その2

 家はいつも修羅場だった。

 冬休みと夏休みが近づくと、特に居心地が悪くなってきて、休み期間中は最低だった。

 外面のいい両親は、家の外では仲良くふるまっているが、一度家に帰ったら、喧嘩の嵐だった。だから、二人はできるだけ顔を合わせないよう、生活している。

 お互いの学校にいる時間も長くなるから、ますます世間は『仕事熱心な先生』と褒めたたえる。が、子供の私から見ると、最低最悪だった。

 物心ついたときから両親の喧嘩に怯え、どうにか仲直りして欲しいと願い続けた。

 でも、今日、部活を終えて学校から帰ると……。

 両親が、なぜか私よりも早くに帰ってきていて、激しい言い争いをしていた。

 そして、ついに母が言った。

「真奈美、お母さんとお父さんは離婚するからね。あんたはお母さんとくるわよね?」

 私は、ついにこの日がきたのだ……と、震えた。

「バカな! 離婚だと! 俺は許さんぞ! だいたい真奈美は渡さんぞ!」

 外では仏と言われている父が、鬼のような顔をして母に迫る。

 殴るのは、いつも腹だ。外から暴力がばれないよう。母も、殴られっぱなしではない。蹴りを入れる。

 そのような日が繰り返されてきたが、今日という今日はもうダメだと思った。

「私、仲良くできないお父さんもお母さんも嫌い! バカ!」

 そう怒鳴って、家を飛び出し、海まで走ったのだった。


 家につくと、私はそっと玄関の戸に手を掛けた。

 十センチほどの隙間から、両親の姿が見えないのを確認して、なかに入った。

 家の中は散らかっていた。それを片付けるのが、私の仕事。

 割れたお茶碗は、私のお気に入りだった。

 両親は、喧嘩の度に私のお気に入りを破壊してくれる。

 いつもはなかったものが、テーブルの下に散らばっている。薄い緑の枠線のある紙——離婚届だった。

 繋げてみると、母の名前と判がおされていた。でも、父が破り捨てたのだろう。

 二人ともどこへいったのか?

 おそらく、母は買い物で、父はジョギングか何かだろう。

 怒りでたぎった汗をジョギングの汗に変え、せいが出るね、などと近所の人に声を掛けられ、仏の笑顔で返すのだ。

 泣けてきた……。

 そして、私はいい両親の元で育つ優等生なのだ。

 離婚届を握りしめ、私は泣いた。

「お父さん、お母さん。お願い。別れないで……。仲良くなって……」



 その夜は、まるで何事もなかったように過ぎた。

 やがて戻ってきた母は、夕食の準備を始め、私も手伝った。父は、ただいまも言わずにシャワーを浴びた。

 両親は顔を合わせないようにしていたが、怒りを爆発させてすっきりしたのか、何も感じていないかのように穏やかだった。

 そして、翌日の夜。母は言った。

「お父さんとお母さんだけどね、やり直すことにした」

「え?」

 母の顔は、無表情だった。

「昨日、あれから話し合ったんだよ。そして、やっぱり離婚なんていけないって結論になったんだよ。離婚なんかしたら、あんただって肩身が狭いだろ? お嫁に行くのにも支障が出る。だから、あんたのために別れないでやり直そうってことにしたんだよ」

 その間、父は自分の書斎に籠ったままだった。

 でも、私は希望の光を見たような気がした。

「お父さんとお母さん、仲良くしてくれるんだよね?」

 母はうなずかなかった。

「そういう事になったから」

 とだけ言った。


 私は自分の部屋に戻ると、『お願いドラ』を指で弾いてみた。

 昨日、私はずっと両親の仲直りを願っていた。

 たったひとつのお願いは、『両親が離婚しないこと』だった。

「ありがとう、ドラ」

 私はドラと、きっと側にいるだろう宇宙人に感謝して眠った。

 両親が離婚しなかったこと——これで、私の人生は変わったのだろうか?

 金持ちと結婚することも、八十五歳で死ぬ運命も、すべてすべて白紙に戻った。

 でも、きっとそれでよかったんだ。

 

 ドラ、ありがとう。

 もうお願い事は使い切ってしまったけれど。

 私、この『お願いドラ』を家宝にするからね。

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