2-15【流れ行く日常 6:~トントン拍子~】


 南部諸国連合トルバ   現首都国:エドワーズ   首都:ラングリア



 世界最大の共同体の中心で、ある日の夕方、突然多くの報道関係者達が連合議事堂横の建物に集められた。

 突然、今後の国家の方針に関わる重要な発表を行うと、”トルバ発”の名目で”記者会見”が開かれることになったのだ。


 この世界の”記者”は大きく、内容を記録して文字情報に残す”報道作家”と、”描画魔法”を用いて情景を記録する”報道画家”の2種類に分けられる。

 通常、国家が記者会見を行うとなれば、紙を何枚も重ねた板を首から下げた報道作家のみが集められるが、今回は報道画家達までもが集められていた。

 議会付きの番記者達が、見慣れない大型の画板や臭いが鼻につく大量のインクを持って会場の後ろに陣取る一段に不安げな顔をする。

 同じ記者であっても、小綺麗な作家に対して全身がインクで汚れた画家はなんとも奇妙な存在である。


 すると事前に告げられていた時刻から1時間後の16時(地球時間19時半頃)に、会見場の扉が大きく開けられ、ビシッとした洋服を着込んだ者達が何人も連れ立って入ってきた。

 それを見た記者たちの目が一瞬にして”戦闘モード”に入り、気の早い一部の画家たちが各々の魔法で描画を始める。

 その集団の入場は、それだけで描くに値する雰囲気を持っていた。


 入ってきたのは、かつて排斥された亜人の合流国家であるエドワーズらしく、全員が別々の亜人で構成されている一団だ。

 特に先頭を歩く身長6mの巨人族の女性と、3番目を歩くゴブリンとエルフの混血の男が放つ威圧感が凄く、女の巨大な胸には”エリート”の金バッジ、男の腰には”魔導騎士団”のエンブレムが輝く細剣が下げられている。

 そしてその一団が演台のある部屋の奥へと辿り着くと、2人の間を歩く背の低い男が列から抜け出して演台に向かい、他の者達が配下のように後ろに並んだ。

 2人の護衛が、背の低い男のすぐ後ろに立って会場内を威圧するように一睨みする。


 だが記者たちは、その2人よりもその2人に守られる弱々しい男の方に釘付けになっていた。

 その姿に作家達が息を呑み、画家達の手が止まる。


 演台の上に立つのは、緑色の肌、曲がった背骨に醜い顔の造形と特徴的な”禿頭”から、かつて”ゴブリン”と忌み嫌われた種族の男。

 その例に漏れず彼も見た目は醜悪だが、放つオーラはその両肩に乗っているものに見合うものだった。



 ”世界最高権力者”、”大陸の長”などとも呼ばれる、トルバ首都国を統べるもの。


 ”クリント・ミューロック大統領”、その人の姿に記者たちは驚愕の色を深めていた。


 共和制を敷くエドワーズに置いて、”大統領”は他の国における君主ほど絶対ではない。

 だが、只の記者会見に出てくるような人物では間違いなくなかった。


 記者たちが大統領の口から出てくる言葉を待つ。

 すると演台のミューロック大統領は、その曲がった目で会場内が落ち着くのを見計らって口を開いた。


「ただ今より・・・・昨日、”モニカ・ヴァロア”についてアルバレスとマグヌス両国が交わした条約について、我が連合の立場を表明いたします」


 その瞬間、まるで解き放たれたかのように記者作家が動き出す。

 会場内を、大量のペンと記録魔法が放つノイズが埋め尽くした。

 大統領が口にしたのは、この四半期でもっとも多くの関心を引いた1人の少女と、それに付随する”不穏な噂”に関するもの。


 ミューロック大統領はまず、マグヌスとアルバレスが新たに結んだ条約とそれに関連して変更のあった条約について、2国から行われた”正式発表”について滔々と語った。

 その声は感情が無いかのように平坦で、それでいて凄まじい熟考が行われたかのように深い。

 そしてそれに続いて、トルバ側の”受け止め”が発表される。


「2国が新たな軍事的協調を結んだ事については、連合内の殆どの国が国際協力の推進に寄与するとして一定の評価を行っておりますが、一部の国からトルバを抜きにした協調に対し、軍事的な懸念の増大が指摘されました。

 現在アルバレス、マグヌス双方の大使から、連合内国に対して説明が行われてますが、先に述べました懸念を踏まえますと、今後の閣僚級以上の会談にて改めて説明を求めるのが妥当だと考えております」


 ミューロック大統領はそこで一旦言葉を切り、一瞬だけ記者たちを見てからまた言葉を続けた。


「また、モニカ・ヴァロア自身の扱いについては、”ビルボックス条約”における事実上の軍拡となる形であり。

 我が連合の立場として2国の軍事力上昇割合に相応する”特級戦力”の保持、もしくは導入に必要な活動を認めるよう求めていく所存です」


 ミューロック大統領はそう言うと、その言葉がしっかりと記録されるのを待つように口を閉じて会場内を見回した。

 今の言葉が”今日の主題”と言わんばかりだ。


 さらにミューロック大統領はずっと握っていた手を開く仕草をする。

 その瞬間、記者たちが一斉に手や前足・・を上に掲げた。

 今のは此処から先は”質問に答える”という合図である。


 ミューロック大統領はその中の一角に向かって、迷うことなく・・・・・・指を指す。

 するとその前に座ってた記者を押しのけて、身長が1mほどしか無い獣人が立ち上がって前に出た。


「”モニカ・ヴァロア”は大戦争で亡くなったヴァロア伯爵の4男の遺児との事ですが、一部では信憑性を疑う声が出ています。 そこはどのようにお考えで?」

「その件に関して、事の真偽を判断する立場に無いため明確な回答はまだ出来ません。

 ただし仮に真実だった場合、依然として両国の中で大戦争の傷跡が残っている証拠であり、その犠牲者に関しての調査が今日でも不十分だと言わざるを得ません。

 連合内からは、連合内から大戦争に派兵され命を落としたとされる・・・7万2502名について、その死因や戦闘記録、戦没判定などが本当に正確なものだったのか、今一度、我が連合の有識者による実地検分を含めた確認を求めるべきとの声も出ています。

 また、もし仮に2国が共同でトルバに対して優位になるように偽りを広めているとするならば、安全保障に対する重大な挑戦と言えるでしょう」


 そう言うとミューロック大統領がまた手を広げ、記者たちが手を挙げ、すぐに別の記者が選ばれる。


「トルバは”モニカ・ヴァロア”を認めないという事ですか?」

「現状ではヴァロア伯爵の嫡子としては扱えませんし、軍事的な意味合いでも存在を認める事はできません。

 ですが彼女は既にアクリラ条約の生徒であり、今後の活動もしばらくは彼女が編入した当時の”モニカ・シリバ”として扱う形で認めていくことに変わりなく、校外活動等で我が連合を訪れる場合には、その様に扱うようにとの通達を行いました。

 彼女が一介の少女として振る舞うならば、我々も軍事力としてではなく、連合法規に則り一個人として正当に存在を認めるでしょう」


 次の記者が立ち上がる。 


「他国の特級戦力が、簡単な手続きだけで入国できてしまう事への懸念は?

 ”モニカ・ヴァロア”は対校戦でアルバレスの勇者、レオノア・メレフに勝利していますが、個々の戦闘力に劣る我が連合の戦力が対抗できますか?」

「現在彼女は軍事組織に属しておらず、成長中であるため単体もしくは軍事戦力と見なされないレベルの組織単位であれば、我が国の特級戦力を複数投入することで十分に対処可能であると判断しています。

 ただしモニカ・ヴァロア、及びそれに付随する事案について十分な説明がない場合、またアルバレスもしくはマグヌスに何らかの脅威があると判断した場合は、連合各国の判断で入国を拒否する可能性があります。

 ですが現状ではその様な事態に発展するとは考えておりません。

 あと重要な事として、連合の特級戦力の個々の戦力が劣るというのは全くの誤解であり、事実とは異なります」


 ミューロック大統領がそう言うと、後ろに並ぶ者達が一斉に背筋を伸ばし、更にすぐ後ろの2人が力を誇示するように凄まじい威圧感を会場内に解き放って記者達を震え上がらせた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 アクリラ 超高圧魔力研究所。


 いつもの様にスコット先生に活動報告しに来たついでに魔力を搾り・・に来た俺達は、そこでウォルター博士に呼び止められていた。


「活動範囲はこの中でやっとくれ」


 そう言って渡されたのは、1枚の地図。

 結構珍しい大陸全部を網羅した大きな地図だ。

 相変わらず、マグヌスの所だけ西に突き出てる以外は無駄に縦に長い大陸である。

 そして地図の北側には、潰れた大きな丸が描かれていた。

 この中なら、俺の存在が検知されないという事だろう。

 予想通り北の端はミレーネミラーナ辺りで、残念な事にヴァロア領ウチは外れている。

 ピスキアもギリギリアウトか。


「この中であれば、ロンの動作は隠れるだろう」

「中心はアクリラじゃないんですね」


 俺が疑問を口にする。


「不思議な事にな」


 驚いた事にその”円”の中心はトルバ側に500km近く南下したところに取ってある。

 それに、


「北側の縁は理解できるけど、南側は? 実験とかしてませんよね?」

「あくまで予想値と”政治的配慮”を勘案して引いた線だ。 まあ、この内側ならどこに行っても大丈夫だろうという事だな」


 ”政治的配慮”ね・・・

 つまり南側の線を超えても、出ない可能性が高いということだな。


「じゃあ、アクリラからは出ても大丈夫なんですね」

「ああ、この円の中ならば私が太鼓判を押しておこう」

「ありがとうございます」


 ウォルター博士に俺達が感謝する。

 するとそれをウォルター博士は手で制した。


「ところで、来年の”大旅行”とやらは、北壁を越えるんだったか?」

「はい、そのつもりですけど・・・」


 モニカが若干警戒しながらそう答える。

 今まさに提示された、”ここまでは行っていいライン”を大幅に逸脱する予定だけに、反対されると思ったのだ。

 ところがウォルター博士の反応は違った。


「じゃあ、何人か学者を連れて行く事ってできるか? 費用なら全部出すから」

「”学者さん”ですか?」


 ウォルター博士の言葉にモニカが首を捻る。


「ああ、北壁を越えて、更に奥まで進む旅行は滅多にないからな。 ついて行けるなら学者を送ってデータを取りたい」


 なるほど。

 確かにあそこに行く機会というのは貴重だ。


『どう思う?』

「うーん、ちょっと今だと厳しいですね、メンバーが集まるかもわかんないし、集まってもあの寒さの中でどれだけ耐えられるか。 人の面倒を見る余裕はたぶん・・・」

「ないか、わかった」


「ごめんなさい」

「謝るな、なんとかする」


 そう言い切って、何かを計算するように中を見つめるウォルター博士。

 なんとかするって・・・

 そういやこの人、校長と対等に話せるくらいアクリラじゃ影響力が大きいんだってスコット先生が言っていたような・・・

 そこに秘められた不穏な響きに俺達は口を噤んでしまった。





「必ず! 行く前と、帰ってすぐに検査に来てください!」


 それから、いつもの定期検査のために北病院に行くと、”モニカ班”の面々がそう言って迫ってきた。

 俺達が外で活動したがってるというのを聞きつけたらしい。

 ちょっと怖いよ。

 今検査器具つけまくって初期のゴーレム機械みたいなゴツいカッコしてるけど、下は素っ裸で大事な所が全然隠れてないから、あまり寄らないでくれ!


 どうも元々手のかかるガブリエラの担当から暇な俺達に移ってきたせいで、ひたすらデータを取るだけになってた彼等だが、俺達が頻繁にアクリラを出るようになれば、そのデータすら取れなくなるのではと焦り気味のようだ。

 ”里帰り中”、かなり暇だったらしいからな。

 だが、上手く行けば週1で外に出るつもりなので、毎週”串刺し”は堪らない。

 特に背骨貫通してる針が麻酔魔法も貫通してちょっと痛いのだ。



 ◇



「必ず! 行く前と、帰ってすぐに連絡に来るように!」


 あれ? デジャブかな?

 ”モニカ連絡室”で、そう言うファビオの姿がさっきの”モニカ班”の連中と奇妙に重なった。

 今、横で首を縦に振ってるジョルジュみたいなのもいたし。

 ファビオも最近はどんどん役人の貫禄が出てきたのでちょっと怖いんだよな。


 どうやら俺達が今年から街外活動を積極的にやっていくという話は、周知のものらしい。

 ”モニカ連絡室”の連中までもが知っていたとは。

 いや、こっちは俺達の活動をリアルタイムで把握するのが仕事だから、どちらかといえば”モニカ班”が知ってる事に驚くべきか。


「おい、モニカ嬢、俺を連れてけ」


 すると奥から、そう言ってヘクター隊長が迫ってきた。

 あー、君、駐屯地への”缶詰”は終わったんだね。

 ”里帰り”について、なんか色々報告に時間が掛かってたみたいだけれど、無事に開放されてよかったよ。


 だがモニカはすぐに答えず、ヘクター隊長をじーっと見つめていた。


「うーん・・・やだ」

「”やだ”ってなんだ!?」


 予想外の答えにヘクター隊長が驚く。

 するとモニカがプイッと横を向いた。


「ヘクターさん連れてくと、すごい窮屈そうだもん。 ちょっとくらい好きに動きたい。

 ・・・あと正直、まだ命預けたくないし」


 モニカがそう理由を述べる。

 実際、今度組む相手は”エリート”と張り合える訳がないので実質2人切りと変わらないからな。

 ヘクター隊長自身は好きだし腕も確かだが、彼の”肩書”は命を預けるには勇気が必要すぎるのも事実だ。


「おいおい、そりゃねーだろ!」


 だが彼は、いつもの砕けた感じでモニカに不平を叫ぶ。

 そこに悪意は感じられない。

 まあ、あまりへそを曲げられても困るか。

 なので俺達は少し相談してフォローを入れる事にした。


「本当に必要な時には頼むよ」


 そう言って意味深に笑みを作るモニカ。

 これで”君ほどの人材を、安易に使いたくないんだよ”と持ち上げられるだろう。

 だが、なんかヘクター隊長の冷たい表情的に効果は微妙だけど。





 さて、そんな風に着々と”街外活動”の準備が整っていき、あとは肝心の仲間の募集に誰かが引っ掛かってくれるのを残すのみとなった俺達は、その事をスコット先生に報告して相談しようと、彼の研究所を訪れる事にした。

 ・・・って、今朝来たところなので街中回って、また戻って来るという超二度手間なのだが、飛べるようになった俺達にとって、この程度の移動は苦でもない。

 やっぱり空はいいな。

 ロメオを引き連れて歩くモニカの足取りは上機嫌だ。

 だが・・・


『いないね』

『なんてこった、二度手間が無駄骨に進化したぞ』


 スコット先生は彼の研究所を留守にしていた。

 まあこの時期は今季の授業の準備やら、研究の予算申請とかで先生達は忙しいらしいからな。


『しかたない、また来よう』

『うん』


 ・・・ぐらり 


「・・・・?」


 その時、僅かに地面が揺れたかと思うと、先程まで無かったはずの影が俺達を覆っていた。

 何事かとモニカが頭上を見上げると、巨大な蜘蛛とそこからぶら下がる美女の姿が見え、そしてその美女が俺達の顔を見てニッコリと微笑んだ。

 

「やあやあ、御2人・・・さん。 ”連絡事項”を伝えに来たよ」


 スリード先生がそう言うと、横を歩いていた60cm程の喋る鼠が青ざめながら道の端に逃げ込む。


「”戦闘系の授業”の話ですよね?」

「うん、それもあるけどまずはこれ」


 スリード先生はそう言いながら、胸の間に挟んでいた袋に手を突っ込む。

 なんでまたあんなところに・・・


「校長から預かってきた。 君達の正式な校外活動許可の証書。 それとこれ」


 スリード先生はそう言うと、今度は小さな紙片の様な物を手渡してくる。


「肌身離さず持っててね。 使い方は知ってる?」

「ルシエラが使ってるのを見たことがあります」


 モニカはそう言うと、首の後にペタリと貼り付けた。

 するとその紙片は一瞬で質感が変わり、肌にピッタリと吸い付いて離れなくなる。

 これは俺達がずっとつけてる手袋と同じ素材でできており、ちょっとやそっとじゃ剥がれないし、違和感も少ない材質だ。

 何より、これ自体が人体内部の生体魔力網と外を繋ぐための”導線”になる。


 これは外で活動するアクリラ生が持たされる”お守り”的なものなので、制服のバッジみたく保護機能は無いが、位置やバイタルがアクリラに送信されるらしく、アクリラ生への闇討ちに対する抑止力なんだとか。

 うっかり殺して、埋めて隠そうとしようものならどうなるか。


「でもいいんですか? 結構頻繁に出ますけど」


 モニカが俺の懸念をスリード先生に伝える。

 俺達が申請しているのは、年に1、2度の旅ではなく、”ちょっとコンビニ”レベルで出かけたいという話である。

 なので、そう簡単に申請が通るとは考えづらいが。


「勿論、”君の素性”を知ってる教師の意見は割れたさ。

 ようやく世間に慣れただけなのに、尚早ではないかとね」

「・・・あ、やっぱり」


 実際、ようやくアクリラに慣れて”さあこれから”というタイミングであり、外に出れるようになったといっても、まだまだ不安が多い。

 アルバレスとか、マグヌスとかマグヌスとかマグヌスとか。


「ウォルターに”範囲”を聞いてるだろ? 少なくともあの中では”手出し無用”というのはマグヌスとアルバレスに”裏条約”という形で認めさせた。

 安心してほしい」

「”うらじょうやく”・・・」


 その、往来でするには物騒かつ意味不明な単語にモニカが面食らう。

 というか”裏条約”ってなんだよ・・・

 まあ、少なくともあの”円”が政治的配慮を含んだ物だというウォルター博士の説明は嘘ではないようだ。


「ただし、その時の注意だが”ヴァロア”の名は、公的な場所以外では使わない様に。 ガブリエラの働きかけで君の名前は予想以上に広まってるからね。

 それが保険にもなるから足跡は必要だけど、無闇に触れて回る必要はない。

 むしろ変に目立って刺激しないように注意してほしいくらいだよ」

『”目立ち期間”は無事に終了ってことか』


 安全に必要な知名度は獲得しているので、もうこれ以上は相手の機嫌を損ねるだけとなる訳だ。


「わかりました」


 モニカが噛みしめるようにそう言って頷く。


『じゃあ、冒険者協会で記録を残すとき以外は、単なる”モニカ”という名前で行くってことだな』

『モニカなら、他の人もいるもんね』

『世間的に有名なのは”ヴァロア”だしな』


 大抵の人は、久々に聞いた貴族の名前にばかり興味が行っていた。

 人相などもあまり出回ってないので、こちらからそう名乗らない限り、俺達がその”モニカ・ヴァロア”と気づかれる事はまずないだろう。


 するとスリード先生が胸の袋から、また何かを取り出して差し出してくる。


「それと”紹介状”」

「紹介状? ですか?」


 なんだそれ。


「君が前衛のパーティメンバーを募集してると知った校長が、彼女の知ってる範囲から紹介してくれてね。

 アクリラ生ではないが、信頼できる人とのことだよ。

 帰りにでも冒険者協会によって行くといい」

「え!? ほんと!? ありがとうございます!」


 モニカが今日一番元気のいい声でスリード先生に感謝する。

 

『俺からも』

「ロンからも!」


 よーし、これで懸案事項が一つ減った。

 前衛の募集は、ここまで振られ続きだけだっただけに福音だ。

 サンキュー校長。

 アクリラ生を捕まえられなかったのは残念だが、元々俺達が経験を積むためのものなので実力は二の次だし、校長が紹介するからには変なやつではないだろう。

 紹介状を受け取った俺達は、一気にクリスマスプレゼントでも貰ったかのように軽い気分になった。

 なんと今日だけで、街外活動の準備が整ってしまったではないか。


『これまで、なかなか進まなかったのにこういう事もあるんだな』

『うん』


 さて、どんな奴を紹介されたのか。

 強くなくていいから、話しやすい奴がいいな。

 俺達がそれに考えを巡らせていると、スリード先生が話を進めた。


「さて、それじゃ”本題”の戦闘系授業についてだ」


 その言葉に俺達は現実に引き戻される。

 スリード先生の口調が、何だか否定的に聞こえたからだ。


「もう分かってると思うが、戦闘系授業を止めるべきか、大いに判断が別れた」

「えーっと、はい・・・」 

「特にグリフィスが怒ってるな。 ”その才能をドブに捨てる気か?”と」

「あはは・・・」


 俺達の頭の中に、口から火を吹いて怒鳴る獅子みたいな教師の姿が映った。

 控え目に言って、チョー怖い。


「流石に彼は言いすぎだと思うが、他の先生からも懸案が噴出したよ」

「”けんあん”? 例えば」

「君達が、君達の力をコントロールし続けられるか? だな」

『あー、まっとうだ』


 俺は思わずそう呟く。

 実際に今の強さの秘訣には、アクリラでの戦闘授業が色んな意味で多分に含まれていた。

 生徒と張り合う事もそうだし、技術を極めた人から教えを貰ったり、手本にできる事は相当心強い。

 何より、制御するには”実際に使う”のが一番である。

 その機会を捨てるのだ。

 正気を疑われるどころか、今後も自分を律し続けられるか不安に思われるのも無理はない。


「ただ、これ以上強くなっても不必要という意見には、結構な先生が賛成したよ。

 ”一本取られた”ってね」

「は、はぁ・・・」

「だから折衷案として、戦闘授業の代わりに君達に”特別授業”を受けてもらう事になった」


 スリード先生が、まるで神託の様な雰囲気でそう言った。


「特別授業・・・ですか?」


 モニカが恐々と聞く。

 時間を作りたくて授業を削るのに、余計な時間が増えては本末転倒だ。

 するとスリード先生がニヤリと笑った。


「大丈夫、そう時間は取らせないよ。 その代わり、3ヶ月に1回、私の授業に出てもらう」

「スリード先生の!?」


 スリード先生の授業といや、アクリラでも最強クラスの上級生しか受けられない”頂点の中の頂点”ではないか。

 3ヶ月に1度とはいえ、そんな所に呼ばれるなんて只事ではない。


「そこで君達が自分の力を制御下に置けてるかどうか、私の目でチェックする。

 もし、私が無理だと判断したら即刻、街外活動を中止してもらうよ。

 その条件でのみ、君達の活動を認めよう」


 スリード先生はそう言うと意味深に笑った。

 それにつられてモニカも苦笑う。

 これ、絶対”大変なやつ”だ。

 来たばっかの時に受けた補習とは比べ物にならないくらい。


『がんばろうね・・・』

『がんばろうな・・・』


 果して俺達は、その”試練”を乗り越え続けていけるのだろうか・・・・



「さて、それじゃ、最後の”連絡事項”を伝えるよ」


 するとスリード先生が、そんな重たげな俺達の空気をぶち壊すような軽い口調でそう言った。


「え? まだあるの?」


 街外活動に仲間の募集以外に、スリード先生が何か俺達に伝える必要のあるものなんて有ったっけ?


「ロンの”専門”の話だよ」

『『あ、それか』』


 そういや、スコット先生とそんな話をしていたっけ。

 あれから、とりあえず”概念魔法”を試しに受けてみることになったわけだが、”俺”が個人的に授業を受けられる先生を見つけるのに時間がかかりそうだ、というのは聞いていた。

 ・・・んだけど。


「ロンはとりあえず、”オリバー先生”の授業を受けてもらうことになった」


 スリード先生がそう言う。

 まさかの、”もう教師が決まってしまった”である。


 それにしてもオリバー先生か・・・

 でも、あれ?


「”概念魔法のオリバー先生”なんて、教師名簿にないってロンが言ってますよ?」


 俺の疑念をモニカが伝える。

 一応戦闘系に”オリバー先生”はいるが、名簿にはガチガチの筋トレ専門家と書いてるので、概念魔法家とは思えない・・・


「ああ、は表向きには公表されてないからね」

「そんな先生がいるんですか?」

「うん、いるよー。 何を隠そう君達のスコットも、数年前まで非公式だったからね」


 なるほどね、今でこそ大々的だが、アクリラは元々隠れ里的な場所だったというし、そういう者達がいてもおかしくは無いか。

 そもそも俺達だって、似たようなもんだし。


「どんな先生なんですか?」

彼女・・は、ある意味で最も高齢な存在だね」


 あれ? 彼女? 彼じゃなくて?


「アラン先生よりもですか?」


 モニカが聞く。

 アラン先生は俺達の知る限り、最も高齢な存在だ。

 それを差し置いて”最も”とつくとは考えにくい。

 ただ、スリード先生は首を縦に振る。


「勿論、アランだって、たった・・・数千年だろ?」

「『え!?』」


 ”たった”!?

 いま数千年を”たった”って言った?

 だがスリード先生は、そんな”些末な事”などお構いなしに話を進める。


「フフフ、まさか君が”概念魔法”に進むとはね」


 いや、”お試し”ですよ?

 適性検査もそんな高得点じゃないし、そんな本気では・・・


「これも運命的というべきか、ある意味で、君の教師として”彼”以上に”それっぽい存在”はいないかもしれない」


 あ、”彼”に戻った・・・

 それにしても俺の教師としてこれ以上ないくらい”それっぽい存在”って・・・

 こりゃ間違いなく、性別とか超越した存在だな。


 俺はそのまだ見ぬ得体のしれない”先生”に、大いに緊張と興味を持った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る