2-20【先史の記憶 4:~第二期レイラ朝~】
クレストール先生に引き連れられ、俺達がやってきたのは発掘区画の入り口。
できるだけ内部の遺跡に影響が出ないように、離れた場所に拠点が作られているせいで結構歩いたが、すぐに発掘区画を示す看板と大きな壁のような入り口が見えてきた。
もう既に何年も発掘調査が行われているので、入り口にはかなり整備されたゲートが設置されていて、それが外側に大きく開け放たれている。
とはいえ、こんなものは道なりに設けられた虚仮威しで、発掘区画自体がフェンスなどで囲われているわけではない。
この広い遺跡にそんな事をすれば膨大な予算が必要になるし、これはあくまで周囲の国や団体に「ここはアクリラが調査している!」と主張するためのものだからだ。
なので、危険な動物の侵入を止めることはできない。
発掘区画の中に入ってもすぐに景色は変わらなかった。
それぞれの発掘区画に分かれて簡易的な道が伸びているが、基本的にはそのへんの森を切り開いただけの獣道といった様相である。
簡易的な道なので非常に凹凸が激しく、車輪の車両は入れないだろうが、とはいえ大量の荷物を背負っているロメオの動きを阻害するほどではない。
一緒に出発した他の発掘チームの大部分とはここで分かれる。
クレストール先生の助手やアイリス以外の手伝い生徒も、最前線に向かうので一番真新しい切り開かれたばかりの道へと曲がっていった。
俺達は逆に既に掘り起こされた箇所を回るので、人通りの少ない道を選ぶ事になる。
発掘区画は非常に広大なので、人が少ないところというのは本当に人の気配がない。
遠くに蠢く沢山の気配が逆に俺達のいる辺りの寂しさを引き立てているようで、気のせいか周囲の音が減ったような錯覚を感じる。
モニカにいわれて付けてる、事務所前にいた”あの男”のマークも反応増幅用のスキルを組んでなければ見逃していたかもしれない。
反対に目立ち始めたのが、発掘区画内を蠢く”謎”の気配だ。
たぶん動物とかだろうけど、中には明らかに変な反応が混じってる。
そして何より、その反応の多くが地面より下、かなり深い部分まで続いていることだ。
ただ、この下にどれほどの空間が広がっているのかと思うと、俺は少しだけ心がワクワクしたのは内緒である。
そうこうしている間に、突然周囲から木がなくなった。
いよいよ、”遺跡”に到着というわけである。
非常に広大な空間が切り開かれ、掘り返された地面の下に半壊状態の建物の壁や柱がズラッと並んでいた。
基礎部分だけ残っているのも含めると、空から見たときにも感じたがかなりの規模の街がここにあったことが分かる。
俺達はそれを横目に見ながら、発掘区画は踏み荒らして遺跡を壊さないように、少し離れた何もない土の上に敷かれた移動用の通路を進んでいく。
クレストール先生によると、この辺は去年までにあらかた調べ尽くしたので今日は素通りだ。
それにしても、こうして近くで見ると案外普通の街だな。
もちろんこんなにぶっ壊れた街は見たことないが、ただひたすら似たような建物が道のそばに並ぶ光景は見慣れた街のものだった。
特にヘンテコな物もなく、既に回収済なのか遺物的な物も見られない。
てっきり、もうちょっと割れた壺的な物とかがあると思っていただけに、肩透かし感があるくらいだ。
「もっと”へきが”とか、”せきひ”とかが残ってるのかなって思ってました」
モニカも似たような事を思ったのだろう。
だがそう言うと、クレストール先生がカラカラと笑った。
「もちろん、そういう物がある時もある。 だが、実際はこの通りだ、落胆したか? とはいえ読み取れんわけではない、あれを見てみろ」
そう言いながらクレストール先生が、左前を指差した。
それは一見するなら、なんの変哲もないただの”古代の家”といった感じの建物だ。
強いて特徴を挙げるなら、一部屋根が残っているくらいか。
だが、クレストール先生は違った。
「広い門構え、複合的な基礎構造からして何らかの商業施設だろう、この地域では珍しいペニトンアーチの痕跡が見つかっているから、異国の品を扱っていたのかもしれない。 となれば、このあたりは比較的富裕層が住んでいた可能性が高い。 遺跡全体の中心部からは遠いが、かつてはここが中心だったのかもしれないな。 もしくは、役人や高官達の住んでいる地域だったか。 ここは4000年前も採掘都市だったからな、管理する者もいたことだろう」
「へえ」
クレストール先生の見立てにモニカが感心する。
俺達では、とてもあの只の廃墟からそこまでの思考を巡らせることなど、とても出来ない。
さすがは専門家ということか。
「とはいえ、ここは比較的保存状態が良い遺跡だ。 この時代の他の遺跡は荒廃期に破壊された物も多いから、ここあまり恨みを買わなかったか、それとも、本格的に使われる前に放棄された可能性もある、いやこちらの可能性が高いな、なにせどれも使用痕が少ない、おそらくすぐに捨てられたのだろう」
「こんな大きな街を?」
クレストール先生の言葉に、エリクが声を上げて驚いた。
「こんな街を造るのは、ものすごく大変でしょ、なんで捨てたんですか?」
エリクは鍛冶で物を作る仕事をしているからな、これほどの規模の都市を造る労力を想像できてしまうのだろう。
だがクレストール先生はそれに対しての答えは、まだ持っていなかった。
「残念ながら、それはまだ調べている最中だ。 今日我々が行く場所にも答えはないだろうから、”最前線”で新たに何か見つかるのを祈るとしよう。
とにかく複数層に重なっているこの遺跡の最上位層、つまり最も新しい時代の部分は、非常に短い間しか使われていないことが判明している。
推定年代は3800年から4500年前と幅があるが、実際はその何処かの10年程度しか使ってなかったのではというのが、我々の見立てだ。
これは私の推論だが、第二期レイラ朝の衰退に影響されたか、もしくは影響したか、少なくとも関係があるのではと考えている、その場合は3800年前と非常に新しい部類になるな。
だが、様式がどうも古風で第二期レイラ朝初期の流行が見られるのが謎だ。 あそこの建物の壁の内側の白いのが見えるだろ? あれは”シェペリ”といって膠に卵白を混ぜた内装飾なのだが、おそらく元々は壁画だったと考えられている、だが配合が悪いのか劣化が早くてあのザマだ。 しかし、それが使われていたのは第二期レイラ朝初期の頃、後期には性能も保存性ももっと高い技法があるから、後期に作られたとは考えにくい」
ふむ、なるほど。
そのクレストール先生の言葉は非常になめらかで、上機嫌なことがこちらまで伝わってきた。
一方、質問したエリクは、今の言葉をどうにか飲み込もうと小声でヴィオに解説を求めている。
彼は特に教育を受けたわけじゃないからな、細かな歴史は掴みづらいだろう。
歴史の授業を受けてる俺達だって、ここがどんな所かだったのかもさっぱりなのだ。
クレストール先生の使う単語を検索にかけて、なんとかモニカとヴィオに伝えているくらいである。
とりあえずこの俺には廃墟にしかみえない遺跡も、歴史学者にしてみれば大いなる歴史ミステリーの一幕になるらしい。
移動中は歩くだけで暇だからか、それともモニカもエリクも比較的、頷きながら聞いていたせいか、そもそもクレストール先生がそう言う性格なのか、
先生の解説は随分と細かくそして果てがなく、そこからしばらくの間、俺達は地図を睨むアイリスに先導されながらクレストール先生の解説を聞きながら第二期レイラ朝のものと見られる遺跡を歩いていた。
”ものとみられる”という言葉を置いたのは、現在絶賛、この遺跡が第二期レイラ朝のものではないのではないかという嫌疑がかかっているからだそうだ。
別の場所で出土した家具に、もっと新しい時代の意匠が見つかったからとか何とか。
「あれは絶対、”シュプリーム”の小蘭の意匠ですよ」
アイリスが興奮気味に、レイラ朝の後の”暗黒時代”にこの辺りにあったとされる小国の名前を出す。
ついに教科書にも載ってない百科事典級の単語が登場して、モニカが心の中で力なく両手を上げた。
「いや、それにしては形が歪すぎる」
だがクレストール先生はすぐにアイリスの言葉に注釈を入れる。
しかしアイリスは引かない。
「先生は形を気にしすぎです、それにまだ、はっきりとスタイルができる前のものかもしれないじゃないですか」
「いや、この辺りの彫師は昔も非常に優秀だ。 実際、この遺跡の装飾はどれも高い次元の精度を持っているからな。 スタイルが定まる前かもしれないが、もし”シュプリームの小蘭”なら、形はもっと小欄に寄せていたはずだ」
・・・と、いった感じにアイリスと、クレストール先生が白熱した議論を交わしていたので、現在この遺跡で絶賛熱い話題なのだろう。
だが、門外漢の俺達には正直どうでもいい。
それよりも事務所での打ち合わせで聞いた、”先生方が興奮しているときは事故が多い”という言葉を思い出して軽く身構えていた。
最初は何かを発見したときは気をつけろくらいの意味かと思っていたが、実際はクレストール先生どころか只の手伝いの筈のアイリスまで普段より興奮しやすいように見えた。
たまに足元がおぼつかなくなってるので、滑って足を踏み外す前に止められるようにしないとな。
それから程なくした頃、露天掘りされた遺跡の街の・・・おそらく広場の真ん中に古代には見えないテントが張られているのが見えてきた。
いや、”テント”というにはかなり大きい。
そこら中に張り巡らされた踏み板の上を通りながら遺跡の中に入り近づくと、見上げるほど大きな緑色のテント型の布製の建物が眼前に広がった。
アイリスが専用の魔道具で鍵と保護魔法を解除しながら布の合わせ目をめくると、中にはこの周囲で一番大きな建物の残骸が見えた。
どうやら、”テント形の建物”は、この大きな残骸ごと内部を保護するためのものらしい。
その異様は殆ど壊れて見る影もないというのに、素人の俺達でもこの建物が何か重要な意味を持って建てられたというのが伝わってきた。
というか。
「これ、”アンタルク島”にあったのにそっくり・・・」
モニカが消え入るようにそう呟く。
すると、クレストール先生が感心したように反応した。
「ほう、アンタルク島の”神殿”を知ってるのか、感心だ、最近の若者はこういうのにあまり興味を持たぬからな」
「・・・行ったことがあります・・・」
「そういえば、モニカ君は飛べるんだったな。 紹介状に書いてあったのを思い出したぞ」
「はい・・」
モニカがそう答えながら魅入るように、目の前の残骸を見つめる。
もちろん形などはぜんぜん違う。
だがその特徴的な”肋骨的な構造”は確かに、アクリラの浮島の一つにあったあの”廃墟”を思い起こさせた。
何かの宗教施設だとは思っていたが、本当に神殿だったんだな。
そういや、あそこで誰かが戦ってる”予知夢”を見てたんだっけ。
「これ、なんの建物なんですか?」
モニカがクレストール先生に核心を尋ねる。
すると先生は何でもないように答えてくれた。
「”第一社会文明”の代表的な神殿設備だ。 今と同様、多くの国や種族が混在した文明だったが、この信仰だけはほぼ共通として各地に残っている、不思議だろ? アンタルク島の神殿もその一つだ。 あれを見たまえ」
クレストール先生はそう言うと懐から手持ち式の魔力灯を取り出し、その明かりを神殿の廃墟の中へ向けて照射した。
すると、腐った大ネズミの死体のような神殿の一番奥の、真ん中の壁の上にかけられた大きなマークのような物が大写しになる。
それは、アンタルク島の神殿にも存在し、もっと”別の場所”でもみたマークだった。
「全てを飲み込む”円”、天から照らす”太陽”が吊り下げる”時”を司る振り子、”第一社会文明”が信奉する、”先史”のシンボルだ」
「”せんし”って、むかしって意味ですよね?」
「そうだ、そしてこれがこの時代の面白い所だ。 大陸中に数多の神と宗教が並立していたが、その彼らが共通して最も信仰していたのは”時間”だ」
「”時間”ですか?」
モニカが、不思議そうに聞くと、クレストール先生は何でもないように頷く。
「そうだ。 全てを常に取り込む時間は、絶対の平等だからな。 更に古い時代では太陽信仰や偶像信仰が強くなる傾向にあるが、多くの種族が共存を目指した”第一社会文明”では、”時間”こそが共通の信仰先として有力だったのだろう。 特に過去は指針や教訓をくれるから、とりわけ多くの信仰を集めた。 更に昔の先史時代では規範や理想論を土台に作られた”教典”や”法典”等の決め事が信仰されて、社会を組み立てていたが、どこまで決めても齟齬や対応能力の欠如が起こったからな。 その点、過去の出来事を土台にすれば記録する几帳面と、調べる根気さえあればかなり広範囲の事案に対処できる。
そして未来を見据える目があれば、道に迷う事もない。 過去の懐かしい時間に浸りながら、未来に思いを馳せる、それがこの時代の習慣だったのだよ」
クレストール先生の言葉はとても雄大で、思わず納得させられてしまいそうになる。
だが、俺達が聞きたいのはそうではない。
「”メンディ”も、この印を使ってますよね?」
モニカがそう聞いた。
そう、かつてミリエスの結界祭で俺達を襲ったあの異常者集団、南部地域の新興宗教こと”メンディ”はこの”印”を使っている。
「正確には、”反転した先史”のシンボルだな」
するとクレストール先生は即座にそう注釈し、それにモニカが真顔のまま頷いた。
「これを見れば分かる通り、メンディの印は”時間”を意味するものだ。 だがそれを使用している理由は少し異なる」
クレストール先生はそう言うと、珍しくあまり面白くなさそうな表情で頭を掻きながら答えてくれた。
「もちろん私は宗教などどうでもいいので結論は言えんが、”メンディの起こり”は、このシンボルが成立した第一社会文明時代だと言われていて、だからこそ現代でもこの印を使用している根拠となっている。 だが、かつての文明が共有の信仰として”時間”を選択したのに対して、メンディのそれはあくまで、かつての第一社会文明時代の生活や価値観に回帰しようという教義を正当化するための物、という側面が強い。
だからこそ印を反転させ、”逆行”の象徴としているわけだな。 つまりは”時間”は信仰の対象ではないということだ」
「そうなんですか・・・」
「君は北部の生まれだろ? ということはメンディにはあまり良い印象はないのではないか?」
「・・・・」
先生の鋭い指摘にモニカが口籠る。
実際、胸に槍を突き立ててきた相手に良い印象はない。
とはいえ、”悪い連中”と切り捨てるには、俺達の交友関係は少し広すぎてもいるのだ。
「なるほど、友人にメンディがいるのだな」
クレストール先生にモニカの表情が固くなり、それを見た先生の顔に確信が浮かんだ。
「どの時代の宗教にも、教義を理解できなかった過激派が起こす負の側面がある。
社会動物というやつは、”心の拠り所”という安心状態に一旦陥ると、急に視界が狭くなるからな。 だがそれは少なくともメンディが目指している、”第一社会文明”の価値観とは程遠い。
その悪行の根拠になっている以上、宗教は無責任ではない。 だがその宗教の目的と程遠いのだから、その悪行をそのままその宗教のせいにするのは短絡的で、それもまた視界が狭い状態だ。 君が見た”悪意”はその者の一側面であって、他の信者の全てではない。 それは分かっているのだろう?」
「・・・はい」
「ならば、必要なこともいずれ分かるはずだ。 それが”理解”なのか、それとも”忘却”なのかは別にしてな。 これは私の教訓だが、大抵そういう問題というのは”個”にとってはどうでもいいものだ、少なくとも君が本当に”やるべきこと”に比べれば。 ちがうかね?」
「・・・・はい・・・ちがわないです」
「ならば、”やるべきこと”に尽力したまえ、個人ができることなどたかが知れてるからな、一生で一つ見つかるかどうかの”答え”を、そんなもので得たくはないだろう」
クレストール先生はそう言うと、いくつかの資料と地図を取り出して、それを頼りにしながら、魔力灯で今度は床に向かって照射する。
そう、まだここは目的地ではない、ただの”入り口”なのだ。
だが、クレストール先生の言葉で、モニカの心が少し軽くなったのは間違いなかった。
明かりの中に浮かび上がったのは、朽ちて埋もれかかった、下へと続く大きな階段。
正面から見ると、ちょうど祭壇と思われる構造物の裏に隠れるように空いたその穴は、奈落へと続く深淵の入り口にも見えた。
「さて諸君、灯りを出したまえ。 これから”
クレストール先生はそう言うと、手持ちの魔力灯を頭に巻きつけて固定し、別の魔力灯を取り出して点灯した。
それを見たアイリスもロメオの背中から魔力灯をいくつかの取り出して体に括り付けたり、手持ち用を準備して、俺達に差し出してきた。
ただ、その必要はない。
「あ、いいよ」
モニカはそう言うと、
同様にエリクも各種ユニットに搭載されているライトを点灯させる。
これくらいは標準装備だ。
するとクレストール先生が近寄り、俺達のライトに目を寄せてきた。
その迫力にモニカが身を引く。
「・・・見た感じ、魔力反応光だと思うが間違ってないか?」
「・・・は、はい・・・」
その答えを聞いたクレストールが身を起こす。
「分かってると思うが、地下空間なのでな、空気を淀ませる発光は駄目、遺跡を劣化させる恐れのあるエネルギーの高い光も駄目だからな。 今君らが点けてるタイプ以外の灯りは使わないでくれよ」
「あー、はい」
モニカはそう答えると、驚きを隠すように
だが先生の言うとおり、うっかり火でもつけて酸欠になったり、変なガスに引火でもされたらかなわないので、確認されるのは仕方ない。
まあ、とにかくお許しは出たので心置きなく使おう。
俺はそう考えると、ロメオの付けてる強化ユニットのライトを点灯させる。
すると突然全身がピカピカと光り始めた事で、ロメオが何事かと周囲を見回し、助けを求めるようにアイリスの胸元に首を突っ込んだ。
このスケベ牛め。
まあ、これで暗闇を歩く準備は整ったわけだ。
クレストール先生がそれを確認すると、建物の入り口に取り付けられていた警備用の魔道具操作して解除し、中へ入れと手招きする。
地下への入り口は、真っ暗で何も見えないが噴き出す風の量から、かなり広大な空間がその向こうに広がっているのは分かった。
そしてここから先は”警戒区画”でもある。
この班の安全責任者である俺達がエリクに指示を出し、彼がそれに頷いて前に出ると、そのままヴィオに観測スキルを発動させ、地下へと続く階段を
下り始めた。
「それじゃ、続いてください」
「分かった」
「頼むぞ」
「キュルル」
モニカの指示にそれぞれが返答し、階段へと入っていく。
順番はエリク、一つ空けてクレストール先生、アイリス、ロメオときて、殿に俺達だ。
階段の中に入ると、想像以上の暗さが俺達を包み込んだ。
俺達どころか、大型の獣や魔獣でも通れそうな広さの空間が、斜め下にかなりの距離続いている。
そして観測スキルのデータを信じるなら、その先に着いても、向きが変わってまた階段が続いているらしい。
「
モニカがそう尋ねると、クレストール先生は頷いた。
「第2期レイラ朝後期に”遺跡”への通り道として整備された階段の一つだ。 だがそれ以前からここには下に降りるための階段があって、ここはそれを改修したものに過ぎない」
「ということは、昔から遺跡だったってことですか?」
「ああ、そうだ。 ここは元々”後期第一社会文明”が、それよりも前の時代に触れる為に作られた場所なのだよ、我々と同じようにな。
そしてこの下には、前期”第一社会文明”が更に古い、”先史”時代に触れる為の巨大地下遺跡が広がっているというわけだ」
「じゃあ、最初から”遺跡”として作られたんですか?」
「そうなるな、さしずめ”遺跡の遺跡の遺跡”といったところか」
クレストール先生がそんな”遺跡”がゲシュタルト崩壊しそうな事を言って笑うと、モニカが難しそうな顔になり、それを見たアイリスが面白そうに笑った。
それにしても、数千年前に既に数千年前の遺跡だったなんて不思議だ。
しかも、この階段一つとってもかなりの物である。
如何にこの”アトボルピス地域”が、多くの者を惹きつけてきたかを如実に感じるようだった。
階段の折返し地点に辿り着くと、エリクが壁越しにゆっくりと向こうを覗き込む。
こういった場所では、待ち伏せの恐れがあるので慎重だ。
それくらい賢い生き物が、この地域にいるという情報もある。
すぐにエリクが安全である事を後ろの俺たちに伝えると、クレストール先生とアイリスがそれに続いた。
エリクにも、それを補佐するヴィオにも油断はない。
かといって過度な緊張もなく、ただ緩やかな警戒心を見る者が持てるような配慮が有った。
こういう事ができると、本気でエリクと組んでいてよかったと思う。
彼の経験と能力ならば安心して前面を任せられるので、俺達は広い索敵に集中できるし、弱点となる後ろ側を守れる。
ヴィオがいるので道に迷う心配もないから、先導役にピッタリだしな。
それに俺達も後ろからなら全員の状態を逐一把握できるので管理が容易になるし、いざとなれば高出力攻撃を後ろに展開しながら後退できる。
その際でも、エリクの近接戦闘力は心強い壁になれた。
つくづく、前衛の有無で魔法士の戦闘力はかなり変わってしまうと思い知らされる。
二度目の階段の折り返しが終わり、地表から300m程地下に入ったときだ。
不意に階段の降下が終了し、横方向に曲がるとそのまま広い廊下へと道が変わった。
いよいよ目的の場所に到達したのか。
その空気は、門外漢の俺達にも感じられた。
ただ単に階段から廊下に変わっただけではない。
廊下の意匠自体が大きく変化していた。
モニカが顔を天井や壁に向ける度、そこに施された細かな装飾が目に飛び込んでくる。
絵や彫込で表現されているのは、一目で確認することも難しいほどの多様な生活、考え方、地勢、争い、愛、憎しみ、欲望。
それが廊下の壁一面、天井一面にびっしりと施され、その迫力に圧倒されそうになる。
ここだけでも、すごい情報量だ。
俺達にだって、これを作った者にとってここから先にあるものが特別な意味を持つものであることが分かってしまう程。
そしてその廊下の先には、既に朽ちて開け放たれたままの大きな門が見え、その向こうには、これまでにないほどの広い暗闇が広がっているのが見えた。
エリクが一瞬だけ後ろを見てクレストール先生に視線を移し、これで問題ないことを確認すると、そのままゆっくりと門の扉の残骸を跨ぎ超えて向こう側に出る。
すぐにヴィオの魔力波レーダーが広い空間に出たことを示す値を計測して、その情報が”強化情報システム”越しに俺達に伝わった。
「あれ、なんて書いてあるの?」
モニカがそう言いながら、門の上部を指差す。
長年の風化のせいでほぼ埋まっていたが、たしかにそこには文字のようなものが見えた。
だが、
『俺には読めねえ字だな』
少なくとも、持ってる辞書に該当はない。
古代語というやつだろうか?
「” これより先にあるは、先史の記憶なり、刮目せぬものは去れ ” ・・・レイラ朝で使用されていた”カントビリア文字”だ。
古い理解で作られた魔法体系で、完全な状態で記載されていた時は、これで侵入防止の魔法が機能していた」
するとクレストール先生がそう説明しながら門を感慨深く眺め、すぐにその下をくぐり抜けた。
『なるほど、ここは”過去”を学ぶ場所ってことか』
『すごいね』
どうやらここを造った者たちが、”先史”に信仰を持っていたというのは間違いないらしい。
この仰々しくて、脅すような文言は完全に宗教のそれである。
俺達は古代の意志にわずかに感銘を受けてその文章を目に焼き付けながら、アイリスにひっつくロメオに続いて門を跨ぎ越えた。
門の向こうに有ったのは、途轍もなく広大な空間だった。
「うわぁ・・・」
ライトでそこらを照らしながらエリクが感嘆の言葉を漏らした。
比べるものではないが、先程の廊下の装飾など”これ”に比べたら何物でもない。
初めてこの光景を見た、モニカとエリクとヴィオとロメオと俺が、持てる限りの視界を全力で動かしてあたりを見回した。
その様子に、クレストール先生が自慢気に笑う。
現れたのは、反対側の壁まで600mはあろうかという、とてつもない広さの”廊下”だったのだ。
天井の高さは300から400mといったところか、道の長さはここからじゃよくわからない。
俺達がいるのは、その真ん中辺りに設けられた中二階のような場所で、廊下の空中に張り巡らされた”梁”の上に作られた通路に繋がっている。
そして、真っ暗な空間の中には、俺達の明かりに照らされ浮かび上がった巨大な”柱”が100mごとに並び立っていた。
思わず、モニカが柱の一本の足元から天井までライトで照らしたが、その巨体はたしかにしっかりと天井を支えている。
お察しの通り、一本一本が超高層ビルよりも巨大な柱がである。
これまで様々な、”デタラメな構造物”を見てきたが、これはその中でもトップクラスの規模かもしれない。
だが、これが作られたのは何千年も前のことなのだ。
その証拠に、柱や廊下の壁や天井は完全に劣化して茶褐色にくすみ、下に見える床には周囲から剥がれ落ちた様々な物が砕かれて散乱していた。
「アイリス、頭部を保護する魔道具を離すなよ」
「はい先生」
クレストール先生の言葉にアイリスが胸元のペンダント状の魔道具を触って確認する。
あれか。
『たのむね』
『分かってるよ』
モニカの指示を受けるまでもなく、俺はその魔道具の状態のモニターを始めた。
大切な友達の頭部を守るのだ、肝心なときに”不良品でした”では話にならない。
俺達はこの巨大な遺跡に感嘆の気持ちを深めると同時に、この場所の危険の認識を別角度から急激に高めた。
これだけの空間だ、適当に落ちてきた破片が頭に当たれば、良くて”大惨事”である。
クレストール先生の機嫌がここに来て二段階程良くなったのも気になるな、うっかり危険なところに走っていかないか心配である。
だが、今気をつけないといけないのは・・・
廊下の中二階を進もうとしたクレストール先生を、エリクが左手で抑えて止める。
同時に反対側の手でヴィオの剣をゆっくりと鞘から抜き出していく。
『お父様、廊下の北側・・・下方向に四足動物が5頭、こちらに向かってます』
ヴィオが俺にその警告を飛ばしてくる。
だが、それには”誤り”がある。
『訂正だヴィオ。 78°右13°下方向に7頭、その後ろに3頭いる、全部こちらに気づいているし攻撃態勢だ』
俺がそう答えるとモニカが次元収納魔法陣を展開し、その中から戦闘用の”棒”を取り出して構えた。
とはいえ、大出力攻撃が主体の俺達が全力で先制攻撃を噛ませば、この遺跡にどんなダメージが入るか分かったものではない。
なので、”だから俺が動く”といった感じの気迫を纏ったエリクが剣を構えながら中二階から身を乗り出し、その頭をハスカールの兜が覆った。
ヴィオとの”視覚共有”で、エリクが発見した”相手”の姿がこちらにも見える。
それは犬のシルエットに猿の顔を足したような、不思議な見た目の動物だった。
資料によればメルツィル平原の森に住む、結構獰猛な肉食獣らしい。
俺達の仕事はここからが本番だ。
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