2-20【先史の記憶 7:~白の伴侶~】


 それから俺達は道中幾多の戦闘をこなしたが、結局、強敵どころかエリクをすり抜ける敵すら出くわさなかった。

 その想像以上の平和っぷりに、徐々にモニカの中にストレスがたまり始める。

 戦闘狂ではないが、だからといって後ろから眺めているだけというのも、それはそれでキツイのだ。

 他の魔物とかはどこへ行ったのだろうか?

 魔力塊だから、俺達の魔力を感じ取って出てこない・・・なんて事は、さっきのアレを見る限りないか。


 メルツィル平原に広がる巨大遺跡、その地下を走る巨大な廊下を端まで歩き、小さな通路を通って別巨大な廊下へ出て、その途中から入った先にあったのは、またも下に降りる階段だった。


 だが漂う雰囲気が先程のとは全く違う。


「これ・・・・本当に数千年前に作られたんですか?」


 先を歩くエリクが堪らずそう呟いた。

 周囲の構造物は年月による劣化で大きく欠け、補修と保護の為の養生がそこら中に貼り付けられた様は痛々しくもある。

 だが、その隙間に見える壁は一目で分かるくらい高精度だったのだ。

 するとクレストール先生が徐に、壁の一角を指し示し、そして、


「おそらくだが」


 と前置きした上で説明してくれた。


「この上の方に見える装飾は、第一社会文明時代後期・・・おそらくは上の遺跡の時代の第二期レイラ朝時代に補修された時に追加されたものだ。 なんとか表面的な意匠は下のものに合わせているが、素材や工作精度の関係で限界が見えるだろ?

 問題はその”下”だ。 まだはっきりしてはいないが、ホルベルト値による年代測定法では1万4千年から1万8千年前、おそらく”先史時代”の全盛期と思われる。 ゴーレム技術者と鍛冶屋の卵ならこの下のあたりを見ればわかると思うが、恐ろしい工作精度だろ? 現代の魔法成形と比べても遜色ないどころか、微細構造に関しては遥かに凌駕している。 信じられないだろうが、一部を削って確認した所、アクリラで最も倍率の高い”顕微装置”でギリギリ確認できるほど微細な”人工的な幾何学模様”が確認できた。 これは他に発見された”先史遺物”にも確認できる構造だが、それによって、この壁一面が何らかの複雑回路を成していると考えられる。

 つまりこの階段は、我々、”第二社会文明”の総力を結集しても未だ足元にも及ばぬ超技術といえるな」


「”カシウス”のゴーレムと比べても?」


 クレストール先生の言葉に、モニカがなんとなくそう返した。

 だが、その声には僅かながらに”してやったり”といった色が乗っていた。

 例え現存する技術で及ばなくても、俺達が遥か高みに見ながら必死に手を伸ばしても影すら見えず、俺やヴィオの基礎、”勇者ブレイブゴーレム”を作り上げ、あまつさえ”人を産むゴーレム”まで作り上げたカシウスなら、技術的に遜色ないか上回っていると考えたのだろう。


 ただし先生の答えは、当たり前のように”それ”を裏切った。


「確かに彼は、数百年に一人の天才だ。 私の研究所にも彼の技術の流れを汲む装置があるし、彼の作ったゴーレム軍団は、彼自身の活動がない現時点でも他を圧倒する技術レベルにある。

 だがそれは所詮、この数百年・・・レベルの話にすぎない。 ここにあるのは、この数万年・・・で最も進んだ文明の、その”最盛期”の技術だ。

 例えカシウスであっても、この時代の幼児の玩具にすら遥かに劣る・・・・・し、当然、この階段の方が遥かに高度だ」


 クレストール先生はそう言う。

 恐ろしいことに、冗談を言っている感じではなく、モニカの言葉に乗っていた感情に反応した様子もない。

 単に、アリとサイカリウス、どちらの体が大きいかを答えたかのように当たり前だった。


「この階段が・・・ですか?」

 

 モニカが確認するようにそう問う。

 その声には今度はかなりはっきりと、憤りに近い反応が乗っていた。

 天下のカシウスの技術が”所詮”と形容された事もそうだが、何より、なぜ階段ごとき・・・・・にそんな技術が使われるのか理解できないといった感覚だ。

 事実俺も同じ思いである。

 だが、クレストール先生の答えはあくまで淡白。


「それが”この時代”だ。 まったく無意味な技術の無駄使いだがな」


 その言葉は、まるで今日の天気を答えるかのように軽い。

 これが歴史学者ならではの客観的思考というやつだろうか。

 そして、その有無を言わせぬ”歴史的事実”を前に、モニカの口が僅かにギュッとなる。

 俺達が人生をかけても手が届くかどうか分からぬ次元が・・・それですら児戯にも劣る世界があったと言われたのだ。

 はいそうですか、と納得するには些か内容が突飛すぎる。


 モニカが”この階段を作った者ならば・・・”といった感情で階段の壁を見つめる。

 だが、それは無意味な事だ。

 この壁を作った連中は、滅んだ文明を一つ挟んだ更に昔にあり、今はただ朽ちて土の中で掘り起こされるのを待つだけ。


 それに、俺達は彼等に意見するために来たのではない。

 それを思い出させるために、俺はそれとなく一番近い脅威の観測データをインターフェースユニットに映す。

 するとモニカの心の波がすっと小さくなる。


 ただ、クレストール先生の言葉はまだ続いていた。 


「きっと只の石の階段を作るよりも、その方が簡単だったのではないかと考えられている。

 この遺跡でも別の場所で大規模な”製造装置”が見つかっているからな、わざわざ素材を加工するくらいなら、その装置で超高レベルの回路も玩具も、・・・階段も一緒くたに作ったほうが早かったのかもしれない」


 なるほどね。

 しっかしこんな高度な代物をただの建材として使うまで、生産技術が偏る事なんてあるのだろうか?

 まだ石を切り出した方が楽だろうに。

 なーんて俺は思ってしまう。

 そういうところが、”発達してない文明人の意見”なのかもしれないけれど。 


「でも、なんでそんな凄い文明が滅んだんですか?」


 するとエリクが根本的な疑問をクレストール先生にぶつけた。

 言われてみれば変だな。

 ”先史文明”とやらは、どうも”超古代文明”と呼んで差し支えないらしい。

 だが、そんな文明が殆ど跡形もなく消えるだろうか?


「それは諸説ある。

 種族間対立が激化し、内乱の収拾がつかなくなっただの。 技術継承に失敗し環境の維持が困難になっただの。 魔力を安易に使用しすぎて、活発化した魔獣の集団発生に耐えきれなくなっただの。

 だがどれも、その最大の要因が5000年に迫る”時間”だったということでは一致している。

 一つだけ確かな事は、超常を更に超えた技術を持っていようとも、文明の崩壊を防ぐ事はできなかったということだ」

「はぁ・・・」


 5000年の時間の力か・・・

 俺達はその壮大な単位に面食らうしかない。


「だが、この階段を見る時に気にすべきポイントはそこではない」


 クレストール先生はそう言うと、しばし考え込むように壁を指していた手を動かし、そのまま進行方向を指差す。


「つまり、これが先史文明による物だとするなら、その時代、ここから更に地下・・・・に”目的”があった事になる。

 ・・・それが問題なのだよ」

「問題なんですか?」


 モニカが不思議そうに問う。


「ああ、そうだ。 他にも似たような遺跡がいくつか見つかっているが、それも謎が多い。

 彼らは何を考えてこのような階段を整備したのか。 確かに下に奇妙な遺跡があるし、我々はまさにそこに向かっているわけだが、その意味や価値はまだ不明だ。

 上が”第一社会文明”時代にあれ程整備されたことからして、少なくとも1万年近くに渡って、ここには何らかの惹きつける”理由”がある筈なのだが、それが判然としない」


 クレストール先生はそう言うと、先を歩くエリクを手で急かした。

 今は特に脅威もないのでそれに従い、歩調を強める俺達。


 程なくして階段の底に辿り着いた俺達は、そこに広がった光景にまた息を呑んだ。


「見たまえ」


 クレストール先生が自慢気にそう言って、両手で目の前の光景を指し示す。

 俺達のライトに照らされ浮かび上がったそこは、高さ10m程の石柱が無数に並び立つ、広間のような空間だった。

 しかもその石柱には、これまでにないほどの荘厳な装飾が施され、物凄く細かい文字でビッシリと何かの文章が刻み込まれている。


 ”石碑”だ。

 それが何かの儀式の様に並ぶ光景は、圧倒されるものがある。

 先程の廊下と比べて規模こそ小さいが、受ける迫力は変わらない。

 

「ここは”先史の記憶”と呼ばれた、”第一期レイラ朝”の遺跡の中心部、見渡す限りの石版は、彼等が後世に残そうとした歴史の集積物だ」

「え? でも、ここって”先史時代”に作られたんですよね?」


 モニカが確認する。

 先程の階段が1万数千年前の遺物で、この部屋が5~8千年前というのはおかしな話に思える。


「”部屋”はな、だがこの石碑達をここに集めたのは、”第一期レイラ朝”を始め、”第一社会文明期”に属する者達だ。

 石碑の下部と上部で異なる石材と文字が使われているだろう。

 上が”先史時代末期”から”第一社会文明初期”に作られたもの・・・つまりは”原典”だな、その台座として下にあるのが”第一社会文明後期”のもので、上に乗っている”原典”の翻訳と注釈になっている」


 そう言いながら、クレストール先生は嬉しそうに石碑の一つを指差した。

 だがそこに書いてある文字は、当然のように読めず、内容は不明。

 一応、【解読スキル】を噛ましているが、古すぎて状態が悪く、手がかりとなる参考例がないので”原典”の方は数十分くらいかかりそうだ。


「どんなことが書いてるんですか?」

なんでも・・・・だ、歴史、思想、娯楽、知識に詩集。

 おそらくは別の形態で纏められた物だろうが、収集の段階でごちゃまぜになったのだろう」


 クレストール先生はそう言うと、手近な石碑を指差す。


「この辺は先史の神・・・”ブラノ”に関する記述だな」


 へえ、古代の神話か。

 ちょっと興味ある。

 ただ、


「”ブラノ”って、どっかで聞いたことあるような・・・」

『ちょっと待ってろ』


 モニカの呟きに、そう言って俺がアーカイブに検索をかけると、想像以上にあっさりとどこで見たのか分かった。

 だが、その結果に俺は少し困惑する。


『あれ? でも、これだと・・・』

「どんな神様なんですか?」


 そんな俺に気づいたモニカが、手っ取り早くクレストール先生に問うた。

 すると先生は、少し難しそうな顔で何かを語り始める。


「 ギリアンに力を貰う前、聖王には”ブラノ”という白髪の伴侶いた。

 二人は大層仲がよく、聖王は毎日”白の片割れ”と踊り続けた。

 だがそれは永遠ではなかった。

 ギリアンは聖王に力を与える代わりに伴侶を永遠に奪った。

 伴侶を失った聖王は怒りと悲しみで千の昼を隠し、万の夜を燃やし、溢れた涙が億の民を沈めた。

 狂った聖王を救うためギリアンは6人の従者を遣わせた。

 やがて聖王の記憶から伴侶が失われ、聖王の心は落ち着きを取り戻した。

 だが白の伴侶は今も遠くから聖王を見ている・・・ 」


 先生が語ったのは、俺の検索結果とほぼ同じ文章。

 だがそれは・・・


「”聖王神話”の一節だ」

『やっぱり・・・だけど・・・』

「”聖王神話”?」


 その言葉に俺達は大いに困惑した。

 なぜなら聖王神話は確かに昔の話だが、それでも約2300年前・・・昔話の誤差を含めてもせいぜいが数千年と、現代まで続く”第二社会文明”の枠を出ないからだ。

 だがこの石碑に書かれた記述は、少なくとも前の文明・・・ひょっとすると1万年以上前のことである。


「”じだい”が合わなくないですか?」


 モニカが恐る恐るそう聞く。

 歴史の専門家に、”それ間違ってね?”と聞くのは勇気がいった。

 だがクレストール先生は何でも無いように答えた。


「聖王神話はあくまで”神話”だ。 その全てが実際に起ったことではない。

 いや、むしろそのエピソードの大部分は、既に浸透していた他の民話や神話を下敷きにしている物が殆どだ。

 だからこそ長きに渡って語られ続けたし、”白の従者”だったアラン先生もはっきりと形を残すことができた。

 だが、だからこそ聖王神話を真の意味で抽出するには、”先史の神話”をできるだけ多く知る必要がある」


 そう言いながらクレストール先生は、懐から特製と思われる手拭いを取り出し、石碑に付いていたネズミか何かの糞を、慎重かつ丁寧に拭い取る。


「聖王に関する物語は有名だが、その伴侶”ブラノ”に関するものはさっき言った程度のことしかない。

 だが見ての通り、その”下敷き”となった先史時代の神話には、殊の外”ブラノ”に関する神話が多い。

 面白いだろ?

 何故か彼らは、この”白の片割れ”をよく崇拝していてな。 かつてはかなり力のある神だったらしいのだよ」

「へえぇ」

『つまり聖王のおはなしに、あとから付け足した”おはなし”ってこと?』

『もしくは、既にある神話に混ぜ込む形で広めようとしたのかも。

 親しんだ話なら受け入れやすいだろ?』


 ここにあるような規格外に古い神話に比べると最近だが、それでも聖王神話は古い話だ、それ故にそういう事も多いのだろうが、その関係者アラン先生が生き残っているのに、そういう事が起こるというのはちょっと不思議である。

 もし俺達も何千年も語り継がれたら、知らない奴と結婚させられたりするのだろうか?


「ブラノって、星の名前にもなってますよね?」


 エリクがふと、そんなことを聞く。


『そういえば、そんな星もあったな』


 書類上とはいえ、一応天文学系の研究所に所属している身としては大変恥ずかしいことこの上ない発言だが。

 ”ブラノ”という名前は、一般的には神話の登場人物というよりも、”星の名前”としての方が有名だ。


「”ついせい”だったっけ?」


 モニカが呟く。

 ついせい・・・つまり”追星”と呼ばれるそれは、この世界にだけ存在する星の区分であり、その訳の通り”追いかける星”を意味する言葉で呼ばれていた。


 全天の中でほぼ動かず、季節にのみ左右される”恒星”

 その中を惑うように動き回る”惑星”

 そして毎日きっかり同じように昇り、沈む”太陽”と、それに追従する”追星”

 もちろん専門上では追星も”惑星”なのだが、この認識が一般的なものだろう。

 

 そして”ブラノ”は、見つかっている中では唯一の”追星”で、太陽が沈んでからその後を追いかけるように沈んでいく、小さな小さな白い星だ。

 本当に見づらく太陽の光に隠されやすいのだが、旅人にとっては太陽が沈んでからも少しだけ時間が把握できる道標として重宝されており、モニカ自身もその名前も知識もなかった時代から親しんだ存在だ。


「私は星の専門家ではないから分からんが、おそらく毎日同じように太陽に付き従うブラノを”伴侶”と呼んだのだろうな。 星の名前が先か、神話が先かまでは分からんが。

 その辺はモニカ君の先生に聞くといい、スコット・グレンは今、星の専門家だ」


 クレストール先生がそう言うと、エリクがチラリとこちらを見た。

 うっ、そんな目でこちらを見るなよ、モニカが引いてるじゃないか。


 するとクレストール先生が手を叩いて、宣言するように言った。


「では、早速始めようか。 アイリス、資料をこっちに。

 君達は我々の安全を確保してくれ。 それと何も壊さないように」


 そう言って俺達を指差すクレストール先生。


 道中に確認した話だと、クレストール先生は今この石碑の内容を解読する作業の途中らしく、今日は以前解読した内容があってるか、取り漏らした言葉がないかのチェックをするとのこと。

 つまりここが今日の”現場”である。


 急に学者モードに入った先生は、真剣な顔つきで石碑に向き直った。

 人が変わったかのように厳しく、それでいてギラギラとした興奮に満ちていた。

 その雰囲気と興奮で剥き出された眼球が、どこか彼の中に流れるという”ゴブリン”の血を想起させた。

 だが、恐ろしく知性的でもあるのだが。


『よっし、そんじゃ俺達は安全確保すんぞ、まずは部屋の状況の確認だ』 


 俺がそう言って、モニカとヴィオに号令を飛ばす。

 今回はこの部屋ごと”強化情報システム”の管理下に置くので、俺が指示役だ。

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