2-18【不思議な先生 5:~概念魔法Ⅰ~】
随分と長い前置きが終わって、いよいよ概念魔法の最初の授業が始まることになった。
ここまでの出来事でもう既に若干疲れてしまっているが、俺は気を取り直してオリバー先生の言葉を待つことにする。
最高難度の魔法の授業ということもあってか、”保護者”であるモニカも興味深そうな顔でむき出しの岩の上に腰を下ろし、足を組む形で座り込んでいた。
だが・・・
「先生、ここで授業するんですか?」
完全にスタートの雰囲気に入っていたのを俺が止める。
するとオリバー先生はヤモリの頭を捻って不思議そうな顔をした。
「そうだが? なにか不満かな?」
「えっと、不満というか・・・なにもないというか・・・」
今この場所は、何の変哲もない浮島の上であり、もっというならオリバー先生の頭の上なわけで・・・
当然ながら机や椅子どころか、屋根すらない。
上を向けば雲よりも高いせいで快晴の青空から、陽の光が強烈に照りつけている。
”青空教室”といえば聞こえは良いが、それだって黒板めいた物くらいは普通用意するだろう。
それに高高度なので空気は薄いし寒い。
最近完成したばかりの”高空環境制御ユニット”を
俺はそれらの意図を言葉のニュアンスに込めて伝えると、オリバー先生は「フム」と言ってから体を地面にペタリとつけた。
「たしかに”教室”の一般的定義に含まれる装備基準は全く満たしておらぬな」
そう言いながら、体を上下に動かして笑うオリバー先生。
これは笑い事なのだろうか。
「だが、見たところ数時間いる程度には問題ないのだろう?」
「ええっと・・・はい」
俺は環境制御ユニットの動作を確認しながらそう答える。
メリダにチェックしてもらってから、最初の稼働だが、特に問題は見られない。
これなら大丈夫だろう。
「ならば問題はない。
君との授業に筆記は必要ないし、今回は”概論”だけなので資料も使わない。
脆くはないので吹き曝しも大丈夫だろうしな。
まあ、日差しくらいか」
オリバー先生はそう言うと、ヤモリの頭をもたげて空を睨みチロリと舌を出す。
するとその瞬間、明らかに周囲の光度が一気に下がり、照りつけるようだった日差しが魔力灯程度まで減光された。
「さて、これでよし」
オリバー先生はこともなげにそう言うと、こちらに向き直る。
『おお・・・』
その変化に俺が声を出した。
外だというのに、まるで室内みたいに日差しを感じないぞ。
それでいて暗くもない。
『環境魔法?』
『いや、環境じゃなくて、”俺達”に対する魔法だ。
たぶん概念魔法じゃないか?』
さすがアクリラの教師。
ヤモリと岩の組み合わせでも平気で魔法が使えるのか。
「先に言っておく事として、”概念魔法”は非常にあやふやな言葉だ」
オリバー先生がヤモリの口でそう始める。
「その定義は今持ってはっきりとしたものは無く、複数の独自発展した魔法技術の総称であり、まったくもって体系化できていない分野ともいえる」
「あれ? でも教科書とかには結構色々種類出てますよね?」
先生の言葉に俺が質問する。
少なくとも、俺が図書館の本を取り込んで読んだ資料には複数の概念魔法の定義が記されていたのだが。
するとヤモリは口癖の「違う!」を挟んでモニカをビクッとさせると、説明を続けた。
「それも”概念魔法”の厄介なところだ。
なにせ”体系化”という事自体が、ある意味で概念魔法の”内側”で起こることだからな。
だが、どれも確たるものではない」
「・・・・・?」
俺の考えを察知してか、それともモニカ自身の事なのか、モニカが頭を横に倒し顔に盛大に”?”を並べた。
それを見てオリバー先生が笑う。
「安心しろ。 順を追って説明するから」
そう言ってウインク代わりに己の片目を器用に舐めると、オリバー先生は話を続けた。
「それでも尚、”概念魔法”には純然たる”2つの側面”がある。
これは別に体系化によるものではない区別だが、長年に渡って”概念魔法”を強くし・・・またそれを
すなわち・・・”使う者”と”創る者”の2つだな」
オリバー先生はそう言うと、どこか遠い目で空を見つめた。
その表情は何を言わんとしているのか・・・
「”使う者”と”創る者”ですか・・・」
「ああそうだ。
概念魔法はいわば”部品”の塊だ。
より良く、より驚くような効果を持つ部品を生み出す者と、それを組み合わせて想像を超える偉業を成す者。
この2つの循環によって成り立っている。
そのどちらも、”概念魔法”であり、その個人をどちらかに区分するのは難しい。
だがこの2つを明確に分けて考えなければ・・・気づかぬうちに恐ろしい深淵の闇に足を取られることになる」
「危険・・・ってことですよね?」
モニカの体をブルりと震わせながら、俺がそう聞き返す。
するとヤモリは首を上下に動かした。
「ありとあらゆる危険が伴う。
それは単純な破壊に留まらず、多くの者を蝕む病魔にも変質しうるものだ。
そして多くの者は・・・この危険性をとにかく軽視する」
オリバー先生の言葉の最後の部分には、ゾッとするような嘲笑と慟哭のような感情が乗っていた。
一体何があったというのか?
だがそれもすぐに消える。
「いかんいかん・・・中立を保たねばな。
とにかく今は、その2つがあることを知ればいい。
そして、私が教えるのは”創る者”の方だ」
「”創る”方ですか・・・」
「なんだ? 不満そうだな」
俺の返答にオリバー先生が反応する。
「いや、そういうわけじゃ・・・」
慌てて俺が弁明するも、ヤモリ先生は見透かした様に笑うだけ。
「分かるぞ、結果を得ることができるのは常に”使う者”だからな」
その言葉に俺は「うっ」っという声をなんとか飲み込んだ。
実際、その通りだったからだ。
俺がこの授業を受ける理由は、それがモニカの役に立つから。
役に立つには、とにかく使えなければならない。
「だが安心しろ、概念魔法を創ることのできる者は、それだけで優秀な使う者になる。
ただ使う者が皆、創る者ではないし、その想像を超えるというのを覚えておれば良いだけのこと。
それにその使うことについては、お主は誰よりも得意であろう?」
「そうなんですか?」
俺は不思議そうにそう問い返す。
「概念魔法の鍛錬の9割以上は、使用のために概念魔法の組み合わせを覚えるというものだ。
その点については必要なかろうて」
「まあ、たしかに・・・」
俺にとって魔法の構造を覚える必要はない。
なにせシステムの中に構造書と手順書を突っ込んでスイッチを押すだけだからな。
「でもそれじゃ、”使う者”は”普通の魔法”と何が違うんですか?」
俺はその疑問を挟む。
手順も同じ、言っちゃ悪いが効果だってどちらも超常的なものである。
わざわざ”概念魔法”と区切る理由はなにか。
するとオリバー先生は”その質問を待っていた”と言わんばかりに大きく口を開けた。
「何も違わん」
「え? 何も?」
「そう、何もだ。
市域で”魔法”と呼ばれているものの正体は、一般化した”概念魔法”にすぎない。
”概念魔法”によって技術化に成功した魔力現象のことを、世の者は”魔法”と呼んでいるのだよ」
「で、でも・・・概念魔法の歴史ってここ200年くらいですよね?」
少なくとも書籍にはそう書いてあった。
「ロンよ、その書物が言っている”概念魔法”というのは、あくまで魔法の真髄に後から付けられた呼称だ。
たまたま魔力と結びつけてその名で呼ばれ始めたのが200年くらい前からというもの。
そこから飛躍的に学問として発展したからそう思っているだけで、実際の概念魔法は魔法が生まれたときから・・・いや、私の教えている”概念魔法”は”社会動物”が生まれたときから存在している」
「社会動物が生まれたときから・・・」
いきなり出てきた思わぬ単位に俺は激しく面食らった。
するとオリバー先生は更に予想外の事を聞いてきた。
「質問だ。 ”モニカ”とは何かね?」
突然出てきた自分の名前に、うっすらとボーッとし始めていたモニカが背筋を伸ばし、俺が「え?」っと口走る。
それでもなんとか先生の質問を理解すると、俺はフロウを使って俺達自身を指差した。
だがそれに対し、オリバー先生は大きく口を開けて「違う!」と叫ぶ。
「それは何だ?
氷の大地で生まれた少女か? それは何だ?
社会性猿類、すなわち”人”の1個体か? それは何だ?
タンパク質による活動的な1群の総称か? それは何だ?
特定の原子構造の連続する構造体か? それは何だ?
三次元時空状の特定の座標域か? それは何だ?
その座標が移動した場合は? 構造に変化があった場合は? 剥離や欠損で分裂した場合は? そもそも個体とは? 成長してもまだ”モニカ”なのか?
いや、待て。 私はそもそも何か特定のモノを指したとは一言も言っていないぞ?
では、他の”モニカ”なのか?
そもそも、物なのか?
”モニカ”という単語の意味とは?」
怒涛の勢いで飛び出したオリバー先生の言葉に、俺達はその半分も認識できずに完全に圧倒されてしまった。
だが、オリバー先生はそこで一旦話を区切ると、今度は穏やかな口調で話を続ける。
「だが、”概念”を扱える者がそれに悩むことはない。
社会性動物で君達のことを知る者がこの場にいて、その問の情報を受け取り処理することができるならば、彼らは迷うこと無く”私の目の前にいるこの少女”と答えるだろう。
ちょうど君がそうした様に。
彼等はどの様な乱雑な光景の中からでさえ、それを認識する手段があるのなら、迷うこと無く切り出して認識することができるだろう。
必要なのは適切な”定義”と、その”共有”だ。
この2つが”概念”を形作り、それによって霞の様だった存在を掴むことができるようになる」
そこでオリバー先生は一旦言葉を区切ると、首を捻りながら続けた。
「では、そこに何らかの行動を加えることができるのではないか?
逆に何かを減らすこともできるのではないか?
それを目標にすることができるのではないか?
”モニカ”という概念の中に含まれる情報を更新する事もできるのではないか?
あやふやな物であっても特定ができている以上、それを対象とする行動は取れるはずだ。
概念によって只の原子の位置の並べ替えだったものが”行動”に変わり、そこに意味が生まれる。
こうして”定義”してやれば、只の音の集まりだった”モニカ”を殺すこともできるし、逆に”モニカ”が何かを殺すこともできるようになる。
・・・これはもはや”魔法”ではないか?」
オリバー先生はそう言うと、いつの間にか近くに這い寄り囁いた。
「そして、何を隠そうこれが”概念魔法”の第1段階だ」
その言葉をどう捉えるべきか。
少なくとも俺はその意味を捉えきれずにいた。
ただ、
「でも・・・でも魔力使ってませんよ?」
俺はそれを指摘する。
この世界の魔法は、あくまで魔力を制御して使うことを意味するはずだ。
だがオリバー先生は、首を横に振る。
「正確には使っているぞロン。
”概念魔法第1段階”である”定義”に必要な魔力は”0”だ。
つまり魔法が使えないとされる”魔なし”でさえ、その真髄は普段から日常的に行使していることになるんだ。
おもしろいだろ?
この様に”概念魔法”という魔法体系は、必ずしも魔力を必要とはしない。
より”実際的”には、概念魔法の内、魔力を使用した場合は”魔法”と呼ばれる傾向にあるか。
ヤモリが先か卵が先か・・・概念魔法と魔法はとても奇妙な関係にある。
だがたとえ全く使わなくとも、概念魔法の考え方としては”0”の魔力を使用したと捉えるのだ。
これは重要なことだから覚えておくように。
例としては、”モニカが朝食を食べた”や、私達が今ここで”会話している”というのは、どちらも必要魔力が”0”の魔法なんだよ」
「必要魔力が”0”の魔法・・・」
モニカがつぶやく。
なんとかそこだけは聞き取れたといった感じに。
「でもそれじゃ、この世のありとあらゆるものが、”魔法”になっちゃいますよ」
俺がそんなわけ無いだろうとばかりにそう言う。
魔法ってのはもっとこう・・・”すごいもの”だ。
だが、先生の反応は
「まさにそれだ!」
オリバー先生がそう言いながら、片方の前足をシュバッと突き出す。
どうやら話の核心を突いたらしい。
「あらゆる物事が魔法になってしまうという事は、あらゆる物事を必要魔力量で捉えることができるということだ。
それこそが”概念魔法”の強みなのだよ。
そしてそれは、あらゆる物事を”魔力で解決できる”ことに繋がると思わないか?」
「えっと・・・」
「君達は飛べる」
オリバー先生の言葉に、俺達はしばし目を泳がせてからゆっくりと頷いた。
「・・・はい」
「だが、本来その体はそのようには出来ていない筈だ。
少なくとも鳥のように”飛行状態”を魔力0で作り出すことは出来ない。
だが同じ効果を持つ魔力的な”部品”を添加することでそれを可能としている。
そして、その”部品”を魔力的には、代償として魔力が要求されるはずだ。
これは単純にいえば ”君達”+(”部品”-”魔力”)=結果 の式が成り立つことになる。
ここでいう”結果”は飛行という目的だな。
つまり ”結果”-”君達”=(”部品”-”魔力”) の式で、どのような事でもできることにもなる。
そしてこれが概念魔法の第2段階・・・すなわち”基礎魔法”の考え方だ。
これによって魔法は今日知られる、”超常的能力”へと昇華した。
必要な”部品”とそれに見合う魔力さえあれば、原理的にはありとあらゆる事ができるからな」
「は、はぁ・・・」
モニカが気圧された声を上げる。
それに俺が続く。
「なんでも・・・」
「そう、なんでもだ」
オリバー先生が意味深な笑みを浮かべた。
「君は既にそれを理解しているはずだろ?」
その言葉に俺は初めて魔法について考えを巡らせた日の事を思い出す。
”然るべきハサミとエネルギーがあれば、星を2つに切る事も可能である”
「誇りたまえ、それこそが”概念魔法”の第一歩だ。
習得度の差はあれど、君は既に”概念魔法士”なのだよ」
「・・・若干、バカにしてません?」
オリバー先生の大仰な物言いに疑心暗鬼になった俺が聞く。
するとヤモリは首を横に振ってから、面白そうに聞き返した。
「もちろん違うとも。
だが丁度いい、君はなぜそう判断したのかね?」
「いや・・・先生があまりにも大きく言うから・・・
それに俺がやってる事と、”概念魔法”はやっぱり遠い気がして・・・」
「なるほど、つまりわたしの
概念魔法にとっては言葉も魔法なのか。
それに、
「間違った・・・”結果”?」
「そうだ。
私にその様な思惑はない、これっぽちも。
だがその様に伝わった。
なぜだ?
一般的な魔法の考え方で言えば、最初に願った”結果”から外れた、といえるかもしれない。
では計算において想定と異なる結果が出る場合、原因は?
答えは1つ、式が間違っている。
この場合でいえば、君達の状態と環境が組み込まれていない。
正確には行使者変数+(部品変数+魔力変数)+環境変数+対象変数=結果になるわけだな。
だがこの環境と対象の項目がどの様なものか、どの様に影響するのかは千差万別で、しかも一面的にしか測定できない。
単なる加算としているが、複数の個別にかかる乗算や除算の可能性もある。
いや、それ自体が根源式に紐付けされた巨大な式だろう。
結果として、ほとんどの魔法はこれらの情報を加味しない。
実際の使用において使用者が、”選定”の時にそれを考慮に入れることはあっても、魔法側がそれに対処することは稀。
先程の式の中でいえば(部品変数+魔力変数)のみを考慮したものが、一般的に”魔法”と呼ばれている部分だ。
そして、これが単純な魔法が、単純な現象の押し付けの様に機能する最大の理由なのだよ」
オリバー先生はそう言うと意味深な口調でこう結論づけた。
「そして、これを克服する事ができたものを、一般的には”概念魔法”と呼ぶ傾向にある」
その言葉に俺は思わずモニカの喉をゴクリと鳴らして生唾を飲み込む。
今の話の半分も理解できていないが、概念魔法が”目的とするもの”の恐ろしさを垣間見た気がしたのだ。
ただ、
「・・・克服なんてできるんですか?
対象ならまだしも、環境変数を特定するなんて不可能でしょう?
環境魔法だって、その構造に環境変数なんて組み込まれていない」
俺がそう言うと、オリバー先生は頷きながら「違う」とつぶやいた。
そして徐に表情を引き締める。
「もう既に、”環境魔法”を組むところまで行っているのか・・・」
突然のヤモリらしからぬ雰囲気に、俺達は思わず身を引いた。
「”それ”を教える前に、君に決めてほしいことがある」
「・・・なんですか?」
恐る恐るそう答える俺。
すると、オリバー先生は意外なことを聞いてきた。
「私の授業を受けるかどうかだ。
数回でも、数年でも、数十年でも、今後君は私の授業を受けるか、ハッキリとその答えを、今欲しい」
「えっと、どうしてですか?」
俺がそう聞き返す。
そんな事を聞かれると思わなかったからだ。
だが先生はそうではないらしい。
「もし、今日の概説だけを聞いて授業を受けるのを考えようと思っているなら、ここから先の話はできない。
君の持っている力は、それくらい危険なものだからだ」
「それはさっき言っていた・・・”危険”ってやつですか?」
俺のその問いに、先生は頷いて肯定する。
「もし本格的に概念魔法に手を出せば、間違いなく大きな影響を出すだろう。
いや”第3段階”の話をすれば、それだけでいずれその域に達する。
そうなればハッキリ言って、これまでにないほど多くの命を奪い、多くの社会を導くだろう。
それは君の考え方ではなく、君の持っている能力による”呪い”だ。
私はその責任の一端を、軽い気持ちで背負いたくはない」
先生のその言葉に、俺は虚を突かれたように思考が一瞬止まる。
「俺がそんな”恐ろしい人”になると思います?」
やがて動き出した思考で、俺は馬鹿らしいとばかりにそう答えた。
きっとこれは先生が俺をからかっているのだと。
だがオリバー先生の表情は真剣なまま。
「なるとは思わない・・・既にそうなっているからな」
先生の言葉に俺は大きく緊張し、それを受け取ったモニカが反射的に警戒を向ける。
だがオリバー先生は、その魔獣じみた殺気を受けても顔色一つ崩さない。
「ガブリエラは君の、”自身への過小評価”が危険な域に達していると考えていたようだが、どうやらそれは一面的には正しいようだ。
”君がそうだ”という理由はいくつもある。
まず君自身が、”概念魔法”における大きな”ヒント”になるからだ」
「俺が?」
俺がそう聞き返すと、ヤモリが大きく頷く。
「君は、先程話した”段階のある定義”に照らし合わせれば、”第5段階の概念魔法”にあたる。
正直、もう既に君を見ているだけで、私の中で結びつく思考がいくつもあるくらいだ。
そして君がそれに気が付かないと考えるのは楽観的すぎる」
俺は言葉を飲み込む。
俺自身が”第5段階の概念魔法”? どういうことだ?
確かに摩訶不思議な存在ではあるけれど・・・
するとオリバー先生が畳み掛けるように、右の前足を突き出した、まるで指をさすようにこちらへ向けた。
「それに君はもう既にその”ヒント”を使っている。 心当たりはあるだろう?」
その言葉が俺の中に響く。
するとなぜか、その先のオリバー先生の心の声が聞こえたような気がした。
”ユニバーサルシステム”
・・・と。
「そんなに多くの人を殺すんですか? でも俺はモニカの中にずっといて・・・」
「それが概念魔法士の恐ろしいところだ。 間接的に殺した社会動物の数は、直接手を下した数よりも遥かに大きくなる。
”殺した者の数”と”殺す者の数”は、社交性を持たない私ですら”数億”に達するだろう」
「そんな無茶苦茶な」
いきなり数億人を殺したなどという荒唐無稽な言葉が飛び出し、俺は思わずそう叫ぶ。
もはや、この大陸の総人口に匹敵するではないか。
だが先生の表情は真剣なままだ。
「いいや、無茶苦茶ではない。
現に今日も私の”したことのせい”で、私の知らない者が死んでいる。
それは妄想ではない。
”概念を弄る”ということは、そういうことなのだよ」
俺の頭の中に、今度は”概念を弄る”という言葉が反響する。
するとその様子を見たオリバー先生の表情が、明らかに曇ったのを俺は見逃さなかった。
明らかに何かを言い過ぎたといった表情だ。
だがすぐにそれを掻き消すと、真剣な表情を取り繕う。
「さて答えだ。
君は私の授業を受けるかね?」
そう言って決断を急かす先生。
もちろん答えは決まっている。
だが気になることがあった。
「・・・もし受けなくても、俺はいずれそうなるんですよね?
じゃあ、先生の授業を受けることの意味は?」
「君は、自身の能力を自覚した上で成長できるし、私も君の存在に”責任感”を持つことができる。
だが受けなければ、私はその”責任感”に苛まれずに済む。 君はその罪悪感に気づくのが遅くなるだろう。
もしかすると、気づかぬまま天寿を全うするかもしれない。
それは一面的には、幸せなことだ」
「わかりました・・・・受けます」
俺は迷わずそう答えた。
「良いのか?」
「そこまで言われて、罪悪感を抱えず生きるのは無理ですよ。
それに不安です。
ならちゃんとした人に、ちゃんとした知識を教えてもらいたい。
それに・・・」
俺はそこで言葉を区切ると。
自らの感覚に乗る、モニカの存在を強く意識した。
「それくらいしないと、届かない希望ですから」
元より、そのつもりだ。
俺はそんな気持ちを込めて答える。
ひょっとすると、自分なりに”死”と向き合えた事で気が大きくなっていたのかもしれない。
少なくとも、俺が先生の言っていることの”本当の意味”を理解していなかったのは間違いない。
そして俺の返答に対し、先生は少し固まると、やがて頷いた。
「よろしい。
では第3段階の話をしよう」
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