ベースボール・アゲイン

祭 仁

第1話プロローグ

「野球の神様は存在するのでしょうか、野森監督。」あるスポーツ記者は聞いた。

「んー、そうだねぇ。」ゆったりと座ったふっくらとしたご老人は、手を顎にあてる。こうして見ると、現役時代は三冠王(首位打者・最多本塁打・最多打点)を幾度となく取り、現セ・リーグの”中央ドアラーズ”監督には見えない。

「野球の神様ってのはいないね。王様は沢山いるけどね。」

「王様とは、具体的に。」記者は前のめりになった。

「例えば、ホームラン王なら王貞治、松井秀喜。安打王ならイチロー。甲子園王なら『野上進』だな。」

 記者は持っているペンを震わた。「野上進、、、」聞いたこともない名前だ。

「知らんかね、5年前だよ。彼がいた夏は。」

(5年前ということは現在23歳。)

 記者はハッとなり、勢いよく立ち上がった。「23歳ということはっ、、。」

 野森監督はにやりと笑う。奥歯の金歯がキラリと見えた。

「そうだ。今、球界を代表するプロ達が一度に現れた黄金の時代だよ。彼はその中でも最強だった。」

 記者の手に汗が滲む。「じゃあ何故、彼はプロにいないんですかっ。」

「くるはずだったさ。でも、チャンスがあってもタイミング合わなかったんだよ。」

「彼は今、何処で何を。」

 記者はゴクリと唾をのむ。

(これは、いい記事になりそうだ。)

 監督は、金歯を光らせる。

「彼は、今―――。」

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「コォーラッ、千夏。幼稚園行くよ。もう、出ないとパパ仕事遅刻しちゃうから。」小さな女の子の手を引っ張る。

「ちっこくー、ちっこくー。」キャッキャッしながら千夏はパパに引かれる。

「じゃあ行ってきます、刹那。」

 こうして、進の日常は始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る