2-17【剣の声 7:~クォーテナリの決死隊~】



 ー この文章は、全て”KAL5.3b”及び”USL1.01”、もしくはその互換プロトコルでなされた通信を人語に変換し、脚色編集された物です。

 実際のプログラム間で、この通りのやり取りが行われたことを示す物ではありません。 ー





 モニカの意識から切り離され、”フロウゴーレム”の中へと落ちていく俺の意識。


 システムは”フロウゴーレム”の中でも問題なく機能していた。

 やはり、これの正体は”予想していたもの”と見るのが正解だろう。

 ったく、なんて奴だ。

 悲しいかな、カシウスの技術は桁違いだ。

 俺なんかと比較するなんて失礼すぎるぞ。


 そう思いながら、俺は”モニカの家”の中にあったとびきり難しい本を視覚記録の中から引っ張り出し、その中身を検索する。

 それは、向こうが透けて見えるくらい薄い紙に米粒みたいな字でびっしり書かれている癖に、辞書みたいに分厚く、しかも全40冊に及ぶとんでもない本だった。


 中身は、とあるゴーレム機械の”マニュアル”。


 そしてこのフロウゴーレムは、そのマニュアルに書かれていたゴーレム機械のバリエーションか後継機か・・・とにかく、かなりの部分で共通要素を持っている事がこれで確認できた。

 なにせ同じ命令で同じように動作するからな。


 ええっと、このポートはこっちにつないで・・・こことここの信号が、こうつながると・・・

 動いてくれよ・・・よっし。

 お? 思ったより動作が速いじゃないか。

 ええっと、忘れてることはないな・・・ない・・・うん。


 すると回線が繋がったことを示すように俺の感覚がすーっと広くなり、まるでそれまで見えていなかった物が見えるようになったかのように、暗い世界が俺の前に広がった。

 マニュアル通り”3次元システム”か。

 どういう頭したら、プログラミングを3D状に作ろうなんて発想が出てくるのか。

 まあ、おかげで多少のバージョン違いは問題ないのだが。


 するとその時、俺の中に何やら別の感情と僅かな記憶の塊が流れ込み混ざり合った。


『うん、同期の方も上手く行ってるみたいだな』


 俺は”自分”の中に向かってそう語りかける。

 すると、また一拍置いてから発生した記憶が混ざり合う感覚と一緒に、モニカの声が流れ込んできた。


『こっちでも、見えてるよ』


 そして俺達が調整用の魔法陣を覗き込み、その値を確認しながら調整している”記憶”が流れ込んでくる。

 よし、これならば問題なく作業を開始できるだろう。

 俺は言外にその感情を漂わせると、肯定の感情を受け取った記憶が流れ込む。


 今の俺は、”本体”から切り離された”分身”だ。

 正確にはそれを”フロウゴーレム”内で扱えるように変換したものかな?

 もちろんシステムの大部分はモニカの中に残ってるし、記憶の同期を短い間隔で繰り返すことで、あたかも意思があるように見せているだけだが、その間の僅かな判断を行える程度には自我のような物もあった。

 こうでもしないと違うシステムの中に入りこむことはできないからだが、逆を言えばこの程度の同期頻度でここまで自我を保てるならば、今後の”ユニバーサルシステム”の展望は明るいといえるだろう。


『さて、そろそろ”作業”を開始するとするか』


 俺がそう言うと、全ての準備が整い、俺のデータの追跡を始めたことを示すデータを見ている記憶と同期した。


 よっし、じゃあ始めよう。


 俺は暗闇の中を勝手知ったる我が家とばかりに泳ぐように進み始めた。

 その動きに迷いはない。

 何故だか分からないが、どこに何があるのか分かるようなのだ。

 あくまで今の俺は、この空間で生きている存在だからだろうか?

 それとも、どこを見ても同じ様な真っ黒な空間だからだろうか。

 まあ正直、迷うようなものすらないからな。


 ”フロウゴーレム”の中のシステムの大部分は、驚くほどスカスカで何もなかった。

 時折、かつて使われた魔法の残滓のような物とすれ違うが、小さな埃が漂ってるようにしか見えない。

 ただよく見ると驚いたことに、その大部分は使い物にならない回路の欠片のようだ。

 ”フロウゴーレム”のシステムの中に魔力回路を保存する仕組みがあって、それがかなり小さく砕かれているらしい。

 よく見れば、黒い丸型に組成された”俺の端末”の表面にいつの間にか魔力回路の切れ端がいくつも絡みついているではないか。

 まえるでくっつき虫のように魔力回路がくっ付く。

 仮想空間とはいえ、だからこそ驚きの現象だ。

 これに何の意味があるのかはわからないが、40冊もマニュアルが書けるくらい練られたシステムに残っているのだから、きっと必要なことなのだろう。


 それよりも気になるのが、その小ささだ。

 どの魔法も本当に小さい。

 大抵はギリギリ認識できるサイズ。

 稀にフワフワの綿毛が漂っているかと思えば、極大魔法陣並みに複雑に絡み合った魔力回路の塊だった。

 あの複雑さなら空気に書けば20mは超えるのではないだろうか?

 それがこのサイズってことは、どうやら今の俺は山か何かみたいな大きさってことになる。

 薄々、この空間が”フロウゴーレム”のリソース領域を表していて、中にいるやつの大きさがその使用量を表していることは分かっていたが、この分だと俺の情報は少々大きすぎたかもしれない。

 これでも必要最低限の機能に絞ってちぎったというのに、まだまだ大きいとは・・・

 記憶なんて同期しないと過去のものを参照できないんだぞ・・・

 

 一番困るのは、この小さな綿毛の中から”目的”の物を見つけなければいけないかもしれないということ。

 一応、この中ではかなり大きいとは思うが、俺の体やさっきの”極大魔法陣もどき”を見てしまうと、この広い暗闇に浮かぶ無数の欠片の中からそれを見つけるのは相当な困難だと思われた。

 せめて分かりやすくあってくれよ・・・


 その時だった。


 俺の感覚が、この空間を動く”そいつ”の存在を感じ取り、その方向に意識を向けた。

 だがそこには何もない・・・いや!?


 俺は”それ”を感じ取り、驚きの感情を”上”に飛ばす。

 するとすぐに記憶が同期して、俺の信号と”狙いの信号”が近づき始めた事を理解した。


『ロン! それだよ、それ!』


 一拍前のモニカの声が俺の記憶に刷り込まれる。

 とはいえこれは・・・


『とんでもないことになってんだな・・・』


 それは見たことないほど複雑な・・・というよりも、大量の回路の”クズ”が無秩序に絡み合っているように見えた。


『ここから見ると、やべええ景色だ』


 度肝を抜かれた俺がたまらずそんな言葉を口走る。

 俺が”山”レベルの大きさのシステムだとするならば、こいつはさしずめ”入道雲”か、それも特大の。

 ただ、真っ黒で複雑に絡み合っているだけなので、近づかないとその全貌が見えなかったのだ。

 

『だいじょうぶそう?』


 モニカの心配そうな声の記憶が刷り込まれる。


『ああ、問題ない。 今から”接触”を試みるから、メリダにも注意するように伝えてくれ』


 俺がそんな強がりを伝える。

 すると、外で見てる”脳天気な方の俺”のワクワクと、こっちの”怖々”がいい感じに混ざり合って中和された。

 外の俺が、俺の恐怖の感情に身を竦めた記憶が刷り込まれて、若干気分が良くなる。


 俺はまず手始めに、今の自分の体から伸ばすように、接続用の回路を作ることから始めた。

 といっても、プロトコルや形式どころか、そもそもこれが何らかの規則性を持ったものなのかすら怪しい存在だ。

 とりあえず、今使ってるやつから空想で作った規格まで、何でもかんでも読める接続子を組み上げ、それを適当なゴミ回路で伸ばした仮想上の”棒”の先につけて伸ばす。

 また見るも醜い、なんでもござれのゴチャゴチャした巨大プログラムができてしまったな。

 幸いにも、俺も”相手”も巨大すぎてこの程度の肥大プログラムじゃさほど大きくも感じないが。


 何でもいいから引っかかってくれよ・・・


 俺はそんな願いを込めながら、その棒を”そいつ”に突き出してゆっくり近づい始めた。

 だがその速度は、先程までの移動と比べると驚くほどゆっくりだ。

 俺だって、本能的にはこんな得体のしれない回路の塊に突っ込みたくはない。

 なにせこれだけの量だ、どんな”ヤバい”プログラムが生まれているか分かったものではない。

 それがウイルスじみたやつでない保証などないのだ。

 本体はいい気なものだ、単に俺を切ればいいのだから。

 記憶だけ共有している俺は、ドブ川に裸で飛び込んでサンプル採取を命じられている気分である。


 接続子を取り付けた棒がゆっくりと、その巨大な物体に接近していく。

 近づくに連れ、その存在構造がよりはっきりしてきた。

 自画自賛だが”入道雲”とはよくいったものである。

 間近で見れると、ボコボコとした表面はまさに雲の形をしていて、その表面は無数の魔力回路が緩く絡み合っているために、たいへん柔らかそうだった。

 真っ黒で超巨大な綿あめみたいだ。


 そして俺の接続子がそのまま、綿あめ状の表面にズブリと突き刺さる。


 だが反応はない。


『メリダ、なにか反応したか?』


 俺は”上”とモニカを通して、親友に質問を投げかける。

 だが返ってきたのは、まだ何の反応も見せないという期待はずれの答えだった。

 あれ? おっかしいな・・・

 

 接続子は確かに雲の表面に突き刺さっている。

 だが俺自身のログにも、何かが時々触れている事を示すもの以外、特にどこかと通信が確立されたような気配はなかった。

 もしかして、これって本当に見た目通りの”ゴミの山”だというのか?

 いや、そんなことはない。

 こいつには確かな”システム”が組まれて発動してるのは、外から見える状況証拠からいって間違いないのだ。


 俺は試しにその棒をぐるぐると動かしてみると、殆ど抵抗を受けることもなく棒が”綿あめ組織”の中を動くところが確認できた。

 こりゃもしかして、表面の回路は本当に周りをフワフワと覆っているだけで、中に核のような構造があるのだろうか?

 だとするならば、もっと深くに挿し込まないと・・・


 そう考えた俺は、接続子を伸ばすための棒をどんどん延長し始めた。

 と、同時に後ろに下がっていく。

 そしてある程度の長さまでいったところで、一気に深く突き出した。


 ・・・


 うん、たしかに奥の方は密度が上がるようだ。

 他のシステム領域に弾かれる”抵抗”から、その密度が深く挿せば挿すほど回路の間隔が小さく、そして強固につながっていくのを感じ取った。

 先程までのが綿あめだとするならば、今は泥くらいはある。


 ただの情報の塊のくせに面妖な・・・


 だが、依然として接続子に反応はない。

 相変わらず回路のゴミを掻き分けながら進んでいくだけだ。


 俺はその後も、何度も何度も棒を伸ばしては深く突き挿すのを繰り返した。


 だが単調な作業の繰り返しに、俺はすぐに飽きてきてしまう。

 一体、この事にどんな意味があるのだろうか・・・

 もう既に、棒の長さは俺の大きさの5倍を超えたところだろうか。

 そろそろ、”中核部分”に到達してもおかしくない深さなんだけれど・・・


 あ、もしかして突き刺す方向が微妙に間違っていたとか?

 だが、ほぼ中心に向かって挿し込んでいったというのに、これで芯を外すとなれば、このシステムは想像以上に小さいことになるが・・・


 流石にそんなことはないと思った俺は、なんとか接続子の近くに核がないかと探るように、雲の内部で棒を折り曲げて動かし始めた。

 だが流石に密度が上がりすぎてうまく行かない。

 固くはないが、まるで冷えたチーズの中を進んでいるかのようだ。

 

『くそっ・・・ここか? このへんか?』


 そんな事を言いながら、俺がゴソゴソと雲の内部を引っ掻き回す。



 その時だった。


『ロン!! 反応あり!!』


 俺の記憶の中にモニカの叫び声が刷り込まれた。


 と同時に、それまでただの雲のように漂っていた塊の巨体が、ブルリと振動した。


『・・・へ?』


 俺がそんな間抜けな声を出した瞬間、猛烈な振動が接続子を取り付けた棒を伝って、俺を揺さぶる。

 その衝撃で、俺の感覚が全部吹っ飛びそうになり、上との通信に僅かなノイズが走る。


『ちょ、ちょ、ちょ、ちょ・・・』


 なんてこった、ただのメモリ空間だろ!?

 なんでこんな・・・


 ”雲”の振動はその巨体に違わぬ凄まじさで、まるで全体が意思を持っているかのごとく、内部に突き刺さった”異物”を嫌がっているかのようだった。

 こんな巨大なスケールでそんな事をされては、所詮は”山レベル”の俺の小さな体など木っ端のように振り回されるしかない。

 その辺の魔力回路をあちらこちらに吹き飛ばしながら、上下左右に振り回された。


 その時、吹き飛ばされた魔力回路のいくつかが消滅するところが見えて、俺の肝が盛大に冷える。


『あ!? やっべえええ!!』


 この世界はあくまで”フロウゴーレム”の仮想的なメモリー空間が作り出した世界。

 そこでの位置情報はメモリーの”アドレス書き込み場所情報”でしかない。

 つまりこの世界での移動とは、メモリーの転写を高速で行っているだけに過ぎないのだ。

 だが、もしその書き込み速度よりも速く動いてしまったら?


 それが今の消えた魔力回路だ。


『いかん、イカン、行かん、遺憾、如何、胃管!?』


 俺にぶち当たって加速した魔力回路が消えたということは、俺が振り回されてる速度は結構ギリギリってことだ。

 つまり、なんとかしなければ次に消えるのは俺というわけである。

 猶予はそんなにないだろう。

 

 するとその時、俺の中になんと”興味”を示す感情が流れ込んできたではないか。


 あの野郎共!

 俺が盛大に悪態をつく。


 ”本体”め、ついでにモニカも、何が『消えたら消えたで面白い』だ!?

 単なる端末だと思って舐めやがって!

 一寸のプログラムにも、五分の魂だろうに!

 俺はせめてもの抵抗として、次の同期でこの存在があやふやな状態の恐怖を刷り込んで本体の方を攻撃した。

 突然混じった俺のその感覚に、モニカがブルっと背筋を凍らせる記憶が同期される。

 そしてそれを知った俺は少しだけ気分が良くなるのを感じた。


 だが、そんなもので危機が去るわけではなく。


 ”雲”の”イヤイヤ”はついに極地に達し、ついに俺の構造の外側がなにやら不気味にチリチリし始めたではないか。


 駄目だ、もう耐えられん!


 そう判断した俺は、即座に棒の構造を根本で切り離すと、そのまま減速方向に全力で加速しながら退避を試みた。

 当然、弾かれたボールのように一気に”塊”との距離が空く。

 きっと、減速をかけていなければ俺の存在はあっけなく消失したに違いない。

 それは、この体の一部が欠損したような痛みを感じない謎の”痛み”と”喪失感”が嫌というほど俺に伝えていた。

 ったく・・・アドレス情報でなにやってんだか・・・


 なんとか吹き飛ばされた勢いを押さえつけ、回転をいなして感覚を”塊”に向けると、ちょうど幾つかの”綿あめ構造”を巻き添えにして棒の断面付近が一気に消滅するところが見えた。

 ”俺”という重量物が消えて速度が限界値を超えたのだろう。

 その光景は、ただのデータの塊と知ってもゾッとするものだった。


 離れるのが少し遅れていれば、消えたのは俺だったかもしれない。

 そう考えた俺は、なおも全身を振り回し続ける”塊”に巻き込まれないように、そっと後ろに移動して距離をとった。

 しかし、まさか全てが動くというのは想定外だったぞ。

 だが、接続子が信号を何も受信できなかった事を考えると、この”塊”のシステムは想像以上に巨大かつ”密度”の低いシステムだということになる。

 つまり何らかの”整備された小さなシステム”を持っているわけではないのだ。


『となると、まさに”雲をつかむような話”だな』


 俺が憎たらしげにそういう。

 こいつにアクセスするには、この雲全体を捉えられる巨大な接続子が必要になる。

 そんな物の管理、”本体”ならいざしらず、端末の今のリソースじゃ無理だ。


 俺はそう考えながら、”雲”の様子を窺う。


 恐ろしいことに”雲”は依然として”イヤイヤ状態”のまま、あちらこちら体を揺すっては、細かい移動を続けていた。

 まるで何かに悶え苦しんでいるようだ。

 おそらく挿し込んだ俺の”接続子”がまだ内部に残り、それが不快なのだろう。

 まあ、不快という感情があるとは思えないので、そういう”反応”を示しているといった方が正確か。


 どうしたものか。


『モニカ、これじゃまともにデータを探るなんて出来そうにないぞ?』


 これだけあちこち動かれては、内部を探るもあったものではない。

 システムが流動的すぎて、捉えようがないのだ。


 なんとか、やり方はないかと俺は必死にマニュアルを捲るが、当然ながらこんな現象のことなど書かれてはいない。

 ・・・というか今気づいたが、このマニュアルのゴーレム機械のメモリ空間、アドレスの数が16,384の3乗しかないじゃないか。

 古いのか簡易版なのか、このフロウゴーレムはその比じゃないくらい大きいというのに・・・

 これじゃマニュアルで想定されてないに決まってる。

 同じ”構造アーキテクチャ”と同じ命令セットでも、電卓サイズとスパコンサイズじゃ全然違うはずだ。


 そのとき、モニカから若干焦りのこもった感情が飛んできた。


『ロン、気をつけて! なにか動き出した!』

『へ?』


 なにかとは?


 その時、”雲”がまるでなにかに大きく反応したかのように体を震わせて、すぐにその場でピタリと動きを止めた。


『お? お怒りは静まったか?』。


 だがそうではないことを俺はすぐに感覚的に悟る。


 急に”雲”の周りの魔力回路の欠片が規則的に動き始めたかと思えば、”雲”の体の中に取り込んで、その組成を変え始めたのだ。

 何がどう変わっているのかはよく分からないが、たしかに今、この”雲”は変容を始めた。


 そしてその”雲”の周りに、細かい”筋”のようなものが見え始める。

 やがてそれは、段々と”糸”のようにはっきりとした構造に見えてきた。


 ん? 糸?


 なんでそんな物を?



 その時、俺はなんとなーく嫌な予感に駆られて意識のピントをより広い範囲に合わせた。

 先程から何故か記憶の同期に若干の”ラグ”が発生し始めたのだ。


『な!?』


 その時俺は、この周囲一体に広く展開されたその”構造”を察知して盛大に肝を冷やした。


『どうしたの?』

『かこまれた!』


 それは無数の魔力回路の糸が織りなす、巨大な”網”の構造だった。

 それが俺の周囲に取り巻くように展開され、徐々にその包囲を狭めている。


『俺を絡め取ろうってか!』


 ”雲”に意識を向ければ、その巨体から無数の”糸”がそこら中に飛び出して引きずり込んでいる様子が見て取れた。

 さらに周囲の魔力回路を飲み込んで、徐々にその大きさを大きくしている様子も・・・

 

 くっそ、こちらをなにかの餌だと思ってやがるのか。


 そう考えた俺は、『取り込まれたら面白くね?』という無責任な本体共の感情を無視して即座に移動を開始した。


 狙うは”雲”のちょうど反対側。

 そこは糸の太さも細く密度も低い。

 いくら”糸”といっても俺からしてみれば所詮は目に見えるか程度の細くて脆い糸だ。

 思いっきりぶつかれば問題なく弾き飛ばせられる。


 実際ぶつかったところ、魔力回路の糸はあっけなく引きちぎられてしまった。


『なーんだ。 これで俺を捕まえるなんて到底ム・・・・』



 その瞬間、俺の”本能”が凄まじい勢いで警告を発した。


 何事かと思って周囲を観測すれば、突然こちらに向かって進み始めた”雲”の姿が写り込んだ。

 間違いない。

 ”雲”の動きは完全にこちらを捉えており、その動きに先程までの盲目的な迷いはない。


『この糸、もしかして”感覚器”か!?』


 どうやらこの糸の本来の目的は相手を絡め取ることではなく、相手の位置を探るためのものだったのだ。


 ”雲”がその巨体をものすごい速度で動かしこちらに向かって迫ってくる。

 その恐怖ったら・・・


 ”雲”は俺よりも巨大だというのにその動きも圧倒的に素早く、俺との距離は見る見る縮まっていく。

 もはや逃げようがない。

 横にズレても、そこにあった糸に触れて、そのたびに”雲”の動きが修正されるのだ。


 そしてそのまま俺は、”雲”の巨大な体に包み込まれると・・・・



 そのまま全ての感覚が真っ黒な闇の中に落ちていった。


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