僕の事を好きだと言ってくれた君の為に

酔梟遊士

第1話

「私、遥太ようた君の事が好き」


 その声で目を覚ました時見ときみ遥太ようたは、自分が列車の客室にいる事を思い出す。


 閑散とした車内のボックス席に座っている遥太の周りには、他に乗客はおらず、その声が自分の記憶から作られた夢の中で、ある人物が発したものだと理解するまで多少の時間が必要であった。


「久々に見たな」


 遥太にとってその夢は何度か見たものではあるが、それがいつ以来だったかのかまでは思い出せずにいる。


 車内のアナウンスが、そのタイミングで次の停車駅が近づいている事を告げるが、その駅こそ遥太の目的地であり、彼が小学5年生の夏まで過ごしていた町でもある。


 現在31歳になる遥太は、今ではその町から遥か遠くで暮らしているが、出張で町の近くに来る事が分かると、懐かしさもあって有給休暇を使い立ち寄る事にしたのであった。


 流石に外の風景を見ても、記憶にないものや変化している事のほうが目立ち、自然と懐かしさよりも新鮮な気持ちが強くなる。


 やがて列車が駅に到着すると、その新鮮な気持ちでままで列車を降りるが、その駅さえも遥太が知っている頃の物ではなく、後々調べると著名な建築家がデザインしたというものに変わっていた。


「本当に、この町でいいのか?」


 思わずそう呟くほど景色は変わっていたが、20年ぶりという事を考えれば、それも仕方がないと思い、遥太は宿に向かいつつも散策するべく歩き出す。


 道中、記憶の中にある景色を見つけては思い出に浸っていると、一台の白いワゴン車が通り過ぎていったと思ったら不自然に止まり、運転席の窓から見知らぬ女性が訝しげな視線をこちらに向けてくる。


 遥太が思わず頭を下げると、その女性は笑顔を見せるが、どことなくその笑顔には見覚えがあった。


「遥太だろ」


 遥太は驚きつつも、その人物が誰なのかまだ分からず頭が真っ白になるが、彼女が乗っているワゴン車の側面に角谷酒店すみやさけてんという文字を見つけ途端に記憶の扉が開く。


角谷すみやいつきか」


「そう、そうよ」


 そう言って樹は満面の笑みを浮かべる。


 彼女は文字通り酒屋の娘で、昔は男子よりも気が強く腕っ節も強かったが、不思議と遥太とは仲がよかった。


「それにしても、よく分かったな」


「そりゃ、あんたの雰囲気や、歩き方が全く変わってないからさ」


 その言葉に、遥太の笑顔は苦笑いに変わる。


「あんたは分からなかったんか?」


「まあ、そう言うな。女は特に分からないもんだろ」


「それは、良い意味で言っているんか?」


 遥太の記憶にある樹は、気の強そうな表情に加え、ショートヘアで常に日に焼けており、何より女の子らしい格好とは無縁だった事から、見た目だけみれば男子そのものであった。


 しかし今、目の前にいる彼女は相変わらず気の強そうな顔立ちをしており、仕事着と思われるTシャツにジーパンに店名をあしらった前掛けという格好ながら、長い黒髪に薄いが化粧を施しており、そのスタイルは女性らしく、間違っても男に間違われるような事は間違ってもないと確信する。


「まあな」


「で、何してんの?」


「出張で近くへ来たもんだから、ついでに寄って行こうと思ってさ」 


「へえ、あんたサラリーマンか」


「しがない。な」


 遥太がそう言って笑うと、樹も合わせて笑顔を見せる。


「どこか泊まるんか?」


「ああ、予約はしてる」


「だったら乗りな。送ってやるし、あんたが良ければ色々案内してやるから」


「良いのか?」


「ああ、配達は終わったし」


「助かる」


 遥太が助手席に乗り込むと、樹は実家である店に連絡を取り、遥太を案内する為帰りが遅くなることを伝えた後、車を走らせ先に遥太をホテルに送る。


 チェックインを済ました遥太は部屋に荷物を置くと、すぐに樹の車に戻った。


 車内ではお互いの近況を話し、遥太は大学卒業して技術系の会社で働いており、独身である事を告げる。


 樹は高校卒業後、一度はこの町を離れ他所の大学を卒業後、商社勤めも経験したが結婚で退職し、その後離婚してこの町に戻って実家の手伝いをしているという。


「何だよバツイチか」


「うるさいな童貞」


「だ、誰が童貞だと言った」


「ほう、じゃあ今まで何人と付き合ったか言ってみろ」


 その質問に、遥太は何も答えずに外の景色を眺める。


「ほら見たことか」


「どうせ、俺はモテんよ」


 そう言いながら、不意にある少女の事が脳内に浮かび遥太は動揺するが、それに気がついた樹もそれ以上の事は言わなかった。


 その後、2人は小学校や昔遊んだ公園など、思い出の地を巡りながら、観光地なども回り、最後の場所を回った頃には西の空に夕日が沈みかけていた。


「楽しかったよ。ありがとな」


「どういたしまして」


 樹の返事に、遥太は助手席に乗り込むべくドアに手をかける。


「なあ、遥太」


「ん?」


詩衣那しいなには会わんの?」


 その問いに、遥太は思わずドアを開けたまま動きを止める。


「気にはなってんだよね?」


「まあ、な」


「無理にとは、言わんけど」


 それを聞いた遥太は、勢いよく助手席に乗り込むとドアを閉める。


「いや、行こう」


 遥太の力強い口調を受けて、樹も運転手に乗り込みエンジンを始動させた。


 遥太は道中、詩衣那こと森野もりの詩衣那の事を思い出す。


 小学1年生の時に都会からこの町に引っ越してきた彼女は、都会から来たという事で目立っていた事と、その内気な性格もあり、周りと馴染めずいじめの対象にすらなりかけたが、それを嫌った遥太と樹が仲間と共にその流れを断つ事が出来た。


 その後、詩衣那も遥太と樹達ともに行動するようになり、その関係は遥太が引っ越す小学5年の夏まで続いた。


 その別れの日、詩衣那は遥太に告白するが、遥太は驚きと何より恥ずかしさから、その場で返事をする事が出来ずに別れるが、遥太が意を決して返事の手紙を送ろうとした矢先、詩衣那は不慮の事故でこの世を去ってしまう。


 初めて自分の事を好きと言ってくれた彼女の事を、遥太は決して忘れる事はなかった。

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