おればか ~俺のバァちゃんがこんなに可愛いはずがないッ!~

嵐山之鬼子(KCA)

第1話.美少女(?)来訪

 ドアを開けた途端、照りつける日差しの眩しさと温度に、俺はたちまち挫けそうになった。

 「うぉ~、だりィ。出るの止めるかなぁ」

 一瞬そうは思ったものの、すでに母さんからは「客人を迎えに行くことのお駄賃」として臨時に野口さんを2枚もらっている。「暑いだろうから、途中で冷たいものでも飲んどいで」ということらしい。

 「働かざる者、食うべからず」が我が家のモットーだ。さすがに約束果たさずにこのままガメるのは気が引けるし、老人をこの暑気の中に放置するのも寝ざめが悪い。

 渋々ながら俺は駅前に向かって歩き出した。


 ちなみに、「客」と言うのは正確な表現ではない。母方の祖母が、田舎の家を引き払って、コッチで同居することになったのだから。

 「つーても、東原のばーちゃんに最後に会ったのって、確か4、5歳の頃だからなぁ」

 じーちゃんの方とは半年前に亡くなるまで、ごく頻繁に会ってたんだが。

 て言うか、むしろ俺に悪戯と覗きの極意とやらを教えてくれたのは、じーちゃん本人だし。

 「つくづくファンキーなジジイだったよなぁ」

 齢70歳にしてナナハンバイクを駆り、某亀仙●みたいなアロハ&バミューダパンツ姿で闊歩する、かくしゃくとした爺様だった。老いてますますさかんと言うか、永遠のガキ大将っつーか。

 もっとも、俺自身は、そういうじーちゃんが嫌いじゃなかったし、むしろある意味尊敬し、意気投合してる部分もあったと思う。

 ただ、それだけ世話になったじーちゃんの葬式には、運悪く高校受験が重なって出席することができなかった。

 いや、俺は葬式を優先しようと思ったんだが、母親づてに、ばーちゃんが「タカ坊は受験に専念しといて。忠孝さんもそれを望むと思うさかいに」と言ってきたので、やむなくそれに従ったのだ。

 もっとも、その時の借りを思えば、炎天下にばーちゃんを迎えに行くくらいの苦行はやむなし、か。


 「しっかし、ばーちゃん、乗り継ぎとか大丈夫なのかね?」

 京都……と言っても京都市内じゃなく「淡羽町」とかいう町の、その中でもさらに端っこの方に住んでたらしいからなぁ。

 ネットで調べてみたら、人口密度が1平方キロあたり50人以下。ウチの町も都内23区とかと比べると片田舎と言ってよい土地だが、それと比べてさえ率直に言ってかなりの僻地だ。

 あまり遠出とかしない人らしいから、迷ってないといいけど。

 「そう考えると、早めに出たのは失敗だったかな」

 ま、その時ゃ、駅前の喫茶店で涼むとしよう。


 ──てなことを考えてるうちに駅前の改札前に続く階段が見えてきた。下の方までひさしがある親切設計なのは、正直夏場や雨の日には有難い。

 「それらしい人物は……いないな」

 いま階段付近にいるのは、中年のオッさんと女の子がひとりだ。

 とは言っても、俺の方は向こうの顔知らないし、声かけてくれるのを待つしかないわけだが。

 手持ち無沙汰に辺りを見回していると、視界に見知らぬ少女にからむ見知った顔が目に入って来た。

 「くそっ、アイツ、またかよ……」

 ただのナンパなら別段俺が口出すことではないが、どう見てもその少女が困っている風とあっては、センパイとして見過ごせない。

 俺は、早足にナンパ男の背後から歩み寄って、パンッと強めに肩を叩いた。

 「イテッ! な、何にしやが……って、た、タカユキ先輩っスか」

 「よぅ、哲平。こんなトコロで奇遇だな。確か、清三中の野球部は今夏合宿の最中だと思ったが……」

 「は、ハイっ、本日合宿3日目であります!」

 ビシッと鬼軍曹にしごかれる新兵みたいな態度で直立する後輩。ま、あながちその比喩は間違ってもいないんだが。

 「で、買い出しに来たついでにナンパか? いい度胸してるじゃねーか」

 この渋沢哲平という男は、中学時代の後輩で、野球部のリリーフ投手だ。決して悪い奴じゃないんだが、女好きでいつもナンパや覗きの類いに精を出している。もっとも、成功率は限りなく0に低いらしいが……。

 「い、いえ、その……」

 「言い訳はいらん。グランドまで駆けあーし!」

 「は、ハイッ!!」

 ペットボトルの入った買い物袋を抱えて、脱兎の如くに駆け出す哲平。

 「ったく。真面目に練習すりゃ、エースも夢じゃねーってのに……おっと、悪かったな。余計な真似だったか?」

 俺は、哲平が困らせていた(であろう)女の子に向き直って、頭を下げ……かけて、思わず息を飲んだ。

 そこには、こんな片田舎では滅多に見られないような美少女が佇み、間近から俺の顔を見上げていたからだ。


 背丈は俺の口元くらいだから、おおよそ150センチ弱ってところか。

 今時の子供は結構発育がいいが、少女の大人びた顔立ちや表情、そして全体の雰囲気からして、多分小学生ではないだろう。中学1、2年くらいかな?

 とくに、その黒目がちな瞳からは不思議な気配が感じられた。

 シンプルだが品の良い白い半袖のワンピースを着て、オーソドックスな麦わら帽子をかぶっている様は、綺麗に伸びた背筋と華奢な肢体があいまって、どこか「避暑地に来た育ちの良いお嬢様」といった趣きを感じさせる。

 あまり外に出ないのか抜けるような白い肌も、その印象を強めていた。

 腰まである長い髪を、首の後ろくらいで品の良い木彫りの髪留めで束ねまとめいるが、それでもその艶やかな黒髪の魅力は隠せない。


 率直に言おう。

 メッチャ可愛い! つーか、俺好みのタイプ!!

 哲平の奴が目を付けるのも無理がないと、思わず納得しかけるほどの、極上の美少女が、優しい目をして俺を見つめていたのだ。


 「いえ、すみません、助かりました」

 ペコリと頭を下げる少女。どうやら、やはり困っていたらしい。

 「いや、出来の悪い後輩を叱るのも先輩の務めってな。ひょっとして、待ち合わせか?」

 「はい。親戚の者が迎えに来てくれるはずなのですが……」

 歳の割にキチンとした受け答えをする子だな。好感度がますますアップだ。

 「実は俺も待ち合わせなんだが、相手が来てなくてな。良かったら、一緒にアッチの喫茶店で涼まないか?」

 普段は決してこんなナンパ野郎じみた台詞は吐かないんだが、この時ばかりは意図せずそんな誘い文句が口から飛び出した。

 「え、ですが……」

 ほんの少しだけ躊躇するそぶりを見せる美少女A。

 「や、あの店なら、中からこの場所が視界に入るし、待ち人が来たらすぐわかるだろ。それに正直、ココ、クソ暑いし……」

 こうして立って話しているだけでも汗が噴き出してくる。見れば、少女の額や首筋にもほのかに汗が滲んでいるようだ。

 「──そうですね。では、ご一緒させてもらいます」


 それから、連れだって喫茶店に入った俺達は、俺おススメのクリームソーダを一緒に頼んだ。

 「……あ、美味しい」

 「だろ? この店、コーヒーはイマイチなんだけど、コレとかレモンスカッシュとかの類いは、なぜかメチャ旨いんだよな」

 本格喫茶とか名乗ってるクセに……となじみのマスターの方に目をやると、ソッポを向いて口笛吹いてやがる。


 それから俺達は、改札前階段の方を眺めながら、ポツポツと雑談を交わした。

 どうやら、少女は今日からこの町に引っ越して来たらしい。

 「それで、その大荷物か」

 彼女くらいの年の娘が持つにしてはゴツい革張りのトランクには、たぶん引っ越しの手回り品が詰まっているのだろう。

 しかし……いいことを聞いたな。今日からこの町に住むということは、また顔を合わせる可能性が高いってことだ。

 幸いにして初対面での好感度はそれなりに稼げたようだから、何度か会って親交を深めれば、お友達から、ガールフレンド、そして恋人に……。

 クラスの悪友連中の中には、「中学生なんざお子様だろ」とか「お前、その年でロリコンかよ」とかホザく奴もいそうだが、年下好きで何が悪い! つーか、高校1年の男が中学生の女とつきあってロリコン呼ばわりはねーだろ。

 「あの、たかゆきさん、どうかしましたか?」

 「あ、いや、なんでもないんだ、ウン」

 もっとも、とらぬ狸の皮算用はみっともないな。今日のところは、可愛い娘とお知り合いになれただけで満足しておくか。


 「──来ないなぁ」

 「──来ませんねぇ」

 そんなこんなで20分ほど喫茶店にいたんだが、どちらの待ち人も一向に現れない。

 「よし! こうなったら、俺が、ノゾミちゃんを送っていこう」

 「え!? でも、悪いですよ……それに、たかゆきさんが迎えに来た人は?」

 「なーに、あっちは立派に大人なんだ。多少待たせたって平気さ。それよりは、レディを送っていく方の優先度が高いし」

 「れ、レディだなんて……照れますね」

 自分でもちょっと(いやかなり)キザかな、と思ったが、ノゾミちゃんはいたく感動してくれたようだ。まぁ、確かにこの年齢で一人前の女性扱いされることは稀だろうしな。


 結局、俺がやや強引に意見を押し通して、彼女を引っ越し先まで送っていくことになった。

 「それで、住所はわかるかい?」

 「はい。清瀬市竹岡一丁目の……」

 なんと! ウチと同じ町内だったとは!! こりゃ、ますます幸先がいいぞ。

 俺は、ノゾミちゃんのトランクを片手に下げて(彼女は恐縮してたけど、これくらいは男の甲斐性だよな!)、見知った通りを案内する。

 「えっと……確か、この角を右に……」

 おいおい、マジでウチの近くだぞ。これって、どんなエロゲ?

 「あ、ココです」

 「……へ!?」

 少女がその細い指で指す家の門柱には「瀬戸家」の文字が。ココは、まごうことなくマイハウス、俺ン家だ。

 「えっと……まさかと思うけど、ノゾミちゃんの苗字って、ひょっとして東原?」

 「? はい、そうですけど」

 「そーかー。ちなみに、おれのふるねーむは「せとたかゆき」っていうんだ」

 「! あ、もしかして……」

 パチンと両手を胸の前で打ち合わせた「深窓のお嬢様」ライクな美少女は、嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。

 「ひゃあ、タカ坊、おおきぃなったなぁ~、全然わからへんかったわぁ」

 先ほどまでのよそゆきの標準語と異なる、親愛の情のこもったおっとりした京都弁も、少女にはよく似合っていたが、生憎それに聞き惚れる余裕は俺にはなかった。

 なぜなら。

 東原希──それこそが、今日、この家に来る母方の祖母の本名だと思い出したからだ。

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