2-EX2【2周年記念特別編 :~ BIRTH OF SISTAR~】


/* 《前書き》 今回は2周年特別記念エピソードです。(2周年はなろうの方です)

 そのため時系列が異なっております。

 そういうのが嫌な方や、連続で読んでる方は読み飛ばしてもらって結構です。*/



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 それは何気ない・・・学期末なのでそんなことはないかな?

 とりあえず、夕方? だったと思うけど、そこでかけられた”一言”から始まった。


「ミシェル、あんたんとこ1人空いてるでしょ?」

「え? そうだっけ?」


 唐突にかけられたその言葉に、私は焼き餅を噛んだまま後ろを向いた。

 すると呆れ顔の先輩の姿が目に入る。


「もう、しっかりしてよ! 自分の部屋でしょ!」


 この人はチェル先輩、私の住んでる知恵の坂のまとめ役みたいな人である。

 たしか西方の亜人種で肌の色が特徴的だったはずだけど、覚えてないので気にしなくていいよ。


「ごめんごめん、ジェイクねえさん居なくなって2年、ルイーザと2人っきりだったから、空いてるってイメージなくて」


 そう言ってヘラヘラと笑う私。

 実際2人でも手狭な気がしていたので、空いているというイメージはなかった。


「はあ、ダフネさんもジェイクさんもしっかりしてたのに、あなたときたら・・・」

「あの2人と比べないでよ」


 自分で言うのも何だが、自分の姉貴分2人は優等生だ。

 ダフネ姉さんは言わずもがなだし、ジェイク姉さんだってトルバの”エリート”受かったって手紙が来たくらいである。

 それを私なんかと比べるなんて、あの2人に失礼すぎる、怒るよ?


「とにかく、来週あなたの所に1人いれるから、それじゃね」


 だがそれだけ言い残すと、チェル先輩は他の生徒の所へ駆け寄っていった。

 話を聞く限り、他の新入生の割り当てに関する連絡のようだけど。

 この時期はその手の話題で忙しいからな。

 寮のまとめ役をしている先輩は、毎年てんやわんやだ。


 それにしても、今年はようやくウチにも新しい子が来るのか。

 いったい、どんな子だろうか?

 ルイーザほど手がかからなければ良いのだが・・・

 自分の部屋の妹分が来た日のことを思い出す。

 アクリラの幼年部を出たばかりの子は多かれ少なかれヤンチャなので、気を引き締めなければひどい目にある。

 あと重要なこととして、


「・・・私より馬鹿な子にしてくれ」


 間違っても優等生はいらん。

 そんなものが来れば、姉貴分の威厳が保てなくなってしまうではないか。

 馬鹿な私は、その時はそんな事を考えていただけだった。





 その日の夜、私の部屋木苺の館にて、


「”妹”が来るの!?」


 私の言葉を聞いたルイーザが本当に目を輝かせて驚いた。


「うん、そうみたい」

「やったぁ!!」


 私の生返事に手にしていたレポートを放り投げて喜ぶルイーザ。

 その姿は大変微笑ましいが、バラバラになったレポートを見逃すわけにはいかない。


「こらこら、はしゃぐな」

「でもでも! 新しい子だよ! 新しい子! わたしずっと”妹”が欲しかったんだ! だってルミもネリアも、ジーナまで”妹”の話ばっかりするんだもん!」


 ルイーザがたまらないとばかりにそう言って、その場で手足をバタバタさせる。

 相変わらず落ち着きのない子だ。

 でもそっか、去年来なかったから年下のジーナにまで先に妹分ができたのか。

 そう思うとちょっと可哀想に思えてくる。

 去年、私がもっと”新入生欲しいよアピール”をしていれば、うちにも回ってきたかもしれないのに。


「ねえねえミシェル姉さん、その子はどんな子なの?」


 ルイーザがキラキラとした目でこちらを見ながら、そう聞いてきた。

 だが、まだそれに答えることはできない。

 チェル先輩からなんにも聞いていないからだ。


「うーん、まだ分からないわ」

 

 結局私はそう言って、まあ、明日にでも聞いてみればいいかと思ったのだった。





「ねえ、うちに来る子ってどんな子?」


 3日後、朝食の時に私はチェル先輩にそう聞いた。

 流石に3日も経てばなにか決まっているだろう。

 決して2日ほど聞くのを忘れていたわけではない(そこ大事よ!)。


「え? あんたんとこ?」


 チェル先輩がそう言って珍しく面食らったような表情をした。


「そう、まだ決まってない?」


 ありゃ、これはあと1週間くらい忘れてても良かったオチ?? 


「いや、そういう事はないけれど。 ちょっと、待ってね」


 だが流石にそうではなかったらしく、チェル先輩は魔法陣からなにかのリストを取り出すと、それを眺め始めた。

 あーいいなー、次元収納。

 なんだかんだで私、まだ使えないんだよねー。

 使える子は中等部から使ってるらしいけど、半数以上の生徒は高等部に上がってもまだ使えない。

 このアクリラですらそうなのだ、世間一般ではこの魔法を使えることはかなりのステータスになるのも頷ける。

 だが、そんな事を思っていると、リストの上でチェル先輩の目が止まり、そこで固まった。


「・・・あ」

「どうしたの?」


 ”あ”って何!? ”あ”って!?


「あ、いやなんでもないわ・・・優秀な子よ」


 だがチェル先輩はそう言ってごまかす。

 それにちょっと引っかかりを覚えるが、今はそれよりも気になったのが・・・


「優秀な子か・・・」


 私はそう言いながら盛大なため息を付いた。


「何よ、どうしたの?」

「ほら、ぶっちゃけ私ってバ・・・”抜けてる”でしょ? ルイーザだって出来がいい方じゃないし・・・」


 正直、優等生相手に姉貴風を吹かせ続ける自信はない。

 アクリラの優等生って、本当に”バケモノ”なのだ。

 私の学年のトップにしても凄まじいし、トップではなかったダフネ姉さんやジェイク姉さんですら隣りにいるのが恥ずかしいくらい凄い。

 それでも私は彼女達の”妹”でいられたが、もしそれが私の”妹”だったとしたら。

 きっと精神的に保たないと思う。


 だがチェル先輩は、それに対して厳しい顔をするだけ。


「だからバランスを取るのよ。 諦めて、ちゃんと威厳が出るように頑張る事ね」


 ”バランス”ねぇ・・・


「・・・はーい」


 私は結局その言葉にそんな生返事を返すしか出来なかった。

 馬鹿な私では、その時チェル先輩の顔に滲んでいた、”謎の違和感”に突っ込むことが出来なかったのだ。





「ねえねえ、どうしよっか?」

「うん、何が?」


 さらに何日か経ったあと、ルイーザが宿題の上で突っ伏している私を揺さぶり起こしてそう言ってきた。

 私の安眠を妨げるとは、我が妹分ながら命は惜しくないらしい。


「”歓迎会”!」


 だがルイーザのその心の底から嬉しそうな笑顔を見てしまうと、そんな”しょぼい殺意”はすぐに消え失せてしまう。

 ああ、かわいい。


「歓迎会?」


 私が不審げにそう言うとルイーザが大きく頭を振って頷いた。


「そう! ”新しい子”の歓迎会!」


 ああ”それ”か。

 この時、私はすっかりそのことが頭から抜けていた。

 なにせ聞いてから数日経ったのだ、言われてすぐに思い出しただけでも褒めてほしいくらいである。


「別に必要ないんじゃない? 私の時もやらなかったし、あんたの時もやらなかったでしょ?」

「でもでも! ジーナはやったって! クラリスもやるって言ってるし!」

「ああ・・・よそはよそ、ウチはウチ。 歓迎会がしたいならよその子になりなさい」


 ああ、めんどくさい。

 なんで、優等生様を迎えるのに歓迎会なんぞやらねばならんのだ?

 私もルイーザも、そいつのせいですぐに肩身が狭くなるというのに。

 だがルイーザも折れない。


「ええ!! やろうよ! 歓迎会!」


 そう言いながら、床に寝転んでバタバタするルイーザ。

 子供がよくやるアレだが、アクリラ仕込の魔力でやるので埃がめちゃくちゃ舞い上がる。


「うっは!? ゴッホッ!! こらっ!! やめなさいって!!」

「やだやだ!! 歓迎会するんだ!! 絶対歓迎会するんだあああ!!」


 ああ、こりゃ”めんどくさいモード”に入ってしまったか・・・

 こうなっては、ルイーザは梃子でも意見を変えない。

 そしてその意見を変えるだけの正義も余力も、私には持ち合わせてなかった。


 ああ、めんどくさい。


「まったく・・・仕方ないわね・・・今回だけよ」

「本当!!?」


 地面に寝転んでいたルイーザが玩具でも貰ったかのごとく、凄まじい勢いで立ち上がり、その勢いに私は思わず仰け反ってしまった。


「ただし! 全部自分で用意するのよ! 後片付けもちゃんとすること!」


 間違っても私を煩わせるな、それが”条件”だ。

 私はルイーザにそう言い聞かせると、ルイーザはこれまた大きくうなずいた。


「うん!! わたし頑張る!! がんばってその子の良い”お姉ちゃん”になるの!!」





 そこからのルイーザは、想像以上に頑張っていた。

 もう本当に涙がでるくらい。

 他の子の歓迎会の様子を聞いて周り、几帳面ではないというのに”予定日”の一週間前からしっかりと予定を立てて部屋の中を飾り始め、器用でもないのに歓迎会で出すお菓子の練習をし続けた。

 どうも最近流行りのクリームのかかった”リバル”を作るらしい。

 とってもフワフワで美味しいんだと。

 当然最初は酷いものが出来たものだが、私が他の先輩に頼んで作り方を教えてもらったおかげもあり、最終的には”まあ、マシ”なレベルのものになったと思う。

 まだまだ不格好ではあるが、それがまたいい”味”にもなっている。


 これならば、”たいていの子”ならば、飛んで跳ねて・・・とまでは行かなくとも、それなりに喜んだものだろう。



 ・・・だが、残念ながら・・・やってきたのはその”たいてい”には含まれない子だった。




 ベチャ!!!


 ・・・っという大きな音を立てて、ルイーザが丹精込めて作ったリバルが無残に弾け飛んだ。

 そして、何が起こったのか分からず固まっている私とルイーザの顔と、一週間掛けて飾り付けられた部屋中に、クリームとリバルの”残骸”が飛び散りそこら中がベトベトになる。

 きっと思考が飛んでいなければ、”うわ!? 片付けどうしよう!?”となったことだろう。

 だが、私達はそれどころではなかった。


「グルルルルルアアアア!!!! アアアアア!!!」


 と謎の唸りを上げながら、持ってきた・・・・・先生の腕の中で暴れる”青い塊”。

 それは全身から真っ青な魔力の光を放つ、青髪の幼い子どもだった。

 いや・・・子供かこれ?

 その辺で拾ってきた熊の子供だって、まだ”これ”よりは大人しいだろう。


「いや、いきなりでゴメンね。 ・・・ちょっと・・・今日は不機嫌で」


 ちょっと?


 あまりにも”あんまりな”その存在に面食らう私、その顔からくっついたばかりの”リバルの残骸”が、ぬちゃりと崩れ落ちたが、そんな事はどうでもいい。

 ルイーザの目がだんだん真っ赤になって、火でも吹きそうな事になってるが、それもどうでもいい。

 私は見間違いではないかともう1度、”それ”を見つめる。

 するとそれはまるで喧嘩を売るような視線を返してきた。


「あああ!!?? グルルルル!!!」

   

 私は、今度は”それ”を抱える先生を見つめる。


 ”これを飼えというのか?”


 という念を込めて。

 すると先生は、無言でなにかの筒の様な物を2つ差し出した。

 それを、なんとなく受け取ってしまう私。

 その筒は、高品質の魔金属で成形された見事な篭手だった。

 軽くて頑丈、見たら分かる、高いやつだ。


 で、それをどうすればいいのか?

 とりあえず嵌めてみよう、うん、あつらえたみたいにピッタリだ。


「それじゃ、この子をよろしくね」


 先生がそう言って、その”青い子”をヒョイと私の両手の中に入れた。

 あ、この子、意外と大きい。

 7歳の筈なのに、12歳のルイーザと変わらないのではないか?

 だがそんな事を考えていられるのは、僅かな時間だけだった。


「ウガアアアア!!!」


 突然”青い子”が私の腕の中で暴れだしたのだ。

 うわっ!? この子、力つよっ!?

 その力は、見た目や感じた魔力からは想像もできないほど巨大なものだった。

 当然、抑えておけるはずもなく。

 あっという間に私の腕を蹴飛ばしたその子は、地面に滑り落ちると機敏な動きで床を動き回りそこに落ちていた”リバルの残骸”をペロペロと舐めだした。


 なに・・・この子・・・

 その光景に私もルイーザも絶句する。


 すると、そのクリームの味が気に入ったのか、完全にこちらを無視して他の残骸を舐めるために部屋の中をウロウロし始めたではないか。

 その動きは、完全に”獣”そのもの。

 唯一つだけ獣と違うのは、リバルの残骸を舐め取りながら慣れた手付きで魔法陣を展開したことだ。

 その複雑さといったら。

 それはこんな野獣みたいな子供が作ったとはとても信じられないような、複雑で精緻なものだった。

 私では絶対に無理である。


 するとその魔法陣の中から、なにか大きな”青いもの”が飛び出して、床にドスンと落っこちた。

 現れたのは羽の生えたトカゲのような、”青い竜”。

 ひょっとして飛竜種の子供か?

 ただ、まだ未発達の羽はその小さな体を支えるのにすら使えなさそうだった。

 それでも竜の子供、私よりも大きなその体を所狭しと動かして、部屋の中をクンクンと嗅ぎ回っている。

 その2匹・・の様子ときたら・・・完全に竜の巣に紛れ込んだ気分だ。

 2匹とも、仲良く顔を揃えて部屋中のリバルの残骸を舐め取るのに必死な様子である。


 すると、その様子を見ていた先生がとんでもないことを言いだした。


「それじゃ、あとはまかせるよ」

「え?え?え?え?え?」


 こんなものを引き渡されても、一体どうしろというのか?

 私は必死になにかの間違いではないかと訴えるが、先生は取り合ってくれない。

 ”みんな通った道だ”と遠い目をしながら、逃げようとするだけだ。

 いやいや、まってまって、ぜったい、他の子こんなんじゃないから!

 少なくともルイーザはもっと”マトモ”だったし、私なんてこの部屋に入ったその日からお姉さま方に対しては従順だったよ?


「何かあったら連絡して・・・・」


 先生はその言葉の後に、口の形だけで”すぐに何かあるだろうけど”と呟いた。


「いや、これ無理ですって」

「がんばれ、君ならできる」

「いやいや、無理なものは無理だから! この子はもっと、ちゃんとしっかりした先輩のところへやってください」

「大丈夫! アクリラの中では、よほどのことがない限り死なないから!」

「え!? この子と暮らすのって死の危険が伴うようなものなんですか!?」


 珍しく私の口が回り、先生の言葉に即座に噛み付いてく。

 たぶん、人生で1番必死に頭を回していたかもしれない。

 それくらい私の中の本能が、この子が”危険”であると、全力の警告を出していたのだ。

 だが無情にも、先生の決定が覆ることはなかった。


 それから私は、呆然と立ちすくむルイーザとこちらを”ガン無視”する2匹を遠目に見ながら、新たな生徒を迎えるに当たっての注意事項を聞かされた。

 その大部分はルイーザが来るときにも聞いていたので知っているが、緊急時の連絡魔道具を4つも貸し出されたのは異例中の異例だ。

 しかもその内2つは、近所の病院との直通回線だというではないか。

 ここに魔力を流せば、常駐している救急魔法士が文字通り飛んでくる。


 ・・・私は一体、どんな貧乏くじを引いたのだろうか?


「えっと・・・この子の名前は?」


 どうしようもなくなった私は、思わずそんな事を聞いていた。

 すると先生は、若干憐れみのこもった目をしながら、答えてくれた。


「”ルシエラ・サンティス”」


 ”ルシエラ”


 それがこの”獣”の名前か・・・

 その時、私はきっとこの名前を一生忘れることはないと直感した。

 たぶん忘れるよりも早く殺されると思っていたのだろう。


 先生が立ち去った後、私とルイーザはとりあえずルシエラの様子を見てみることにした。

 ルシエラと彼女の子竜はもうすっかり部屋中のリバルの残骸をなめつくし、今は好き勝手に部屋の備品や家具を動かしながら、部屋の隅々を徘徊して回っている。

 これは中身は完全に熊だな・・・


 するとルイーザが、なんとも言えない表情でこちらを見てきた。

 その目は何かを訴えるようで・・・・

 でもごめん、私そういうの全然読みとれないから、馬鹿なお姉ちゃんでごめんね。


 だが、このまま突っ立っているわけにも行かない。


「ルシエラだっけ? 自己紹介するね、私はミシェル、この子は・・・」


 だがしかし、ルシエラはそれを完全に無視する。

 まるで、こちらの事など眼中にないと言わんばかりだ。

 そんなことよりも、ベッドのシーツを引っ張ることの方が重要らしい。

 これでは駄目だ。


 そう思った私は、思い切ってルシエラの背中に手を置いてみることにした。

 すると流石にそれには反応したのか、ルシエラの動きが止まった。


「ねえ・・・ちゃんと話聞いて・・・」


 だが、その言葉が最後まで発せられることはなかった。

 ルシエラが、こちらを振り向きざまにものすごい力で手を払ったのだ。

 それがまともに私の右腕を直撃した。


 ”ベキッ”という嫌な音と、曲がっちゃ駄目なところから曲がっちゃ駄目な方向に曲がる右腕。

 痛みが来たのは少し遅れてだった。





 こうして私とルイーザの”受難”の時間が始まった。

 最初の数日は、あまりに悲惨だったのでよく覚えていない。

 もっとも、覚えていたとしても思い出したくはないけれど・・・


 とにかく次の私の思い出は数日後、街なかで偶然見かけたチェル先輩に泣きついたときだった。

 

「チェル先輩! 助けてくださぁい!」

「ちょ!? ミシェル!? どうしたのその格好!?」


 チェル先輩は私の姿を見て大変驚いていた。

 無理もない。

 今の私は全身に包帯をぐるぐる巻きにして、その包帯もそこら中が血で滲み、左足はわけの分からぬ方向に曲がっていたからだ。

 制服も、予備のストックはとっくに尽き果て、修理に出したのが戻ってくるまでの間、ボロボロのやつを着回している始末である。


「なんでそんな怪我放置しているのよ! はやく治療に行きなさいよ!」

「今向かってるところなんですよ!」


 これはあくまで”応急手当て”だ。

 医療魔法の使えない私が、必死に有り合わせの道具で時間を繋いでいるだけ。


「とにかく、早く行きましょ」


 チェル先輩が私の腰に手を回し抱きかかえると、そのまま近くの路地へと入っていく。

 どうやら一本隣の通りに医院があるようだ。

 これは覚えておかないと。




「随分、手ひどくやられているみたいね・・・」


 治療が終わり、最新治癒魔法の威力で”かなり元通り”になった私にむかって、チェル先輩が憐れむようにそう言った。


「”手ひどい”なんてもんじゃないですよ・・・」


 私は左足の”新しい骨”の感触を確かめながらそう答える。

 

「やっぱり、あの”新しい子”?」

「知ってたんですか?」


 珍しく察しの良い私が、チェル先輩の言葉に混じった”気後れ”を感じ取る。

 よっぽど神経が尖っていたんだろう。

 その声にチェル先輩はわずかに身を引いた。


「噂には聞いていたわ・・・”幼年部の問題児”って」

「なんで教えてくれなかったんですか!」

「そんなに酷いとは思ってなかったのよ。 ほらアクリラの子って、幼年部時代はみんなそうじゃない?」


 チェル先輩はそう必死に弁明する。

 実際、アクリラの幼年部から初等部にかけての数年間は、最も危険とされる時期でもある。

 元々力が強く、その力で好き勝手に暴れまわる子供が集団生活から3人部屋に移り、限定的とはいえ社会の中に放り出されるため、持ってる魔力が不安定になって、とにかく暴れる子はむちゃくちゃ暴れる。

 ルイーザがその典型だったし、友人に妹分にもそういう子はたくさんいた。

 なんなら私自身、そうだったかもしれない。


 だがこれは、明らかに”度を越している”。


「とにかく力が強すぎて・・・こっちの言うことも全然聞かないし」

「やっぱり強い?」

「ありえないぐらい強いです! そのくせ簡単に高度魔法を使うんでこっちは何も出来やしない。

 魔力が少なくて、暴れるとすぐに疲れて寝てくれるのが救いかな・・・」


 今日もなんとか最初の授業の先生のところに押し込んだが、それまでの間にこのザマだ。

 通学時間に”治療”が組み込まれる生活など普通ではない。


「続きそう?」

「ムリです!」


 チェル先輩の質問に私は即答した。

 本当にびっくりするくらいすばやく。

 そしてそれを見たチェル先輩は、少し考えてから更に続けた。


「わかったわ・・・なんとかその子を受け入れてくれる子がいないか、先生たちに相談してみるわ」

「お願いします」

 

 チェル先輩ならば、私なんかと違いアクリラの結構”上の方”の先生にも顔が利く。

 特待生にあるまじき平凡以下な私では、相手にされないような先生にも相談することができた。

 ルシエラの先生と合う時は、だいたいルシエラが暴れているので相談できなかったし本当にありがたい。


「それじゃ・・・お願いしますね」


 私は、できる限りの力を込めてそう言いながら立ち上がると、医院の出口に向かって歩き始めた。


「まるで戦いに行くみたいね・・・」


 チェル先輩がそう言った。

 それを聞いた私が不敵に笑う。


まるで・・・じゃないですよ」





 ”ルシエラとの戦い”において、安息の時間は夜中だけだ。

 朝、いの一番で目が覚めた私は、隣のベッドで布団を放り出してグーグー眠るルシエラを横に見ながら、ルイーザのもとに向かう。

 そして彼女を起こすと、すぐに着替えさせ”完全防備”を整えてから”本丸”への侵攻へと乗り出すのだ。

 私は最近ストックし始めた木の棒の束の中から一本選び出し、それを持って恐る恐るそいつへと近づいていく。

 そして、その木の棒でルシエラのボロボロになった寝間着の上から腹を軽くこすった。


「ルシエラ、朝だぞー」


 私はそう言いながら、ゆっくりとルシエラの腹を擦る。

 だが反応はない、相変わらずグーグーと寝息を立てている。

 ここで慌ててはいけない。

 私は自分にそう言い聞かせ、少しの変化も逃すまいと冷や汗を浮かべながら、なおも腹を擦り続ける。

 横ではそれを、頑丈な防具に身を包んだルイーザが真剣な面持ちで見つめていた。


「ルシエラ、あさだぞー、おきろー、ゆっくりおきろー」

「・・・・・・ううっぐ・・・」


 ルシエラが動きを見せる。

 それを見た私は、より慎重になりながらさらにルシエラの腹を擦っていく。

 すると突然、ルシエラの体が弾けたように動き出し、恐ろしい速度で振り抜かれた腕が、一瞬にして腹を擦っていた木の棒を粉々に打ち砕いて破壊した。

 砕け散った木の破片がそこら中に飛び散る、だがその程度では動じない。

 このためにわざわざ強度の低い木材を利用しているのだ。

 下手に硬いと、衝撃で腕の骨を持っていく。

 それに軽い素材なので破片があたっても怪我しない。


 続いて、飛びかかってきたルシエラ本人を、完全防備の私とルイーザで受け止める。

 寝起きのルシエラは1番危険だ。

 明らかに理性が飛んでいる。

 そこら中に乱れ飛ぶ魔法を私の出来損ないの防御魔法で必死に躱しながら、振り回す腕や足を防具で受け止め続ける。

 こうして3分も暴れていればルシエラの魔力が尽きて大人しくなる、そこまでの勝負だ。

 だがその時、不意にルシエラがいつの間にか召喚した彼女の小竜が、こちらに飛びかかってきたではないか。

 私はそれを、思わず左腕で受け止めた。

 分厚い鋼製の篭手に食い込む小竜の牙、そしてそのまま恐ろしい力で篭手ごと私の左腕はメキョリと潰れた。




 ルシエラを引きずって担当の上級生に引き渡したあと、なんとか左腕一本の犠牲で乗り切った私達は、一旦医務室にて”新しい腕”を付けてもらってから、ようやく安堵の朝食を摂る。

 明らかに遅刻待ったなしだが、既に先生には連絡しているので問題ない。

 他にも安全のために、普通なら認められないような対生徒向けの結界も認めてくれた。

 おかげで命だけは絶対大丈夫と太鼓判だ。

 ただ、そんなに気を利かせるなら”あの悪魔”を、もっとちゃんとした先輩のところへ移してくれと思うが、それは駄目らしい。

 連中、万全の医療体制にかまけて致命傷程度では問題の範疇と思ってないので、これでも大丈夫だと本気で考えてるから困る。

 馬鹿な私が言うのもなんだけど、魔法士ってのは頭がおかしいんじゃなかろうか?


 私もルイーザも医療魔法ベタベタの包帯を巻きながら、無言で朝食を食べる。

 彼女もルシエラに疲れて口数が減ってきた。

 きっと今も頭に浮かぶのが、帰ってきたルシエラの”処理”についてだろう。

 どうしたもんか。

 あの子、授業中はどうなっているのやら。



 夕方、ルシエラを受け取ってから、また私達の戦いは再開する。

 嬉しいことに、この時ばかりは比較的大人しい。

 大抵は今日出された宿題を解くのに夢中になってるからだ。

 まったく、怪物の癖に宿題が好きとはどういう性格をしてるのか。

 一心不乱にノートに書きなぐるルシエラの姿は、恐ろしく違和感を感じる光景だ。 

 前に内容を見てみたが、字は汚いくせに恐ろしく難解な問題を解いていて呆れたものである。

 優等生というのは嘘ではないらしい。


 だが”ここから”が問題。

 この夢の時間宿題に没頭するルシエラを、そこから引き離し、飯を食わせ、風呂に入れ、寝かしつけなければならない。

 ルシエラが不機嫌になる要因1位、”好きな物から引き離す”を実行しなければならないのだ。


 当然、”血”を見る。



 なんとかルシエラを寝かしつけた後、真っ赤に染まった大浴場の湯船の中から”肉片”を浚っていた私は、もうすっかり日常になってしまったその”異常”に、辟易したように何度も溜息をついた。


「はあ・・・何やってんだろう、私・・・」


 明らかに分不相応な仕事を引き受けている。

 生徒保護用の”結界”が機能していなければ、何度死んでいたか。

 毎日骨は折れ、3日に1回のペースで体のどこかを入れ替えている。

 まだ私はいい・・・


「あ、あったあった」


 湯船の中から目当ての”物”を拾い上げた私は、それがこれ以上傷んでしまわないように保護魔法をかける。

 これも最近では手慣れたものだ。

 アクリラの魔法技術があれば、失った部位を新たにでっち上げる事は簡単だが、やっぱり元から使っていた物をくっつける方がいい。


「これで、ルイーザがペチャパイにならずに済む・・・」


 私はそこで言葉を止める。

 

 私はまだ良い。

 ルイーザは幼い体で、ルシエラの暴威を止め続けなければならないのだ。





「ねえ・・・”ルシエラ”について、どう思う?」


 翌日、朝食の席で私は思い切ってルイーザに聞いてみることにした。

 思えばこの子がどう考えてるか、考えたことがなかった。

 私と同じく現状に憤っているものと端から決めつけていたからだ。

 だがそう考えるには、なんだか不思議な事もある。

 最初の頃は場所を問わずルシエラについて不平不満を言っていたのに、最近ではそれを言わなくなっていた。

 最初は疲れているせいだと思っていたが、よくよく考えれば、それは私くらい脳味噌のない人間の思考だと気がついたのだ。


「嫌いだよ」


 それでも、ルイーザはそっけなくそう答えた。

 それを聞いた私は意外な感情を持つ。

 私の持っている”ルシエラへの感情”とは違ったからだ。

 私のはもっと・・・こう・・・モヤっとしているというか・・・

 少なくとも、そんなはっきりとした”嫌い”などというものではない。


「嫌いなら。 ・・・いなくなってほしい?」


 その私の言葉に対し、ルイーザは若干の迷いを見せつつも、首を横に振った。


「あの子が、私達が嫌いで暴れているわけじゃないの・・・知ってる・・・・から」


 なるほど、そういうことか。


 ルシエラが暴れて私達を傷つけるのは、何も本心から”他人憎し”と思ってやっているわけではない。

 その証拠に、落ち着いているときのルシエラは意外なほど従順だ。

 ただ、そこに何か小さな感情の起伏・・・それはちょっとした受け答えに交じる様な微細なものであっても・・・その感情に体の中の魔力が反応して、自分でも制御できなくなって、ちょっとした怒りや不満、それが凄まじい”攻撃衝動”となって現れる。

 特にちょうどルシエラくらいの幼い頃は、その制御の仕方が分からずに暴走する事が多い。

 ルシエラほど高度な魔力をその身に宿す子ならば、いわずもがな。

 私はそこまでではなかったが、ルイーザはそれで悩んだ子だ。

 だからこそ、今ルシエラが自分に向ける”敵意”が決して本意ではない事を知っているのだろう。


「私は”お姉ちゃん”だから、あの子の事好きになれなくても、分かってはあげたいの」


 いつの間に・・・この子はこんなに大きくなったのだろうか。

 私の中に、ルイーザが来てすぐの日々が蘇る。

 あのワガママで聞き分けがなく、そこら中の物を破壊して回っていたあの子が・・・

 気づけばちゃんと”姉貴分”として、自分の妹分の事を”好き嫌い”ではなく”理解”しようとするなんて。

 そこに感じた”成長”に私は驚くと同時に、いつか・・・いつの日かルシエラもそういう日が来るのだろうかと、考えた。


 ・・・だが残念ながら、馬鹿な私では想像もできなかったのだけど。





 予想外にちゃんと考えているルイーザを見た私は結局、一日中そのことで頭を悩ませた。

 いや、ちゃんと考えていなかったのは私だ。

 今までなし崩しに与えられた妹分の事をなんとか処理しようとばかり考えて、それを手放すことを本気で考えてはいなかった。


 ”決断”を下すべきなのは私だ。


 考えれば考える程、ルシエラは今のウチの部屋木苺の館にはふさわしくなかった。

 ダフネ姉さんやジェイク姉さんならなんとかしただろうが、私では無理だ。

 そしてルイーザにも多分。

 ルシエラを一人前の”人間”として導くには、あまりにも力が足りない。

 もっと真剣に先生に言うべきだろう。

 

 ”ルシエラを、もっと頼りになる他の先輩に預けてください”


 ・・・と。

 それが私のかわいい妹分達・・・にとって、今1番必要なことなのだ。


 だがその時、何かが私の裾を引っ張った。

 驚いてそちらを振り返れば、そこにはちょこんと俯きながら私の制服のスカートを握るルシエラの姿が。

 ああ、”これ”か。

 ルシエラの”不思議な癖”だ。

 いつの間に帰ってきたのか。


 彼女は時々こうして、誰ともいわず、気配を消して誰かの背後に立つ癖がある。

 私はそういうとき、決まってそれを無視することにしていた。

 前に声をかけて”痛い目”にあったからだ。


 これまでは、なんとなく薄気味悪いので放置していたが、ルイーザの話を聞いた今ならその”意味”が理解できる。

 ちょっとした感情で暴れてしまう彼女が他人の温もりを感じていたければ、こうして気配も感情も消して側にいるしか無い。

 ・・・まあ、裾を引っ張ってくれるくらいは私を信用してくれてるみたいだけれど。


 でもその姿を見ていると・・・・


 ・・・・・


 ・・・



 ああああ!!!

 イライラする!!!!


 なんで馬鹿な私が、こんな事を悩まないといけないんだよ!!!


「ぜったいに!! 見捨ててやらないんだから!!」


 思わず私は空に向かって叫んでいた。

 つべこべ考えるな私!!

 これはこの”クソガキ”との勝負だ!!

 それ以上でもなんでもない!


 そうやって、柄にもなく考え込んでいた自分を叱咤する。

 馬鹿の考えは大抵失敗する、その自信があるからだ。


 するとすぐ後ろにいたルシエラが目を丸くして驚いた。

 それは数少ない、魔力が暴走しない感情だ。


 だがその後・・・は違う。


「うああああああああ!!!!」


 ”メキッ!”


「あぎゃああああああ!!!!????」


 結局今日も、知恵の坂には悲鳴が木霊したのだ。






 とはいえ、心の持ちようで状況が改善するわけもなく。


「ヒィッ・・・」

「ヘェッ・・・ヘェッ・・・」

「ウウウッ! グウウウゥッ!」


 今日も今日とて、私とルイーザによるルシエラの”連行作業”は困難を極めていた。


 だがこれも毎朝となれば、最初は興味を示していた隣人たちも全く興味を示さなくなる。

 というか、程度の差はあれど上級生が妹分を引っ張っていくのは、もはやこの時期の恒例行事なので生暖かい視線が飛んでくるだけなのだ。


 そんな私達の隣を、私達とは逆方向に坂を上がっていく者たちの姿がちらほら見える。

 彼らは今日が休日の者たちだ。


 この時期、知恵の坂では上へと向かう生徒たちとよくすれ違う。

 知恵の坂のある”東山”、その頂上には気持ちのいい小さな林があって、そこに植えられている木が色とりどりの花を満開に咲かせる。

 その様子を部屋の3人で眺めるというのが、1つの楽しみになっていた。


 私も昔、ダフネ姉さんやジェイク姉さんと一緒に行ったことがある。

 地面にごろんと寝転んで、3人で花を下から眺めるのだ。

 それだけなのだが、なんともいえない気持ちよさがある。

 そういえばルイーザとはまだやったことはなかったな。


 でも今はそれどころではない。

 私は後ろを振り返る。

 そこには、防具越しに私の腕を必死に噛み砕こうとしながら引きずられるルシエラの姿が。

 その後ろでは、顔を包帯でグルグル巻にしたルイーザがルシエラの体を押している。

 その向こうの東山の頂上に咲く、色とりどりの花の色が眩しい・・・


 いつの日か、この子達と花見に行ける日は来るのだろうか?

 残念ながら私はその様子が想像できなかった。





 それでも私達は、なんとかルシエラとの日々をやり過ごしていた。

 苦しいけれど、それが当たり前と思えば意外とどうにかなるものだ。


 だがそれでも、飛び込んでくるトラブル全てを受け止められるわけもなく・・・



 見ず知らずの先輩方に突然昼寝から叩き起こされた私の前に、”デーン!”と広がる巨大なお城。

 まさかの”貴族院”から、お呼びがかかったのだ。


 ”こんな所・・・初めて来たよ・・・”


 なんて馬鹿みたいな台詞は、目の前のむちゃくちゃ怖そうな先輩の視線の前では霞んでしまって、出てこない。

 その先輩は、マグヌスの上級貴族らしく着ているものから纏っている空気までとんでもなく絢爛で、ついでに威圧感が凄い。

 それにしても”上級貴族”だって・・・

 生粋の”トルバっ子”の私にしてみれば、貴族などというのは金持ちの亜種程度の認識しかないが、彼女は正真正銘”マグヌスの貴族様”だ。

 いやぁ・・・ちがうもんだねぇ・・・

 と現実逃避もしたくなる。


「何を考えているのですか?」


 その先輩が恐ろしい声でそう聞いてきた。


「何をって・・・」


 私に聞かれても・・・・

 だが、一通り状況を見回せば、明らかにおかしい・・・・・・・・要素が嫌でも目に入ってくる。


 私は横を見た。

 そこには、魔力で強化されたワイヤーや捕獲用の魔道具でグルグル巻きにされたルシエラの姿が。


「何したの?」


 それでも状況が飲み込めなかった私は、思わずそう聞いてしまった。

 するとルシエラが怒って暴れ、彼女の拘束がガシャガシャと激しい音をたてる。

 本当にこの”狂犬”は・・・・

 

「こいつは恐れ多くも、我が国の至宝ガブリエラ第3王女殿下を害そうと襲いかかったのだ」


 え?

 なんて?

 あんた、王女様を襲ったの!?


 だがその意見には不満があるようで、ルシエラは盛大に暴れてから轡を噛み砕いて叫んだ。


「違う! 先にちょっかい出したのはそっち!」

「って、言ってますけど?」


 とりあえず、状況の掴めない私は、右から左に流してみることにする。


「ガブリエラ様の接し方に問題があったのは事実だが、それに悪意はない・・・だがそれに攻撃で応えるからには、敵対する気を持ったと取られても不思議ではない」


 いやいやいや、不思議ですって!

 先輩のその言葉を聞いた私は、先輩の後ろに立つ黄金の様な金髪の少女の存在に気がついた。

 年齢はルイーザと同じくらいだろうか?

 だが遥かに”大きい”。

 全体的に”縦よりも横”といった感じで、全身にゴツい肉がついている。

 要は”デ◯”なのだが、そう言わせないだけの迫力があるというか・・・

 手を握ってる彼女の妹分と思われる少女が、まるでお人形みたいだ。


 そしてその金髪少女は物凄い視線でルシエラを睨み、ルシエラも凄まじい敵意を返していた。

 それを見た私は、直感的に彼女が件の”ガブリエラ第3王女”であることを悟った。

 そう考えると、たしかに”雲の上”感がすごい。

 ガブリエラは、わずか11か12でありながら、私のことなど虫ほどの関心も示さずに、視線だけで殺してしまいそうな目でルシエラをじっと見続けている。

 これは”ものが違う”と思ったものだ。


「そいつはクリステラの重要軍事資産だ。 そしてクリステラは我が国と友好関係にある。

 直接の先輩である貴様が、ちゃんと導いてやらねばならぬだろう」


 すると上級貴族の先輩がそんな無茶を言ってきた。

 おいおい、あんたらならルシエラを抑えられるかもしれないが、こっちは必死なんだぞ?

 それにトルバ人の私にマグヌスとクリステラの友好なんていわれても・・・ 


「貴様には関係ないと言いたげな顔だな」


 うわ、読まれた。

 顔に出てたのか。

 だがその先輩は、嫌に納得げな表情でウンウンと頷いた。

 

「たしかに・・・それも道理だ。

 だが、ならばそいつから身を引け、貴様はそいつを導くには値しない」


 先輩のその言葉が胸に突き刺さる。

 なんと身勝手な台詞だろうか。

 私がどれだけ・・・


「誰が・・・・」


 するとその胸の傷から”怒り”が染み出してきた。


「誰が好きでやってるっていうのよ!」


 これまで自分の中に溜まっていた”怒り”が・・・


「勝手に押し付けられて、勝手に暴れられて! それで勝手に値しない!?

 こっちだってね! とっくに止めたいって先生に言ってるよ!」


 そう言い切った時、私は自分のその言葉に面食らっていた。

 少し遅れて、その感情に驚く。


 私が言い切った時、その貴族院の広間はしんとした空気に包まれていた。

 まさか私が怒鳴ると思っていなかったのであろう上級貴族の先輩が、少し私の目を見つめてから視線を横に外した。


「・・・それは、すまない事を言った、謝罪しよう」


 あれ? なんで謝るの?


 私は突然変わった先輩の態度が理解できず、反応することが出来なかった。

 分かったのは、私に向かって”哀れみ”のような感情が向けられだしたこと。


 そしてルシエラの目が、ガブリエラではなく私に向いていること。


「そやつについて、私からも校長に掛け合ってみよう」

「・・・・」


 上級貴族の先輩は、それだけ言い残すとガブリエラを伴って奥へと引っ込んでしまった。

 それを私は、無言で見送る。

 自分の言われたこと、自分の言ったことを反芻しながら。





 その日の帰り。

 ルシエラは珍しく暴れなかった。


 どうやら彼女の魔力は、王女様を襲った時に使い果たしてしまったらしい。

 それもいつもより随分と派手に。

 ルシエラの青い髪は輝いておらず、常時展開していた魔法陣も今はない。

 足取りにも元気はなく、私のすぐ後ろをただトボトボ歩いていた。

 引き摺る必要がないのは嬉しいが、こう暗いのもな・・・


 大通りを渡ろうとした時だった。

 突然、ルシエラが私にぶつかってきた。

 一瞬、日頃の癖で何かの攻撃かと思った私は、防御魔法を展開しかかる。

 だがいつまで経っても痛みが来ないので後ろを見てみれば、私の背中に抱きついて顔を埋めるルシエラの青い頭頂部が見えた。


「・・・こういう時だけ甘えるのは、ずるいよ」


 そう言いながら、私はできるだけやさしく頭を撫でる。

 ここで拗ねられたら、私の腰がやばい。

 手足と違って胴体は治すのに数日かかる。

 などと考えていると、


「ごめん・・・なさい」


 ルシエラのくぐもった声が聞こえてきた。


「・・・・」

「怒るの・・・嫌なのに・・・ごめんなさい・・・」


「・・・・わかってるよ」


 私は短く、そう答える。

 するとルシエラは顔を上げて、まっすぐにこちらを見つめてきた。


「ミシェル・・・・お願いがあるの」






 その日、寮の部屋に帰ってきたルイーザは、いきなり目の前に差し出された物を見て、目を丸くした。


「ごめんなさい・・・作ってくれたリバル、台無しにしちゃって・・・」


 そう言いながら、ルシエラは手に持っていた”できの悪いリバル”をルイーザに差し出し続ける。


 それは貴族院の帰り、料理上手な先輩に頼み込んで、なんとか教えてもらいながら作った、正真正銘、ルシエラの”手作りリバル”である。

 当然、その見た目はルイーザの以前用意したものよりもさらに不格好で、塗ったくったクリームも不均一。

 ルシエラの制服にも、その時の”激闘”の痕が見て取れる。

 ちなみに私の格好も、そのときの”別の意味での激闘”の痕跡がちらほら。


 だがルイーザは、差し出されたリバルには手を付けず、ずっと私達を交互に見てはリバルに目を戻していた。

 何が起こっているのか、理解しがたい様子だ。


 それでも、やがて”その意図”をルイーザは理解してくれた。


 ルイーザは右手を上にスッと伸ばすと、そのまま思いっきり振り下ろし、ルシエラのリバルを”ブチャッ”っという音を残してぶっ飛ばしたのだ。

 再び周囲に散らばるリバルの破片。

 その大部分はルシエラ顔面にぶつかった。


 そしてルイーザは、そのルシエラの顔面についた残骸を拭うとそれをペロリと口にする。


「これで、おあいこ・・・・よ。 リバルの分だけは」


 そう言いながら、”残骸”の残りをルシエラの口元に差し出すルイーザ。

 それを見たルシエラは、恐る恐る直前まで自分の顔面に張り付いていた残骸を舐め取った。


「っぷぷ」


 そのおかしな光景にルイーザが吹き出す。


「・・・あはは」


 そしてルシエラもまるでそれに答えるように笑いだした。


「ふはははは」

「あははははは」


 部屋の中に木霊する2人の笑い声。

 それを見てホッと胸をなでおろす私。


 その日はルシエラの魔力が回復しきってなかったのも手伝ってか、久々に・・・そしてルシエラがやってきてから初めて、


 平穏に夜が始まった。





 その夜。


 私は何かの違和感を感じて目が覚めた。

 ルシエラに鍛えられたお陰で、周囲で魔力が動くことに敏感になっているからだ。

 

 だが、これはよくない・・・・

 

 即座にルイーザを見つめると、彼女も目を覚ましていた。

 だが、その瞳は何かの光を受けて金色に輝いている。


 ゆっくりと、ルシエラの方を見つめる。


 ルシエラの目は”驚愕”と”怒り”に染まっていた。

 だがその目はこちらを向いていない。


「・・・ずっと、そなたの事が気になって、頭から離れない」


 ”そいつ”はルシエラの上に覆い被さりながら、そう言った。


 闇夜の暗闇に浮かぶマグヌスの第3王女ガブリエラは、その膨よかな全身から黄金の光を放ち、凄まじいエネルギーを身に纏っている。

 その瞬間、私は悟った。

 ”コレ”は、ルシエラと比べても比較にならない”ヤバイ子”だ。


「教えてくれ、その魔力はどうなっているのだ?」


 ガブリエラが血走った目でルシエラを見つめ、そう言いながら顔を寄せる。

 その口元からは大量の涎がこぼれ落ち、それがルシエラの顔にボタボタとかかっていた。


「うぐぐ・・・グルルルル・・・」


 それに対しルシエラが歯を剥き出しにして唸り、目が危険に光りだす。


 まずい!

 私は咄嗟に、ルイーザに向かって逃げろと合図を送った。

 

 目の前で凄まじい勢いで膨れ上がる”金”と”青”の魔力。

 そしてその魔力が突然、ぶつかって弾けた。

 

 熱っ!?


 瞬間的に飛んできた熱が全身を包み、直後に発生した衝撃波で布団から吹き飛ばされてしまう。


 なんとか起き上がって様子を見てみれば、グチャグチャになった部屋の中で砕けたベッドの残骸を中心に対峙するルシエラとガブリエラの姿が見えた。

 だがその様相はかなり異なる。

 頬を桜色に染めながら完全に獲物を見る獣の目をしているガブリエラは、まだまだ力が有り余っている感じだが、一方のルシエラの方は今の一合いでかなり消耗したらしく、壁に背中を付けて肩で息をしていた。

 だがその目は戦意を失っておらず、依然として爛々と輝いている。

 

「うぅぅぅぐぐぐぐ・・・・・」


 ルシエラが唸り、その目が青く光る。

 グツグツと煮えたぎる衝動に突き動かされるように。


「そうだ! それでいい! それを私に見せてくれ!! そなたの内側、そこに渦巻くその純粋な魔力をもっと私に!!!」


 ガブリエラが煽るようにそう言いながら、一歩ずつルシエラの前に詰め寄る。

 と同時に、彼女の金色の髪の毛が輝きながらバサッと広がり、彼女の魔力に反応するようにゆらゆらと立ち上った。

 そしてルシエラからも、青くて熱い炎のような魔力が立ち上り、それに突き動かされるように一歩前に踏み出す。

 お互いに情動に支配され突き動かされてぶつかろうとする2人。

 だがそこに横たわる”力の差”は、一目見ただけでもハッキリとしていた。

 再び膨らみ始める、2つの巨大な魔力。


 ”ルシエラが危ない!!”


 気づけば私は、頭の中でそう叫びながら飛び出していた。


「駄目よ!!」


 事ここに及んで咄嗟に出た言葉は、そんな馬鹿なものだ。

 それでもルシエラの瞳はこちらを向いてくれた。

 と、同時に彼女の中の魔力がスッと収まる様子が見える。


 ああ・・・よかった。



「ばかっ!? なにをしている!!!」


 だが、それで止まらぬものもある。

 私は咄嗟に首を逆に向けると、眼前に迫る金色の魔力の塊が見えた。

 馬鹿なことをした。

 ルシエラを止めなければ、ただぶつかり合ったエネルギーに吹き飛ばされるだけで済んだのに。


 そこから先は、驚くほど全てがゆっくりに見えた。

 突然、ルシエラの前に割って入った私の姿に目を丸くしたガブリエラが、咄嗟になんとか放った魔力を曲げようとしている。

 完全に萎んでしまったルシエラの魔力は、次なる魔法を放つには些か時間がない。

 よかった、これで少なくとも手に負えない魔力に挟まれるという災難には遭わずに済む。

 咄嗟に詠唱無しで防御魔法が展開できたのは、単なる幸運か、それとも日頃の努力・・・・・の賜物か。

 それでも、まったく頼りにはならなかったんだけど。

 

 ガブリエラの魔力は、なんとか私を外そうと軌道を曲げてはいたが、ゆっくりと私の防御魔法を砕き、ついでにアクリラの”防護魔法”も引きちぎりながら進み続け、わたしの太もものあたりに直撃した。



 暗転する世界。

 凄まじい勢いでそこら中に叩きつけられ、その痛みで目が開けられない。

 しかもその動きは、なんだか偏っていた・・・・・


 最後に止まったとき、私は自分の体の”重心”が大きく変わっていることに気がついた。

 なんというか、さっきまで腰を中心に動いていたのに、今ではそれが胸のあたりにある。


 目を開けると、さっきよりもボロボロになった”我が家木苺の館”が目に入ってきた。

 ああ、なんてことだ、これの片付けはしんどいぞ・・・


 つづいて、そこに伸びる真っ赤な”帯”と、自分の体の”惨状”が。


「ミシェル!?」

「ミシェル姉さん!!」


 ルシエラとルイーザが、真っ青な顔でこちらに駆け寄ってきた。

 おいおい君たち、普段から血まみれの私を見慣れているだろうに・・・

 もっとも、さすがに腰ごと持っていかれるのは初めてか。

 あと内臓が幾つか・・・腸って長いんだな・・・


 ガブリエラは向こうで、目を見開いてこちらを凝視して固まっている。


 ルイーザが肩を揺さぶってきた。

 いやいや、起きてるって私、わからない?


 だが、その言葉が口から出ることはなかった。

 というか口が動かない。

 あれ? ひょっとしてこれ結構やばい?

 だんだんと視界が暗くなり始める。


 ルシエラは少し手前で立ち止まっていた。

 迷うように、惑うように私とガブリエラをキョロキョロと見比べている。

 その顔が徐々に感情的になり、再び”憤り”が彼女の中を支配するのが見えた。


 本当にこの子は・・・

 こんな時だというのに、私の中で巻き起こった文句は口をついて出る。

 と同時に私の手が取り憑かれたようにルシエラの頭へ伸びた。


「よく・・・我慢したわね・・・いい子だ」


 そう言うと、驚いた事に私はルシエラの頭を撫でたのだ。

 本当に何をやっているのだ私は・・・


 そしてその直後、私の感覚は全て途切れた。



 ・・・・・


 ・・・



 ・・







 ・・



 ・・・



 ・・・・



 ・・・・アクリラというのは、とんでもないところだ。

 ただ単に住んでいるだけだと分かりにくいが、よくよく見てみれば驚愕の現象に出会うことも多い。

 例えば、目が覚めた時、無くしたはずの下半身が当たり前の様に付いていたときとか。


 いやあ、噂には聞いていたけれど、まさか本当に大丈夫だとは。

 だが流石に”付けてすぐ万事解決”という訳ではないようで、足の感覚はあやふやで上手く動かすこともできず、”下”の方は専用のオムツの中に垂れ流し。

 流れている”ブツ”を見てみても・・・まあ作りたての下半身にしては頑張っている方ではないだろうか。

 アラン先生の魔力のおかげでこの街の医療魔法はかなり強力だし、致命回避も凄まじいものがある。


 それでも入院はしているようだ。

 見知らぬベッドの森の中で寝ていたし、隣の人は・・・首から下がない。


「・・・本当に首だけになっても死なないんだ・・・」


 その人は、自分のベッドの上に据え付けられた魔道具の上に生首だけがおかれ、自らに降りかかった不条理に憤る様にクチャクチャと口を動かしていた。

 なるほど。

 これは確かに、腕の一本や二本は”擦り傷扱い”も頷ける。


 

 それからしばらくの間、私はこの”異常”に静かな環境でまったりと過ごした。

 だが、ここまでルシエラの面倒を見てきたせいかどうも落ち着かない。

 やることといえば、ルイーザあたりがいつの間にか持ってきてくれた宿題を片付けることと、隣のベッドの生首と睨めっこすること(相手は反則的に強い)か、ルシエラの物と思われる難しい本を読む・・・これは無理だな。

 とにかく、非常に遺憾ながら、あの”怪獣”との生活がすっかり私の一部になっていたらしい。


 そう考えると、なぜか笑みがこぼれる。


 その時、病室の扉が開けられ誰かが入ってくるのが見えた。

 ”生首先輩”が僅かな反動で器用に”台座”を動かしてそちらを向くと、目を剥いて驚いている。


 それは、間違いなくこの街でトップクラスの権力を持つ存在だった。


「校長先生?」


 私はその、老婆の役職を声に出した。

 すると校長は、静かに頷いて答える。


 校長先生なんて”大物”と、まともに会話したこともない私は、それだけで緊張してしまった。

 というか、なんでここに!?


 するとそんな私の考えを察知されたのか、校長は静かに語った。


「あなたの申請が受理されました」


 ・・・と。





 眼の前に校長先生が座っている。

 ただそれだけのことなのに、私は緊張してしまう。

 馬鹿で優等生でもない私は、校長先生に直に認識されたことなんて無かった。

 

 それがこの一ヶ月で、マグヌスのお姫様に睨まれて、遂には校長先生のお出ましだ。

 これもまた全部、あの子のお陰なのかと思うと癪だけれど。


「苦労をかけましたね」


 病院の中の一室に置かれた椅子に座りながら、校長は徐ろにそう言った。

 まだ歩けない私はベッドごと連れてこられている。


 校長はこの誰もいない部屋で、”あのあと”について語ってくれた。

 担ぎ込まれた私は、そのまま半日集中治療を受け、2日ほど昏睡していたそうだ。

 それだけ目を覚まさなかったのなら、この街では破格の重傷と言える。


 その間、ガブリエラには”処分”が与えられていた。

 当然だ、お姫様とはいえ、勝手に他の生徒の部屋に押し入って、私の下半身を吹き飛ばしたのだから。

 校長の話では、結構珍しく落ち込んでいるらしい。

 おそらくこれから、マグヌス系の貴族が雁首並べて謝罪に来るんだと。

 暑苦しい連中である。


 一方ルシエラに関しては、今回の一件で大きく動いたらしい。

 本格的に、私が彼女の”姉”として役者不足と認識されたようだ。


「あなたなら、彼女にはピッタリだと思っていたのですが・・・

 なかなか、そう上手くは行かないようで」


 校長は驚いたことに、本気で残念そうにそう言った。

 やめてくれ。

 私にあんな規格外な子が導けるわけ無いだろう。

 結局振り回されて、なんにも出来ないで終わってしまった。


 まだあの子のために、なんにも出来ていないのに・・・


「別の寮で、受け入れてもいいという子が出ましてね。

 高等部2年最優秀のセルヴィンです。 彼女なら、ルシエラの力にも負けることはないでしょう」


 セルヴィン先輩か。

 その名前は私も知っている。

 去年の対抗戦でトリスバルのエースを倒した超実力者だ。

 確かに彼女なら、ルシエラを御す事もできるし、人格者なので正しく導けるだろう。

 まさに私と正反対だ。

 ただし人型爬虫類の”人獣”の生徒なので、本来なら”人間”であるルシエラと一緒になることはない。

 そんな先輩が名乗りを上げねばならぬほど、事は深刻化していたということか。

 本当に私以外いなかったんだな・・・


「ご苦労様でした」


 最後に校長は、改めてそう言って頭を下げた。

 ”ご苦労”だって?

 そんな軽い言葉で片付けないでくれ・・・


 私の中に、ルシエラとの”苦闘の1ヶ月”の記憶が蘇る。

 こうして改めて思い返してみると、ひどい経験だった。

 こんなに惨めで辛く長い一ヶ月は経験がない。


 でもこれで・・・ようやくそれとはおさらば・・・・


 それはこの一ヶ月間、ずっと望んできたはずの事なのに、いざ叶ってしまうとなぜか喜びはなかった。

 代わりに到来したのは、もっと湿っぽい感情だ。


 さよなら・・・私のルシエラ・・・・・・

 やっぱり、良いお姉ちゃんにはなれなかったよ。

 悲しくはないし、悔しくもないし、恥ずかしくもない。

 ただ・・・なぜか寂しい。


 私は”結論”を口にだすために、覚悟を決めて大きく息を吸い込む。


 その時、外の廊下の方が急に騒がしくなった。

 その喧騒に、私の言葉はすんでの所で勢いを失う。 

 こんな時に何事か。

 一世一代の決意表明を挫かれた私は、わずかな苛立ちを込めて扉の方を振り向いた。


 そしてその瞬間、部屋の扉が激しく青く光り、何かの魔力的な防御が砕けたような音を残して吹き飛んだではないか。

 その扉の破片が高速で私の横を飛んでいく。


 ああ・・・まったく。


「ミシェル!」


 そう叫びながら飛び込んできたのは、青く輝く一人の少女。

 そしてその少女は、まっすぐに私の懐に飛び込み抱きついてきた。


「ミシェル! 捨てないで!」


 ルシエラが涙ながらに懇願するような、そんな瞳で私を見てきた。


 ああ・・・まったく・・・この子は本当に都合のいい時だけ甘えてくる。

 だが、それがルシエラなのだろう。

 

 私は己の体にしがみつく、青く光る頭にポンと手を置いた。

 その手をルシエラが掴む。

 その力はいつものように万力めいたものではなく、もっと繊細にか細く震える様な感じ。

 ルシエラが私の手を捻り潰すまいと、必死に力を制御しているのが見える。


 それを見ていた私は、なんだか心の底から馬鹿らしいものを見ている気分になった。


「・・・くくっ」

「・・・ミシェル?」


 突然、震えるように体を痙攣させ始めた私を、ルシエラが心配そうに見つめる。

 怪我でどこか壊れてしまったのではないかといった表情だ。


 その考え・・・半分当たってる。


「アヒャヒャヒャヒャ! ウヒヒヒヒ! ヒイッゥ、ゥエッ・・アッヒャヒャヒャ!」


 おかしい、本当におかしい。

 ただ、なにか腹の底から火山のように吹き出す”衝動”に突き動かされ、笑いが私を駆け抜ける。

 ルシエラが暴れた記憶が面白くて、笑う。

 ルシエラに潰された腕が面白くて、笑う。

 寝起きの悪いルシエラが面白くて、笑う。

 引きずられるルシエラが面白くて、笑う。


「ヒャアアッハッハハハ!! ハアアアッハッハハ! アアアッハッハッハ!!」

 

 ルシエラが、壊れたように笑いだした私に怯えたような視線を向ける。

 それも面白くて、笑う。

 何だその顔? 見てるだけで腹が捩れそうだ。

 みんな何を、そんなに真剣な顔をしているのよ?

 私を笑い死にさせる気なの?


 そうやって、”馬鹿馬鹿しい真剣な表情”を浮かべるルシエラと校長で暫くの間布団の上を転げ回ったあと、なんとか息を整えて真面目な表情を取り繕った私は、

 ポカンとしているルシエラを手を伸ばして自分の胸元に引きずり込むと、校長先生に向かって言ってやったのだ。


「校長先生・・・もう少しだけ、頑張らせてください」


 ・・・と。

 気づけば私は、この一ヶ月ずっと言いたいと思ってきた”結論”ではなく、そんな世迷い言を口にしていた。


「本当に良いんですか?」


 校長先生が心配そうにそう聞いてきた。

 だが私はそれに即答する。


「ええ、もちろん。 そう言おうと思ってたんです。 ずっと」


 全く、どうかしている。

 誰が聞いても馬鹿な選択だろう。


 悪いか? それが私だ。


 ルシエラの頭をゆっくりと撫でる。

 恐ろしく手のかかる妹だが、確かに”私の部屋の妹分”だ。


 だから私は、絶対に見捨ててやらないんだ。


 だって”馬鹿”だから。







 1年後。


 東山の頂上へと続く坂道にて。



「ルシエラ! おそいよ!おそいよ!」

「まって! ミシェル姉さん! ルイーザ姉さん! わたし道知らないんだよ!」


 私の少し後ろで、妹分の2人が仲良く掛け合いながら上っている。


「あっははは! 去年来なかったのは誰のせいかな?」

「むう!」


 私の指摘に膨れたルシエラが、腹立ち紛れに攻撃魔法を飛ばしてきた。

 

「だが、あまい!」


 私はそれを軽くヒョイっと躱してみせる。

 この1年、ルシエラのお陰で随分鍛えられたのだ。

 私もルイーザも、こんな腰の入ってない攻撃を食らうほどヤワではなくなった。

 今ではそれを軽くいなして、煽る余裕すらある。


「アヒャヒャヒャ!! ここまでおいで! ふたりとも!!」


 そう言いながら、私は目の前の坂を駆け上がった。

 後ろから、2人の妹分の不平が追いかけてくる。


 




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 








「って感じでさあぁ・・・あっははは! 面白いったらありゃしないのよ!」


 そう言いながら、テーブルをバシバシと叩くミシェル姉さん。

 それを聞いていたモニカとベスは、すっかりグッタリしている。

 もちろんルシエラの小さい頃の話は2人とも気になるところだが、いかんせんミシェル姉さんの語りが聞いてられない。


 上に書いたのは、俺がミシェル姉さんから聞いた話をなんとか時系列に並べて纏めたものだ。

 実際は、1行ごとにこの耳につく”馬鹿らしい笑い”が入り、順番があっちこっちに飛びまくて、さらに5分に1回はこっちの様子をネタにする。

 ミシェル姉さんの話を聞く限り、この”笑い”はルシエラの残した”傷跡”ということになるが、どこまで本当なのか。

 それでも怪我したシーンなどは笑いの数が減るので、結構”マジ”でキツかったのだろう。


 するとベスがこっそり、こっちに耳打ちしてきた。


「・・・あんまり信じないほうが良いですよ」


 え? そうなの?


「ちょっと! ベスゥ、それはないんじゃないよ!」


 うわっ、地獄耳!

 ミシェル姉さんが珍しく笑い声無しで反論する。

 だが、ベスも引かない。


「ルイーザ姉さまが前に言ってました。 ”ルシエラが来た日は何もなかった”って」


 あれま、情報が食い違ってしまったぞ?

 するとミシェル姉さんが、空笑いをした。


「ははははっは、ベス。 私とルイーザ。 どっちの意見を信じるんだね?」


 と自信たっぷりのミシェル姉さん。

 だが、現実は無情だ。


「当然、ルイーザ姉さまです」


 とベスは何の迷いもなく答えたのだ。

 これには流石のミシェル姉さんも、手を頭に当ててガックリとテーブルに崩れ落ちる。

 残念ながら、ベスの中の”ルイーザ姉さま”はルシエラ以上に絶対だ。

 なにせ最初の”上の姉貴分”なのだから。


 するとミシェル姉さんが、急に膨れ始めた。


「フンだ!! 何よ! ベスもモニカも、むっちゃいい子じゃない!! ルシエラだけずるいよ!! 私の苦労は何だったのよ!!」


 と謎の愚痴を撒きながら、注文した料理を半ばやけくその手付きで食いだした。

 しかし・・・よく食えるな。


 そしてなんとなく、モニカがそれにつられて自分の皿を進めた。

 だが、その手はすぐに止まる。

 やっぱり何度食べても味は変わらない。


『・・・からい』


 モニカが泣きそうな感情を俺に送ってくる。

 ミシェル姉さんの注文した料理・・・全部”激辛”なのだ。


 するとそれを見たミシェル姉さんが、胸がすっとしたとばかりに下品な笑い声を立てる。


 やっぱりこの人・・・俺は苦手だな・・・





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 同じ頃、トルバ中部、モルニア山脈の麓では自然魔力の観測グループが事前の注意事項を確認していた。


「というわけで!! 必ず装置の起動前に”記録棒”の状態が適切か確認しろ!! これをやってないとゴミにしかならねえぞ!!」


 山中に主将・・のドスの利いたきつい言葉が飛ぶ。

 その威圧的な響きを前に、口を挟める者はいない・・・・ただ1人を除いて。


「ヘエエッックショオオオイイイ!!!」


 ルシエラが、我関せずとばかりにくしゃみする。


「ルシエラアアア!!! 喧嘩売ってんのかてめえええ!!!」

「ヒィッ!? すいません! ちょっとくしゃみが・・・ッッハア、ックショオオオイイ!!」


 ルシエラはそう言うと、顔を青ざめながら手ぬぐいで顔を抑える。

 だがそんなものでクシャミが止まるわけもなく。

 ”主将”の纏う空気は、どんどんその熱を増していった。


「・・・どうしたの? 風邪?」


 横にいた同級生のベリーヌが、少し心配そうにルシエラにそう問いかけた。

 だが、ルシエラは無言で首を振る。


「・・・いいや。 これはどこかでミシェル姉さんが、私を”ネタ”にして遊んでいるときのクシャミだわ・・・」


 そう言うと、ルシエラは苦笑いを浮かべながら遠い目をし、その答えにベリーヌは首を傾げたのだった。




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