2-14【ヴァロアの”血” 14:~発覚~】

 


 空高く舞い上がると、すぐに雪国の冷たい空気が肌を刺して気持ちよかった。

 やはり飛ぶ事に勝る快感はそうは無い。


『あまり高度は上げるなよ』


 それでも俺は念を押すようにモニカに注意する。

 するとモニカが小さく苦笑いを浮かべた。


『ロンは心配性だなぁ』

『意外と気圧の減りが早いんだよ』


 俺は耳のデータから作った気圧計の値を睨みながらそう答える。

 今は高度3000mと少しだが、これでもかなり気圧が低くなっていた。

 気をつけないと。

 うっかり高度を上げて気絶したでは格好がつかないからな。


『いい加減、環境魔法使おうよ』


 モニカがそう提案してくる。

 その意見には一理ある。

 だが、


『ありゃ無理だ、動作に信用が置けん』


 周囲の環境を適切に整える環境系の魔法は、高高度や水中などを移動する際に必須だが、まだ気圧とか成分とか、その辺の勘どころが掴めていなかったのだ。

 どう制御系を組んでも過敏になり過ぎたり、反応が遅れたり、足りなかったりするのだ。

 特にそれを俺達の大魔力でやるので、一瞬の制御ミスで窒息からの圧死なんていう事態にもなりかねん。

 空気の制御って難しいんだ、勘と参考書コピペではできんのよ。


『ロンは意外と融通効かないからね』

『そういう”勘”が主体の魔法はモニカの得意分野だからな、モニカにできないなら俺には無理だ』

『ぐぬぬ、こしゃく・・・・な』


 てなわけで、環境魔法による高高度飛行は未だ実現せず。

 だが、その代わり別の分野では大きな”進歩”が見られていた。


『新しい”エンジン”はうまく行ってるみたいだね』


 モニカが横を見ながらそう言う。

 その視線の先には翼の中程に付けられた”推進機”の姿が。

 だがそれはこれまでの”魔力ロケット”と大きく異なり、前方に吸気口の空いた、まるで”ジェットエンジン”のような姿をしていた。


『ああ、予想以上に快調だ』


 それは発案から今日まで幾多の改良を経て、遂に飛行試験まで漕ぎ着けた”魔力ロケットファンエンジン”だった。

 相変わらず空気を圧縮も加熱も高速化もしていないので”ジェット”ではないが、推進力の殆どを前方に付けたファンで得るため、魔力ロケットと比較してかなり燃費が良くなっている。

 最高速度こそ魔力ロケットには劣るが、半日だって飛べるので移動可能距離は大幅に稼げるだろう。

 それに何より最大の騒音発生源であるロケット部分を、ファンの作った気流が包み込むので音が遥かに小さく、また防音魔法の適応が簡単なことが大きい。


『これならアクリラの役所に持っていっても、”門前払い”されることはないかもな』

『うん、それにこっちはこっちで楽しい』


 モニカがそう答えながら、蛇行するように旋回を繰り返す。

 今回のエンジンは出力が非常に安定している。

 だが逆に機敏な操作を受け付けないので、必然的に姿勢と翼での制御が主になり、それもゆっくりとした独特な物になった。

 丁度、”凧”になったイメージだ。

 それに伴って翼もフロウの一体成型から、複数の素材で作った複合型に変え翼端までの長さで1.5倍、翼面積だと5倍に達する大型化を行っていた。

 鈍重だが、こっちの方が風と一体になれるので、ロケットとはまた違った味がある。


『俺も好きだな。 なんというか、”平和”だし』



 そのまま俺達は、フェルズから70km程離れた辺りの上空をウロウロとしていた。


 俺達は今、ピカ研のメンバーから依頼された”寒冷地試験”を行える場所を探しているところだ。

 数日は動かしたいので、できれば人通りや”獣通り”の少ない場所が望ましい。

 地図を見る限りこの辺には道らしき物はなく、実際見えるのも雪面に獣がつけたと思われる轍がいくつかあるかくらいである。


『ここまで来れば、人の目は気にしなくていいだろう』

『あそことか良いんじゃない?』


 モニカがそう言って指差したのは、丁度平原が広がってる場所だった。


『広さ的に問題はないな』


 俺達はそう結論を出すと、進行方向を変える。

 途中、この辺りを縄張りにしていたのだろう12〜15mくらいの若い飛竜が3頭で襲ってきたが、モニカが魔力を出して威嚇すると、すぐに尻尾を巻いて逃げていった。

 飛竜は頭が良いので楽で助かる。


 そのまま俺達は、エンジンの噴射で積もった雪を巻き上げながら雪原の真ん中に着地し、同時に俺が展開していた翼を解体して収納する。

 ”次元収納”があるので、こうした大型で複雑な構造の翼でもパッと展開できるのは本当にありがたい。


 そのまま俺は翼と反対に、次元収納の中から木箱を取り出してモニカに渡すと、モニカは慣れた手付きで木箱を雪面の上に置いて、蓋を固定している釘を爪で引っ掛けて抜き始めた。

 中から出てきたのは、ピカ研で来年から売り出す予定の産業用ゴーレムの最新作。

 今回初めてメインをピカティニ先生ではなくベル先輩が務めたので、その動作チェックを依頼されたのだ。

 モニカは、その腕4本の首の無い上半身みたいなゴーレムをできるだけ慎重に持ち上げると、予め雪を払って剥き出しにした地面にそっと下ろした。


『こわれてない?』

『うん、どこも』


 俺の判定にモニカはホっと息を吐くと、土台を専用の杭で固定した。

 あとは同じゴーレムを4機取り出して、位置関係を確認しながら慎重に設置していくだけ。

 置いたら今度は、全機の設定のチェックだ。

 パーツの取り付けや動作の設定が正しいかはもちろん、対照実験のために各機ごとに変えられた”条件”にも気を配る。

 最後に俺が全て問題ない事を確認すると、ジェネレーターを回して全機起動した。

 魔力機構が唸りを上げて動き出し、4機それぞれがお互いを認識すると、すぐにモニカが差し出す大きな”玉”を受け取り持ち上げ、4機でそれを受け渡しし始めた。

 ある時は時計回りに玉を受け渡し、ある時は放り投げて受け取る。


 俺達はその様子を観察しながら、後向きに一歩ずつゆっくりとその場を離れていく。


『問題・・・なさそう?』

『今の所はな』


 問題はこれからここの環境がどう悪影響を与えるか。


『とりあえず考えられるのは、気温による潤滑油の凝固からの摩耗だな』

『時間かかりそうだね』

『たぶん最終日に回収するときも問題なく動いてると思うぞ』


 ベル先輩渾身のゴーレム機械がこの程度で壊れるわけもないし、壊れても動作には影響はないだろう。

 ”ロボット”と”ゴーレム”の大きなの違いに、ゴーレムが不測の事態でもある程度なら臨機応変に対応できることがある。

 逆に動作安定性が低いゴーレムは、そういった機構なしでの産業利用は不可能であり、実際に普及における最大の障害となっていたりする。


「それじゃ、次はこっち」


 気分を変えるためかそんな言葉を声に出したモニカは、次にライリー先輩の中型ゴーレムを取り出すと、その設定を始めたのだ。



 それから1時間ほど経った頃、平原には大量のゴーレム機械や魔道具が所狭しと置かれ、各々がそれぞれに与えられた動作をしていた。

 ある機体はひたすら屈伸運動、別の機体は写本に、それを補助する機体や、それらを器用に避けてちょこまかと走り回る小さな機体の姿もある。

 おそらくこの周囲数百kmで、これほどカオスな空間は他にはないだろう。

 これらは全てピカ研のメンバーに頼まれたものだ。


 ちなみに俺達はルビウスさんの実験に乗っかる形で、ゴーレム素材の”吹き曝し試験”に高魔力素材を提供していた。

 腐食しやすい素材に高い圧力で魔力を加えた物を冷気に晒すと、どのような変化を起こすかを見るのだ。

 こういうデータは貴重だし、意外と有難がられるからな。

 それらの素材は、空いたスペースに並べている。

 様々な色や質感の単純な形の物体が並ぶ様は、雪国の低い太陽の光で宝石箱のように輝いて見えた。

 大変興味を引く光景だが、獣よけの結界も張ったし問題はないだろう。


 その様子を俺達は、近くの小高い山の上から満足気に眺めていた。


『ここから見ると、まるで”遊園地”みたいだな』


 その光景を他に形容する言葉があろうか。

 メリダの”リンクス君人形寒冷地仕様”がちょこまか走り回るのが、本当に遊園地ではしゃぐ子供のようだ。


『”ユウエンチ”?』


 おっと訳されなかったか。


『ええっと、”マルべ記念公園”みたいなやつだ』

『あー、あのちっちゃい子が好きな』


 俺がなんとか近い例を挙げると、モニカがそう言って納得の声を出す。

 モニカもまだまだ”ちっちゃい子”の範疇に収まる年齢だろうに。

 ちなみに”マルべ記念公園”とはアクリラの南にある遊園地みたいなところだ。

 遊具や乗り物はないが、あの独特の雰囲気と色使いは完全に遊園地のそれで、アクリラ中の子供の憧れになっている。

 ちなみに入場料で40セリスも持っていくので、結構お高い。


『でもたしかに、ちっちゃいマルべ記念公園みたいだね』


 モニカがそう言うと、今度は山の反対方向のまだなにもない雪原に向き直った。


『それじゃ今度はわたし達・・・・の』



 雪原に降りると、モニカはさっきと同じように次元収納から道具を取り出し始めた。

 だが今度は、さっきまでとは違った緊張感がモニカの中に漲っている。

 なにせこれから実験するのは、あのデバステーター・・・・・・・・・の残骸から生まれた新装備たちなのだ。

 

 そしてそれらの”凄まじい力”を使うために、俺達はまず雪の中で専用の”下着”に着替える。

 ”レオノア戦”で着ていたやつの改良型だが、この仰々しい重みに袖を通すと、あの時の力の一端が流れてくるようだ。

 それから俺達は胸とメガネインターフェイスユニットの制御ユニットを起動し、”特別製”のグラディエーターを展開した。


 その見た目は、これまでのシンプルなデザインから打って変わって結構”ゴツい”。

 全体的に装甲の厚みが増し、より”重装備感”が出ていた。

 処理機構の高性能化による恩恵だが、動作に合わせて滑らかに変形できる”2.0強化装甲”なので、これでも動きは軽い。


 そして最大の違いが、頭につけられた2本のマルチロールアームの”ツインテール”の存在だ。

 その名の通り、サイバーチックなヘルメットからこれまたサイバーチックな触手が、アニメのツインテールの如く両サイドに生えていた。

 これは無骨なグラディエーターの見た目を可愛らしく見せるだけではない、より多機能な拡張ユニットだ。


 俺が”ツインテール”のシステムを起動すると、すぐにモニカが思念を器用に流して操作を始めた。

 頭の横から生えた身長よりも長い触手がウニョウニョと動き、複数に割れた先端を指先のように使って手や足にタッチしていく。

 我が相棒ながら恐ろしいことに、モニカは突然手が増えたようなものだというのに、この機能をわずか数回で完全に使いこなしていた。

 イリーナとの打ち合いで普通に使っていた時は舌を巻いたものである。

 モニカいわく”デバステーターよりは簡単”とのことだが、彼女はこういう事には本当に天才的だ。


 一通り動かして”ツインテール”に問題がないことを確認すると、モニカは”右の触手”を次元収納に突っ込んで、中からドラム缶サイズの魔道具を取り出して展開した。

 ガシャガシャと大きな音を立てて現れたのは、全長6mを超える巨大な”槍”。

 それを鎧の嵩増し含めて1.5mに満たない小娘が髪の毛で持ち上げる様は、異様を通り越して滑稽ですらある。

 だが反対の”左の触手”の先を大きく開いて地面を掴み腰を落として構えると、これはこれで様になるものだから不思議だ。


 そんな感慨を持ちながら、俺は”制御魔力炉”の準備を始めた。

 これの使用は、前もってガブリエラ伝いで”モニカ連絡室”に伝えているので問題ないが、ここで使ってどういう反応が出るかはやっぱりちょっと怖い。


『準備よし、そっちのタイミングで始めてくれ』

『うん・・・』


 すう・・・という音を残してモニカが大きく息を吸い込み、思考が研ぎ澄まされる。

 それと同時に、”特別コンソール”に表示されている値が、すべて規定値を満たしたことを示した。

 その瞬間、モニカが小さく、


「・・・起動」


 と呟く。


 すると突然、増大した魔力の圧力で俺達の体が膨らんだような、あの独特な感覚が上がってきた。

 すぐに指定していたスキル達が踊る様にその魔力を纏めていく。


『うん、問題はないぞ』


 今日は実験だけなので、全開稼働はさせずちょっと回すだけ。

 ただこれだけでも、湖の水ごと持ち上げられそうな気分になるから凄まじい。

 モニカが少しの間、”グラディエーター”の鎧の隙間から蒸気の様に噴き上がる魔力を指で弄んでから、合図の様に二の腕部分を握る。


『それじゃ始めようか』


 モニカがそう言うと、両腕を地面に突っ込んで固定した。

 更に両足と頭の”左触手”を合わせた5点で地面を掴めば、取り敢えずは準備完了だ。

 本来はロメオの”ドラグーン”で固定するのだが、試し撃ちならこれで十分。


 続いて6mの巨大槍の中に大量の魔力が流れ込む。

 更に2本の”ツインテール”にも。

 槍の中の”制御ユニットデバステーターの欠片”が最適化した魔力をポンプの様に送り返し、純粋な”2.0強化装甲”で構成された触手が、それを吸って数倍の大きさに膨らんでいく。

 巨大な槍の先が、今にも飛び出さんとブレにブレ、そしてその緊張が極地に達した時、モニカがツインテールに溜まった力を開放した。


 すると槍の先が、”バチン!”という空気が弾ける音を残して瞬間移動した。

 それは文字通り、動き出しも止まる瞬間も観測できないレベルの一瞬だ。

 続いて、遅れて発生した衝撃波が”グラディエーター”の装甲を叩く。

 更に俺達の視界が、反動とその衝撃波でグラグラと揺れた。


「ぐぐぐぐっ・・・」

『あっとっとっと・・・』


 なんてパワーだ。

 俺達が2人がかりでその反動を抑え込むのに、たっぷり5秒もかかってしまった。

 そして、ようやく揺れが収まりブレた視界が元に戻ってくると、目の前に広がった光景に俺達は瞠目する。


『うお・・・・・』

『すげえええええええ!?!?』


 一面銀世界だったはずの雪原が、なんと雪どころか土までめくり上がり大きな岩が剥き出しになっているではないか。

 それも俺達の正面から扇形に。

 その現象は俺達周囲から、最大3km先まで及んでいた。

 よく見れば、反動で俺達自身も数m下の位置に潜り込んでいる。

 ここまで一瞬で削り取ったのか・・・


『えっと・・・これ、”近接武器”だよね?』

『ああ、直接当てたやつだけに効果あるやつだな』


 間違っても、風圧でkm単位を吹き飛ばすマップ兵器ではない筈だ。


『どういう事?』

『どうやら槍の中の魔力が止まりきれずに、槍を突き破って飛んでいったらしい』


 俺は今のデータを解析しながらそう伝えた。

 それを聞いたモニカが槍の方を見る。

 ”2.0強化装甲”なのでもう既に修復済みだが、確かに放った直後は瞬間的に発生した圧力と熱でグチャグチャに潰れていた。

 あと右の”ツインテール”も。

 元々、”デバステーター”の自壊前提の”神速拳”を再現するために中に本体の入ってない”ツインテール”を作ったので、これらが瞬間的に壊れる事は想定内。

 もし”グラディエーター”の腕でやっていたら、俺達の腕はよくて”ペースト”、悪くすれば”ムース”だろう。

 だがこの結果と威力はどうしたものか。


 モニカが少し歩いて、剥き出しの岩の具合を探る。

 すると上から、吹き飛ばされた土がパラパラと雨の様に降ってきた。


『・・・これの使い所は、よーく考えような』

『ウン、ソウダネ・・・』


 よくよく考えると、レオノアはこの威力の直撃を何度も耐えたんだよな・・・

 というか俺達、”勇者”相手とはいえこんな物を人に使ってのか・・・

 その事実に俺は肝を冷やした。



 さて、実験はまだまだ続く。


 モニカが次に取り出したのは、俺達の身長より大きな大砲型の魔道具・・・”01式マジカルブレイクキャノン

 さっきの槍に比べたら小さいが、放つ禍々しさなら負けていない。


『制御部はできた?』

『ああ、なんとかな。 仮想テストでバッチリだ』


 何せ、ここ数日の夜中の殆どをこれに捧げたからな。

 動いてもらわにゃ困る。


『大丈夫かなぁ・・・』


 モニカは”魔壊銃”を恐る恐る構えた。

 だがその動きは何処かぎこちない。

 どうやら、さっきの槍の威力ですっかり怖気づいたらしい。


『これも”デバステーターの欠片”が入ってるんだよね?』

『ああ、ガッツリな。 というかさっきの槍よりも基幹パーツを沢山使ってるぞ』

『えぇ・・・』


 モニカの声は、僅かな緊張を含んでいた。

 さすが”デバステーター”、モニカですら怯えさせるとは。


 それでも実験せねば始まらない。

 暫くしてようやくそう思ったのか、モニカは若干ビクつきながらもマジカルブレイクキャノンの中に魔力を注ぎ込んでいく。

 すると、まるで乾いたスポンジのように巨大な大砲の中にどんどん吸い込まれていくではないか。

 それと同時に、俺のコンソールに今までにないタイプの表示が現れる。

 良かった、ここにはバグはないようだ。

 マジカルブレイクキャノンは、その威力だけでなく、これまでとは全く異なった思想が取り入れられている魔道具だ。


 それは、”力”自体の外部化。


 この大砲が放つ砲撃は、元々ルーベンの”はかいこうせん目からビーム”だった物。

 だが単純に複製するだけでは使用不可だった。

 その中核となる”破壊”のスキルに必要な”力”が、身長不足で起動状態にないからだ。

 デバステーターの巨大な体躯ならば可能だったので使えることは間違いないのだが、俺達の成長を待つのは些か気が長すぎる。


 そこで問題となる”力”・・・すなわち”魔力特性”を魔道具側で再現し、俺達の中の”力”と協調動作させることで使用不能だったスキルを使用可能にしてしまおうと考えたのだ。

 幸い、王位スキルには元々外部制御用の通信スキルが備わっている。

 それを改造してやれば、外部機器との通信には困らない。

 結果は今のところ順調。

 マジカルブレイクキャノンの中の”デバステーターの欠片”が、大量の魔力を上手く変換し、このために用意した”入出力部”を介して俺達の中の”力”とのやり取りを行っていた。

 欠点といえば、反応が鈍いことと・・・


「うう・・・」


 モニカがその”気持ち悪さ”に呻く。

 反応の鈍い”力”の動作感覚が、まるで全身の内側で大量のミミズが這い回っているかのようで大変不快なのだ。


 だがそれさえ目をつぶれば、この技術は凄まじい可能性を秘めている。

 なにせこれは、策定が始まったばかりの”3.0強化計画”の中核を担う、通称”ユニバーサル計画”の必須技術でもあるからだ。

 上手く行けば、どこまで化けるか想像もつかない。


 俺がそんな”夢想図”に思いを馳せていると、マジカルブレイクキャノンに魔力が行き渡り、使用可能になったことを示す表示が視界に点灯した。

 準備が長いと思われたかもしれないが、実時間はここまで1秒程度なので安心してくれ。

 これで、いつでも”はかいこうせん”が撃てる状態になったマジカルブレイクキャノンの砲身は、さっきの槍と同じように高圧の魔力にプルプルと震えていた。

 それをモニカが若干不安げに眺めている。


『狙いは向かいの山の真ん中くらいでいいか?』


 俺がそう言いながら、この近辺に飽きる程沢山ある山の1つに照準を合わせた。


『大丈夫? 吹き飛ばない?』

『短時間なら大丈夫だろう。 それに特に植生情報も出てないし、これだけ沢山ある山の1つが吹き飛んだところで、困るやつは居ないさ』


 今回は、試し撃ちなので”ロケットキャノン”と変わらない程度しか魔力を投入しない予定だ。

 計算上は結果も大して変わらない筈。


『・・・だと良いんだけど』


 それでもモニカはそう言いながら、マジカルブレイクキャノンのトリガーに指をかけ、ゆっくりと引いた。

 その動作からして、完全に俺の見立ては信用してないな。

 

 そしてその瞬間、砲口から真っ黒な光の”線”が飛び出し、その周囲の空気が熱で真っ赤に発光した。

 反動こそないが、その熱で発生した空気の乱流が辺りを一気にかき乱し、そのまま魔力の光線は向かいの山までの空間を一瞬で焼き飛ばすと、山腹にぶち当たってそこの地面を真っ赤に染める。

 俺は上がってくる各種の観測データから、その結果に満足感を覚えていた。


 どうだ見たか。

 ここまでは事前の予想通り。

 威力もレオノア戦で使ったものや、ルーベンのものと比べても魔力効率的に劣ってはいない。

 なにより、”I/Oスキル”の一発目の試験としては申し分ないところだろう。

 フヒヒ・・・これさえあれば・・・


『・・・ねえ、ロン』


 その時、モニカが不安気な感情と共にそう聞いてきた。


『うん? どうした?』

『これ・・・まずくない?』

『え? ・・・でも、全部のデータは正常・・・』


 ちょうどその時、目標の山の向こうから衝撃波を示す白い輪っかが広がり、その中心から真っ黒な光線が現れて上空まで伸びていくのが見えた。


『あ・・・』


 すると今度は、俺がそう呟くのとどちらが先かのタイミングで、山の頂上が火山のように吹き飛んでしまう。

 さっきまで何も無かった普通の山の頂上から、見事な黒煙が立ち昇り、煙の根本は真っ赤に染まっている。


『ヤバイ!?』


 俺が慌ててマジカルブレイクキャノンのシステムをオフにする。

 すると少し遅れて凄まじい”破裂音”が俺達のところまで飛んできた。


「うひぃ!?」


 モニカがその音にマジカルブレイクキャノンから手を離して耳を塞いだ。

 よく見れば、光線の当たっていたところに空いた穴からドロドロに溶けた溶岩が水鉄砲のように噴き出しているではないか。


『何が起こったの!?』

『あーー・・・どうやら威力を抑えるために絞ったつもりが、逆に威力密度を上げすぎたらしい。

 そのせいで局所的にブチ抜いちゃったわけだな・・・ははは』


 ちなみに上が吹っ飛んだのは、中に溜まった熱が山頂部の水分に触れて水蒸気爆発を起こしたのではないかと推測される。


『つまり、即席の火山を1つ作っちゃったわけだな』

『それって大丈夫なの?』

『まあ、誰も居ないし、熱量もそれほどじゃないからすぐに収まるだろう』


 そうあってくれよ・・・


 幸いな事に、5分後には噴火はちゃんと収まってくれた。

 その結果に俺はモニカに”ほら見ろ”と言ったが、内心ではホッとしていたのは内緒だ。


 今後は撃ち込む”的”についてもちゃんと考えよう・・・

 というか改めて、こんなものを俺達は雨のようにレオノアに撃ち込んでいたのか・・・


 



 さて、そんな”派手な実験”はそういくつもあるわけでもなく。

 あとは、いつもの装備や魔道具のマイナーアップデートの地味な試験をいくつかこなしてしまうと、結果の集計を行う俺はともかくモニカの方は手持ち無沙汰になってしまった。


 なら、もうフェルズに帰ってもいいが、日没までは時間がある。

 なので俺達は、少しばかり移動してまだ荒れてない・・・・・・・雪原の上で寝転んでいた。


 俺達だけで雪の上に寝そべっていると、その上を小さな風が吹いていく。

 その向こうの空は抜けるように青く、風以外に音を発する物は何もない。

 こんなに静かなのはいつ以来だろうか。

 俺達は別に相談し合ったわけではないが、実はこの”静音”こそがここに着た本当の目的だった。


 今回の里帰りは貴族慣れしていない俺達には、あまりに人煩い・・・

 それは好意を向けてくれた人達や、いつも隣りにいたはずのロメオにまでも感じたほど。

 だからこうして、街から離れたところまで逃げてきたのだ。


 やっぱり平穏が1番だな。


 だがそんなことを考えていると、ふとモニカがとんでもない事を言い出した。


『ロンは、シャンテとの子供欲しい?』


『ブッ!? 突然どうした!?』


 あまりにも文脈の見えないその言葉に、俺は大きく混乱する。


『いや、いま一番近いところにいる男の子ってシャンテでしょ? だからアクリラに戻る前に試して・・・みてもいいかなって』

『いやいや、”そこ”じゃない! 仮に”そこ”だったとしても、そこじゃないから!』


 なに急に言い出してんのこの子は!?


『そっか、ロンは嫌かぁ』

『いや、嫌とかそういう話じゃ・・・』


 そこで俺は、モニカの感情が意外と真面目だという事に気がついた。

 モニカがこういう状態で突拍子もない事を言う時は、大抵”悩んでる時”だ。


『突然どうした?』


 俺は努めて自然な感じにそう聞く。


『ドラン伯爵を見て思ったんだ。 あれも”幸せ”なのかなって』

『幸せ?』

『色んな人といっぱいくっついて、たくさん子供作って・・・』

『・・・』


 やっぱり、あの・・ドラン伯爵か・・・

 どうやらモニカはあそこで変な影響を受けてしまったらしい・・・

 どうしよう・・・


『シャンテもそうだし、ルーベンとかアデルとか、ファビオやディーノ、レオノアさんやベル先輩にライリー先輩なんかとも子供作ってさ・・・たくさんの色んな子供と生きる。

 それって”幸せ”じゃない?

 ファビオとの子供ならマグヌスも喜ぶだろうし』


 モニカが感慨深げにそう呟く。

 

 俺はなんとか反論したかったが、でもそれよりも、ドラン伯爵は本当に楽しそうだったんだよな・・・とも思ってしまう自分がいた。

 それこそカシウス将軍の悲劇や、常に苦しそうな貴族の姿を見てしまうと、あの快楽主義が眩しくも見えてしまう程に。

 それでも、


『そんな行きあたりばったりに子供作って、生まれてくる子供は不幸にならないか?』


 その子だって”命”なのだ、アクセサリー感覚で増やしていいものじゃない。

 だがしかし、


『わたしは”不幸”じゃないよ?』


 俺の言葉にモニカがそう”即答”した。

 その言葉の”重さ”に俺が思考の中でつんのめる。

 本当に親の都合だけで、好き勝手に作られた命であるモニカにそう言われてしまえば、いったい誰が反論できるというのか。


『・・・それはモニカが強いからだよ』


 結局俺はそう言うのが精一杯だった。

 そしてそれも、


『なら大丈夫だね。 わたしの子供ならきっと強い』


 という言葉であっさり撃ち落とされる。


『・・・モニカは・・・”そういう風”に生きたいのか?』

『・・・分かんない』


 モニカはそう答えると、雪原の中から上半身を起こす。


『だから確かめたくもある』


 そう言いながら、その目は山の向こうを真っ直ぐに見つめていた。


『フランチェスカさんは子供ができなかった。

 だから、カシウスもフランチェスカさんも苦しんだ。

 2人共、子供ができれば幸せだったのに。

 でもウルスラさんは出来たんだから、他の”組み合わせ”ならできたかもしれないでしょ?』


 モニカの言葉は、まるで試験の施行不足を指摘するエンジニアのように冷たく。

 それでいて、望まぬ結果に終わった”先駆者”の無念に同調するように熱い。

 その”歪さ”に、俺の心は言いしれぬ不安に苛まれた。


『フランチェスカの”代わり”にでもなるつもりか?』


 俺がそういうと、モニカは視線を落とし自分の掌を見つめながら考え始める。

 少しの間、無言の時間が俺達の間に流れ、やがてモニカは口を開いた。


『・・・そうかもしれない。 わたしにとっては、やっぱり1番”お母さん”に近い人だから、その人が願って出来なかった事がずっと気になってるのかも』

『フランチェスカは母親・・じゃないぞ』

『うん、もっと近い・・・・・よね』


 その言葉で俺はハッとする。

 確かに、よくよく考えてみれば、モニカにとって”フランチェスカ”という存在は、”親”を飛び越した”元”なのだと。

 だが、だからといって囚われる必要はない筈


『ガブリエラも言ってただろ? モニカは”モニカ”だ、”フランチェスカ”じゃない。 もっと自分を大事にしろって』

『大事にしたいからだよ、子供を作るには1年は見なきゃ駄目でしょ? 生まれにくい体なのかもしれないし、時間が惜しい』


 モニカはそう言うと、ヘソの上辺りで拳をギュッっと握る。

 その真剣な感情に、どう応えて良いものか。


 最近ではすっかり文明に馴染んでいて見過ごしていたが、モニカの成長過程は特殊と片付けるにはあまりに”歪”だ。

 そして、その歪さがドラン伯爵という”見本”に引っ張られて顔を出したのだろう。

 だが、その考えを”悪いこと”と断じて止めるには、俺はモニカに近すぎた。


 結局俺は、事務的な説得に走るしかなかったのだ。


『だがどのみち、機能的にまだ・・・・・・だ』


 と。

 こんな話しているが、実はそもそも、まだ”お赤飯”も来ていない。

 子供の話ができるのは、もう少しかかるのだ。


『そっか、ちょっと残念』


 俺のその答えに、モニカがそう答える。

 だがその口調は、意外な事にこれっぽっちも未練を感じさせるものがなかった。

 まるで子供がほしいというのが、単なる思いつきだったみたいな淡白さだ。

 そのことに俺はちょっと仮想首を傾げた。


『だいたいよ、ルーベンとかの子供って欲しいか?』


 俺はそこの所を改めて聞いてみる。

 あいつの子供なんて、絶対気難しくて扱い難い奴ができるだろう。

 もっと言うなら、

 

『というかシャンテとかルーベンとか名前上げてるけど、その・・・なんだ・・・できる・・・のか? というかしたい・・・のか?』


 なんで最初に思いつかなかったのか。

 その”問題”を俺は指摘すると、モニカが分かりやすく苦い顔をした。


『ぜんぜん。 レオノアさんとかはちょっと考えるけど、今はいいかな』

『なら無理するなよ』

『ちょっと興味があるだけだよ』


 モニカが軽く笑いながらそう答える。


『興味ねぇ・・・』


 俺は呆れたようにそう呟いた。

 と同時に心の中で仮想肩を落とす。

 結局これも、いつもの”他愛ない話”なのかと。


 だがその時モニカから、突然ものすごく真面目な感情が飛び出してきた。


『ロン・・・わたしね、自分の心の中だけでもいいから、フランチェスカさんを”母さん”って呼びたいんだ』

『・・・・・』


 ・・・ああ・・・そんな風に思ってたんだ・・・

 そんなこと、俺は考えたこともなかった。

 俺はまだ”あの男”と自分の関係を必死に否定しているというのに、モニカはもう折り合いを掴みかけているのか。

 これまでモニカはフランチェスカの話題を殆ど喋らなかった事もあり、モニカもどこか忘れようとしているのかと思ってた。

 だが、やっぱりずっと考えてたんだな。


『でも、”お母さん”が何か分からないから』

『”なら、”自分がなれば分かる”ってか?』


 どうやら今回の”狂言”は、これが原因だったようだ。

 モニカらしいといえばらしいが、突然聞かされると大変肝が冷える。


『モニカ、”お母さん”ってのは、そんな簡単なもんじゃ・・・』



 その時、モニカの思考が不意に違う方向に向いた。


『・・・ロン』

『ん?』


 突然、モニカがガバっと地面に伏せると、そこにあった雪を手で掻き飛ばし、地面に耳を付けて音を聞き始める。

 何事だ?


『どうした? 急に』

『ロン・・・近くに人がいる』






『まったく・・・まさかこんな所を通る奴がいるなんて』


 空から山を飛び越したとき、ちょうど上空から”問題の物体”が見えてきた。

 それは1台の大きな馬車だった。

 だがこの何もない雪原の中だと、本当にポツンとした染みに見える。

 よくこんなものを見つけられたものだと、モニカの索敵能力に感心せざるを得ない。

 馬車を引くのはパンテシアが3頭。

 どれも雪国では至って普通の仕様だ。


 だが”場所”が普通ではない。


『こんな所、地図には道もないし集落もないぞ?』


 ついでに近道になりうる場所でもない。

 実際、馬車が通っているのは少し立派な獣道といった方が良い代物だった。


『道に迷ったのかも』

『道に迷ったって限度があるだろ』

『とにかく行こう、動けなくなってるみたいだし』


 その馬車は、雪の中で完全に立ち往生していた。

 後方には激しい蛇行の跡・・・それに車輪が1つ。

 よく見れば、馬車は左後方の車輪が脱落していた。

 男が2人、途方に暮れた表情でパンテシアを落ち着かせている。

 どうやら興奮したパンテシアが暴れて無茶な動きをしたらしい。


 原因は・・・・


『やっぱり”アレ”のせいだよね・・・』


 モニカがそう言いながら、今しがた越えてきた山を見る。

 その山頂は跡形もなく吹き飛び、山腹には大きな穴が空いていた。

 撃った側からは小さな穴に見えたが、出た方は中に魔獣でも住めそうな程穴が大きい。

 幸い噴き出した溶岩は既に冷えて固まっているが、その痕跡が黒い跡になって馬車近くまで伸びていた。

 きっと彼等は、かなり肝を冷やしたことだろう。

 その事に後ろめたさを感じた俺達は、とりあえず行って助けようと考えたのだ。


『だが気が立ってるだろうし、いきなり行けば警戒されるから、地上から行こう』

『うん』


 モニカはそう答えると、敢えて山側とは反対方向に回り込んで地面に降りた。

 こういうとき、新型エンジンの静音性はありがたい。


 ただ、刺激しないために地上から行くというのは、あまり効果をなさなかった。


「・・・おい! こんな所をガキが通るなんて聞いてないぞ!」


 横から近づいて、モニカが「大丈夫?」と聞いた途端、こんな風にいきなり怒鳴られたのだ。

 少なくとも片方はかなり気が立ってるらしい。

 そしてもう一方はそこまでではないようだ。


「・・・シッ! 黙ってろ、余所者・・・かもしれねえ」


 と普通なら俺達には聞こえない小声で言って、怒鳴った相方の前に割って入ったのだ。

 近くで見ると、こっちの方が背が高くて頭に毛がない。


「大丈夫だ、お嬢ちゃん。 ちょっと雪に嵌まっただけだから」


 そう言う姿は、人当たりの良い”善人”に見える。

 だが、相方に囁いたセリフが気になる。


 モニカもそれが気になったのか、はたまた”別の匂い”を嗅ぎ取ったのか、視線を壊れた馬車の方に向けて聞いた。


「”積み荷”は何?」


 見た限り馬車は窓のない”貨物用”。

 側面には、見慣れない円の中に複雑な模様の入った印が塗られている。


 すると大きい方の男が怪訝な表情になった。


「うん? なんでそんなこと気にする?」

「中で動いてる」


 モニカがそう言うと、大きい男の顔が僅かに曇る。

 だがすぐにそれを冷静な表情で塗りつぶすと、なんでもないような声で答えた。


「ああ、”家畜”だ」

「山羊とか?」

「ああ、そんなところだ」

「そんな感じじゃないけど?」


 その瞬間、男達の間に緊張が走った。

 と、同時にモニカの中にも強烈な感情が渦巻き始める。

 男達はモニカのかけた”ブラフ”に見事に引っかかった。

 馬車の中で蠢いているのは、明らかに山羊などではない。

 もっと小さな、そしてもっと細くて立てられる形の・・・・


 すると、背の小さい方の怒りっぽい男が、相方の肩を引っ張って耳打ちした。


「・・・もういい、口を封じろ」

「・・・”契約”にないことはよせ!」


 すぐに背の高い男が反論する。

 だが背の低い男はちらりとこちらを見ながら、それを制する。


「・・・なに、1人増えても・・・・わかりゃしねえよ」


 そしてそう言うなり、努めて優しそうな笑みを浮かべながらこちらに歩み寄ってきた。


「おい、そこのガキ、ちょっとこっちへ来いよ」


『モニカ・・・』


 俺は臨戦態勢であること伝える。

 だがモニカは即座に”待機”の感情を返してきた。


『ちょっとまって、何するか気になる』


「なあ、おじちゃんたちと一緒に行かないか?」


 背の低い男が猫なで声でそう言った。


「どこにいくの?」


 モニカもまるで純粋な子供のような声でそう聞き返す。

 すると背の低い男の顔が、ニッコリと歪んだ。


「”いいところ”さ。 3食食えて、寝床の心配もないし、寒くもないぞ?」

「それは良いところだね」


 モニカが男の両手の先をちらりと伺いながらそう答える。


『どう?』

『残念ながら”ビンゴ”だ。 形式は簡単で脅威じゃないが・・・』

『わかった』


「じゃあ、一緒に行こう、”うん”と言ってくれればいい・・・・・・・・・


 男のその言葉に、モニカは迷うことなく頷いた。


うん・・


 その瞬間、男がニヤリと悪そうに笑いながら、右手に持った光る何かを俺達に向け、その瞬間、モニカの中を巨大な”不快感”が駆け上る。

 それは小さな魔法紙だった。


 用途は・・・”奴隷契約”。

 その魔法紙の中心に描かれた魔法陣は、モニカの”答え”を聞いて赤く輝いている。

 そして魔法紙を飛び出した赤い魔法陣は2つに別れ、1つは男の、もう1つが俺達の胸の中に入り込んで・・・いかなかった。


「「!!?」」


 2人の男が目を剥いて驚く。

 俺達の体に触れた瞬間、まるで紙でできていたかのように魔法陣がひしゃげたのだ。


 「そんな、”おもちゃ”みたいな魔法陣でどうしたいの?」


 モニカが暗い声色でそう呟く。

 1年前にモニカを縛ったその魔法は、もはや俺達にとっては脅威ではない。

 なんなら、完全に”奴隷化”された状態からだって抜け出せるだろう。

 これが”アクリラ生”の力である。


「ま・・・まさか、ヴァロア様の・・・」


 背の高いほうがそう呟くと、もう1人の方が勝てないと思ったのか、突然血相を変えて逃げ出した。

 だがそれを俺達は、即座にフロウで絡め取る。

 あっという間に男達は、真っ黒な魔力素材にぐるぐる巻にされて雪面に転がった。

 そしてそれを見たモニカが馬車の方に向き直る。



 馬車に積まれていたのは、予想通り”奴隷”達だった。

 皆、突然扉を開けた俺達を不思議そうに見ているが、静かにしているように命令でもされたのか声を上げるものは居ない。

 だが気になるのは、


『みんな若い? それに着てるものがいい・・・』


 ここの奴隷たちは、男女問わず皆成人直前の頃合いで、しかも以前見かけた奴隷達と違い随分と小奇麗だった。

 服だってちゃんとしたのを着ているし、風呂に入っているのか顔も綺麗にしている。

 だがそれが何だか自然には見えなかった。

 俺はその光景に、まるで”パッケージ化された商品”のような、そんな違和感を感じたのだ。

 ご丁寧に、服には見える位置に”商品タグ”まで縫い込まれている。


 モニカもそのことが気になったのか、ひとまず奴隷契約の解除を保留して、近くに居た少女の奴隷の様子を探ることにした。

 だがその手は、”商品タグ”に注目したところで止まる。


 そこには、”とんでもないこと”が書かれていたのだ。


『モニカ、これは・・・』

「うん・・・おじい様に聞かないと・・・」




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 それから少しした頃、フェルズの街では道行く人々が空を見上げて足を止めていた。

 皆、空を指差しては、先程から聞こえる雷鳴の様な轟音に不安気な表情を浮かべている。

 なにせその音はどう聞いても不機嫌そうに聞こえるし、音もどんどん大きくなっているからだ。


 実際、空中に現れた”音源の少女”は、大変不機嫌そうな顔をしていた。


 フェルズの主グリゴール・ヴァロアは、フェルズ城の中庭からその様子を見上げながら、難しい顔のまま。

 後ろに控えるカローラも同様。

 だが更にその後ろの使用人達の顔は青ざめ、新米2人に至っては完全に震えていた。

 カミルやヘクターですら額に冷や汗を浮かべている。


 そのくらい上空のモニカの姿は恐ろしかったのだ。


 天使の様に下界を見下ろす目、背中からは飛竜並みの大きさの翼が生え、その中腹に片側4箇所設けられた魔力エンジンが唸りを上げている。

 そして左手にはフロウで作った治具に吊り下げられた馬車が、

 右手には、同じくフロウで縛り上げられた2人の奴隷商人の姿があった。





 上空から見下ろしながら俺達は、それでも驚きを見せないじいちゃんに、僅かばかりの称賛と、多くの失望を感じていた。

 じいちゃんの反応は降下していっても変わらない。

 だが周りの者たちは、俺達の持っている馬車を見て息を呑んでいる。

 やっぱりか・・・


 モニカは傷つけない様にゆっくりと馬車を地面に下ろすと、対照的に奴隷商人の2人を2mくらいの高さから乱暴に放り出す。

 下でドサリという音が響き、男達の呻きが聞こえてきた。


「これはどういう事だ?」


 じいちゃんが怪訝な顔でそう聞く。

 これだけ濃くて荒々しい魔力を噴き出すモニカを前にしても表情一つ変えぬとは、さすがの胆力というべきか。


「外で彼等を見つけた。 わたしを”奴隷”にしようとした」


 モニカがぶっきら棒にそう答えた。

 その目は、鋭くじいちゃんを見つめている。


「この”馬鹿者”共め・・・・」


 すると、じいちゃんが男達に小さく吐き捨てるように悪態をつく。

 だがそれは、”孫”である俺達を奴隷にしようとしたことに対してか・・・

 それとも俺達の実力を見抜けなかった事なのかは判然としなかった。


「おじい様・・・いや、ヴァロア伯爵さん・・・・・・・・。 これは、どういうことですか?」


 そう言いながら、モニカが男達の馬車の中から見つけた書類を取り出した。

 内容からいって、積んでいた奴隷達の取引書だろう。


 俺達とじいちゃんは睨み合い、その緊張が周囲に伝播する。


 だが、これで説明はつく。

 じいちゃんの妙な影響力の大きさも、ドラン伯爵との関係も、アボット男爵の”言葉の意味”も。

 そして、この街の妙に多い子供の数も。


 その書類には、ハッキリとヴァロア家の家紋が押されていたのだ。

 そして”フェルズ産”を証明する、じいちゃんの署名も。


 そう・・・


 この街は・・・・



 俺達の新たな故郷であるフェルズの街は、北の僻地の”奴隷工場”だったのだ。


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