仲間であるノアちゃんとアルマちゃんの力が私に吸収されるんだよ。だから、今の二人の力は最初の私以下ぐらいの力になっちゃうんだ」


 さらりとそんなことを言われて、ノアとアルマは驚きと共に質問をするため呼び止めようとするが、モニカは「ごめんね」とだけぺろっと茶目っ気たっぷりに舌を出して言えば身軽な動きで地面を蹴った。それこそ、今から見せる力を証明するように。

 瓦礫を飛び越えて、スキップのような一歩でモニカは五メートル程度の距離までゴートンとの間隔を縮めた。

 明らかに先ほどまでとは違う運動神経を見て、警戒心からゴートンは顔を歪めた。

 

 「ぶっひょっ! 多少力が上がったところで、私を倒せると!? 三人がかりでも、倒せなかったこの私を倒せるわけないでしょう!」


 相手の堂々とした姿を前に、ゴートンは喘ぐように叫ぶ。それはゴートン自身、自分に言い聞かせるように発したものだということに気づいていた。


 「今まで見ていた三人と戦うのと、三人が一つになって戦うのとは、きっと意味が違う。……その考えは間違っているよ。逆に言わせてもらうなら、その考えを捨てられないアナタは――この私を倒せるわけない」


 挑発されているのだとゴートンは気づいていた。明らかな誘いだと気づきつつも、彼のプライドはモニカを許せるものではない。下等である存在に見下される。そんな状況は、絶対に認めたくないものだった。

 今から始めるのは暴力の続きだ。と、ゴートンはモニカへと突っ込んでいく。一切の加減はなく、ただ単に眼前に少女を蹂躙するために握る拳に力を入れた。


 「口先だけの脅しでは、止められませんよッ!」


 踏み込む足があまりに重たく、ゴートンの足の下の床にヒビが走る。そして、もう片足を伸ばした先はモニカの前方。勢い落とすことなく着地した足は既に指が、モニカの足の隣に並んでいた。接近といより既に密着している状態。それは、モニカの回避行動を阻止する目的と確実に肉体をすり潰す準備でもあった。

 ゴートンは目を見開き、片方の足が床に着くのを待つことなく、大砲のような拳を放つ。完全な勝利を確信したゴートンは、その口の端を曲げて笑った。


 「「モニカ!?」」


 身体能力の落ちたノアとアルマは、やっとのことでゴートンの動きに反応し、守るべき存在の名前を呼んだ。

 モニカはそのギリギリの状況の中で小さく笑んだ。


 「――それは、どうかな」


 ブンッ。と、空を裂く音が聞こえた。

 ゴートンは自分の拳が避けられたのだと思った。そのため、モニカに目を向けたが、彼女が動いた形跡はない。何故、避けられたのだ。考える間に、もう一度ゴートンは腕を持ち上げた。そこで、ようやく気づいた。


 「うぁあ……ぶひょぉ……」


 ゴートンの口元が恐怖で震えていた。口からこぼれる唾液と一緒に両目から溢れた涙と混じり、顎に伝った。そして、疑問の原因を認識した彼の脳には恐怖と激痛が流れ込む。


 「ぶひゃああああああああああぁぁぁぁ!!!」


 次いで出るのは、ゴートンの絶叫。そのままバランスを崩して、肉体を損傷し飛ぶことのできなくなった虫のような不細工さで倒れこむ。――ゴートンの右腕は付根から完全に斬り落としていた。あの時、空を裂いたと思っていた音は、ゴートンの右腕が飛ぶ音だったのだ。


 「よぉぉくもぉ……!」


 残っていた左手を地面について、ゴートンが体を起こす。モニカは軽く床を蹴り、そこから数メートルほど後退する。モニカの右手には、ゴートンを斬った時に付着したと思われる血痕がどろりとした輝きと共に流れていた。


 「痛いよね。それが、誰かを傷つけるていうことだよ!」


 「どうやって、私の腕を……」


 はぁはぁ、と激しい息の往復のままなのは変わらないが、ゴートンは呼吸を少しずつ落ち着かせていく中でそんな疑問を口にする。

 傷一つ付けることのできなかったはずのモニカが、ゴートンでも気づかないほどのスピードで腕を斬り裂いていた。モニカに対して油断があったとはいえ、あの速度はノアを超えていた。

 その質問に答えるため、隠すこともなくモニカは剣を一度振って血痕を飛ばすと剣を掲げてみせた。剣の刃には、淡い魔法の輝きの波紋が見える。それだけではなく、モニカの周囲には魔法の粒子が飛んでいた。


 「見える? この剣には、武器の切れ味を高める魔法を付加し、私の体には高速移動を可能にする魔法をかけているの。……私が使ったアブソリュート・フォースは、ノアちゃんの剣術や身体能力を持つと同時にアルマちゃんの魔法の知識と判断能力を私の力に変えて一つにして使うことができる。……大切な二人の力を兼ね備えた仲間と私を繋ぐ力なんだ」


 「馬鹿な……」


 肘の関節を曲げていた左腕を伸ばしたゴートンが睨みつける。先ほどよりも、体が高い位置にあった。


 「本当だよ」


 悠然と言い放つモニカ。モニカとアルマの性格も吸収してしまったかのように、普段の気の抜けた様子はない。

 ゴートンは左手を床に叩きつけた。


 「馬鹿なぁ――!」


 焦ることはなく、前のめりに迫るゴートンをモニカは見据える。

 アルマは戦闘経験の少ないせいか、とっさに出す魔法がワンパターンになりつつある。それを補うかのように、ノアの持つ戦闘中の冷静さが発揮される。

 アルマの魔法の知識はモニカの頭の中にある。その中で、最も最適な魔法をノアの持つ戦闘経験を参考に導き出す。


 (動きは鈍い。高速魔法は不要。しかし、残った腕に魔力を集めて強化する可能性あり。剣の強化魔法をさらに高め、風属性を付加。接近することなく、攻撃。例え、攻撃が失敗したとしても、高速移動魔法の用意を行う)


 モニカのおうえんスキルは例外として、アルマは身体能力を強化する魔法を自分自身には使えない。魔法を受けた者は、身体に負担がかかってしまうため、その負担に耐えられる人間が必要になる。アルマからすれば、そうした繊細な魔法は苦手中の苦手だ。なおさら、強化魔法は難易度が高くなる。しかし、直接自分に強化魔法をかけるとなれば、結局は自分に合った魔力を注げば良い話。そんなことは些細な問題となる。

 ノアとアルマが互いを補うように力を発揮し、それを指揮するモニカ。それが、今の彼女の姿――モニカ・アブソリュートである。

 最も最適な魔力、それを使いこなすに相応しいノアの身体能力を行使して、モニカはゴートンを迎え討つ。


 「馬鹿でいいよ、アナタみたいなクズじゃないなら……ね!」


 モニカは剣をさっと縦に振るう。

 轟音が炸裂すると同時に剣の先から放たれるのは、風の刃。それは風という不確かなものでありながら形を持ち、単なる気流の流れのはずが高速の斬撃を受けることで世界最速の飛び道具となった烈風の刃である。


 「あぎぃぃぃ!?」


 突然現れた不可視の刃に体を逸らせて回避しようとするゴートンだったが、距離を見誤った片腕が風の刃を受けたことで粉々に吹き飛ばされる。血飛沫を上げることなく、ゴートンは悲鳴と共にその場に両膝をついた。

 両腕を無くしたゴートンの前にモニカが立てば、ゴートンの首に刃を向けた。それでも、ゴートンの体は大きくモニカの刃は上方向へと傾ける形になる。


 「もうおしまいです。大人しく降参してください」


 「降参……だと……?」


 顔中に油汗を浮かせながら、ゴートンは信じれないという目でモニカを見た。


 「ええ、諦めてください。そして、もうこの街から離れて――」


 「――ぶっひょっぶっひょっ~!」


 絶望的な状況だというのに、ゴートンはさも楽しげに笑う。

 今のモニカは異常なゴートンの行動を前にしても、眉一つ動かさずにただ見ていた。


 「何が、楽しいの?」


 「いやいやぁ、あまりにもおかしなことを言うので、もうオモシロ愉快で! 私達魔人族と人間の関係なんて、るかられるの繋がりしかありませんよ! ぶっひょっ! 私達とアナタ達は、永遠に争い続けるのですよ! それが宿命だといのが、勇者様には分かりませんかねえ!?」


 「そんなこと……!」


 「ありえない、とは言い切れないでしょう? ユウシャサマ……この現実こそが答えさ!」


 皮肉たっぷりにゴートンに言われたモニカ。一瞬、意識がゴートンから逸れる。その隙間に潜り込むように、ゴートンは口から火炎を吐き出す。

 集中力を戻し、大きなサイドステップでモニカがその場から回避した。

 ゴートンはモニカとの開いた距離を見て満足そうに笑えば、足の力のみで立ち上がる。二本足で立ち上がるゴートンの姿には、余裕がないものの絶望している様子は感じられない。


 「だから、私が全てを焼き尽くす悪魔となるのですよ! その手始めに、このルクセントを業火に沈ませる!」


 天井を仰ぎ見て叫ぶゴートンの両腕に炎が宿る。肩の先から失ったはずの腕の代わりのように、炎が広がっていく。それはみるみる内に、太く長い形を手に入れて、燃え盛る炎の腕が生み出された。


 「腐った役人でも、自惚れた魔族でもない。私は、人間を復讐の業火で焼き尽くす為に生きる魔人ですよ。炎を操ることを、お忘れですか!?」


 両肩から生えた二本の炎の腕を大きく振り回したゴートン。その血走った目がモニカを睨みつける。

 変身したことで紙の剣の剣のように軽くなった勇者の剣をモニカは軽く振る。

 僅かな時間、モニカは葛藤する。そして、モニカは悩みを捨てる。ゴートンを、全力で滅ぼすべき敵として認識した。


 「……関係ないよ。炎を操ろうが魔人だろうが……ただアナタを倒すだけ」


 モニカの言葉が戦意を刺激したのか、ゴートンの両腕の炎が勢いを増したように一度大きく膨れ上がった。


 「本気を出すのですから、ちゃんと見合った戦いをお願いしますね!」


 炎の腕を獣のあぎとのように持ち上げれば、ゴートンは駆け出した。

 ノアの構えと酷似した姿勢で剣を頭の辺りに持ち上げたモニカは、ゴートンへと――疾走した。



           ※



 その頃、ノアとアルマはモニカとゴートンの戦いを呆然と見つめていた。

 本気を出したゴートンと今のモニカの戦いは互角。

 ゴートンが炎の腕を伸縮させて攻撃すれば、モニカはそれに合わせて高速魔法を使い、さらには剣に魔力を付加させての攻撃を行い炎を砕く。

 モニカも負けじと、ノア以上の速度と鋭さで高速の突きを行えば、ゴートンは炎の腕をあえて爆発させて目を眩ませたり、炎の腕を壁に変えてモニカの懐への侵入を許すことはなかった。

 攻めれば守り避け、守ればその隙を攻め、そして振り出しに戻る。

 ノアは力を奪われことも理由の一つに、動けなくなった体で瓦礫を背もたれにしながらモニカの戦いを見つめていた。すぐそばに、足に力の入らないアルマが体を横たわらせて、顔だけモニカを見ていた。


 「驚いたな……。あの力は、本当に三人分発揮しているようだ。魔力を使わなくても、私よりも早い」


 「ムカつく光景だけど……。なんだか、私達の可能性を見せつけられているみたいね」


 それでも基本はノアの力なので、ノアにモニカとアルマの身体能力を上乗せした程度のものになる。戦闘を見ていたノアの声には、どこか余裕があった。それは、今のモニカにはこの勝利の命運を託せるほどの人を安心させる力があった。


 「まずいわ」


 アルマは不安そうに呟いた。


 「どういうことだ」


 疲弊しきった声でノアが問う。


 「いくら私達の力を使っているといっても、強化魔法を受けた人間への負担は大きいのよ。それにあんな代わる代わる杖を通さない肉体への魔法。消耗戦になれば、負けるのはモニカよ」


 「じゃあ、早くモニカに知らせないと……!」


 「その必要はないでしょう。基本モニカだとしても、私の魔法の知識も持っていると思う。だったら、その辺の危険性には気づかないわけない。……消耗戦になりそうな頃には、決着を着けようとするはずよ」


 アルマは表情をいっそう厳しくさせてモニカの戦いに視線を送った。



          ※



 「はぁ……はぁ……んくぅ」


 モニカは、しばらく飲み込むのも忘れていた唾を飲み込んだ。

 ゴートンとの近距離の戦いから抜け出せば、バックステップをする。開いた距離は、互いに一度気を落ち着かせるには十分な間隔。

 消耗しているのはモニカだけではなく、ゴートンも同じだった。全身にモニカがあの手この手で付けた傷が見え、点々と付いた傷口から血が流れている。どろも致命傷にはならなかったものの、確実に一つ一つの攻撃がゴートンの精神と体力を削っていた。


 「人間は嫌いですが、貴女との戦いは満たされる。できることなら、ずっと限界が来るまで戦っていたいのですが、それはあまりに醜い終わり方だ。……そろそろ、決着を着けましょう」


 炎の腕が膨れ上がる。その大きくなった炎は、次第にゴートンの体を包んでいく。巨大な炎の塊となったゴートンが、地面を溶解させる。


 「うん、終わらせよう。その憎しみごと、消し飛ばすから」


 モニカは腰を屈めて左手を体よりも前に、そして右手は剣をしっかりと握る。

 二人の間の緊張感が限界まで膨張し、モニカとゴートンはお互いを瞬き一つすることなく視線を交錯する。

 張り詰めた空気の中、モニカは「ふっ」と吐いた呼気と共に地面を蹴飛ばした。


 「やあああぁぁぁ――!」

 「うあああぁぁぁ――!」


 炎の化身と呼んでも過言ではないゴートンと金髪を獅子のようになびかせたモニカが衝突する。

 熱風の嵐と屋敷を揺らす衝撃。

 モニカの剣は炎の壁を貫くことはなく、ゴートンに致命傷を与えることはできない。

 

 「よく頑張りましたね! ですが……ここまで、ですよ!」


 ゴートンの炎は勢いを増せば、刃を突きたてるモニカも飲み込もうとする。喉や腹の中まで焼くような高温の空気に顔を歪めて、なおモニカはゴートンを貫くために力を込める。


 「私達、魔人の憎しみの炎に焼かれなさい! 人間の勇者!」


 モニカは歯を食いしばる。

 これ以上、憎しみの炎は燃やさせてはいけない。説明できなくても、憎悪のままに突き進んだ先は見えている。ゴートンを倒すことは、勇者モニカの大事な使命なのだと再認識した。


 「魔人でも、人間でも関係ない! 私はただ、守りたいだけ! アナタみたいな、悪者からみんなを守りたいの! もう……迷わない!」


 モニカは高速移動ができる魔法に加えて、剣の切れ味も最大限まで高めている。それだけではなく、装着している鎧の防御力も限界まで増幅させていた。

 ここで退いたとしても、肉体はこの反動に耐えられない。死ぬことはなくても、立ち上がることはできないだろう。

 そこまでしても、後一歩届かない。そして、一押しは仲間が押してくれた。


 「モニカ、行けぇ――!」


 「負けちゃダメよ、モニカ!」


 ノアとアルマの応援する声が聞こえた。ずっと背中を見つめていた二人。応援するだけしかできないと思っていた二人。そんな二人が、モニカの背中を応援していた。


 (あぁ……どうしよう、こんな嬉しいことはないよ……!)


 モニカの剣先に雷撃が迸る。


 「二人に応援されちゃ……――負けるわけにはいかないよ!」


 膨れ上がった魔力がモニカの金髪をさらに輝かせ、高まった魔力が溢れ、モニカの全身から魔力の粒子が舞い上がる。

 最後の一手は、やはり三人で決めるものだ。


 「どこから、そんな力を……!?」


 戸惑うゴートンの体にさらに体を踏み込んでいく。

 炎の中に飛び込むような苦痛。それでも、仲間が後ろにいる以上は歩き続ける。

 モニカの剣が一際眩しく輝いた。


 「決まっているよ! アナタの馬鹿にした……人間の底力だよ! 

――雷撃裂ライトニングスラッシュ!!!」


 全身を迅雷の如く変えて、モニカは閃雷と共にゴートンの炎を突き破り、刺し貫いた。


 「ぶっひょっ……良い戦いでした……」


 モニカの耳に、そんな声が届いた気がした。

 腹に大きな風穴を空けられたゴートンは、風船のように浮き上がり体内から炎が溢れたかと思えば、内側から雷撃を放出して爆発した。

 文字通り、火達磨ひだるまになるゴートンを横目に、モニカは肉体の限界を超えたことを感じ取り瞼を落とした。


 「へへ……やったよぉ……二人とも……」


 長髪だった髪は元のおっかぱに、金色の髪は元の黒に。少しだけ高くなった身長は、再び縮む。

 戦いの終わりと勝利を手にした誇りを胸に、モニカは意識を失った。



          ※


 モニカは痛みと共に目を覚ました。


 「いたた……。あれ?」


 「お、目を覚ましたか。モニカ」


 何か温かい感触がするかと思えば、モニカはノアにおんぶをされていた。

 周囲を見れば、見覚えのある道。遠くの方から声が聞こえて、視線を向ければ屋敷が後方の方に見える。モクモクとした黒い煙が視界に入るところを見れば屋敷から火が上がっているようで、モニカとゴートンの戦いはやはりというか、ならない方がおかしいがかなりの騒ぎになりそうだ。


 「火事になってしまったところ悪いが、この隙に逃げ出させてもらおう。経緯はどうあれ、私達は領主を倒してしまったのだからな」


 淡々とノアがそう言う。それに関しては、モニカもアルマはそれ以上とやかく言うことはない。事実、今の状況以上に良い方法なんて思えたからだ。

 ふとモニカは二人の足音に違和感を感じ二人を見た。隣にいるアルマは、体を引きずるように杖をつき、ノアの肩や足にも血が滲んでいる。


 「あわわっ、ノアちゃんもアルマちゃんも凄い怪我ぁいたたた!」


 アルマはモニカの姿に苦笑する。


 「何言ってんのよ。一番、大怪我しているのはモニカなのよ?」


 「え、そうなの?」


 「そうよ、ほら」


 アルマはおもむろにモニカの肩を杖で触れた。


 「いたあああああい! ななな、なにこれぇ!?」


 「当たり前でしょ。モニカの言っていたアブソリュート・フォースに加えて、身体能力を上げる魔法をいくつも使ったんだから、それだけで済んだことの方が驚きよ」


 モニカは涙目になるものの、そこで気の抜けたように「へへへ」と笑った。


 「どうした、何かおかしなことでもあったのか? もしかして、アルマの本物の杖は屋敷と共に燃えて、今持っている杖は、ただの木の棒に変わっていることに気づいたのか?」


 「え!? 本当っ!?」


 「いや、嘘だ」


 「キーッ!」


 飛び掛りたいのだろうが痛みがそうさせない。顔だけを真っ赤にして怒らせるアルマ。

 あまりに平和過ぎる光景に、モニカは幸せそうに笑う。


 「へへ……なんか、幸せだね。私、嬉しいよ。自分が誰かを守れたことが……嬉しいんだ……」


 そのまま溶けてしまうのではないか、と思うほどのあまりに穏やな笑顔にノアとアルマもつられて笑ってしまう。


 「私も嬉しいよ。また、こうやって一緒にいられることが。……な、アルマもそうだろ」


 「えっと、私は別にっ」と、途中まで言いかけたアルマ。しかし、ノアの「こんな時ぐらい素直になれ」という意味のこもった視線を受け取れば、帽子を深く被り直してアルマは言った。


 「……当たり前じゃない、ばか」


 耳まで真っ赤にするアルマを見たノアとモニカは、互いに笑い合った。

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