2-15【流れ行く日常 4:~そらとぶうし~】



 初春、アクリラのある日の昼下がり。

 ピカティニ研究所の中扉を開いて中に入ると、制服を着たなんとも懐かしい薄紫の塊を見つけてモニカが叫びながら一気に駆け出した。


「メリダああああ!!」


 すると、それを聞いた俺達の親友はこちらを向くと、咄嗟に何本もの手を広げて、これまた大声で叫んだ。


「モニカあああああ!!」


 友人が受け入れてくれた事で、モニカが安心してそこに飛び込む。

 そんな、なんのコントだと聞きたくなるような光景を展開し、俺達が親友(芋虫)と熱い抱擁を交わすと、彼女の筋肉の詰まったカチカチの感触が腕と胸にかかり、反対に背中にまるでクランプ留めのようなノリで幾つもあるメリダの意外と強力な腕が食い込んでいく。


「久々のモニカの感触だ」


 メリダが感慨の籠もった声でそう呟いた。

 ちょうど里帰りに行く前ぶりか。

 俺達も久々の友人の感触に・・・


「あれ? おっきくなった?」


 抱き心地に違和感を感じたモニカが、腕を何度も動かしながらそう聞いた。


「あ、わかる? モニカが北に帰って2週間後に脱皮したの。 だから今はお腹が空いて空いて・・・」


 メリダはそう言うと、よほど食欲が勝っているのか、懐から食用の草を取り出してムシャムシャと頬張りだす。

 その口は前より一回り大きく見え、体も全体的に膨らんで、足元の台車が気のせいか小さく見えた。

 よく見れば紫色の体色が若干茶色が濃くなっており、更に”モスラ感”が増した感じか。


 すると横から少しくぐもった青年の声がかかる。


「おかえり、”里帰り”はどうだった?」


 ピカ研の1番上の先輩であるベル先輩は、相変わらずそのダークグレーで鮫みたいな怖い顔で気さくな感じにそう聞いてきた。

 ”里帰り”と聞いて、正直あまりいい思い出はないのだが、先輩が聞いたのはそういう事ではない。


「はい、見たことないものとか、知らない技術とか考え方とか、あと材料とかも見れました」


 モニカがハキハキとそう答えると、ベル先輩は”取り敢えず合格”といった感じに頷いた。


「おお、そうか、それは良かった。 アクリラは良いところだが、それだけだと、どうしても凝り固まるからな」


 だがモニカの表情はどこか心残りがあるようだ。


「ただ・・・予定が変わって”アスレース”に行けなくって」

「”アスレース鋼”の?」

「はい」


 実はアスレースは質のいい鉄鋼がある街だったのだが、”ハイエットの接近”により街の訪問自体が流れてしまった。

 その事に不満はないのだが、後々口惜しい気持ちが湧いてきたのだ。


「そうか、そりゃ残念だな。 だが、外で活動できるようになったんだから、また他の所で見ればいいさ」


 それでもベル先輩は、”そんなこともあるさ”的な表情でそう言ってくれる。

 この人はモニカとメリダに甘いからな。


「まあ、駄話はこれくらいにして、それじゃ見せてくれ・・・・・


 すると、ベル先輩がそう言って話を区切ると”本題”へと促がした。

 それを聞いたモニカは、待ってましたとばかりに気合を入れ直し、ベル先輩とメリダを引き連れてピカ研の奥へと移動したのだ。





 建物の2階の倉庫区画にある空きスペースにやってきた俺達は、早速とばかりに次元収納の間口を大きく開いて中の物を取り出し始めた。


 出てきたのはいくつもの木箱。

 ピカ研のメンバーから託された、ヴァロア領で行われた”耐寒試験”のサンプル達だ。

 そしてそれを取り出してると、ベル先輩が大きな計測器を取り出して、その金属製のセンサーを次元収納の穴の中に挿し込む。

 データの補正の為、次元収納内の環境を測る為の物だが、他人が次元収納の穴に突っ込むと眉間を指差される様な妙な違和感が走るので、その感覚にモニカが若干震える。


「えっと、たしか5日くらいしか置いておけなかったんだっけ?」


 計測器のデータを書き残し、木箱の蓋を開けて中を覗きながらベル先輩がそう聞き、その言葉にモニカが少し落ち込んだ。


「・・・ごめんなさい、ちょっと短くなっちゃって」

「うーん、いいよ、元々10日程度で変化見ようってのが無理だったんだ」


 ベル先輩が慰める様にそう言い、部品を更に細かい単位に分解し始める。

 サンプルはかなりの量だが、手際の良い彼に掛かれば、研究所の空きスペースをバラバラのゴーレム機械が埋め尽くすのにそれほどの時間はかからなかった。

 後はそれをベル先輩が一つ一つ見分しながら、状態を記録していくだけ。

 その横でメリダも数は少ないが自分のサンプルを見て回る、大抵は俺達と一緒の共同研究なので俺達と一緒に。


「劣化の激しいパーツは、結構違いが出ますね」


 摩耗したパーツを見比べながらモニカが不思議そうに呟いた。


「合ってないパーツなんかはもっと短時間でも分かるさ。

 逆に言えばここで劣化が激しいやつはこのままじゃ使えない」


 ベル先輩はそう言いながら、小さなドラム状の部品を手に取る。


「これは”アタリ”だな」


 ベル先輩はそう言いながら、満足そうにデータをレポートに書き込んだ。

 だがモニカは不思議そうにそれを見ている。


「だいぶ壊れてますけど?」


 その言葉通り、そのドラム状のパーツはピカピカだったはずの当初の姿が想像できないほど劣化し、表面は真っ黒に変色して一部は摩耗して欠けていた。

 だがベル先輩は”まだまだだな”と言った感じに指を振った。


「壊れてるからだよ。 これだけ派手に壊れてくれると安心して検討から外せる。

 むしろ中途半端に持ちこたえられてピカピカのままだと、それが成功したからなのか、短期間だからなのか分からなくて困る、そういうのは”ハズレ”だな」

「へえぇ」

『なるほど、成功か失敗かじゃなくて、”アタリハズレ”か』


 ベル先輩の言葉に俺がそう納得する。

 特に今回はピカ研の苦手分野である”耐寒性能”が試されているので、よくよく見ているとこんな短期間でも”アタリ”は多い。


『でも、それじゃ本当に成功かどうかって分からないよね?』

『だから、少しでも多くの試験やってデータを取るしかないのさ』

『でも、それって終わらなくない?』

『技術者の運命だな。 個人の使い捨て用途ならまだそこまでじゃないが、広く長期間使ってもらう用途だと、どこまでやっても最後は地獄って事だ』

『辛いね』


 モニカはそう言うと、不思議なやる気を滲ませながら検分へと戻った。


 それから数時間。


 あらかた検分が終わり、難しい部品をベル先輩に残して俺達がタグ付けの作業に移った頃、今度は面白そうな顔をしたルビウスさんがやってきた。


「2人とも、ちょっとこっち来て、面白いものが見れるよ」


 そう言って、チョイチョイと手招きする小悪魔型の亜人。

 それを見た俺達はメリダと顔を見合わせて、目でどうしようかと相談した。

 するとベル先輩が大丈夫とばかりに仕草で合図を出し、それを見た俺達は安心してルビウスさんの言う”面白いもの”を見に行ったのだ。




 1階に降りていくと、写本ゴーレムや他の様々な機械達が発する轟音の中に耳慣れない怒声が混じっているのに気がついた。


「違う!! そこはもっと遅く!! いやそっちは早く!! 流速をもっと意識しろ!! 魔力入れる速度でできる物が違うんだ!!」


 この1階の轟音に負けないとはすごい声だ。



 衝立で作った区画をいくつか抜けると、作業台に置かれた写本ゴーレムを前に、汗をかきながら必死に机に齧りつく狼の人獣と、その横で半透明な拳をいくつも作って振り上げるスライムの姿が目に入った。


「あれ、ピカティニ先生?」


 その光景にモニカが面食らう。


「うん、だいぶ毒が抜けて元気になってね。 姿かなり変わったからビックリしちゃったでしょ?」

「あ、はい」


 ルビウスさんの言葉にモニカが頷く。

 約一月ぶりに見たこの研究所の”主”は、以前見た濁った泥のような姿ではなく、透明感をかなり取り戻した白っぽい体をしており、形も随分粘性を取り戻していた。

 性格もなんだか激しいし。


「もう一度最初からやれ!! 最初からだ!!」


 そう言いながらライリー先輩の作ってた制御盤を飲み込んで砕き、材料の状態でライリー先輩の前に吐き出した。

 それを見たライリー先輩が涙目でまた取り掛かる。


 するとルビウスさんが俺達の耳に小声で解説してくれた。


「今年はライリーにゴーレムコアを作れるようになってもらうんだって、張り切ってるの」


 なるほどね・・・ただ、それにしてもまた随分と張り切ってるな。


「ピカティニ先生、大丈夫なの?」


 その様子にモニカが心配そうに聞いた。


「どうだろうね、何分歳なんで無理しないように言ってるんだけど、元々動き出したら止まらない人だから」


 そう言って、ルビウスさんが肩をすくめる。

 それを聞いた俺は”スライムの歳って何だろう?” と思いながら、ライリー先輩を扱く先生の様子を見ていた。


 だが、元気のあるピカティニ先生ってちょっとおっかないな。

 ライリー先輩は完全に自分の容量を超えた指導に、全身の毛が逆だって汗が煙となって噴き出していた。

 その様子に俺は心の中で手を合わせる。

 俺達も、怒られないようにしないと・・・


『・・・わたしも怒られたいな・・・』


 一方、モニカは心の中でそんなことを呟いていた。


『・・・え!?』


 その内容に俺が思いっきりどん引く。

 するとモニカが慌てて弁明を始めた。


『あ、いや、わたしも早くゴーレムコアの指導受けたいな、って意味で・・・』

『ははは、なんだ、そうか』


 俺はそう答えると、全力で頭を回して今の違和感を押し流したのだ。



 なんか今・・・この子の”闇”を見たかもしれない・・・





「そういえばモニカ、パーティ申請したんだっけ?」


 ベル先輩の所に戻りパーツの検分を再開して20分くらいした頃、徐にメリダがそんな事を聞いてきた。

 モニカがそれに頷く。


「うん、もっと外に出て活動したくて」

「あー、そんなこと言ってたねー、でもそんなに急ぐ?」

「うーん、やっぱり、来年の”アタック”に万全のメンバーで行きたいからかな。 強さとかじゃなくて、信頼できる感じの。 だから時間がほしいの。

 それに他の街とか巡ってみたいし」


 モニカが指を折ってそう言う。

 するとメリダがわざとらしく寄りかかってきた。


「モニカー、私も連れてってよー、芋虫じゃマグヌスとかアルバレス怖すぎて無理だし、その点ここの研究所の人達役に立たないし、知り合い脳筋ばっかりで入りにくいし」

「あっはは、、うん、分かってるって。 でも、メンバー固まるまで待ってね、まだ戦えない人連れてくのこわいから」


 モニカはそう言いながら、ふとメリダの制服の胸元からその内側を覗き込んだ。


 別にメリダの”胸”が気になったわけではない、そもそも無いから・・・あ、”胸”はあるよ? ”膨らみ”がないって意味ね。

 そうじゃなくて、メリダをまだ連れて行くと言えない理由・・・

 人間国家で差別されやすい”エクセレクタ”だから、というのとは別の”理由”・・・

 モニカはメリダの胸に大事そうに仕舞ってある”メンディ”の模様を象った首輪を一瞥すると、意識しないように視線を外した。


『・・・教徒がやった事と、宗教は別だぞ』


 俺が一応、そう忠告する。

 メリダは良い子だ。


『・・・わかってる』


 そして俺達は、まるで何も見ていなかったかのように、ベル先輩に注意されるまでどうでもいい世間話を膨らませていく事にした。



 やがてその話題は、それぞれの今年の授業計画へと移っていった。


 それによると嬉しい事に、どうやら俺達は去年以上にメリダと同じ授業を申請しているらしく、そのことにモニカが心の底から喜んだ。

 去年の頑張りのおかげで今年からメリダが取っている1ランク上の専門課程に入ることも大きいし、何より戦闘系の授業を”全キャンセル”して”非戦闘系”に鞍替えしたので、基礎授業などもメリダの居る側にシフトしていたのだ。

 もちろん申請してる全部を受けられるわけじゃないし、同じ授業の別の枠に入れられる可能性もある。

 だがここ最近、良いことも条件付きだったり回りくどかったりしたのを考えれば、なんとも完全に素直に喜べる話だ。

 

 ただ、その具体的な内容に入ると、メリダの薄紫の顔が更に青いものに変色していった。


「え!? そんなに動き回って大丈夫なの?」


 メリダが声を上げる。

 無理もない、俺達の今年のカリキュラムとアクリラの市街地マップを照らし合わせると、移動時間20分ほどで街の反対側まで行かなければいけないなんてことがザラに発生しているのだ。

 当然、このままでは受講どころか、受講許可すら降りない。

 だが、もちろん解決策はある。


「うん、だから”飛行免許”取ろうと思って」


 モニカがこともなげにそう言う。

 しかし、それを聞いたメリダは、なんとも言えない表情になった。


「でも、あの”うるさいの”どうにかしないと」


 そう、俺達の飛行はうるさい。

 とにかく、うるさい。

 冗談抜きに難聴になるのではと気になるレベルでうるさい。


 ・・・が、俺達はその件に関して”里帰り中”に大きな進展を得ていた。


「それについてなんだけど、ちょっと手伝ってくれない?」


 そう言って、モニカがまるで悪戯に誘うような口調でメリダを誘ったのだ。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 1週間後



 俺達は、アクリラの南西の平原の中にある、とある無骨な建物の前へとやってきていた。


『さあ、やるぞ!』

『うん!』


 その前で俺達が気合を入れる。

 なにせここは寮から見ると街の反対側にあり、中心部の渋滞に巻き込まれるので、朝一に出たのにもかかわらずもう昼前。

 なので、そう簡単に”落ちる”わけにはいかないのだ。


 ここはアクリラの空の交通を管理する”アクリラ航空局”、その申請と講習を行う”教習所”的な場所である。

 その安っぽい木造で無骨で質素な作りから受ける印象はとても”お役所的”で、金持ちだろうが王族だろうが、何人たりともこの小汚い場所で頭を下げなければアクリラの空は飛べないと宣言しているかのようであった。


 モニカが緊張気味に扉を開けて中に入る。

 なにせ前回、”どう飛ぶの?”と聞かれて披露したら即行で「帰れボケ」と言われたのだ(注:ボケとは言われてない)、トラウマにもなる。

 だが、中は相変わらず大都市唯一の管轄窓口とは思えないほどガランとしていた。

 中央局や冒険者協会はずっとごった返しているというのに。


 まあ、アクリラ広しといえども、そう毎日何人も”飛行免許”を申請にくるわけがない。

 それでも春前は申請が多いと聞いていたが、ピークは過ぎたか、そもそも大した数ではないか。


「申請ですか?」


 窓口に着くなり、厳しそうな獣人のお婆さんがそう聞いてきた。

 というか他にこの場所に来る目的など無いので、聞く意味も薄いのだが。

 その証拠に、モニカが”ウン”と言う前に書類を準備していた。


「それじゃ、ここにあなたの名前と所属の先生の名前を書いて、それからこっちに寮の名前、あと何か身分証があれば出して」


 それに対し、モニカがすぐにアクリラの学生証を取り出し用紙に必要事項を記入する。

 そしてそれを見た厳しそうなお婆さんは、内容を一瞥してから窓口から右横を指差した。

 その先には、広大な草原が広がっている。


「じゃあ・・・まず、飛ぶところから見ようか」





 建物の外に出ると、開けた土地特有の強い風が肌に差し込み、思わず体温調整スキルの温度をモニカが上げた。

 この平原はどこか”俺の記録”に刻まれた”地球の空港”を思い起こさせる。

 違うのは滑走路がなくて、土地の形がより平方面に近いということか。

 魔法士の飛行で長距離の滑走を必要とするものはないし、そういうのに免許は出ない。

 なにせ、いくら大型種族に合わせて道の広いアクリラでも、離着陸に数百mの滑走が必要な手段を使うわけにはいかないからだ。

 だからこそ、魔法士の飛行はVTOL垂直離着陸かせめてSTOL短距離離着陸が必須になる。

 まあそこはクリアしているのだが、過去の俺達には”致命的”な欠陥があった。


 人員削減のためかそのまま試験管も兼任することになった窓口のお婆さんが、懐から何やら耳栓を取り出して耳に押し込む。


『やっぱり覚えてたか・・・』

『ははは・・・』


 実は前回もこの人が試験官で、”魔力ロケット”の放つ大轟音に腰を抜かしていたのだ。

 きっとトラウマになって顔を覚えていたのだろう。

 ご丁寧に、耳栓は魔力回路の彫られた高級品である。

 それを今日まで持ち続けてきたということからして、彼女に刻まれた衝撃は並大抵のものではないに違いない。


 だが、それは無駄になるのだがな!



 耳栓の具合をしっかり確認したお婆さんが、”よし、大丈夫”とばかりに合図を送ってきた。

 それを見たモニカが頷きながら魔力を流す・・・・・股の下のロメオ・・・へと。


 その瞬間、俺達のメガネと胸、そして更にロメオの背中に新たに取り付けられた制御ユニットが黒い光を放ち、俺達の表面を黒い”強化装甲”が覆った。

 だがそれは、”グラディエーター”に使われる”2.0強化装甲”のような禍々しさは持ち合わせておらず、作られていく形も戦闘用とは異なるものだった。


 ロメオに乗った俺達の体はあっという間に黒い装甲に包まれ、丸みを帯びた柔らかなシルエットが浮かび上がる。

 ”ドラグーン”の時は角の生えたロメオの兜は、今はノッペリと丸くなって首と一体化し、逆に尻尾は太く長く、刺々しい”ヒレ”が付いている。

 そして何より、背中には俺達の体が完全に埋もれてしまう”大型のバックパック”と、そこから伸びる、これまでとは一線を画すレベルで細かな造形の大きな翼が2枚、両側に向かって大きく広げられていた。


 この新たな強化装甲の目的は唯一つ。

 すなわち”徹底的な飛行効率”。


 その大部分を飛竜に学んで作り上げられたそのボディは、とてもこれが”牛”だったなどとは信じられないほどスマートで流線的。

 名も、飛竜から貰って”ワイバーン”とした。


 そして、これが初の”フランチェスカ2.5”対応強化システムでもある。


 ロメオが自信に満ちた足取りで一歩前に踏み出し、それに呼応するように翼が一気に広がる。

 翼長は7m。

 少し大きめなのがマイナスポイントだが、それを補って余りある”力作”だ。


 するとその中間に埋もれる形で配置された”新型エンジン”がゆっくりと稼働を始め、唸りを上げる。

 だがその音量は、ヘアドライヤー程度のところでピタリと上昇を止め、かわりに加速度的に吸い込む空気量が増えた。

 だが反対側のノズルからは噴射がなく、以前の飛行を見ていたお婆さんの目が怪訝に細められる。

 このノズルは、あくまで”急加速用”だ。


 だが、それでは吸い込んだ空気は何処へ行ったのか? そもそも魔力が作り出した噴流は?

 その答えは”ワイバーン”の上部全体が歪んで見えることで顕になる。

 

 なんと、エンジン音も噴射も殆どないままに、ふわりと”ワイバーン”の重たそうな体が浮き上がったのだ。

 ”なんと” などと他人事のように言ってるが、ピカ研で最初に見たときは俺達自身大いに驚いたものである。

 一方、ワイバーンの背から生えたこの大きな翼の周りからは、どこからともなく風が吹き、特に羽の上部で強い気流となっていた。

 この仕掛のミソは飛竜の翼を研究して作られた、両側に広がるこの大きな翼にある。



 里帰りの最中から”飛竜の羽”に興味を持った俺達は、帰ってすぐに飛竜に関する資料や論文等を漁り、その構造をフィードバックしていた。

 資料によると、驚いた事に飛竜の呼吸は飛行時には”吸”しかしていないらしいのだ。

 じゃあ排気はどこいったのかといえば、翼の中を通る管を通して特殊な毛穴から加速されて放出してるんだと。

 これは単純に推進力を得るだけでなく、上面側に高速の気流を流す事で羽の揚力を増やす効果があるらしい。

 そして俺達はこれを利用し、ホバリング時でも羽の効果を最大限活かす翼を作り上げた。


 魔力エンジンで作られた”ホットエア熱い排気”は、羽の中の排気管を通して翼全体に送り込まれ、いくつにも別れて羽の真ん中より少し手前に空いた放出口から高速で後ろ向きに排出される。

 これにより羽の上面の空気は一気に亜音速近くまで加速され、それによって翼上面の気圧が下がって揚力を得るという寸法だ。

 しかも魔力生物的に限界のあった飛竜と違い、俺達のそれは遥かに強力な気流を作り出せる。

 もちろん、色々考えないと上面の気流が剥離して失速する恐れが伴うが、それについても対策済み。

 剥離が発生すると自動的に羽の後端に作られた別の穴から排気して気流を引きつけ、更に下前面を前に引き出して、翼上面にぶつかるクールエア冷えた気流を増やし、空いた底面空間から全方向に排気して底面全体の圧力を無理やり引き上げる。

 こうすることで翼が空気を捉えそこねても、一瞬で回復が可能になった。

 気流の関係でどうしても前に進んでしまうが、翼に少し迎え角をつけてやればその場で浮くことだって可能である。


 なにより、これだけ揚力を確保したおかげでエンジンの出力が最低限で済むし、さらに音速超えのエンジンの排気を羽の内部で亜音速まで減速させ細かく分ける事で騒音も最小限にできる。



 その結果がこの”ふわり”なのだ。


 俺達はゆっくりと上空へ昇りながら、徐々にエンジンの出力を上げていく。

 だが、翼に施された防音魔法陣と表面を流れる分厚い気流の壁が音を閉じ込め、前の様な轟音は発生しない。

 段々と前進の割合が増え始め、翼が自然な風を受るとエンジンの排気が翼の後端側に移動していく。

 あえてロケット時代のような急加速はしない。

 アクリラの速度制限以下でも安定する事をアピールするためだ。

 それでも、大空を回遊魚の様にゆったりと泳ぐワイバーンの姿はとても優雅に見えた事だろう。


 すると、試験官のお婆さんが体の周囲に大きな魔法陣展開させながら飛び立ち、俺達の近くに寄ってきた。

 俺達の飛行の安全性を近くで見極めるのか。


 それから時間にして半時間ほどの間、俺達はお婆さんの周りを色んな体勢で飛び回った。

 時折、結構無理な旋回や急加減速も繰り返すが、その度に複雑な翼が大きく変形して風を捉え続け、不安定に陥ることは一度も無く終わる。

 それは驚くほど短く感じられた。

 どうやら、あまりに気持ちよくて時間が飛んだらしい。

 

 最後に地面に降りて強化装甲を解いたとき、俺達3人に漂っていたのは、この飛行が認められるかという事よりも、遂にここまで飛行を極められたのかという達成感だったほど。


「キュルル! キュルル!」


 ロメオが嬉しそうに地面を踏みしめ、まだ飛び足りないとばかりに何度も体を上下させる。

 するとそこに、試験官のお婆さんがやってきて書類を差し出してきた。


「飛ぶときにあまり浮かれないで。 周りを見て落ち着いて飛びなさい」

「あ・・・はい・・・」


 その指摘にモニカが恐縮しながら書類を受け取る。

 だが、そこには”飛行可”の文字が。


「昼から、講習やるから、受けなさい」


 お婆さんはそう言うと、後ろの建物を指差した。





 飛行能力に問題がない事が認められた俺達は、”教習所”の2階にて、アクリラ行政区の航空法についての講習を受けることになった。

 とはいえ、別にアクリラの空の交通事情はそれほど悲惨ではないので、半日の講義で完了するし、確認テストなどがある訳じゃない。

 あくまで、空を飛ぶにあたっての”約束事”を知らせるだけだ。

 アクセルとブレーキで車の免許が取れる国とそうは変わらない。

 そもそも”アクリラ航空法”というのは通称で、実際は法的拘束力などない、ただの覚書。

 まともに飛びさえすれば、実はその他は何でもいいゆるーい免許である。


 それでもアクリラで空を飛ぶのは少数派なので、俺達と一緒に講習を受けたのは4人しかいない。

 それも教師3人と生徒1人で、その4人とも免許の更新が理由である。

 ちなみに講師の人は、眠そうなお爺さんだった。


「あー、、飛行灯は必ず背中に付けてください。

 あー、、それと、よく離着陸照明を付けずに着陸態勢に入る方がいますが、地面まで30ブルを切った段階で必ず点けるように」


 お爺さんが、そう言って小型の魔力灯を掲げた。

 街の灯に紛れないように青色に光る特別製だ。


『ルシエラなら、これいらないのかな』

『いっつも青く光ってるからな』


 その魔力灯を見ながら、俺達がそんな冗談を飛ばし合う。

 実際、彼女の飛び方はユリウスを召喚しなくとも、随分と目立っていた。


「えー、、飛行中に空中衝突の危険を感じた場合、相手が右に見えたら左下に、左に見えたら右上に回避してください」

『ふむふむ』


 俺が【飛行】スキルに今の情報を組み込む。

 空中衝突の回避は重要な事柄だ。

 この世界には”TCAS”がないから特に。


『”ティーキャス”ってなに?』

『ああ、レバノン料理がピトー管に詰まって35Lでもう助からないぞ、ってやつだ』

『なるほど、避ける方向を機械的に指示してくれるんだね』

『モニカさん、勝手に心読まないで・・・』


 自然に俺の思考の中を覗いたモニカに、俺が思わずそうつっこむ。

 ここ最近、互いにいよいよ表層付近に置いてある感情は文章までなら読み取れるようになってきたので、こんな風にボケ殺しされることも珍しくはない。

 まあそれでも、そんな駄話をやりながら講義を聞いてると、半日がかりの講義も意外と短く感じたものである。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 講義が終わって外に出てみると、ちょうど夕日が西の山脈にかかる所が見えた。

 もう明るい時間はそれほど残されてない。

 だが、建物を出た俺達は晴れやかな気分だった。

 制服の内ポケットに入れた小物入れには、他の身分証と並んでアクリラの”飛行免許証”が。

 他と比べれば随分簡素で味気ない作りの金属カードだが、ずっと欲しかった免許だけに心は踊る。

 これで同学年ではルーベン、アデルに続いて飛行免許を取得し、晴れてアクリラの空を自由に飛ぶ事ができるのだ。

 こんな嬉しいことはそうはない。


 そして、そんな気分なのは俺達だけではないようで、建物裏に行くなり興奮したロメオに寄りかかられた。


「キュルル! キュルル!」


 全身でまた飛びたいと表現するように体をジャンプさせ、自分で起動させたいのか俺達の胸の制御ユニットに鼻を何度も擦りつける。

 少々興奮し過ぎだが、もちろん俺達にその願いを止める気はサラサラない。





 再び空に舞い上がると、俺達は一気に速度と高度を上げた。

 ワイバーンには高高度装備が内蔵されているので、前よりも上昇に遠慮がなく、その動きはまるで魚の様に機敏で優雅である。

 うん、やはり魚に例えるのが適切な動きだな。

 ロメオが嬉しそうに体をくねらせ、空気の海を泳ぐ感触を楽しんでいる。

 今はすぐに着陸する必要もないので、4本の足は腹側に折り畳んで装甲に収納されているため、本当に黒いトビウオのようなシルエットだ。


 実際に飛んで見るとワイバーンの性能は予想以上だ。

 速度こそ制限があるので大したものではないが、それでも空を飛んでいる以上、これまでとは比べ物にならない速度で移動でき、あっという間に中心部の上空まで到達してしまった。

 何より燃費が段違い。

 以前の魔力ロケットは、燃費を改善しても1時間飛ぶ事ができなかったのに対し、こちらは魔力の消費量を回復量が上回っている。

 つまり空腹さえどうにかできれば、半永久的に飛び続けることも可能であるという事だ。

 当然、その移動範囲は絶大な物になる。

 ここに俺達の【飛行】は完成したと言ってもいいだろう。


 ここに至るまで作ってきた様々なバージョン達や、語られることすら無かった実験機達も、きっと草葉の陰で涙を浮かべて喜んでいるに違いない。


 するとちょうどその時、下の地面を赤く輝きながら暗くなっていく波が駆け抜けた。

 アクリラが日の入りしたのだ。

 だが上空はまだまだ明るく、空に浮かぶ様々な物が宝石の様にキラキラと輝くのだが、今日からその中に俺達も仲間入りである。

 その事がたまらなく嬉しくて、俺達は夢中でアクリラの街を北に飛び抜けた。


 雲を突き抜け、小さな浮島を避けて鳥たちの間を縫いながら、俺達は新たに得た自由を謳歌する。

 モニカも俺も、そして今はロメオも含めて一体になって空を泳ぐ。

 横を見ると、複雑な翼が夕日を切り裂き、そのまま空気を掴むところが目に入った。

 少し大きめの雲に突っ込むと、全身を雨粒と乱気流が殴打する。

 だが俺達の羽はその中にあっても風を捉え続け、雲の中で王者の様に風を従えた。

 やはり、飛ぶことこそが俺達の本質なのだと気付かされた瞬間だ。


 すると雲を抜けたところで、モニカが何かを見つけて指を伸ばす。


『あれ!』


 そう言いながらモニカが向いた先には、マグヌス軍の駐屯地の上で仲良く浮かぶ2機の”門番ゴーレム”の姿が見えた。

 下から見ると圧倒的なその巨体も、ここから見ると小さく見える。

 俺達はロメオに指示を飛ばしてそちらへ向かうと、門番ゴーレムの作り出す気流に乗る鷹に混じってグルグルとその周囲を飛び回った。


 ピスキアで初めて見たときはなんとも得体のしれない物だと思った物だが、今こうして見るとかなり印象が違う。


『すっごく軽く作ってるんだね』


 上部の思いの外繊細な構造に、モニカが感心したようにそう漏らす。


『飛ぶために必死って感じだな』


 ここに来てから知識として学んでいたが、こうして浮かんでいる姿を間近で眺めていると、更に大変な苦労を感じさせる物だった。

 少なくとも俺達やカシウスの飛行系ゴーレムに比べたら、かなり”ハリボテ感”が強い。

 それがなんとなく、俺の知識にある”飛行船”を思い起こさせた。


 まあ、前ほど脅威は感じなくなっただけで、むしろ前以上に”オタク的”な意味で魅力を感じ始めてもいるのだが。

 その証拠に、複雑な梁構造と表面の滑らかな曲線美に、俺達はなんとも艶めかしい物を感じていた。


 それから少しの間、門番ゴーレムの姿を堪能した俺達は、軍の駐屯地の上をグルグル回るのも問題になりそうだったので、さっさとその場を後にする事にした。

 こういう時も、空を飛んでると随分楽に感じる。


『どうする? まだ少し時間があるから、ユレシア島とか行ってみるか?』


 俺はモニカにそう提案した。

 ユレシア島はアクリラ最大の”浮島”であり、観光施設などもある。

 今ならば、移動時間もほとんど考慮しなくていいので、浮島巡りしても問題ないだろう。

 1度、浮島から見れるという、”地平線に沈む夕日”とやらを見てみたいし。


 だが、その言葉にモニカはなにか別のものを思い出したような感情を発した。


『ねえ、”アンタルク島”に行ってみてもいい?』


 モニカが出したのは別の浮島の名前。


『アンタルク島? アンタルク島ってたしか・・・』


 俺はその名前に紐付けされた情報を閲覧し、そこで固まった。


『【予知夢】で見たやつか?』


 今の所、正常に使われたのが1回だけで、しかもその真偽は非常に怪しいという、もっとも無駄なプリセットスキルの称号をほしいままにしている問題児。

 それを使ってみた景色が、アンタルク島に非常に良く似ているのだとモニカは言った事があるのだ。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 アンタルク島の姿は、少し飛んだだけですぐに見えてきた。

 相変わらず不気味な廃墟を乗せただけの、面白みのない島だ。

 俺達は様子を窺うように島の周りを一周すると、廃墟の正面だと思われる庭園の上に着地した。


 島に降り立ちロメオの背から滑り降りた俺達は、まず目に入るその象徴的な廃墟へと目を向ける。


『資料によると、今は信仰されてない古い宗教の建物らしいが・・・まるで骨みたいだな』


 弓なりの飛梁が何本も突き出し、経年で曲がった壁がそれに張り付いている。

 その様子を見る限り、これは金属製の壁なのだろうか?

 きっと、これのジオラマを作る時は猫でも殺して仰向けで腐らせてつくるといいだろう。

 そんな感じだ。

 しかも廃墟が大きいだけに、無駄に不気味である。


 モニカが、手入れだけは行き届いた庭園を建物に向かって歩く。

 アンタルク島の大きさはアクリラの上空に浮かぶ浮島の中では標準的。

 ただし、その不気味な雰囲気のせいか人の姿は数えるほどしかいない。

 一応、廃墟さえ視界に入れなければ浮島なので景色は抜群だから、穴場的な需要があるのだろうが、廃墟の近くは人の気配が全く無かった。


『なんの建物だったのかな?』

『さあな、祈る場所とか?』


 これに関しては何分、資料が少なすぎる。


『今度、アラン先生に聞いてみようか、あの人大昔からこの街にいるし。

 ただ覚えてるか怪しいんだよなー』


 なんでも、アラン先生は人の世に溶けすぎたせいで、昔の記憶が理解できなくなっているのだという。

 完全に人格が変わってしまって記憶に互換性がなくなったというべきか。


 するとその時、モニカがなんの迷いもなく廃墟の中へと足を入れたではないか。


『お、おい!? まずいって!』


 咄嗟に俺が止めに入る。

 だがモニカはどこ吹く風。


『ちょっとだけ、それに入っちゃ駄目とは書いてないし』

『いや、確かに書いてなかったけど、普通駄目だろ』


 だが俺の言葉を他所に、モニカは崩れた柱や内装を避けながら、中へと進んでいった。

 その足取りは、まるで魅せられているかのようだ。

 後ろを見れば、狭すぎて進入できずにアタフタしているロメオの姿が。


 廃墟の中は暗く、朽ちた壁や屋根から差し込む光以外は光源はない。

 更に外以上に状態の悪い内装のせいで、いよいよ本当に動物の死骸の中に入ったみたいだ。


 だが、そこから更に少し進むと、急に開けた空間が現れた。


『大広間ってやつか、ここで儀式とかするのかな』


 そこは骨状の柱によってかなり高く屋根が支えられた、非常に広く感じる空間だった。

 外から見るよりも広く見えるかもしれない。 


 頭上で交差する細長い柱の構造は、俺の記録に残るゴシック建築に近いものがある。

 モニカがそれを見上げると、感慨に近い感情が滲み出してきた。。


「やっぱり、夢で見たやつだ・・・」

『ここも見たのか?』

『うん・・・戦ってた・・・屋根は殆どそれで壊れちゃったけど、こんな感じだったと思う』


 モニカはそう言いながら朽ち果てた寺院の中を歩いていく。


『ここで、誰かが戦ってる、ね・・・なんでこんな所で・・・偶然通りかかったのか?』

『ううん、1人はここの外で待ってた』

『待ってた、か・・・ただの気持ち悪いところにしか思えないけれど。

 戦ってた2人の顔は覚えてないんだろ?』

『うん・・・』

『じゃあ、どうしようもないな。 ”予知夢”ってだけじゃ明日かもしれないし100年後かもしれない』


 もしかしたら、俺達の孫とか曾孫の代の光景という可能性もあるのだ。


『・・・いや、そもそも未来を正確に見ることなんて可能なのかも分からんし』


 一応、里帰りでカミルにそれとなく聞いたのだが、存在は知っていたがスキルを設計したのが、彼ではなく分からないとの事だった。

 ただ、ある程度の精度で未来を予知する技術自体はあるらしい。

 以前、”クロイ・レン”というアクリラの学生がそれで活躍した記録も見つけた。

 ただ、その学生は突然発狂して自殺したらしい。

 何でも”発狂して自殺する未来”を見たせいで発狂したんだそうだ。

 おーこわっ。


『まあ、だから、あまりその夢に執着するなよ。 バカを見る・・・』

『ねえ、ロン・・・』

『うん?』


 不意に俺の言葉を遮ったモニカに、俺は怪訝な声を出す。

 モニカは依然として、吸い込まれる様に天井を見つめたままで、感情だけが何やら疑念めいた物を醸していた。

 するとモニカが、思いもよらぬ言葉を口にし始める。


『ロン・・・あれね・・・”おかあさん”じゃないかって思うの』

『”おかあさん”?』


 モニカに似合わぬ単語に俺の怪訝が更に深まる。


『・・・フランチェスカさん』

『あぁ・・・』


 言い直したモニカの声には、口惜しげな感情が乗っていた。

 そういや”母親と思いたい”って言ってたっけ。


『だが、”かあさんフランチェスカ”はもう死んだ人だぞ? 【予知夢】で過去を見るのか?』


 俺があえて”そこ”を尊重しながらそう指摘すると、モニカが困ったように考えを巡らせた。


『なんか、そんな気がしたの・・・よく覚えてないんだけど・・・わたしに似てるかもしれないというか・・・”アイギス”って言ってたような気もするし・・・』

『ってことは、片方は俺達に似てたのか?』

『・・・うん』


 モニカが頷く。


『ならやっぱり成長したモニカか、もしくは俺達の子孫の可能性のほうが高いんじゃないか?』


 少なくともそうすれば未来の情報ということになる。

 そういや、片方はゴーレム機械士だって話じゃないか。

 まあ、予知夢の構造自体意味不明でどうやって未来の情報なんてものを得ているのか、激しく疑問というか眉唾なのだが。


『そもそも、”かあさん”はそこまで強くないだろう。

 夢で戦ってたのは、2人とも”ルシエラ以上級”なんだろ?』


 前にモニカはそんな事を言っていたことがある。

 だが、その情報はいつの間にか修正されていた。


『うーん、そうなんだけど・・・たぶん2人とも・・・ガブリエラより強いかもしれない』

『へ!?』

『なんとなくだけど、そんな気がしてる・・・』


 そう言いながら、モニカが困った様に頭を捻った。


『つ・・・つまり、その夢によると、俺達か子孫か、それともフランチェスカか・・・とにかく俺達そっくりな奴がガブリエラ以上の強さで、同じくガブリエラ以上の強さの奴と戦ってたと?』

『う・・・うん』

『・・・モニカ、そりゃ只の夢だ。 間違いなくモニカの願望とか不安が色々混ざって見た夢だ』


 あまりにも荒唐無稽すぎる。

 あんな化け物以上が、同時期に複数発生してたまるか。


『でも、少なくとも”わたし”じゃない気がするの』

『そりゃ、なんで?』

『なんとなく・・・”わたし”と明らかに違う気がするの、”存在”というか・・・”勘”なんだけど・・・』

『・・・やっぱり、出鱈目スキルの出鱈目だと思うけどなー』


 少なくとも、今の話を聞いて俺の中での情報の信用度は以前の1%程度から0.1%程度に下落していた。

 モニカが嘘をつくような子だとは思わないが、適当な夢を結構信じちゃう子だとは思ってるからだ。


『まあ、だからやっぱり気にするだけ損だ・・・』

『ねえ、ロン』


 だがその時、またもモニカによって俺の言葉が遮られた。


『え!? なに? また何か思い出したの?』


 やれやれといった感じに俺がそう聞くと、モニカは首を横に振って今度は壁の一部を指差した。


『うん?』


 そこはちょうど、大広間の正面側の中心、その少し上の壁。

 そこにはぐちゃぐちゃの内装に絡まって、一際複雑な物体が壁にかかっていた。


『あれがどうしたのか?』

『似てない?』

『何に?』


 その物体は特に何かに似ている気はしない・・・というかそもそもグチャグチャすぎて・・・

 だがモニカは違ったようだ。


『ほら、あの真ん中のやつ、上と下をひっくり返すと・・・』

『ひっくり返すと・・・』


 俺はモニカの指示通り、情報解析スキルの機能を使って視界の映像の一部を切り取り逆さまにしてみた。


『あれ、これって・・・・』


 その時、俺は初めてその”模様”を認識した。


『何でこんなところに・・・』

『やっぱりこれ・・・”メンディ”の印だよね?』


 モニカが恐る恐るそう言う。

 それはまさに俺達の親友がいつも持ち歩き・・・・



 かつて、ミリエスの村で俺達の胸に毒の槍を突き立てた者達の”印”だった。


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