2-20【先史の記憶 6:~身近な超有名人~】
「・・・おー、あれが!」
モニカがその姿を見た瞬間、小さく感嘆の声を上げた。
垂直に交差する2本目の廊下に出たところで、俺達はそれまでにない獣と出くわしたのだ。
エリクが音を立てないように剣を構え、俺達に下がるように合図を送る。
向こうはまだ気づいていない。
その獣の姿は炎の塊の様に揺らめく半透明で、形こそ先程までの四足獣と変わらないものの、明らかに”別のもの”と認識できる代物だった。
『これが”魔物”なんだ』
モニカが俺に呟く。
『正確にはその一種、”ゴースト”だな』
そいつは半透明な体をわずかに揺らめかせながら、何かに取りつかれたように足元の瓦礫に不定形の歯で噛みついては砕いていた。
『”ゴースト”は魔物の中では比較的一般的な、死体をベースに発生する魔力生命体だ。
大きく分けて、生体魔力だけが抜け落ちたパターンと、魔力が死体構造を転写したパターンの2種類あるが、これは後者だな』
なんとなく、俺達とどこか親近感が湧くような成り立ちだが、その存在感はかなりおどろおどろしい。
半透明で筋肉や脳(だったもの)の構造まで分かる顔面の中に、目玉が忙しくなギョロギョロと動く様は、夜に出くわしたらルシエラでも独りでトイレに行けなくなる事受け合いだ。
現に、俺は軽くそれくらいの精神的ダメージを負っている。
『お父様、準備はいいですか?』
『ん? あ・・・いいよ、こっちは』
ヴィオの確認に俺はそう答えた。
あのゴーストが見えてから、ずっと俺は警戒モードだし、モニカにしたって2人の護衛対象をしっかり両手の届く範囲に付いている。
すると、ヴィオからそれを確認したエリクが剣を上に掲げて魔力を込めた殺気を放った。
唐突に、その殺気に反応するようにゴーストが弾かれたようにエリクに向き直る。
事前の打ち合わせであったように、ゴーストを含む魔物はかなりの脅威だ。
魔獣とまでは行かなくとも、それに近い強さを秘めていることがある。
ほぼ同じ形と大きさをしているからといって、先程までの四足獣と同じと思っては痛い目にあうだろう。
とはいえ、完全に俺達の行く手を遮る形に居座っているので無視することもできない。
だだっ広い廊下だが、その大半は埋もれているので実際に通れる場所は限られているのだ。
こういう時の対処法はできるだけ有利な態勢を確保してから近づき、威嚇して反応を待つ。
賢いやつなら彼我の戦力差を見抜いて引いてくれるが、引いてくれなきゃ斬るしか無い。
ここで、”こっそり近づいて先制を”というのはあまりオススメしない。
魔物の視界は外見から分かるものではない事が多く、距離で探知してくることもあるので絶対に近づく途中で見つかるし。
その時に近づきすぎてたら振り向き様に手痛い一撃を食らう恐れがある上、確実に戦闘になるからだ。
さて今回は・・・
エリクと”ゴースト四足獣”が、殺気と魔力を全身に漲らせて威嚇し合う。
まるで絵本の剣士のような一場面だが、実力差は明らか。
だが、それを察してくれる知能は持っていなかったらしい・・・いや元々そういうの薄い獣だったけど。
とにかく、とりあえずエリクを目前の脅威と判断することはできたらしいその”ゴースト”は、唐突に飛び上がると、エリクに向かって牙を剥いた。
”ゴースト四足獣”の蹴り上げられた後ろ足が、その体の数倍の量の瓦礫を吹き飛ばす。
その量と勢いに、俺達は心の中でわずかに驚いた。
『おお、こりゃ下手な魔獣並みというのは、間違いじゃねえな・・・』
純粋な魔力で構成された体だからだろうか、とにかくその”ゴースト四足獣”のパワーとスピードは、これまでに戦ってきたどの通常個体よりも強力だった。
『ちょっと大きいサイクくらい?』
『そんくらいかな』
モニカの見立てに俺が同意する。
大体”Fランク魔獣”に少し届かないくらいか。
そりゃ、みんな怖がるわけである。
モニカでも、俺が目覚める前であれば無理に戦おうとはしなかっただろう強さ。
ただ・・・
「とぅぉおおっ!!!」
エリクがヴィオの剣を物凄い速度で振り込む。
ただゴースト四足獣は、それも空中に飛び跳ねて回避できるはずだった。
だが、それはエリクの放った確実に仕留めるための”罠”で、わざと飛ばせるために足元を狙った”見せ”の一撃。
幽霊みたいな見た目と存在だが、ゴーストはあくまで重力に縛られた存在でしかない。
完全に空中に飛び出し制御を失ったのを見計らうと、ヴィオが剣身にベクトル魔法陣を展開し、急激に剣の軌道を変える。
もはや避ける事すら叶わなくなった憐れなゴースト四足獣は、その牙がエリクに届く寸前、その牙ごと真っ二つに切り飛ばされてしまうしかなかった。
それでも向こうは、”バカめ! 俺に物理攻撃は効かねえんだよ!”的な顔に一瞬なっていたが、ヴィオがそんなミスを犯す訳もなく。
事前の打ち合わせ通り、IMUで魔力補助を追加した一撃は、ゴーストの魔力的繋がりを完全に断ち切っていた。
ゴースト四足獣が”バカな!?”といった表情のまま、構成していた魔力が虚空に潰れる。
うーん、ちょっと強過ぎるね”剣聖術”。
エリクにはそのまま、慣性で突っ込んできた四足獣の死体(のような魔力溜り?)を避ける余裕すらあった。
あの一撃を外したとしても、そのままの動きで回避はできたというわけである。
強化外装を前にしては、大型サイカリウス並みの強さなど物の数ではないのだ。
ないのだが、うーん・・・
『どうしたの?』
『なんというか、こうまで強いと。 どうしたもんかと』
正直、こうまで俺達の力が過火力というのは認識していなかった。
比較的ポンコツな俺が手探りで作ってた時代は色々相殺されて丁度良かったが、エリクもヴィオも既にその道に特化した能力を持っているので、現在の脅威が明らか”役不足”に陥っている。
まあ、悪い事じゃないんだけど・・・
『ロンはぜいたくだなー』
『うるさいな、IMU欲しがってたくせに』
俺がそう言うとモニカが言葉にならない文句を、感情に乗せてぶつけてくる。
「あのクラスの”ゴースト”を瞬殺か」
だがエリクの強さには、クレストール先生も舌を巻いていた。
今のって”あのクラスの”等といわれるような奴だったのか・・・
「それもモニカ君が作った武装なんだろ」
「はい」
「・・・”はんぶん”だけ」
エリクの答えにモニカが追加する。
ヴィオに関しては、半分以上”天下カシウス製”だ。
俺もモニカも先人の功績を蔑ろにしたくはない。
だが先生の感心は、それでも目減りしなかった。
「それでも凄いな。 エリク君は見た感じ殆ど”普通”以上の適正は感じられないというのに、武装と訓練でこれ程強くなるというと、まるで”魔導装具”のようだ」
クレストール先生の形容に、エリクが若干気恥ずかしげに答える。
「はい、俺もこれを着ている時は、まるで”スコット・グレン”になった気分で」
「おー! 確かにさっきの動きは”スコット・グレン”のようだった」
うん、そりゃ”本人”の動きも取り入れてるからね。
【剣聖術】に入っている大半の所作は”レオノア”だが、所々にスコット先生の動きを取り入れていた。
・・・いたんだけど。
「”スコット先生”のこと知ってるの?」
モニカが不思議そうにエリクに尋ねる。
するとエリクは驚いたように目を見開いた。
「え? スコット先生?」
モニカが何言ってるのか理解できない様子だ。
「おや、知らんのか? モニカ君の”所属”はまさに件の”スコット・グレン”だぞ」
クレストール先生はそう言うと、なぜか得意げな表情を浮かべた。
だがその効果は絶大で、エリクの顔がみるみる驚きに染まっていくではないか。
「モニカは、”スコット・グレン”の弟子なのか!?」
「いや、弟子じゃないけれど・・・」
エリクの叫びをモニカが否定する。
「・・・ちょくせつの先生?」
「それって、弟子みたいなもんじゃないのか?」
「うーん、ちょっと違うかな・・・」
制度の始まり的には弟子で間違いないのだが、俺達はスコット先生とは全く関係ない分野に進んでいる以上、”弟子”というには違和感が強かった。
『強いて言うなら”保護者”かな?』
俺のその呟きをモニカがそのままエリクに伝える。
「・・・なんで教えてくれなかったんだ?」
「え? おしえてなかった?」
モニカがそう言って聞き返すと、エリクが勢いよく首を横に振った。
『うーん、たしかに
視覚ログを確認した俺がモニカに結果を伝える。
そもそも自分の正確な所属がどこかなんて、言いふらすようなことでもないが、やっぱり話してはなかったらしい。
だがモニカは首をひねったまま、そのまま”次元収納”を開けるように指示を飛ばすと、開いた異空間に手を突っ込む。
「でも、これは何度も見てたでしょ?」
モニカがそう言って取り出したのは、俺達がアクリラにいる時必ず身につけている、”バッジ”。
その表面には、
これはエリクも何度か目にしているはずだ。
モニカが、ねえ彫ってるでしょ? とばかりにエリクの目の前に突きつけるが、エリクの反応は鈍い。
「こんなのすぐに読めないよ・・・す・・・く?・・・と・・・が?・・・れ・・・・ん?」
どうやらデザインとして崩してある文字が読みづらいらしい。
まあ、グニャッとしてるからな。
エリクは文字自体は読めるが、決して慣れ親しんでいるわけではない。
だが、まじまじと何度も読み返したことで、段々と”スコット・グレン”の文字が読めるに連れエリクの顔は驚愕に染まり続けた。
「ほ、ほんとうだ・・・・」
そう言って俺たちを指差すエリク。
聞きたいことが多すぎて、何から聞いていいか分からないと混乱している様子が見て取れた。
「・・・”スコット・グレン”は、ずっとアクリラにいたのか?」
あー そこから行く?
「えっと、ずっといるんですよね?」
判然としないモニカがクレストール先生に問うと、先生は何でも無いことのように頷いた。
「ああ、そこまで古くはないが、まあまあ長いぞ」
『24年教師やってるって言ってたな』
クレストール先生の言葉に俺が補足する。
「だがモニカ君も知っての通りあの”性格”だ、それに公に名前を使い出したのはかなり最近で、それまで伏せておったからな。
公にされてからも極力触れないようにしていたから、同姓同名の別人だと思う者も多い。
それに知っての通り、”七剣”は解散の時に闇へと消えたわけで、形式上ではトルバの”脱走兵”だ。 今も身元が知れてる者はほぼいないし、そもそもスコットがアクリラに来たのも隠遁のためだから、知らなくてもおかしくはないだろう」
はー、そうですか。
というか今しれっと、”みんな知ってるよね?”的に色々ぶち撒けましたけど、なんですか”七剣”って? 剣が七本あるんですか?
俺は”魔導剣士”だの”魔導騎士団”ってのは聞いていたが、”七剣”ってのは知らんぞ・・・
「でもエリクでも知ってるなんて、スコット先生って、そんなに有名なんだ」
モニカが何気なしにそう呟く。
するとまるでその言葉に化学反応したようにエリクの顔が一気に憤りに染まった。
「”スコット・グレン”だよ!? ”スコット・グレン”! 知らない子の方が珍しいよ!」
「ご・・・ごめん・・・」
エリクのあまりの剣幕に面食らったモニカが、宥めるようにそう謝る。
何が彼をそんなに熱くさせるのか。
とはいえ俺達の知ってるスコット先生って、たしかにとんでもなく強いけど、あんまり凄い人ってイメージがなかったわけで・・・
・・・と思ってログを検索すると、教科書の中から出るわ出るわ、”七剣””魔導剣士””スコット・グレン”の嵐。
『モニカ・・・スコット先生って、すんげー有名人みたいだぞ・・・』
まだそこまで授業が進んでいないとはいえ、なんでこれをスルーできていたのか不思議なくらいの量である。
なんと恐ろしいことに、歴史教科書登場回数はアラン先生よりも多ったのだ。
『・・・ガブリエラより?』
『あーーーー・・・それは・・・ちょい下』
教科書を確認しながら答える。
恐るべきガブリエラ、自分の学んだ筈の教科書に名前がベタベタ登場してやがる・・・
そりゃ、そんなの見てたら感覚麻痺するわな。
するとクレストール先生が助け舟を出してくれた。
「モニカ君はかなり北の地域の生まれだからな。 ”スコット・グレン”は”世界的英雄”だが、あくまで
「なるほど・・・」
”世界的英雄”っすか・・・
それでも、想像以上のデカイ単語に俺は面食らう。
そんな形容をされた人物など、俺は他には知らない。
「で、でも”スコット・グレン”ですよ?」
エリクが”それでも信じられない”といった感じに続ける。
どうやら、よほどスコット先生が好きらしい。
「ああ、私も本音ではそう思う」
え? クレストール先生?
「おそらく間近に居過ぎて世俗の存在感が伝わらなかったのだろうが、それにしても一年近くアクリラに住んでいて”スコット・グレン”の知名度を知らないとはな」
「・・・す、すいません」
まさかの二重攻撃に完全にたじろぐモニカ。
最近減ったが、常識を知らないというのは、まだまだ俺達最大の弱点らしい。
するとアイリスが苦笑いを浮かべながらそこに加わった。
「やっぱり最初はビックリしますよね、私も最初にモニカちゃんのバッジを見たときは何度も見直しちゃいましたもん」
「アイリス・・・」
そういやアクリラに来て最初の頃は、随分このバッジはやたら耳目を集めていたな。
当時は、新しい学校の名前に珍しがってるとばかり思っていたけれど。
今は気にならないが、慣れるまでは随分居心地の悪い思いをしたものだ。
だが、確かに突然”世界的英雄”のバッジをつけてる生徒が現れたら、見てしまうだろう。
モニカだって”カシウス”や”マルクス”と書かれたバッジの生徒がいたら、3度見くらいはするに違いないだろう。
するとアイリスが小声で俺達に耳打ちした。
「”男の子”に人気なの、特に戦士目指してる子とか、”大魔将軍と七人の魔導騎士の戦い”、アクリラだとそれなりだけど、トリスバルだと座学の必修なんだって」
あーなるほどねー。
『どうやら、本当にモニカにとっての”マルクスの冒険”みたいな話だったらしいな。
資料によると、結構最近まで続いていた”
”大魔将軍”ってのは、アムゼン魔国の”魔王”に仕える滅茶苦茶強い将軍なんだってさ』
こう書くと想像以上にとんでもない経歴である。
『まおう?』
『ああ、”魔人”の王様だから、”魔王”』
ちなみに”魔人”とは、最初期に登場した亜人で種族的にとても魔力が強い。
アクリラだと希少種過ぎて見たことはないが、魔人の集まる”魔国”は昔相当強かったらしい。
『へぇー』
ちなみに俺が資料から感じるイメージは、本当に”魔王”だった。
どれくらい”魔王”かというと、かつて先代魔王を打ち破りかけた初代勇者にあげた”世界の半分”が、まさかの”アルバレス”なのである。
え、マジデ!?
『え? まじでっっ!?』
自分の所属する国のまさかの出自に思わず俺達はそう叫びながら、更に他の資料をほじくり返した。
それによると、完全にそういうわけではないようだが、物凄く穿った見方をすれば、そうなるらしい。
歴史の教科書でオルドビスが唐突にアルバレスに変わるのが不思議で仕方なかったが、こういう事か。
そして、そんな魔王とスコット先生が渡り合ってた事が驚きだ。
確かに謎に知名度あるし、やたら強いし、意味深な怪我や過去から何かあるんだろうなー、とは思ってたけど。
全開の”過去に触れんな”オーラに甘えて、探るようなマネはしなかったが、もう少し周りに目を向けるべきだったかもしれない。
そんな事を考えていると、モニカが「スコット先生って凄かったんだね」という言葉を飲み込む音が聞こえた。
さすがにそれを言ってしまうと、エリクにまた火がつくのが目に見えていたからだ。
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